風に吹かれて

My Life & My Favorite things

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旧友と会った

直島から丸亀に帰り、ホテルに着いたのが4時過ぎ。
今夜予定の会食までには、まだ時間が少しある。
そこで旧友西岡に会おうと電話をした。
前触れもなく突然の電話で驚かせたが、快く応えてホテルまで駆けつけてくれた。

彼とは大学時代以来の付き合いである。
高校は同じ丸亀高校だったが、その頃は付き合いがなく、大学に入ってから共通の友人を通して知り合った。
大学は違ったが、同じ上京組ということもあって、急速に親しくなっていった。
また私が吉祥寺に住んでいた時は、隣駅の西荻窪に彼は住んでおり、近くということでしょっちゅう彼のアパートに入り浸っていた。
一時期は自分のアパートのように彼のアパートに出入りしていたこともある。
体のいい居候である。
それでもそんな迷惑を彼は嫌がりもせず、鷹揚に受け入れてくれたのである。
そしてそれをいいことにこちらは甘えっぱなしのままであった。

近くの喫茶店に入って、近況を報告し合う。
彼と会うのは2007年の弟の出版記念パーティー以来のことなので、11年ぶりだ。
お互い変わらずと言いたいところだが、彼は頭が真っ白になっている。
やはりわれわれの年代になると、10年という時間の経過は大きい。
それでも話す表情などは昔と変わらず今でも穏やかで、話すうちに何も変わっていないのだという気持ちになってくる。

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聞けば、数年前に大きな手術をしたという。
大動脈瘤の除去手術である。
そんな大手術をしたのだから、白髪になるのも当たり前。
しかもその手術の後、糖尿病の疑いも出て、検査の結果糖尿病と診断されたらしい。
以来酒を控え、ほとんど飲むことはなくなったそうだ。
しかし顔色を見るといたって健康そうに見える。
とても大手術をし、糖尿病を患っているとは思えない。
このまま元気でいてほしいと願うばかりだ。
わずか1時間ほどの再会だったが、会えて良かった。
思い切って連絡をして良かった。
次はいつ会えるか分からないが、お互い健康に注意して、また会えることを願いながら別れた。

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ベネッセハウスミュージアム

「地中美術館」見学の後は、「ベネッセハウスミュージアム」に行った。
シャトルバスで数分の所。

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「地中美術館」と同じく、こちらも安藤忠雄設計による美術館である。
この美術館も安藤建築の特徴であるコンクリート主体の造形になっているが、「地中美術館」と異なり、展示方法は従来の美術館と同じくオーソドックスなもので、また作品数も多い。
起伏のある高台に建っているため、地下1階が入り口になっている。
その入り口を進んでいくと、すぐ目の前に吹き抜けになった円形の部屋がある。
そこを入ると広い空間の中にポツンと作品がひとつだけ置かれている。

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ブルース・ナウマンの「100生きて死ね」という作品である。
四角いボード上にネオン管で書いた言葉が数多く並んでおり、それが次々と点滅している。
この広い空間に作品はこれひとつだけ。
贅沢な造りである。
隅に置かれた椅子に座り、その空間の贅沢さと光の明滅をゆったりと味わった。

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さらに1階2階へと上がっていく。
現れたのは、ジャコメッティ、ウォーホル 、ジャスパー・ジョーンズ、ジャクソン・ポロック、バスキア、ホックニー、ジョージ・シーガルなど、20世紀を代表するアーチストたちの作品。
それらに混じって日本人のアーチストの作品も何点か展示してあるが、よく知らない作家ばかり。
これを機会に少し勉強してみようかなどと思いながら鑑賞。
また見慣れたはずの瀬戸内海の風景も、美術館から見るとまた違って見えて新鮮である。

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そうこうするうちに、時間はあっという間に過ぎていく。
限られた時間での滞在なので、あまりゆっくりはしていられない。
帰りの船の時間は14:20。
あまり多くは残されていない。
ミュージアム近くの海岸には、この他にも多くのオブジェが展示されているそうだが、それらは見ずにバス停へと急ぐ。
また近くにある「李禹煥美術館」も時間の都合で諦めた。
そしてバスに乗ったが、途中「家プロジェクト」を少しだけ覗いてみようと途中下車。
しかし結局は周辺を歩いただけで、「南寺」も「ANDO MUSEUM」も中には入らず、その建物を見ただけで素通り。
慌ただしいが仕方がない。

