風に吹かれて

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原田マハ「奇跡の人」

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何か面白い本はないかと、本屋で立ち読みしていたとき、たまたまこの本を手にしたところ、そこに「弘前」という地名があるのを見つけた。
どうやら「弘前」が舞台の話のようだ。
興味を引かれたのでじっくり読んでみようと、図書館へ行き借りてきた。

「奇跡の人」という題名からすぐに思いつくのは、ヘレンケラーの物語である。
聞こえず、見えず、話せずという三重苦を抱えたヘレンケラーが、アニー(アン)・サリバンによって言葉を理解するようになるという有名な話である。
昔映画で観て感動したことを憶えている。
ちょうど中学生くらいの時であったと思うが、クライマックスでは胸が熱くなり泣いてしまった。
映画を観て泣いたのは、これが初めてであった。
それだけに鮮やかな記憶として残っているのである。
ヘレンケラーを演じたのはパティ・デューク、アニー(アン)・サリバンを演じたのはアン・バンクラフト。
この映画でパティ・デュークはアカデミー助演女優賞を、アン・バンクラフトは主演女優賞を受賞している。

そしてこの小説である。
題名通りまさにこれは日本版ヘレンケラー物語である。
ヘレンケラーが介良(けら)れん、アニー(アン)・サリバンが去場安(さりばあん)となっており、明治20年の津軽を舞台に書かれている。
読み始めてすぐに同じ話だということが分かった。
それをなぞった話をまたもういちど読むのもどうかと思いながら読んでいたが、いつの間にかそんなことも忘れてしまい、夢中になってしまった。
そして気がつくとそのまま一気に最後まで読んでしまったのである。
原田マハの語りの上手さを、あらためて感じたのである。

明治4年、9歳の去場安は、岩倉使節団の留学生として渡米する。
彼女は生まれつき視力が弱く、いずれ目が見えなくなると医者から宣告されていた。
行く末を案じた父親は、ひとりで生きていける力を身につけさせようと、幼い彼女を留学させることに決めたのである。
そして16年の後、留学生活を終えた安が、女子教育に専心したいという希望を胸に帰国した。
その彼女のもとに伊藤博文から、青森県弘前町の男爵家の娘の教育係をやってもらえないかという依頼の手紙が届く。
それが三重苦の娘、介良(けら)れんであった。
情熱に燃える安は、その困難な仕事に挑もうと単身弘前へと赴く。
そしてけもののようなれんとの壮絶な試練の日々が始まるのである。

この物語と実際のヘレンケラーの物語との大きな違いは、津軽の盲目の旅芸人、狼野(おいの)キワという少女が登場することである。
手のつけられないきわは、座敷牢のような蔵に閉じ込められて生活をしていた。
そのきわを、蔵から出して大人しく生活できるようにするまでは、なんとかこぎ着けることができたが、きわのなかに眠る才能をもっと引き出したいと考える安は、それだけでは満足しない。
そこで環境を変えてさらなる飛躍を遂げようと、金木にある介良家の別邸にこもって、二人きりの生活を始める。
そこに「ボサマ」と呼ばれる門付け芸人の親子が、毎日のように門付けにやってくる。
その子供が10歳になるキワであった。
やがてキワはれんと親しくなる。
れんにとっては初めての友だちである。
そしてそのことが、れんの教育にとって大きな力になっていくのである。

アウトラインはヘレンケラーの物語をなぞっているが、細部は作者独自の工夫がされており、同じ話を読んでいるようには感じない。
まったく別な物語としての面白さがある。
とくにキワが登場して以降の話にとくにその感が強い。
ボサマやイタコ、川倉地蔵や「賽の河原」、そしてキワが歌う民謡や津軽三味線、そうした津軽独特の風土や風習が揃うことで、話に厚みが加わってくる。
また津軽弁が間違うことなく正確に書かれていることも、リアルさをさらに高める要因になっている。
そのことは地元の人間として感心したが、本の協力者に「九戸真樹」という名前があるのを見て納得した。
津軽の文化人で、地元発行の雑誌などにもしばしば文章を書いている人である。
その人が協力者となって名前を連ねている。
津軽に関する水先案内人になっている。
なるほど津軽弁を始めとした津軽のあれこれが、詳細かつ正確に書かれているのは、そのためである。
そうしたこともあって、よりいっそう印象深い一冊になったのである。


