FC2ブログ

風に吹かれて

My Life & My Favorite things

Category: 読書

Tags: 車谷長吉  

Comment (0)  Trackback (0)

車谷長吉「雲雀の巣を捜した日」

hibarinosu.jpg
「私の根本の思想は、人間としてこの世に生れて来たことが、それだけですでに重い罪である、という考えです。(私の思想)」と書く車谷長吉のエッセイ集である。
この一文は太宰治の「生まれてすみません」とも共通の原罪意識であるが、これが車谷長吉の小説を書く原点になっている。
それは「業」でもあり救いでもある。

も早、私には捨てるものは命以外に何もなかった。手許には二萬四千円の現金しかなかった。それが私の全財産だった。八月四日(昭和五十八年)、その金を握って、私は東京へ仕事を探しに行くべく、姫路駅から普通電車に乗った。弟にもらった萬年筆一本と粟田口近江守忠綱のドスをふところにのんで。いよいよとなったら、ドスで首を掻き切って、自決する覚悟だった。自分の骨身に沁みたことを、自分の骨身に沁みた言葉だけで書きたかった。作家になることは自分を崖から突き落とすことだ。(文士の意地)


こうして作家になった車谷である。

文学のためならば、たとえ牢屋に繋がれようと、神経衰弱になろうと、気違いになろうと構わないという気力がなければ、駄目なのである。それが「文士の魂」である。私はこの十年余、強迫神経症に苦しんで来た。それでも原稿を書くというのが、小説家の「業」である。(慰みと必死)


またこうも書く。

私は人間が人間であることの不気味さを表現してきました。人間の崇高さや偉さ、賢さには限りがあります。(どんなに偉い人であっても限りがありますが)、人間の愚かさは底なし沼です。ところが世の九割九分の人は己のことを偉い、賢いと思いたい連中ばかりですから、頓珍漢なことが起こります。私はその頓珍漢を、人間の悲しみとして表現したかったのです。つまり小説家になることは悪人になることでした。


そして

私は自分が文士になったことを、格別に立派なことだとは考えてはいない。作家なんて人間の屑、ごみ、あるいは頓痴気である。夏目漱石の表現を借りれば、無能者(ならずもの)として、私は作家になったのである。


こうした強烈な毒気がつぎつぎと書き連ねられている。
ここまで書くと、却って爽快ささえも感じてしまう。
車谷長吉の面目躍如といったところである。


ブログランキング・にほんブログ村へ 
  ↑ クリック、お願いします。 ↑
スポンサーサイト



テーマ : 図書館で借りた本  ジャンル : 本・雑誌

Newer Entry映画「アバター」 Older Entry乙川優三郎「露の玉垣」
Comments






カレンダー
09 | 2019/10 | 11
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
プロフィール

cooldaddy

Author:cooldaddy
住んでいるところ:青森県弘前市
出身地:香川県
年齢:今年(2018年)70歳です。
性別:男

還暦(10年前)という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
趣味のこと、生活のこと、心に残ったことなど、My Favorite thingsを、気ままに書いていこうと思います。
末永くおつき合いください。

映画サイト「マイ・シネマ館」もやっています。
こちらもよろしく。

ランキングサイトに参加しています。
もしよければクリック、お願いします。↓
ブログランキング・にほんブログ村へ 

月別アーカイブ
cooldaddyの本棚
FC2ブログランキング
ブログ内検索
QRコード
QRコード

1234567891011121314151617181920212223242526272829303110 2019