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それでも港に着いたのは出港の1時間前。
予定のフェリーに乗り遅れると、次は17:00の最終便しかない。
それに乗るとなれば18:00から始まる今夜の兄弟揃っての会食には間に合わなくなってしまう。
この会食は今回の帰省の最大の目的である。
そんなことになっては一大事。
そういうわけで、どうしても予定の14:20発の便には乗らなければいけない。
そのために余裕をもって港に帰ってきたというわけである。

一息つき、安心したところで、急にお腹が空いてきた。
時間と駆け足しながらの美術館巡りだったため、昼食をとることもままならなかったのである。
そこで港近くでセルフのうどん屋を見つけ、そこでうどんを食べることにした。
今日は朝もうどんだったが、昼もうどんである。
しかしさすがはうどんの本場、讃岐である。
どこで食べてもうどんは美味い。
朝昼連続のうどんでもいささかも不満は感じない。
美味しい讃岐うどんを食べて空腹は満たされた。
そして時間通りのフェリーに乗って、高松目指して直島を後にした。

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こうして念願だった直島行きの旅は終わったが、出来ればもう少し時間の余裕があればというのが本音である。
わずか半日ではとても全部は回りきれない。
まだまだ観るべきものはたくさんある。
それを端折って駆け足で見て回ったのが今回の旅であった。
それでも考えてみれば「ベネッセアートサイト直島」を代表するふたつの美術館を観て回ることができたのだから、これは上出来だと思わなければいけない。
いずれにしてもこの直島行きは、今回の帰省の大きな収穫であった。

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地中美術館

以前から行きたいと思いながら、時間の都合がつかず何度も諦めていた直島へ、今回は思い切って行くことにした。
直島に行くには、時間の余裕がなければ駄目である。
これまではいつもスケジュールが詰まっていて、なかなか実行に移すことができなかったが、今回は何とか時間を割くことができた。
この機会を逃せばこの先またいつのことになるか分からない。
ひょっとするとこれが最後の機会になるかもしれない。
そんな思いから、何としても今回は行こうと考えたのである。

直島に行くのは、もちろん「ベネッセアートサイト直島」を観るためである。
「ベネッセアートサイト直島」のそもそもの始まりは、福武書店(当時)の創業社長である福武哲彦氏が、安藤忠雄設計による美術館とホテルが一体となった「ベネッセハウス」を1992年に直島に作ったことから始まっている。
続いて2004年には「地中美術館」をオープン、さらに周辺の島々、豊島や犬島などにも施設を作るなど、現代アートを代表する一大プロジェクトとなった。
そして2010年には、これらが核となって「瀬戸内国際芸術祭」が始まった。
そうしたプロジェクトのルーツともいえる直島の現代アートを、ぜひ見てみたいというのが、今回の直島行きである。

直島へ渡るには、まず高松まで出なければいけない。
そこから船に乗って直島に渡る。
時間を有効に使うため、宿泊している丸亀のホテルを朝早くに発った。
そして丸亀駅からJRに乗って約1時間、高松駅に到着。
朝食がまだだったので、駅構内にあった「連絡船うどん」という店に入った。
「連絡船うどん」といえば、昔よく利用した宇高連絡船のなかに立ち食いうどんがあったことを思い出した。
東京から帰省した折には、まずはそこでうどんを食べるというのが、恒例であった。
瀬戸大橋開通後は連絡船はなくなり、それとともに立ち食いうどんもなくなったが、それがこうした形で残っているのだ。
思い出に浸りながら味を噛みしめた。

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高松港8時12分発のフェリーに乗って高松を出港。
約50分で直島の宮浦港に着いた。
そこから町営バスで「つつじ荘」バス停まで、そこでシャトルバスに乗り換えて、終点の「地中美術館」まで。
いずれのバスも満員であった。
そして聞こえてくるのは外国語ばかり。
ほとんどが韓国、中国、ヨーロッパ、アメリカなどの外国人たちである。
今や直島は国際的な観光地になっている。