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桜木紫乃「ホテルローヤル」

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直木賞受賞作である。
「ラブレス」では直木賞を逃したが、2年後のこの「ホテルローヤル」で、その雪辱を晴らしたというわけである。

物語は、釧路湿原を見下ろす高台に建つ「ホテルローヤル」という名のラブホテルを舞台に、そこで繰り広げられる人間模様を描いた連作短編集である。
今は廃屋となったホテルから始まり、時代を逆回転しながら、最後は40年前のホテル建設の舞台裏へと遡っていく。
7つの短編から成っているが、経営者、従業員、客など「ホテルローヤル」に関わった人たちの姿が描かれる。
ラブホテルという淫靡で胡散臭い世界が舞台だが、そこで繰り広げられる人間模様はどれも行き止まり間のある切実なものばかり。
世間から目を背けられる日陰の場所だからこそ、そうした人間の本性が自然と現れるのだろう。
赤裸々に語られていくが、それは時に愚かしく、時に切なく、そして時に滑稽である。
そうした悲喜こもごもを読んでいるうちに、そこに暗さだけではない優しさや愛しさを感じるのは、これまでの桜木作品同様である。

ところでこの「ホテルローヤル」というのは、実在したホテルがモデルになっている。
桜木紫乃の父親が始めたという同名のホテルである。
高校生だった桜木紫乃は、学校から帰ると部屋の掃除などの家業を手伝ったそうだ。
小説の中でホテルの仕事が、細部に至るまでリアルに描写されているのは、そうした経験に裏打ちされているからだろう。
この小説に限らず、桜木紫乃の小説では、どれもこうした仕事の細部が丁寧に描き込まれているのが大きな特徴だ。
さらに舞台となる北海道の気候風土や風景が、独自の感性で巧みに表現されていることも、もうひとつの大きな特徴になっている。
小説世界がよりリアルなものとして立ち上がってくるのはそのためである。
そうしたことが多くの人を惹きつけてやまない大きな要因になっているのだと思う。


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桜木紫乃「ラブレス」

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これまで読んできた桜木紫乃の小説は、すべてが短編もしくは連作短編であったが、5冊目にして初の長編である。
この小説は第146回の直木賞の候補作であり、第19回島清恋愛文学賞受賞作品でもある。

物語は北海道標茶町(しべちゃちょう)の貧しい開拓村に生まれた、杉山百合江という女性の波乱の人生を描いたものである。
百合江が育った開拓小屋は、酒に溺れた父親が暴力で支配する家であった。
文盲の母親はその暴力にひたすら黙って耐えるだけである。
そうした家族のもとに、生まれてすぐ親戚の家に預けられた妹の里実が帰ってくる。
昭和25年、百合江15歳、里実11歳のときであった。
そしてその潤いのない家庭のなかで、妹の里実が百合江の唯一の味方になっていく。
しかしそれもつかの間、高校進学を夢見ていた百合江は、父親の借金のかたに無理やり奉公に出されることになってしまう。
そこから百合江の流浪の人生が始まる。
勤め先の薬局を飛び出した後は、得意の歌で生きていこうと歌芝居の一座に入り、各地を転々とする根無し草の生活を続ける。
そして昭和35年、百合江25歳のときに一座は解散、一座の女形でギター弾きの宗太郎とふたりで「流し」となって各地のネオン街をさすらうようになる。
さらにクラブ歌手などいくつか職業を変え、また宗太郎とも別れるなど、波乱万丈の生活が続いていく。
いっぽう妹の里実は、中学を出ると床屋に弟子入り、そこで腕を磨いた後釧路の理容室に移り、腕の確かな理容師となる。
そしてその腕を店主に見込まれた彼女は跡取り息子の嫁になり、やがて店をひとりで切り盛りするやり手の女主人となっていく。

