風に吹かれて

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Category: 読書

Tags: 短編小説集  

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藤原新也「コスモスの影にはいつも誰かが隠れている」

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何気ない日常の何気ない触れ合い、見過ごしてしまいそうな、ごくありふれた情景のなかから紡ぎ出される物語の数々、次を読むのもったいないような気持ちになって、読み進んでいった。
ひとつの物語を読み終わるたびに本を閉じ、感動を反芻しながら余韻に浸る。
その後にそれぞれの物語に添えられた一葉の写真に見入っては、さらなる余韻へと想いをはせる。
そんなふうに、ひとつひとつの物語をじっくりと味わいながらページをめくっていった。
そしてまるで砂漠の砂に水が染みこんでいくように、ひとつひとつの物語が心に沁みこみ、暖かいもので満たされていった。
人と人とが巡り合い、やがて別れる、そうした人生のつかの間のひとときを捉えた14編の物語が優しく微笑みかけてくる。

すべて偶然が生んだ話のようにも思えるが、しかしおそらく作者の考え出した周到な仕掛けがあちこちに散りばめられているに違いない。
だがそんなテクニックをいささかも感じさせず、物語はすんなりと心に滑り込んでくる。
時にはいささか出来すぎではないかと思ってしまうほど。
しかしそれはけっして不自然ではなく、心地よくツボにはまってしまうのである。

案外こうしたドラマは、自分たちの日常のなかにも、よく見てみれば転がっているのかもしれないな、と思えてきた。
そうすると、単調で変化のない繰り返しのように思えていた毎日が、急にかけがえのない大切なものに思えてきた。
そんなことを気づかせてくれる小説であった。

こうした物語がどんな経緯で生まれ、どんなふうに読者に届いたのか、そうしたことがあとがきを読むとよく分かる。
参考までに全文を載せておくことにした。

< 本書に収められた十四編中十三編の物語は地下鉄に置かれるフリーペーパー「メトロ・ミニッツ」誌において足かけ六年、七十一編の連載から選び、大幅に手を加えたものである。
 都会の人々はみずからの生活に追われるかのように急ぎ足で地下街を通りぬけながら、さしたる動機もなくこのフリーペーパーという名の雑誌を抜き取る。そして電車に揺られるわずか十五分か三十分かの間に写真や記事を流し読みし、会社に着くと時にそれはダストボックスに投げ捨てられもする。
 巨大な送風機で送り込まれる人工的な風の通り道で拾われることを待っている儚い命。それを抜き取る通勤者という私にとって見知らぬ人々。その空漠とした関係の只中で、二年以上の間私は何を書くべきか迷いつづけた。
 そんな中である出来事があった。
 兄の墓参りをしての帰り道、ふと私は畑違いの会社勤めをしている友人の墓参り時に起きた、小さな事件のことを思い出したのだ。そしてそのことを書いた。
 本書においては第七編の「カハタレバナ」がそれにあたる。
 思いがけずこの記事は反響を呼んだ。
 記事を読みながら、思わず降りる駅を通り過ぎてしまった。あるいは会社に行ってもしばらくは頭の切り替えができず仕事が手につかなかったなど、さまざまな反響が寄せられたのだ。あったことを淡々と書いたまでの私はその反応にいささか驚くとともに、その理由に思いが及んだ。
 その時脳裏を過ぎったのはこの平成の世の東京、そして昭和以降の日本に生きることにおける人々の何か得体の知れない”渇き”である。その渇きの中に「カハタレバナ」という物語は一滴の潤いをもたらしたということではないのか。
 連載が始まって二年目にして、日々通勤の途中にこのフリーペーパーを抜き取って行く名も無い人びとの顔が見えたように思った。同時におぼろげながらも書くべきものが見つかったような気がした。そしておりに触れ、私の長い人生の中で出会った出来事や普通の人々の物語を書いた。

 そのような過程をたどって生まれた本書はこれまで私が上梓してきた書き物とはいささか風合いが異なる。そこにはこれまで私があまり触れてこなかったごく普通の生活を営む男と女の交わりや別れの瞬間、生死の物語が通奏低音のように流れている。
 そしてあらためて読み返してみるとそこには、人間の一生はたくさんの哀しみや苦しみに彩られながらも、その哀しみや苦しみの彩りによってさえ人間は救われ癒されるのだという、私の生きることへの想いや信念がおのずと滲み出ているように思う。
 哀しみもまた豊かさなのである。
 なぜならそこにはみずからの心を犠牲にした他者への限りない想いが存在するからだ。
 そしてまたそれは人の中に必ずなくてはならぬ負の聖火だからだ。>

「哀しみもまた豊かさなのである。」という言葉が心に残る。
まさにそのとおりだと思う。
そしてその言葉どおりの物語に、ほんとうに心の底から癒されたのであった。


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