「地中美術館」に着いたのは10時前。
開館が10時なのでしばらく待つことになったが、その間、美術館前に作られた「地中の庭」で、花や雑木を眺めながら時間をつぶした。
天気予報では、時々雨ということで心配したが、予報は外れ、晴天とまではいかないが春らしい陽気である。
クロード・モネのジヴェルニーの庭をイメージして作ったといわれる「地中の庭」には、春の陽光が降り注ぎ、爽やかな潮風が吹いている。
しばらく散策しているうちに、次第に身体がほぐれてきた。
そしてようやく開館の時間となった。

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「地中美術館」は、その名の通り土に埋まっているので、外観は見ることができない。
厚いコンクリートで囲まれた細長い廊下が入り口として口を開いているだけ。
恐る恐る入っていく。
途中に明りとりの開口部が設けられているが、照明はなく薄暗い。
これからどんなことが始まるのだろうか、といった期待と不安の入り交じった緊張感に包まれながら歩いていく。
しばらく進むと突然高いコンクリートの壁がそそり立った広い空間が現れた。
天井はなく、光が射しこんでいる。
薄暗い廊下から急に明るい所に出たので眩しいが、狭い廊下から広い空間に出たことで気分が解放されたように感じる。
巧妙に計算された演出である。
回廊を登ると、その先にまたさらに薄暗く長い廊下が続いている。
そこを音もなくゆっくりと進んでいく。
まるで要塞の中を歩いているような気分である。
コンクリートの無機質で堅牢な感覚が、そうしたことを連想させるのだ。

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最初に現れたのが、ジェームズ・タレルの光のアートを体感する部屋。
3作品が展示されているが、そのなかの「オープン・フィールド」が印象に残った。
作品の中に入ると、急に遠近感がなくなったような感覚に陥った。
飛行機で雲の中に入ったような、あるいは猛吹雪でホワイトアウトに閉じ込められたような感覚とでも譬えればいいだろうか。
さらに宇宙空間のなかを歩いているような浮遊感も同時に味わった。

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次はウォルター・デ・マリアの作品展示室。
広い部屋自体が彼の作品になっている。
階段の先にあるフロアの中央に黒く大きな石の球体が置かれている。
そして壁には金箔で覆われた1メートルほどの柱が数か所にわたって規則正しく並べられている。
天井と正面の壁には開口部があり、そこから柔らかな光が降り注いでいる。
ゆっくりと階段を登って行くと、磨き込まれた黒い球体が鏡のように部屋全体を映しこんでいるのが見えてくる。
角度を変えるにしたがって、それが微妙に変化していく。
静かで厳かな気分になる。

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そして最後に入ったのが、クロード・モネの「睡蓮」の部屋。
そこにはモネの最晩年の「睡蓮」の絵5枚が、飾られている。
天井から間接的に洩れてくる自然光が、白で統一された部屋全体を明るくしており、「睡蓮」の絵が柔らかく目に映る。
「睡蓮」の絵をどのようにすれば最良の形で見ることができるかを突き詰めて作り出された環境である。
そもそも地中美術館が構想されたのは、これらの「睡蓮」の絵を福武社長が手に入れたことに端を発している。
それを展示するための美術館として建てられたのが、この「地中美術館」である。
そういう意味では、「睡蓮」の部屋は、「地中美術館」のメインともいえる存在なのである。

以上が「地中美術館」の全作品である。
数は少ないが、建物と作品が一体になった独自性を有しており、しかもすべて自然光で作品を鑑賞するように作られている。
時間とともに微妙に変化してゆく光と影が、この美術館の作品群をさらに価値あるものとして提示しているように思う。
そうやって作られた異次元を演劇的に体験するというのが、この「地中美術館」の鑑賞の仕方のようだ。

