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Category: 読書

Tags: 川本三郎  エッセイ・評論  

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川本三郎「いまも、君を想う」

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以前弟がブログで川本三郎氏の「いまも、君を想う」について書いていたのを読んで、機会があればいつか読んでみたいと思っていた。
その時点では、まだ弘前の図書館にその本はなく、読むことができなかったのだが、先日たまたま図書館で本を漁っていると、以前はなかった棚にこの本が並んでいた。
ようやく蔵書になったのである。
さっそく借りて読んだ。

この本は、2008年に食道がんで亡くなられた奥さんとの30数年間にわたる想い出を綴ったものである。
感情におぼれないように抑えた筆致で淡々と綴っているが、それだけに、かえって寂しさ悲しさが伝わってくる。

これを読みながら、私自身の新婚当時のことがしきりと思い返された。
というのも川本氏が奥さんの恵子さんと結婚されたのが、1973年、そして新婚生活を送ったのが三鷹駅近くのマンションであった。
それは、1971年に結婚し、同じ中央線の三鷹駅より2つ手前、西荻窪駅近くのアパートに住んでいた私たち夫婦の記憶と重なるものであったからだ。
また川本氏が恵子さんと知り合ったとき、彼女が武蔵野美術大学の学生だったことも、いささか重なるものであった。
当時の私の友人のなかにムサビ(武蔵野美術大学のこと)の学生が何人かおり、そうしたことから鷹の台キャンパスにはしばしば立ち寄ることがあったが、奥さんの恵子さんもちょうどその頃学生としてそこに在籍していたわけである。
また奥さんが結婚前に住んでいたのが吉祥寺で、よく井の頭公園に出かけたとあったが、私も家内と知り合った頃は、吉祥寺に住んでおり、井の頭公園にはよく足を運んだものだ。
そんなささいな共通点が、この本をぐっと身近なものにしたのである。
同じ時代に、似たような場所で、似たような生活をしていたという偶然、それによってまるで古い友人たちのその後の生活の様子を垣間見るような懐かしさと親しみを感じることになったのである。

いるはずの人がいない不在感、そこから生まれる心細い孤独感、そうしたものが文章の端々から伝わってくる。

たとえば次のようなくだり。

<家内が亡くなって二ヶ月ほど経った夏のある日、この店に行くと、おかみさんに「最近、奥さんを見ないけど」と聞かれた。「六月に亡くなりました」と言うと、おかみさんはびっくりした。家内はよくここで豆腐を買っていて親しく話をしていたという。
 おかみさんは、頭にかぶっていた手拭(ぬぐ)いをとって深々と頭を下げてくれた。私の知らなかった家内がいる。近所の人に親しく記憶されている。そのことがうれしかった。>

また映画評論家らしく、小津安二郎の「東京物語」を引用し、笠智衆の「こんなことなら、生きとるうちに、もっと優しうしといてやりゃよかったと思いますよ」というセリフに思いをはせる。

さらに次のような描写にも胸を打たれる。

<家内の入院中、御茶ノ水の順天堂医院から湯島の方に下ってゆく坂の途中の小さな食堂を見つけた。ガラスケースのなかに、肉じゃがや冷やっこなどシンプルな惣菜が並んでいる。客はそれを自由に取ってゆく。ごく庶民的な食堂で値段も安い。カウンターもあって一人客でも利用しやすい。酒もある。
 病院通いの日々、この小さな食堂がささやかな隠れ家になった。もともと立派な料理屋よりもこういう店のほうが性に合う。
 夜、病室に泊まる。朝、いったん家に帰り、原稿を書いたり、洗濯をしたりして、夕方また病院に行く。私の顔を見ると、表情がやわらぐ家内のことを思うと、そんな毎日が苦にならなかった。ただ、私なりに一人だけのくつろぐ時間を持ちたい。ほっとひと息つきたい。わずかな時間でも癌のことを忘れたい。
 そんな時、この店に入った。知っている店には入りたくなかった。顔見知りに会うのが嫌だった。ただ一人になりたかった。
 御茶ノ水駅で降り、順天堂医院に行く前にこの店に寄り道をする。カウンターに座り、酒を一本頼む。肴は、惣菜のきんぴらごぼうやほうれんそうのおひたし、滞在時間は三十分ほど。私の居酒屋好きを知っている家内は怒らなかったかもしれないが、さすがに家内には言えなかった。ただ、このいっときがなければ身体がもたなかったと思う。癇酒が身に沁みた。>

辛く苦しい看護の日々が続く。
そしてやがて訪れる別れのとき。
その後に続く長く寂しい空白の時間。
後悔と無力感に襲われるなかから、やがて思い出を綴り始める。
こうして出来上がったのがこの本であった。
あとがきにも書いているように
<思い出すことがつらい時もあったが、これは何もしてやれなかった家内への詫び状なのだと自分に言い聞かせた。>とある。
そして
<感傷的にだけはなるまい、極力冷静になろうと、原稿は出来る限り、朝の早い時間から書き始めた。朝、起きて、御飯を炊き、それを家内の仏前に供えてから原稿用紙に向かう。ひとつの「儀式」だった。>

孤独と悲しみから立ち直ろうとみずからを励ます、川本氏の強い意志が感じられる。
そしてそれはみずからを励ますだけでなく、同時にわれわれ読者をも強く励ましてくれるのである。
グッと胸に迫る一冊であった。

最後にもうひとつ印象に残ったエピソードを書いておく。
それは次のようなもの。

<フリーの物書きになった三十代のはじめの頃、ある雑誌に匿名の映画コラムを連載で書いていた。匿名をいいことに、よく映画の批判を書いた。エラソーでいま思うと恥ずかしくなる。
 ある時、家内が言った。
「匿名で人の悪口を書くなんてよくないわよ。あなたいつも言っているじゃない。西部劇の悪人は、丸腰の相手を撃つって。それと同じじゃない」
 これは西部劇の好きな私にとって痛烈な批判だった。その通りだと思った。それから、気に入った映画、好きな映画のことだけを書くようになった。
 文芸評論もそうするようになった。考えてみれば若い頃に傾倒したドイツ文学者の種村季弘さんもフランス文学者の澁澤龍彦さんも自分の好きなことしか書いていない。
 それでいいのだ。自分もそうしようと心に決めた。以来、ずっとそれが自分の批評のスタイルになっている。あの時、家内に言われなかったら、こうはならなかったかもしれない>

こうしたエピソードを読んでいると、ほんとうに大切な人を失ってしまったのだなあという事実の重みが、切々と胸に迫ってきた。


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年齢:今年(2008年)還暦です。
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還暦という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
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