その日暮しの生活で安定しない姉と、姉とつかず離れず支え続けるしっかり者の妹、対照的なふたりだが、どちらも懸命に生きていく。
そしてさまざまな人間たちが通り過ぎていく。
それとともに訪れる試練の数々。
そうした人生の足跡が情感豊かに描かれていく。

こうやって桜木紫乃の小説を読んできて思うことは、月並みな言い方になるが、やはり女の強さということだ。
どんなひどい目に遭おうとも、けっしてめげないしなやかさ。
どんなものも受け入れようとする柔らかな心。
そうしたものは、男には見られないものである。
女ならではの強さである。
そしてその底に流れる切なさ悲しさは、自分の人生を精いっぱい生き切ったことに対する讃歌の涙なのかもしれない。
そんなことをふと思ったのである。

ところで桜木紫乃は開拓三世で、百合江たちが暮らしていた開拓小屋は、彼女の祖母が住んでいた小屋がモデルということだ。
そういえば、小説の中で百合江の娘、理恵は小説家という設定になっている。
新人賞をとり、ひと月かふた月に一度のペースで小説を書き、そろそろ二冊目の本が出るというまだまだ無名の小説家の卵である。
おそらく桜木紫乃自身がモデルなのであろう。
小説の終盤、祖母の死後に祖母たち一家が住んでいたという開拓小屋を、従姉の小夜子とふたりで訪れる場面がある。
そこで彼女は小夜子に向かって次のように言う。

「わたしさ、おばあちゃんがここで生きてきたことを書きたいの。ここで死ねなかったことも、ちゃんと書いておいてあげたいの。おばあちゃんがどこからきて、何を残したのかを、誰かに知ってほしい。」

そして次のような文章が続く。

< 理恵には開拓者の血が流れている。小夜子にはないものだ。その血は祖母から百合江へと受け継がれ、生まれた場所で骨になることにさほどの執着心を持たせない。それでいて今いる場所を否定も肯定もしない。どこへ向かうのも、風のなすままだ。理恵が祖母と心を通わせることができたのも、開拓者の気質を受け継いでいるせいなのだろう。からりと明るく次の場所に向かい、あっさりと昨日を捨てることができる。捨てた昨日を、決して惜しんだりはしない。 >

こうやって親から子へ、そして孫へと女たちの思いが受け継がれていく。
そこに女たちの強さとともに、絶えることのない人間の繋がりの強さや希望といったものを感じるのである。


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Category: 日本映画

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映画「柘榴坂の仇討」

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桜田門外の変に関わった、襲った側と襲われた側の武士ふたり。
その後の13年間を描いた映画である。
この13年は、幕末から明治となった激動の時代。
すべての価値観が大きく変わった時代である。
しかし主人公ふたりの時間は、桜田門外の変の時で止まったままである。
時代に翻弄された彼らは、どちらも時代に見捨てられ孤独の中で生きている。
敵同士ではあるが、ふたりは合わせ鏡のように似た者同士であることが見えてくる。
そうしたふたつの孤独な魂が、まるでお互いが片割れを捜し求めていたかのように巡り合うことになる。
そしてクライマックスの対決となる。

中井貴一、阿部寛が素晴らしい。
今は車夫となった阿部寛が雪の降る夜道のなか、中井貴一を乗せた車を曳いてゆく。
その道中で交わされる問わず語りの会話は、闘いの前哨戦ともいえるもの。
ふたりの争いはすでに始まっている。
緊迫感溢れるその一語一語を、聴き洩らさないように神経を集中させてゆく。
ふたりと同調するように、こちらの緊張感も高まってゆく。
そしてついにふたりの死力を尽くした真剣勝負のときがやってくる。
静と動との鮮やかな転換、そして桜田門外の変と同じく雪のなかで繰り広げられる迫力ある殺陣、見応えじゅうぶんである。
久しぶりに本格的な時代劇を堪能した。

原作は浅田次郎による短編集『五郎治殿御始末』。
この本は読んだ憶えがあるが、残念ながら内容については、あまりよく憶えていない。
原作になった短編だけでも、もういちど読んでみようかなと思っている。