「地中美術館」の後はまたバスに乗って移動、「ベネッセハウスミュージアム」に行ったが、そのことはいずれまた後日。

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「滑稽広場」で歓迎会

「滑稽広場」の続きである。
弟がこの建物を借りたのは昨年の4月のこと。
その時のブログに「シャケが生まれた場所に帰ってくる」ように「60年経って、生まれた場所に帰って来た」と書いている。
なるほど、まさにその通り。
以来休日になると、ひとりで整理清掃をやり、電気工事をし、大工仕事をし、そして出来たのが「滑稽広場」と名づけたプライベート・バーである。
GW前から始まった作業は7月末に完成、8月には近所の人たち、お世話になった人たちを招待して、スタートさせたということだ。
以後月に1、2回の割合で友人知人が集まって呑み会を開いている。
そして今夜私の歓迎会をそこでやってくれるというのである。
趣味人、そして滑稽堂主人・原哲(弟のペンネーム)の面目躍如である。
こういうところはやはり父の血を受け継いだのだと思う。
父もこうしたモノづくりが好きで、庭に泉水を作ったり、小屋を建てたりといったことをマメにやる人だった。
今で言うところのDIYである。
私にもそうしたところがあるので、弟が作業に熱中したのがよく分かる。
もし近くに住んでいたら、積極的に手伝ったのではなかろうか。
血は争えないと、つくづく思うのである。

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夕闇迫る頃、まず弟の連れ合いであるまさみさんのお姉さん夫婦が到着。
観音寺市に住んでいるふたりだが、こうした催しがあるたびに、遠路はるばる駆けつけてくれるという。
謂わば私に代わって兄弟付き合いをしてくれているようなもの。
有難いことだ。
続いて森安君が奥さんと一緒に現れた。
奥さんとは初対面。
弟とは小学校時代の同級生で、数年に一度の割合で同窓会を開いているということで旧知の仲である。
そして次に現れたのが、丸亀の理髪師・濱田さん。
弟の呑み仲間で映画好きということで、これまでにも帰省の度に会っている。
最初に会ったのは、2007年に開かれた弟のエッセイ集「滑稽倶楽部」出版記念パーティーの席上。
映画同好の士ということで、弟が配慮して同席にしてくれた。
次に会ったのは2009年に丸亀の居酒屋「じゃこ家」で、そして3回目が2014年に同じく「じゃこ家」で。
そして今回また弟の呼び掛けで、さっそく駆けつけてくれたというわけである。
最後に現れたのが、まさみさん。
所用で山梨に行っていたのを、この時間に合わせて急いで帰って来てくれた。
この旅行のことは、Facebookの投稿で知っていた。
これで全員揃い、再会を祝して乾杯。
賑やかな宴の始まりである。
左隣に森安君、右隣に濱田さん。
森安君とは昔話、濱田さんとは映画談義。
いつ果てるともなく楽しい時間は続く。
しかし楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
気がつくとすでに11時を周っている。
名残惜しいがお開きだ。
こうして「滑稽広場」の小宴は終わり、忘れられない夜になった。

帰省に合わせてこうした場を設けてくれた弟夫婦に感謝。
そして集まってくれた皆さんにさらに感謝である。

ところでこの時、話に夢中になって写真を撮るのをすっかり忘れていた。
せっかくの機会を逃して残念に思っていたところ、思いがけず森安君からこの時の写真が送られてきた。
確か奥さんが写真を撮ってくれたということは憶えていたが、それをわざわざプリントして送ってくれるとは。
予想もしていなかっただけに感激である。
そして森安君の行届いた気配りに深く感謝。
お蔭でいい記念になりました。

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「滑稽広場」

古道具屋「滑稽堂」の次は、「滑稽広場」に行った。
「滑稽堂」のある本町通りから脇道へ入ってすぐのところ。
ほんの目と鼻の先である。
その一角に古い倉庫が建っている。
そこが目指す「滑稽広場」である。

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終戦後、所帯を持った両親がここを借りて、電器屋を始めた。
そしてそこで私が生まれ、弟が生まれた。
そんな思い出の場所が、手つかずのままで残っている。
それを半世紀が過ぎた今、弟がもういちど借りることになったのである。
そしてその一室を手作りで改装し、プライベートバーにした。

