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風に吹かれて

My Life & My Favorite things

Category: 読書

Tags: エッセイ・評論  

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阿久悠「歌謡曲の時代 歌もよう 人もよう」

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阿久悠「歌謡曲の時代 歌もよう 人もよう」を読了。
自作の歌九十九本を採り上げ、その歌が流行った時代と人との関わりや自らの思いを書き連ねている。
百本という区切りのいい数にせず、九十九本というところが、阿久悠らしくて面白い。
これについては「未完にしておきたい気持ち」から決めた数だと書いている。
採り上げられた歌はデビュー曲の「朝まで待てない」にはじまり、「白いサンゴ礁」「白い蝶のサンバ」「ジョニイへの伝言」「五番街のマリーへ」「たそがれマイ・ラブ」「どうにもとまらない」「また逢う日まで」といった歌謡曲から「北の宿から」「舟歌」「津軽海峡・冬景色」「北の蛍」などの演歌、さらには「宇宙戦艦ヤマト」といったアニメ・ソングまで、多岐にわたる。
そのなかの一作、「思秋期」のなかに面白い記述があったので書き写してみることにする。
次のようなもの。

 残暑が長くつづく年は、ある日突然冬になるのではないかと怯える。陽に灼けた肌が色落ちしない間に長袖で包まれ、心細さを感じることもなく、厚着をまとうことになる。これはぼくのちょっとした被害妄想であるが、もしかしたら気象的にもそうかもしれない。
 四季があることで日本の文化は成り立ち、四季をくり返すことによって日本人の感性は微妙さを備えていたのだが、今や何となく「二季」の感じがする。春と秋の二季ならいいのだが、夏と冬の二季で、曖昧さ、のどかさ、微妙さ、か細さの感覚を修得する春と秋が消されている。
 ライフスタイルの変化や、科学の進歩や、それを実践出来る経済力で、四季つぶしをやっていたのかと思っていたが、どうやらそれよりも恐ろしい理由、地球の事情で春と秋が、特に秋が抹殺されたようなのである。
 秋がなくなると感傷がなくなる。もの想うということも、せつなさということも、人恋しさも、惜別の情も、孤独との共棲も、心の脱皮もすべてなくなってしまう。心が微妙に反応し、微妙に変化し、微妙に成長する季節を失ってしまうことになるのだ。
 都市が熱波から寒波へ直結するように、人間もまた熱波でたぎり、寒波で凍え、軟着陸の出来ない激情だけで求めたり、傷つけたりするようになりそうである。



こうしたことは、われわれも常日頃何気なく感じていることではあるが、それを詩人らしい感性でこのように書かれると、なるほどなと、妙に納得してしまう。
そんなキラリと光る文章がちりばめられたエッセイを読むことで、「昭和」という過ぎ去った時代への阿久悠の熱い思いが伝わってくる。


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テーマ : 読書記録  ジャンル : 小説・文学

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