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桜木紫乃「蛇行する月」

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6章からなる連作短編。
というよりも連作長編といったほうが適切かもしれない。
各章の題名は「1984 清美」「1990 桃子」「1993 弥生」「2000 美菜恵」「2005 静江」「2009 直子」と、いずれも年代と名前がついているが、これはそれぞれの章の人物が語りつぐ25年間の物語になっているからである。
このうち清美、桃子、美菜恵、直子の4人は、北海道の同じ高校の図書部に在籍した部員仲間である。
さらにもうひとり須賀順子という部員がここに加わることになるが、彼女がこの物語の中心となる人物である。
しかし中心人物でありながら彼女の視点だけは書かれない。
それは他の6人の視点で見たそれぞれの順子像を描くことで、彼女を中心とした全員の人生が浮かび上がってくるという形をとっているからである。

須賀順子は高校卒業後、和菓子店に就職をした。
そしてその和菓子店の婿養子である20歳も年上の職人と駆け落ちをしてしまう。
各地を転々とした後、ふたりが最後に辿りついたのは東京の郊外のさびれた商店街にある小さなラーメン店であった。
そこで従業員として働いていたが、主人が倒れたので、その後を引き継いで、今はラーメン屋の店主として働いている。
ふたりの間に男の子が出来たが、生活は厳しく、世間一般の尺度からいえばとうてい幸せと呼べるものではない。
しかし順子はそれを「幸せ」だという。
強がりでも負け惜しみでもなく、心底そう思っている。
そうした順子の生活に、人生の岐路に立たされたそれぞれが、少しづつ関わっていくことになる。
そのなかで果たして彼女は幸せなのか、そして自分にとって幸せとは何か、そうしたことが問われていく。

4人以外に1993年に弥生、そして2005年に静江というふたりの女性が登場する。
弥生は順子が駆け落ちした職人の元妻。
夫が出て行ったあと、和菓子店の店主として忙しい毎日を送っている。
そして静江は順子の母親である。
60歳近くになる彼女はスーパーに勤めながらひとり暮しをしている。
10代で順子を生んだが、結婚に失敗、以後つき合ったいずれの男とも長くは続かなかった。
そして順子の駆け落ち後は、お互いにあまり連絡を取り合うこともなくなってしまった。
そうしたふたりが、時を前後してそれぞれ順子を訪ねることになるが、その再会は切なく侘しいものがある。

『幸福の形はいつも同じだが、不幸の形はそれぞれ違う』と書いたのは確かトルストイだったと思うが、この小説を読んでいると果たしてそうだろうかと思ってしまう。
逆な言い方をすれば、『幸福の形はさまざまだが、不幸の形は驚くほど似ている』となるのだろうが、これまた一面の真理であろう。
結局幸福も不幸もこれといった決まった形があるわけではなく、それぞれの考え方、心の持ちようで如何様にも変わってくるものである。
そうした人間の微妙な心理を巧みにすくいとって書いたのが、この小説ということになる。

人生はけっして単純に流れる川ではない。
どんな人の人生も複雑な形に蛇行しながら流れていく。
この小説で書かれた北の大地に生きる女たちの人生も、いち様なものではなく、また幸福の形も様々である。
そうした人生に触れることで、様々な感慨が浮かんでくる。
そして今回も深い余韻を残して、桜木紫乃の小説を読み終わったのである。


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Category: 月別観た映画と読んだ本

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今月観た映画と読んだ本(2017年3月)

観た映画

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「神なるオオカミ」(DVD)
2015年中国/フランス 監督:ジャン=ジェック・アノー 出演:ウィリアム・フォン/ショーン・ドウ/バーサンジャプ


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愛する人(DVD)
2009年アメリカ/スペイン 監督/脚本:ロドリゴ・ガルシア 出演:ナオミ・ワッツ/アネット・ベニング/ケリー・ワシントン/ジミー・スミッツ/サミュエル・L・ジャクソン/デヴィッド・モース


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「消えた声が、その名を呼ぶ」(DVD)
2014年ドイツ/フランス/イタリア/ロシア/ポーランド/カナダ/トルコ 監督/脚本:ファティ・アキン 出演:タハール・ラヒム/シブン・アブカリアン/マクラム・J・フーリ/モーリッツ・ブライプトロ