当時はガラス屋が大家だったが、現在は酒屋である「草薙商店」が大家になっている。
「草薙商店」は以前この倉庫の数軒先にあった。
今は別な場所に移転してしまったが、当時はご近所さんで、そこの一人息子が私の同級生であり遊び友達であった。
残念ながら若くして彼は亡くなったが、今は息子さんが後を継いでいる。
そんな縁のある「草薙商店」が大家さんなのである。

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入るとすぐに子供の頃の記憶が蘇ってきた。
建物の中央が通路になっており、その通路に面して両側に部屋がある。
思ったよりも小さい。
住んでいたのは7歳までなので、子供だった当時の大きさの感覚と今の感覚とでは当然違っている。
それにしても小さい。
そんな小さな家に、両親と私と弟の4人が暮らしていたのである。
今では考えられないほど倹しい暮しである。

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奥には大家が使っていた倉庫が昔と変わらぬ姿で残っていた。
その薄暗い倉庫に足を踏み入れると、忘れていた記憶が徐々に蘇ってきた。
大家が置いてあった小さなガラスの細工物で遊んだこと。
その一角に端午の節句の人形を飾ってお祝いをしたことなど、朧げな記憶が少しづつ蘇ってきた。

そんな懐かしい記憶のいっぱい詰まった「滑稽広場」で、今夜ささやかな宴が始まるのである。


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新々「滑稽堂」

森安君にクルマで送ってもらい実家に着いた後は、すぐに仏壇に線香をあげて手を合わせた。
仏壇があるのは昔両親が住んでいた家である。
今は甥夫婦が住んでいる。
訪れると甥の奥さんである智恵さんが、1才になる花帆ちゃんと一緒に出迎えてくれた。
どちらも初対面である。
さらに店に帰ると3歳(?)になる姪の息子・雄斗くんと対面。
こちらも初対面になる。
両親はいなくなってしまったが、こうして新しい家族が増えて次の世代へと続いていく。
そんな感慨を噛みしめた。

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ひと通り挨拶を済ませた後は、弟の案内で新「滑稽堂」に行った。
「滑稽堂」は以前ブログにも書いたが、弟が趣味で蒐集している骨董品や古道具を収蔵している店。
といっても商売にしているわけではなく、謂わば個人美術館・博物館といった類のもの。
この店は3軒目の「滑稽堂」である。
最初に開いたのは、仲ノ町の古民家、築150年という建物に骨董品や古道具が似合っていた。
ところがそこが取り壊されることになり、次に借りたのが、本通りにあった元紳士服の店
そしてそこも取り壊しになったので、向かいの空き店舗へと移ったのである。

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店の中は変わらず古いもので埋め尽くされている。
いつも通りの玉石混交、壮観である。
それでも移転の際には、大売出しをやってかなりの物を処分したそうである。

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古道具に混じって、父の兵隊姿の肖像写真が置いてあった。
20歳前後の若々しい姿である。
出征時にでも撮ったのだろうか。
ひょっとすると死を覚悟して遺書のようなつもりで撮ったのかもしれない。
そんな想像を膨らませながら、写真を見た。

時間飛行を楽しんだ後は、今夜の集合場所である弟手作りのプライベートバー「滑稽広場」へと案内されたが、それはまた後日。

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帰省そして旧友との再会

四国の実家に帰省した。
今年が母親の七回忌なので、弟の呼びかけで子供たちだけで集まろうということになったからである。
前回帰ったのは、2014年の4月だったので、ちょうど4年ぶりということになる。

集まるのは14日の夜。
そこで1日早く行くことにした。
4月13日、青森から飛行機で伊丹空港まで、さらに新大阪から新幹線で岡山まで。
そこで瀬戸大橋線に乗り換えて丸亀までというコースである。
ちなみに今年は瀬戸大橋開通30周年の年である。
その年に偶然瀬戸大橋を渡ることになったのだ。
いい記念になった。

