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風に吹かれて

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Category: アート

横尾忠則「隠居宣言」

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9月2日付けの陸奥新報の文化欄「彩人往来」に、画家・横尾忠則の「隠居を語る」というインタビュー記事が掲載されていた。
興味深い内容だったので、書き出してみる。



「隠居宣言」は小林秀雄やヘルマン・ヘッセが老境について語ったり、書いたりした文を読んだのがきっかけです。「老人になるのは年をとることではなく、若くなることだ」という一節があって、そのとらえ方が新鮮だった。
宣言を機にグラフィックの依頼仕事はすべてやめ、「好きなことだけ」をやっているので、時間に追われることがなくなり、自分から時間を創造できるようになりました。
他者や世間に制約されない分、ほかのことにも手を広げられるようになったので、むしろ宣言前よりも忙しい生活を送っています。
宣言の形をとったのは、公にすることで自分にプレッシャーをかけられるからです。過去の自分を埋葬して、新たな再生をするという意味もありますが、宣言をしなければ踏み切れなかったというのが本当のところでしょう。
宣言前は、相手が自分をチョイスしていたけれど、今は自分がやりたいことを選んでいる。
ぼくの創造の核にあるのは、「少年性」だと思っています。キリコやダリといったシュールリアリストの絵を見ても、そこには彼らの幼児的視点や思考が垣間見える。ぼくがY字路に興味を持ったのも、自分の中にある少年の感性みたいなものとの関わりを抜きには考えられません。物語を編んで小説を書くという行為が楽しいのも、内なる少年性の故だと思います。
今年は東京と兵庫で個展「冒険王展」を開き、秋には香港で開催されるグループ展に参加、ニューヨークでも個展をやる予定です。何か特別に新しいことをやろうという気はありません。隠居ですから(笑い)。刹那的に発想したことやひらめいていたことをやっていくだけです。
隠居は、分別とか自我というものを解消する作業なのかもしれません。これまで振り回されてきた野望や欲望が消えていく。いい絵を描きたい、人から評価されるものを書きたいという思いより、自分の個人的な時間のなかで、自分にとって面白おかしいことをやるという点に重きがおかれるようになる。忙しそうに見えても、プレッシャーやストレスとは全く無縁の生活です。



以上のような内容である。

「隠居宣言」をしたのは、昨年の春、それに続いて『隠居宣言』(平凡社新書)という本も出版、横尾流隠居生活を満喫しているようだ。
この記事に刺激されて、もっと情報を知りたいと、ネットで検索してみると「日刊ゲンダイ」のつぎのようなインタビュー記事に出合った。
重複する部分もあるが、書き出してみる。



――68年には過去と決別するために「死亡宣言」を、83年にはグラフィックを廃業して絵を描きたいと「画家宣言」。そして、今回の「隠居宣言」の理由は?
「ヘルマン・ヘッセの『人は成熟するにつれて若くなる』や小林秀雄が隠居について語った言葉にピンとくるものがあって、もう年齢に抵抗するのはやめようと。老人になった以上、老人であることを歓迎した生き方をしようと思ったんです」
――それは具体的に、どんな生き方?
「“画家宣言”で絵に転向した後も、グラフィックの仕事が少しずつ増えていたんですね。もうグラフィックはやり尽くした感じもあるし、このままでは時間的に縛られる。だから今後はグラフィックを完全廃業して、全部の時間を自分に取り戻して、本当にやりたいことだけやって生きていこうということです」
――それが、絵を描くこと?
「絵は僕にとって仕事というより趣味。終わりがない世界で、楽しみのひとつなんです。実際に“隠居”以降は、時間に追われることなく、こちらからやりたいことを追いかけている状態。すごく気分がよくて、これなら10年前にやればよかったと思ってるくらい(笑い)」
――今は、みんなが生涯現役を目指す時代だが。
「生涯現役がさも素晴らしいことのように、頭に叩き込まれてる(笑い)。でも、小林秀雄が言うように、老人になってまで若者のように考え、行動しようとアクセク頑張るなんて、老人になった値打ちがないですよ。降りたら終わりという強迫観念も相当根強いと思うけど、僕は逆に、降りたところから新しい人生が始まると思います」
――定年後の生き方として隠居は最高?
「僕にとってもグラフィックは経済的な基盤だったけど、まぁ暮らしていければいいかと手放したら、面白いことに絵のほうが売れ始めた。年金やアルバイトで生活できるなら、それ以上稼がなきゃって頑張らないで、好きなことをやったほうがいいと思いますね」
――定年後、何をしたらいいかわからない人は?
「子どもの頃好きだったことをやるとか、あるいは、やりたくてやれなかったことをやるのもいい。僕は今になって世界名作全集を読んでるんです。『宝島』や『トム・ソーヤの冒険』。青春時代がまたやってきたみたいな錯覚が起こって、実に楽しいですよ」



少年らしい「遊び」の心で、やりたいことをやりたいように生きる。
横尾忠則が70歳を過ぎてたどり着いた境地はやはり刺激的だ。
世間的な枷から開放されて自由に生きること、それができるということは、やはりこれまでの積み重ねがあってのことなのは云うまでもないことだ。