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バクマン(DVD)
2015年 監督/脚本:大根仁 出演:佐藤健/神木隆之介/小松菜奈/桐谷健太/新井浩文/皆川猿時/宮藤官九郎/山田孝之/リリー・フランキー/染谷将太


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「お盆の弟」(DVD)
2015年 監督:大崎章 出演:渋川清彦/光石研/岡田浩暉/河井青葉/渡辺真起子/田中要次


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「イニシエーション・ラブ」(DVD)
2015年 監督:堤幸彦 出演:松田翔太/前田敦子/木村文乃/森田甘路/三浦貴大


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「テレマークの要塞」(BSプレミアム)
1965年アメリカ 監督:アンソニー・マン 出演:カーク・ダグラス/リチャード・ハリス/ウラ・ヤコブソン/マイケル・レッドグレー/デイヴィッド・ウェストン


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「ディーパンの闘い」(DVD)
2015年フランス 監督:ジャック・オディアール 出演:アントニーターサン・ジェスターサン/カレアスワリ・スリニバサン/カラウタヤニ・ヴィナシタンビ/ヴァンサン・ロティエ/マルク・ジンガ


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「キングコング 髑髏島(どくろとう)の巨神」(イオンシネマ試写会)
2017年アメリカ 監督:ジョーダン・ヴォート=ロバーツ 出演:トム・ヒドルストン/サミュエル・L・ジャクソン/ジョン・グッドマン/ブリー・ラーソン/ジン・ティエン/トビー・ケベル/ジョン・オーティス/コーリー・ホーキンス/ジェイソン・ミッチェル/MIYAVI/シェー・ウィガム/ジョン・C・ライリー


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「私の男」(DVD)
2013年 監督:熊切和嘉 出演:浅野忠信/二階堂ふみ/高良健吾/藤竜也/モロ師岡/三浦貴大/河井青葉


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起終点駅 ターミナル(DVD)
2015年 監督:篠原哲雄 出演:佐藤浩市/本田翼/尾野真千子/中村獅童/和田正人/泉谷しげる


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「リベンジ・マッチ」(BSプレミアム)
2013年アメリカ 監督:ピーター・シーガル 出演:ロバート・デ・ニーロ/シルベスタ・スタローン/キム・ベイシンガー/ケヴィン・ハート/アラン・アーキン/ジョン・バーンサル


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「隠し砦の三悪人」(BSプレミアム)
1958年 監督/脚本:黒澤明 出演:三船敏郎/千秋実/藤原鎌足/藤田進/上原美佐/志村喬/三好栄子/上田吉二郎/藤木悠/土屋嘉男/加藤武


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最愛の子(DVD)
2014年中国/香港 監督:ピーター・チャン 出演:ヴィッキー・チャオ/ホアン・ボー/トン・ダーウェイ/ハオ・レイ/チャン・イー/キティ・チャン


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フランス組曲(DVD)
2014年イギリス/フランス/ベルギー 監督/脚本:ソウル・ディブ 出演:ミシェル・ウィリアムズ/マティアス・スーナールツ/クリスティン・スコット・トーマス/サム・ライリー/マーゴット・ロビー/ルース・ウィルソン/ランベール・ウィルソン/トム・シリング


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「愛を積むひと」(DVD)
2015年 監督/脚本:朝原雄三 出演:佐藤浩市/樋口可南子/北川景子/野村周平/杉咲花/吉田羊/柄本明


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「生きる」(BSプレミアム)
年 監督:黒澤明 出演:志村喬/小田切みき/千秋実/藤原鎌足/金子信雄/左卜伝/田中春男/日守新一/中村伸郎/渡辺篤/伊藤雄之助/宮口精二/加東大介/菅井きん



読んだ本


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指の骨(高橋弘希 戦争小説)


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本格小説 上・下(水村美苗 現代小説)


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ロゴスの市(乙川優三郎 現代小説)


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物語の向こうに時代が見える(川本三郎 評論)


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高く手を振る日(黒井千次 現代小説)


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九十歳。何がめでたい(佐藤愛子 エッセイ)


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氷平線(桜木紫乃 短編小説集)


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「日が沈むのを」(野呂邦暢 短編小説集)


