風に吹かれて

My Life & My Favorite things

Category: 日本映画

Comment (1)  Trackback (0)

映画カメラマン 宮川一夫~没後10年 世界がみとめた映像の技~

先日(12月7日)NHK BS2で放送された「映画カメラマン 宮川一夫~没後10年 世界がみとめた映像の技~」を観た。
宮川一夫は稲垣浩に始まり、黒澤明、溝口健二、吉村公三郎、市川崑、小津安二郎、篠田正浩といった巨匠たちと組んで数々の名作を撮り続けた、日本を代表するカメラマンであり、かつまた世界をも代表するカメラマンである。
主な作品を挙げてみると「無法松の一生」「羅生門」「雨月物語」「山椒大夫」「近松物語」「夜の河」「浮草」「炎上」「おとうと」「用心棒」「破戒」といった、映画史に残る名作ぞろいである。
これだけ並べてみても、その凄さがいかに凄いかがよく分かる。
亡くなったのは今から10年前、91歳という高齢であった。
今回の特集は7人の監督たちとの関わりや、その作品から宮川一夫の足跡とその秘密に迫ろうというものであった。

宮川一夫は1908年(明治41年)京都で生まれた。
1926年(昭和元年)日活京都撮影所の現像部に入社、3年間の助手を経た後、撮影部に移動、1935年(昭和10年)カメラマンとして一本立ちを果たす。
1937年(昭和12年)に稲垣浩監督と出会って、専属カメラマンとなり、以来昭和23年に稲垣浩が東宝撮影所に移籍するまで「無法松の一生」を含む17本の稲垣作品を撮影することになる。
そしてそこで培われた撮影技術が、黒澤明監督との出会いによって、大きく花開くのである。
映画「羅生門」である。
rasyoumon.jpg
「森の中に初めてカメラが入った」と評されたように、この映画では斬新な試みがいろいろとされている。
まず黒澤監督から「太陽を入れて撮ってほしい」という難題が持ちかけられる。
当時、太陽にカメラを向けることは、タブーであったが、その要望に応えるために考え出されたのが、木の間から洩れるギラギラと輝く太陽を撮るという方法であった。
それによって鮮烈でドラマチックな映像ができあがる。
さらに宮川一夫は「黒と白のコントラストの強い映像にしたい」という要望を提案、それが採用される。
そしてそれを実現するために従来のレフ板ではなく、鏡を使った照明を思いつく。
その方法によってコントラストの強いエネルギーに満ちた映像ができあがり、世界を驚嘆させることになったのである。
その結果がベネチア国際映画祭金獅子賞の受賞という快挙であった。
これによって宮川一夫のカメラマンとしての評価は一気に確立されたのである。

黒澤明のつぎは溝口健二とのコンビである。
最初の作品は「お遊さま」。
oyuusama.jpg
番組ではこの映画のなかの一場面を例に挙げて、宮川一夫がいかにすぐれたカメラマンであったかを実証していく。
それは主人公である堀雄二が田中絹代演じるお遊さまと、その妹(乙羽信子)と初めて出会う場面の主人公の主観映像であった。
彼の視線は見合い相手の妹ではなく、お遊さまひとりに惹きつけられている。
それを表現するために庭を横切る女性たち数人の集団のなかで、カメラはお遊さまを主体にして捉えており、妹はどのカットでも他の女性の陰になって見えないように撮られている。
それこそカメラの魔術とでもいいたいような技巧である。
こうしたさりげない場面でも、これほど計算しつくされて撮影されていることを知り、その技術とアイデアには、心底驚嘆してしまった。
番組では紹介されなかったことだが、宮川一夫の著書「キャメラマン一代」によると、この映画の準備段階で、大映側が溝口監督に「お遊さま」のカメラマンは宮川一夫でいきたい旨お伺いをたてたとき、「なに宮川一夫?そんな若造は知らん」と言ったそうである。
ところが「お遊さま」の撮影が終わって、次回作「雨月物語」を撮ることになったとき、宮川カメラマンは他の作品を担当していて、「他の誰かを」と薦めたら、「私は宮川君とやる。君たちは宮川君と私の仲を裂く気なんですか!」と食ってかかったそうである。
「お遊さま」での宮川一夫の撮影が、いかに溝口監督に気に入られていたかが、よく分かるエピソードである。
ugetsu.jpg
こうして「雨月物語」は宮川一夫がカメラを担当して撮影され、映画史上ベストともいえる繊細で美しいモノクロの映像が完成したのである。
以後、溝口健二が亡くなるまでコンビが続き、「祇園囃子」「山椒大夫」「近松物語」「新・平家物語」「赤線地帯」といった溝口健二の代表作の数々が作られていったのである。
溝口作品の撮影の場合、カメラはほとんど宮川一夫に任されており、溝口監督自身がファインダーを覗くことはほとんどなかったそうである。
いかに篤い信頼を寄せられていたかがよく分かる。