自宅を出たのが午前7時過ぎ、そして丸亀に着いたのが午後2時半である。
そこで出迎えてくれたのが、中学時代の同級生、森安君である。
卒業が1963年なので、57年ぶりの再会ということになる。
森安君とは数年前にFacebookで出会っている。
彼が僕を見つけて友達申請をしてくれたからである。
以来Facebook上での交流はあったが、実際に会うことはなかった。
そこでこの機会にぜひ会いたいと思い、弟を通して連絡をつけてもらって、今回の再会となったのである。
実は森安君の奥さんは弟の小学校時代の同級生。
不思議な縁である。

さっそく駅前の喫茶店に入って昔話で盛り上がる。
森安君は卒業アルバム持参である。
さらに平成5年に開いたという同窓会の写真まで持ってきてくれた。
そしてその写真は余分にあるからといって進呈してくれたのである。
ありがたいことだ。
そういえばその同窓会の案内が来たことを思い出した。
しかし遠方ということもあって出席できず、思い出や近況を書いた手紙を出したのだが、森安君によるとこの同窓会の席上でその手紙が披露されたそうだ。
うれしい話である。

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卒業アルバムの「3年10組」のページを開き、その写真と同窓会の写真を見比べながら、記憶を辿っていく。
生徒は男子31人、女子25人の計56人のクラスであった。
そして同窓会に集まったのは男15人、女12人の計27人である。
半数以上が出席したことになる。
高い出席率ではないだろうか。
これはやはりクラス担任だった庭村先生の熱心な教育の賜物ではないかと今更ながら思う。
庭村先生は熱血教師で、怖い面もあったが、細部に気配りの利く、いい先生だった。
クラスには「3年10組」という歌があり、ホームルームの後は必ずこの歌を歌って一日の終りとしていた。
そんなクラスなので、生徒たちの結束は固く、わずか1年間だったが、忘れ難いクラスになったのである。
それがこうした出席率の高さに結びついているように思う。

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見た目が変わった人、変わらない人、様々だが、それでもよく見ればみんな昔の面影を残している。
中学生に帰った気分で当時のことを思い出した。
そしてあっという間に時間が過ぎた。

喫茶店を出た後は、森安君がクルマで多度津の実家まで送ってくれた。
夜には彼と奥さんがまた改めて出直して、もういちど弟の家で、一緒に呑むことになっている。
そのことはまた次回に。

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映画「涙するまで、生きる」

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ヴィゴ・モーテンセンの長年のファンである。
彼を知ったのは「インディアン・ランナー」を観てからのこと。
1991年の映画なので、もう30年近く前になる。
その強烈な印象に魅せられ、以来ファンとなり、彼の出演と云うだけで観るようになった。
この映画もそうしたことから何の予備知識もなく観たが、「インディアン・ランナー」に負けず劣らず重い手ごたえのある映画であった。

時はアルジェリアがフランスの支配から独立しようとの機運が高まった1954年。
戦争前夜の不穏な空気が漂うアトラス山脈の山岳地帯が舞台になっている。
そこで小学校の教師をしているのが、ヴィゴ・モーテンセン演じるダリュという男。
ある日彼のもとに殺人犯であるアラビア人の男を連れて憲兵が現れる。
そして彼に代わってその男をタンギーという町まで連れていけと強引に命じて置いてゆく。
だがその気のないダリュは男を逃がそうとするが、男には逃げる気配がなく、逆に男からタンギーまで連れて行って欲しいと懇願される。
なぜ男がそうした行動をとるのか、アラブの「掟」に絡んだ事情が男の口から語られる。
そしてそれを証明するかのように男を殺そうとする村人たちの一団が襲い掛かってくる。
抜き差しならない状況に追い込まれたダリュは、男を連れてタンギーを目指すことになるが、その行く手には様々な危険が待ち構えている。
そしてそれらの障害を命がけで躱しているうちに、ふたりの間に友情のような心の交流が芽生え始める。

原作はアルベール・カミュの短編小説「客」。
カミュといえば不条理小説を書く作家として知られているが、こうしたリアルなものも書くのだということを初めて知った。
彼の小説は昔「異邦人」を読んだだけなので、詳しくは知らないが、原作になった小説は「転落・追放と王国」という作品集のなかに収められたもの。
アルジェリア生まれのカミュが、独立戦争勃発前の1954年に書いた。
それを大幅に作り直して出来たのがこの映画である。