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ニッチを探して(島田雅彦 現代小説)


jrueno.jpg
「JR上野駅公園口」(柳美里 現代小説)


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活版印刷三日月堂 海からの手紙(ほしおさなえ 短編小説集)


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星々たち(桜木紫乃 短編小説集)


kisyuten-s.jpg
起終点駅(桜木紫乃 短編小説集)



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桜木紫乃「起終点駅」

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「かたちないもの」「海鳥の行方」「起終点駅」「スクラップ・ロード」「たたかいにやぶれて咲けよ」「潮風の家」の6篇の短編が収められている。
「海鳥の行方」と「たたかいにやぶれて咲けよ」は連作だが、他の4編はそれぞれ独立した短編になっている。
表題作「起終点駅」は先日観た映画の原作である。
読んでみるとラストが少し違っているだけで、ほぼ原作通りに映画化されていることが分かった。
映画を思い出しながら読んだ。

それ以外で印象に残ったのは、「たたかいにやぶれて咲けよ」と「潮風の家」の2編である。
「たたかいにやぶれて咲けよ」は道報新聞の記者、山岸里和が取材した歌人中田ミツについての話である。
「恋多き歌人」といわれ、全国的にも名が知られた82歳の歌人中田ミツが、特養老人ホームで余生を過ごしている。
そのことに興味を持った山岸里和はインタビューを申し込むが、こてんぱんにやりこめられ、記事にできないまま終わってしまう。
そのとき彼女から言われたのは「記事にするなら、わたしが死んでからになさい。」
その中田ミツが亡くなった。
知らせを受けた山岸里和は、追悼記事を書くために再び取材を始める。
その取材のなかで中田ミツの在りし日の姿が浮かび上がってくる。
ミステリーのような展開と中田ミツの特異な人物像が面白い。
そして彼女の人生を知ったことで、生き方に迷っていた山岸里和の胸に確かな覚悟が芽生えてくる。
題名は中田ミツの詠んだ「たたかいにやぶれて咲けよひまわりの種をやどしてをんなを歩く」という歌からとっている。

「潮風の家」は北海道西北部にある小さな漁村、天塩町を舞台にした物語。
30年ぶりに久保田千鶴子が故郷の天塩町に帰ってくる。
両親と弟の墓の永代供養をするためで、帰る家のない彼女が頼ったのは、亡くなった母親のたったひとりの友人、たみ子であった。
浜のあばら家にひとりで住むたみ子は85歳になる。
彼女は若い頃家族のために吉原で女郎として働いていたことがある。
家族の生活を支えるための身売りであったが、両親が亡くなった後、故郷に帰ってきた。
だが帰郷と同時に妹弟は町を出てしまい、<「赤線あがり」という言葉と彼女だけがこの町に残された>
いっぽう千鶴子が故郷を出たのは、弟が強盗殺人事件を犯し、拘留中に自殺をしたためであった。
その時たみ子は千鶴子に1万円を握らせ、すぐに町を出て行くようにと諭したのである。
そのまま町に留まると、自分と同じように千鶴子もまた蔑みと好奇の目に晒されると考えたからであった。
そして時間が流れ、30年ぶりにふたりは再会したのである。
千鶴子は故郷を出た後、水商売の世界で生きてきた。
そして2度の結婚にも失敗した。
そんな千鶴子にたみ子は言う。

「売れるもん売ってなぁにが悪い。ワシもお前のおっ母さんも、みんな同じだ。泥棒してきたわけでもねぇ。あるもん売ったんだべよ。金でなくたって、なんかもらったら同じだ。そんなことしたことねぇ女がどこの世界にいるってよ、千鶴子。体は壊さなけりゃ好きに使えや」

「ワシの父親は津軽からひとりで流れてきた漁師だったんだ。次男坊だから船もなくてよ。もう二度と故郷には戻らんつもりでこっちさ来たんだべ。ニシン場にくれば景気もええべと思ったらしいが、結局船のひとつも持てんかった。毎日必死で生きてても、人間どうにもならんことがある。ワシはそんなことを生まれながらに知ってたような気がする。だからワシらに身寄りがないこと、誰も気の毒がるひつようなんかねぇんだわ。みんな親兄弟捨ててきた人間の子や孫なんだからよ。」