この機会に、これまでの彼の足跡と、私の横尾体験を掻い摘んで記しておこうと思う。

まず私が横尾忠則なる人物を知ったのは「平凡パンチ」のグラビア写真であった。
それは作家、三島由紀夫とふたりで写った写真で、大家の三島由紀夫の隣にアイビールックのスーツを着た、劣等感の塊のような風貌をした青年が立っている。
それはいかにも不釣合いな組合わせで、いったいこの人物は何者だ、という興味と軽いショックを感じたのが最初の出会いであった。
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解説によって横尾忠則という名前のイラストレーターということは知ったが、どんな作品を描くかということは、分からなかった。
その後すぐに彼の作品を目にする機会が訪れた。
それは状況劇場の「腰巻お仙」という芝居のポスター。
その絵はこちらの魂を鷲掴みにして荒々しく揺さぶり、意識下に閉じ込めた遠い記憶、触れたくない秘密の記憶を呼び覚ますかのような絵であった。しかしそれはなぜか妙に懐かしい。
それまで見たこともないような独特の絵にショックを受け、以来彼のファンとなって作品を夢中になって探しすようになった。
幸いにも、その頃から横尾忠則は俄然注目されるようになり、作品を目にする機会が増えていった。
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時代はベトナム戦争、学生運動、カウンターカルチャーの時代で、世の中に熱い熱気が渦巻いていた。
そして既成の価値観を揺るがすような、新しいものが、つぎつぎと現れてくるという時代でもあった。
そんな流れのひとつに横尾忠則という存在があったのである。
1969年には大島渚監督の「新宿泥棒日記」に主演。
時の文化の中心であった新宿の街を彷徨する青年を演じて、その混沌の水先案内をするといった風な映画であった。
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彼がポスターを描いた状況劇場の役者たち(唐十郎を筆頭に麿赤児、大久保鷹、四谷シモン、藤原マキ、李礼仙など )も総出演、さらに横尾忠則も状況劇場の芝居(「由比正雪」)に出演する場面が登場するといった映画で、当時の新宿の熱気がドキュメントされている。
もはや彼は時代の寵児で、その一挙手一投足が注目の的という存在になっていた。
この頃出版された著書に「一米七〇糎のブルース」という本があり、これは今でも手元にあるが、1962年から69年までの彼のエッセイや日記、インタビュー記事で構成されており、これを読み返すと当時の彼の活躍のほどが窺われる。
また創作の秘密の一端にも触れることが出来るという貴重な記録でもある。

彼のイラストはシュールレアリズムとポップアートを融合した独自の手法によって生み出されているが、デザインの主流であるモダニズムとは一線を画した、あきらかな異端であった。
デザイン界からは「反デザイン」として批判されたりもしているが、海外での評価が高まるなど、もはやデザイン界の枠を飛び越えた存在になっていった。
そもそも彼のデザインはモダニズムの限界を意識した地点から出発している。
モダニズムとは対極の土着的なもの、卑俗なもの、さらには幼少期の前近代的な記憶への回帰から彼のデザインは生み出されていく。
それはキッチュで毒々しく刺激的な作品だ。
そこから近代を越えようとするエネルギーが放出されていく。
こうして彼は時代の牽引者としての栄光を担うことになっていくのだが、81年にニューヨークでピカソ展を観たことをきっかけに突如「画家宣言」をして、その場を降りてしまう。
彼のように一時代を築いた人間が、その方向性を大幅に変更するのはかなり勇気のいることだと思う。
それを彼はあえて行う。
それは、ピカソがさまざまな変貌を繰り返したという事実に勇気づけられて踏み出した行動であった。
こうして画家に転進した彼は、ピカソ同様のさまざまな変貌を遂げていく。
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仏教、宇宙、インド、滝、Y字路、少年、江戸川乱歩、密林、ターザン、冒険小説といったモチーフの変転と反復。
これらすべては自分の経験や記憶のなかから、自然と浮かび上がってくるものを感覚的にキャッチしたものばかり。
夢やインスピレーションによって示唆されたものを忠実に掬い上げて作品世界を構築していく。
さらにひとつの作品では表現しきれないものを他の作品で補完し、といったぐあいに作品全体で横尾ワールドを表現していく。
ただ、こういった変貌や転進はひとつ間違うと、節操のなさと見られるかもしれないし、変節と映るかもしれない。
そんな危険を孕んでいるが、自らの興味の赴くまま、あえてその道を進んでいく。
そこに、ひとつの場所に安住せず、脱皮を繰り返すことで、次の新しいものを生み出そうとする確実な意志と冒険を感じるのである。
こうやって見ていくと今回の「隠居宣言」も自然な成り行きだったといえるのかもしれない。
70を過ぎてもなお衰えない創作のエネルギー、彼にとっては自らの肉体、精神が命ずるままの自然なことなのかもしれないが、これは驚くべきことである。
こうしておそらく一生、時代の前衛を走り続けていくことだろう。
そしていつまでも刺激的な存在であり続けるにちがいないのだ。
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岡之山美術館:横尾忠則の生まれ故郷である兵庫県西脇市にある美術館、彼の作品が常設展示されている。
横尾忠則公式サイト:http://www.tadanoriyokoo.com/

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テーマ : アート・デザイン  ジャンル : 学問・文化・芸術

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