ところでこうした映像美の原点が、彼が育った京都独特の町家にあることが番組のなかで紹介された。
薄暗い室内とそこに差し込むさまざまな光線、こうしたモノクロームの世界の記憶が、後の映像美を作り出すことに大きく影響を及ぼしている。
さらに少年時代に学んだ水墨画もそうである。
彼を指導した絵の教師は、彼にけっして色を使わせなかったそうである。
水墨画においては白黒だけで自然の形や色を表していくが、とくに濃淡の諧調が重要で、その使い方によってあらゆるものを自在に表現していく。
その素養が彼の奥深いモノトーンの撮影方法の基になっているのである。
とくに中間にあるグレーの使い方が重要になってくる。
グレーの諧調は無限ともいえる。そうした検証も番組では行われていた。

溝口健二が亡くなった後にコンビを組んだ巨匠は小津安二郎であった。
作品は「浮草」である。
ukigusa.jpg
本来なら松竹の監督である小津安二郎と、大映のカメラマンである宮川一夫がコンビを組むということはありえないのだが、たまたま小津監督が自身の戦前の作品「浮草物語」のリメイクを大映で撮ることになったことから、この夢のようなコンビが誕生したのである。
この映画は小津の作品のなかでも異色の作品ともいえるもので、他の作品では見られないような映像がたびたび登場してくる。
たとえば冒頭に見られる俯瞰ショットや激しい雨の場面など、小津調と呼ばれる映像からすれば破調ともいえるような場面であるが、この作品ではそうした場面を数多く見ることができるのである。
これはおそらく宮川カメラマンの意向が反映されたことによるものだろうが、小津自身にもこの映画をきっかけに何か新しいことに挑戦してみようといった気分があったのではなかろうか。
またこの映画では、どの場面でもかならずそのなかに赤い色が入っているという試みもされており、それも長年モノクロにこだわり続けた小津監督の、ひとつの挑戦だったように思う。
結局このコンビはこれ一回限りのものだったが、それでもふたりが組んだということは、日本映画にとっては大きな財産となったといえるのではなかろうか。
ところで赤を意識した映像は吉村公三郎監督の「夜の河」でも試みられている。
yorunokawa.jpg
これは黒と赤の映像といったもので、赤い色が黒を強調した映像の中に効果的に配されて、鮮烈なイメージを放っている。

さて次に出会ったのは市川崑であったが、鬼才と呼ばれた市川監督との出会いによって、さらに新しい試みへとチャレンジしていくことになる。
enjo.jpg
最初の作品「炎上」から始まって「鍵」「ぼんち」「おとうと」「破戒」「銭の踊り」「東京オリンピック」と、8年間で7本の映画を撮っているが、そのほとんどが市川崑監督の代表作である。
なかでも「おとうと」で挑んだ「銀のこし」という技法は、特筆すべき撮影技法であった。
otouto.jpg
このことは、先日のレビューにも書いたから詳しくは割愛するが、その撮影の際、より古びた効果を出すために、背景の木の葉にグレーの塗料を塗ったり、セットの壁にオイルを塗ったりといった、さまざまな工夫を行ったことを付け加えておく。
そうした表現の追及は、つぎの篠田正浩監督との出会いのなかでも変わることなく行われ、最後の作品「瀬戸内少年野球団」へと繋がっていく。
番組の最後には90歳になった宮川一夫が、車椅子に乗って篠田正浩監督の撮影現場を訪れる場面が登場する。
そこで急遽彼にワンカットの撮影を任せることになるのだが、ファインダーを覗くときの宮川一夫のうれしそうな顔、そして撮影終了後に見せた泣き笑いのような何ともいえない複雑な表情が、番組終了後もいつまでも目に焼きついて離れなかった。
それを見たことで、彼の業績をもういちど振り返ってみようという気持ちにさせられて、この記事を書いてみたというわけである。
生涯で136本の作品を撮った偉大なるカメラマン宮川一夫、そのカメラ人生を駆け足で振り返ってみたが、この記事が彼の撮影した映画を観るときの参考に、少しでもなればと思っている。


にほんブログ村 映画ブログへ 
  ↑ クリック、お願いします。 ↑
スポンサーサイト
テーマ : 映画関連ネタ  ジャンル : 映画

Newer Entry干し柿の出来上がり Older Entryうどん焼き
Comments

ありがとうございます。
最近、市川崑監督「破戒」溝口健二監督「山椒大夫」を見ていて、

黒澤明さんや他作品でも撮影されている宮川一夫さんのカメラワークに改めて感銘を受けております。

こうして記事を書いてくださり本当にありがとうございます。






カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
プロフィール

cooldaddy

Author:cooldaddy
住んでいるところ:青森県弘前市
出身地:香川県
年齢:今年(2008年)還暦です。
性別:男

還暦という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
趣味のこと、生活のこと、心に残ったことなど、My Favorite thingsを、気ままに書いていこうと思います。
末永くおつき合いください。

映画サイト「マイ・シネマ館」もやっています。
こちらもよろしく。

ランキングサイトに参加しています。
もしよければクリック、お願いします。↓
ブログランキング・にほんブログ村へ 

cooldaddyの本棚
FC2ブログランキング
ブログ内検索
QRコード
QRコード

12345678910111213141516171819202122232425262728293006 2017