「体はええよ、減らんもの。東京じゃええことなんかひとっつもなかったけど、田舎に戻って自分が送った金で家が建ってたのを見たときは、なんか誇らしく思えたな。ワシは吉原にいたときがいちばん親孝行できたんだ。この家と自分の過去を捨てたら、なんだかワシのたったひとつの孝行もなくなるような気がしてなんねぇのよ」

そして別れぎわに「これはお前が焼くなりなんなり、うまいこと処分してくれんべか」といって古ぼけた冊子を渡された。
それは『新吉原女子保険組合 機関紙 婦人新風』という冊子で、その文芸欄に、ひらがなしか読み書きできないたみ子の書いた「ニシン場の娘が吉原に売られて、朋輩から魚くさいと馬鹿にされている、といった内容から始まる」詩が掲載されていた。

だれもうらまず わらってはたらく
いもうと おとうとに あったかいめしをくわせ
かあちゃんに かくまきを
とうちゃんには あったかいくつしたを
かってあげるんだ
まいにち わらってはたらいているうちに
とうちゃんも かちゃんも しにました
わたしはもう にしんのにおいがしません

暗く悲惨な小説なのに、何でこうも桜木紫乃の小説に惹かれてしまうのか。
普通こうした種類の小説の場合、次第に読むのが辛くなるものだが、桜木紫乃の小説はそうではない。
逆にもっともっと読みたくなってくる。
このあともまた続けて読もうと、もうすでに図書館から何冊か借りて用意している。
まだしばらくは桜木紫乃の小説との付き合いが続くことになる。


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桜木紫乃「星々たち」

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連作短編集ではあるが、どの話も塚本千春という女性と彼女と関わりをもった人たちの物語になっている。
また同時に彼女の母親、そして娘と繋がる女三代の物語にもなっており、そういう意味では長編小説として読むこともできる。
なかなかユニークな構成である。

塚本千春の母親、咲子は奔放な女である。
娘の千春を実家に預けたまま、遠く離れた街で水商売の女として生きている。
そうした母親と娘の暮らしを描いているのが、冒頭の「ひとりワルツ」と「渚のひと」である。
そして続く「隠れ家」「月見坂」「逃げてきました」では、その後の千春の姿が描かれ、「冬向日葵」では咲子の最期の日々が描かれる。
さらに「トリコロール」「やや子」では千春の娘のやや子の人生が描かれていく。
結局三代の女たちは家庭という共通の場を持つことなく、離れ離れのまま生きていく。
千春もやや子もどちらも親に捨てられた子供である。
世間一般の常識からいえば、親の愛情を知らずに育った不幸な人たちということになる。
しかし、そんな常識とは無縁に、自分たちの人生をただただ愚直に生きていく。
どんな相手に対しても過剰な期待はしない。
傷つけ傷けられながらも、誰を恨むでもなく、嘆くでもない。
それはどこまでも堕ちてゆくしかない不器用な人生である。
だがそこには悲惨というだけではない力強さと温かさがある。
人とは何と脆いものか、そしてまた何と強いものであるか。
そうした脆さ強さが、抱きしめたいほど愛しく思えてくる。
桜木紫乃のうまさ、巧みさに心底唸らされたのである。

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ほしおさなえ「活版印刷三日月堂 海からの手紙」

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埼玉県川越市にある小さな活版印刷所「三日月堂」を訪れる様々な人たちの姿を描いた連作短編集である。
この「海からの手紙」は「星たちの栞」に続いて出された「活版印刷三日月堂」シリーズの第2弾になる。
主人公は二十代の女性、月野弓子、「三日月堂」という名の活版印刷所を、ひとりで切り盛りしている。
「三日月堂」は彼女の曽祖父が昭和初期に創業した印刷所で、それを祖父が継いで営んでいた。
だが5年前、祖父が亡くなると同時に店は閉じられてしまったのである。
それを孫の弓子が継ぐことを決心、再開1年目の出来事を書いたのが、「星たちの栞」である。
そして続く2年目の出来事を書いたのが、この「海からの手紙」である。
順番から行けば「星たちの栞」を先に読むべきところだが、図書館の予約の順番が「海からの手紙」のほうが先になり、順番が逆になってしまったのである。