この世の果てのような荒涼とした風景が圧倒的なスケールで迫ってくる。
その不毛の土地のなかで問わず語りに交わされるふたりの言葉が重い。
その会話の中からそれぞれの人生が朧げに浮かび上がり、立場を越えた共感がふたりの間に生まれる。
そしてタンギーの町を目前にして最後の決断を迫られることになる。

ヴィゴ・モーテンセンの魅力炸裂の映画である。
「インディアン・ランナー」以後、「ヒストリー・オブ・バイオレンス」や「イースタン・プロミス」などで個性的で強烈なキャラクターを演じてきたモーテンセンだが、この映画の彼もそれに勝るとも劣らない。

ヴィゴ・モーテンセンはデンマーク人の父のもと、ニューヨーク州マンハッタンで生まれ、2歳の時にベネズエラに移住、さらに1年後にはアルゼンチンへと移り住んでいる。
また両親が離婚した11歳の時には母親の故郷であるカナダ国境沿いのウォータータウン市に移住、さらに毎年夏になると父親の故郷デンマークへ行くという生活であった。
そうした経験から、彼は英語のほかにスペイン語、デンマーク語、フランス語、イタリア語などを流暢に話すことができる。
そんな才能を生かして彼は、アメリカ映画に限らず、各国の映画に出演することが多い。
この映画もアメリカ映画ではなく、フランス映画である。
そして彼が演じるダリュという男はスペイン系のフランス人という設定。
セリフはほとんどがフランス語、そしてときたまアラビア語も使う。
多国語に堪能な彼ならではの役柄といえよう。
この映画を観たことで、また新たな一面を見ることができたのである。


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Category: 読書

Tags: 短編小説集  西村賢太  

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西村賢太「無銭横町」

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「菰を被りて夏を待つ」、「邪煙の充ちゆく」、「朧夜」、「酒と酒の合間に」、「貫多、激怒す」、「無銭横町」の6編が収められている。
いずれの短編も内容的にはこれまで読んできたものと変わらないが、それを手を変え品を変えて読ませてしまうのは流石である。
同じ話なのにけっしてマンネリにはならない。
そこが西村作品の魅力であり、力でもある。
読まずにはいられないのである。
中毒性の強い作家だ。

6作のなかで特に印象に残るのは、表題作である「無銭横町」。
例のごとく家賃を滞納、大家から立ち退きを迫られた貫多が、金策に走り回る様子が事細かに書き連ねられていく。
まずは手元に残ったわずかの金を工面して町田に住む母親を頼るが、自分の生活だけで精いっぱいだと体よく断られてしまう。
日頃没交渉で都合のいい時にしか現れず、度々迷惑をかけられている母親にすれば、これは当然の態度といえよう。
それでも帰りの電車賃だけは無理やりむしり取る。
アパートに帰った貫多は、仕方なく読みかけの文庫本を古本屋に持って行くが、ここでも断られそうになる。
だが悪戦苦闘の末に、何とか100円で売ることに成功する。
さっそくインスタントラーメンを買うが、コンロも調理器具も持っていないので料理ができない。
そこで考えたのが「水ラーメン」。
ビニール袋に入れたラーメンに水を注ぎ、ある程度ふやけたところで手でもみほぐすという方法。
とても食べられた代物ではないが、空腹を我慢できない貫多は残らず平らげてしまう。
そして「ヘンな胃のもたれと軽ろき吐き気」を感じながら、また次なる金策へと奔走するのである。

何とも情けなくやるせない話である。
しかしこんな愚行を繰り返すのが、若さというもの。
似たようなことは、ひとり暮しをしたことのある者であれば、身に覚えがあるはず。
斯くいう私もそのひとり。
読んでいてどうしようもなく愚かで、その日暮しだった若かりし頃を思い出したのである。
しかしその恥多き愚かな日々が、とてつもなく懐かしく愛おしい。
そしてそんな馬鹿々々しいことをやれたことが、今ではとても貴重な経験だったと思えるのであった。