「ちょうちょうの朗読会」「あわゆきのあと」「海からの手紙」「我らの西部劇」の4編が収められているが、どれも心温まるいい話ばかり。
おそらく若い女性を主なターゲットにしているのだろうが、自分のようなおじさんが読んでもウルッときてしまう。
泣かせのツボを心得ているのである。
読み終わった後は、誰かに無性に勧めたくなってしまう。

ところでこの小説を読んで、活版印刷についていろいろと勉強になった。
それぞれの話のなかで、活版印刷に興味を持った人たちが訪れて、案内状、名刺、豆本、本などが印刷されていくが、その過程で活版印刷独自の印刷方法や魅力が、懇切丁寧に説明されていく。
そして活版印刷の世界の向こうに、思いがけず豊かな世界が広がっていることに気づかされるのである。
そうした奥深い世界に触れることができたことも、この小説を読んでよかったことのひとつである。
近々「星たちの栞」のほうも読むつもりである。

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テーマ : 図書館で借りた本  ジャンル : 本・雑誌


Category: 外国映画

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映画「フランス組曲」

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1940年、第二次世界大戦下のフランス。
ナチスによってパリが陥落、さらにその侵攻の鉾先は地方にも及び、フランス中部に位置する街ビュシーもナチスによって占拠される。
そこに住むヒロインのリュシルは、大地主の姑アンジェリ夫人とともにフランス軍の兵士として出兵した夫の帰りを待っている。
厳格で気難しく、小作人に対する態度も容赦のない姑との生活は陰鬱なものでしかない。
自分を押し殺しての毎日である。
その邸宅にナチの将校ブルーノが宿舎として住むことになる。
ブルーノは作曲家でピアニストである。
彼は夜ごとリュシルのピアノを弾くようになる。
微かに聴こえてくるその曲は、聴いたことのない曲であった。
その曲にリュシルの心が癒されていく。
やがてこの曲はブルーノが作曲した「フランス組曲」ということを彼から教えられる。
それがこの映画の題名である。

敵対する相手ということで一定の距離を置いていたリュシルだが、次第にブルーノに関心を覚えるようになっていく。
やがてそれが道ならぬ恋となっていくのである。
ふたりが愛し合うということは、同胞からすれば裏切り者ということになる。
先には悲劇だけしか見えない望みのない恋である。
それでも互いに惹かれてゆく姿が切なくもあり、スリリングでもある。
カーテン越しに相手の姿を見つめたり、ドアの隙間から隠れ見するようなショットが繰り返されるのは、そうした恋の危うさを表しているからである。

ヒロインのリュシルを演じるのは、ミシェル・ウィリアムズ。
けっして美人というわけではないが、控えめな中に意志の強さや情熱を秘めており魅力的。
穏やかなブルーノが惹かれるのがよく分かる。
そしてブルーノを演じるのがマティアス・スーナールツ。
以前観た「リリーのすべて」で、主人公の幼馴染の画商を演じていたのが印象に残った俳優であるが、ここでもまた新たな魅力を見せている。

この映画はアウシュビッツで亡くなったイレーヌ・ネミロフスキーの未完の小説を映画化したものである。
この小説は60年間開けられることのなかったトランクの中に眠っていたもので、それを彼女の娘が母親のためにと発表したものである。
そして出版されるや一躍ベストセラーとなった。
それを出版後10年を経て映画化されたのがこの作品である。
こうした事実はタイトルバックを見て初めて知ったことだが、それを知ることでこの映画がまた一段と深い彩りを帯びて見えてきた。

映画の中でパリから逃れてきたユダヤ人母子が出てくるが、おそらくこれがネミロフスキー母子なのだろうと思う。
ユダヤ人であることを隠していたが、最後は見つかり、収容所送りとなってしまう。
だが幼い娘だけは逃れることができ、アンジェリ夫人の邸にかくまわれることになる。
そうした添景として挟み込まれたエピソードが、この映画のさらなる悲劇性を高める要素になっている。


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