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Category: 月別観た映画と読んだ本

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今月観た映画と読んだ本(2018年3月)

観た映画


zetubouni.jpg「走れ、絶望に追いつかれない速さで」(DVD)
2015年 監督/脚本:中川龍太郎 出演:太賀/小林竜樹/黒川芽以/藤原令子/寉岡萌希/飯田芳/宮本行/松浦祐也


message.jpg「メッセージ」(DVD)
2016年アメリカ 監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ 出演:エイミー・アダムス/ジェレミー・レナー/フォレスト・ウィテカー/マイケル・スタールバーグ/マーク・オブライエン/ツィ・マー


sinkondoutyuki.jpg「新婚道中記」(BSプレミアム)
年アメリカ 監督:レオ・マッケリー 出演:アイリーン・ダン/ケーリー・グラント/ラルフ・ベラミー/アレクサンダー・ダーシー/セシル・カニンガム/モリー・ラモント/エスター・デール/ジョイス・コンプトン/ロバート・アレン


dream-s.jpgドリーム(DVD)
2017年アメリカ 監督/脚本:セオドア・メルフィ 出演:タラジ・P・ヘンソン/オクタヴィア・スペンサー/ジャネール・モネイ/キルスティン・ダンスト/ケビン・コスナー/ジム・パーソンズ/マハーシャラ・アリ/オルディス・ホッジ/グレン・パウエル/キンバリー・クイン/キンバリー・クイン/オレック・クルパ


place-in.jpg「プレイス・イン・ザ・ハート」(BSプレミアム)
1984年アメリカ 監督/脚本:ロバート・ベントン 出演:サリー・フィールド/リンゼイ・クローズ/エド・ハリス/エイミー・マディガン/ジョン・マルコヴィッチ/ダニー・グローヴァー/ヤンクトン・ハットン/ジェニー・ジェームズ


inotiwotunagu.jpg「命をつなぐバイオリン」(DVD)
2011年ドイツ 監督/脚本:マルクス・O・ローゼンミュラー 出演:カイ・ヴィージンガー/カテリーナ・フレミング/グドルン・ランドグレーベ/コンスタンティン・ヴェッカー


grass-hp.jpg「グラスホッパー」(DVD)
2015年 監督:瀧本智行 出演:生田斗真/浅野忠信/山田涼介/麻生久美子/波瑠/菜々緒/村上淳/宇崎竜童/吉岡秀隆/石橋蓮司


ikari.jpg「怒り」(DVD)
2016年 監督/脚本:李相日 出演:渡辺謙/森山未來/松山ケンイチ/綾野剛/広瀬すず/佐久本宝/ピエール瀧/三浦貴大/高畑充希/原日出子/池脇千鶴/宮﨑あおい/妻夫木聡


criminal.jpg「クリミナル 2人の記憶を持つ男」(DVD)
2016年イギリス/アメリカ 監督:アリエル・ヴロメン 出演:ケビン・コスナー/ゲイリー・オールドマン/トミー・リー・ジョーンズ/アリス・イヴ マルタ・リンチ/ガル・ガドット/マイケル・ピット/ジョルディ・モリャ/アンチュ・トラウェ/スコット・アドキンス/アマウリー・ノラスコ/ライアン・レイノルズ



読んだ本

sibakouen-s.jpg芝公園六角堂跡(西村賢太 短編集)


hadareyuki.jpg「はだれ雪」(葉室麟 時代小説)


8gatu15niti.jpg「八月十五日の夜会」(蓮見圭一 )


ningenbannen.jpg「人間晩年図巻 1995-99年」(関川夏央 評論)


kougai.jpg「郊外の文学誌」(川本三郎 評論)


aitohayobazu.jpg「それを愛とは呼ばず」(桜木紫乃 現代小説)


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プロフィール

cooldaddy

Author:cooldaddy
住んでいるところ:青森県弘前市
出身地:香川県
年齢:今年(2018年)70歳です。
性別:男

還暦(10年前)という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
趣味のこと、生活のこと、心に残ったことなど、My Favorite thingsを、気ままに書いていこうと思います。
末永くおつき合いください。

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