風に吹かれて

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Category: 弘前

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第42回弘前城雪燈籠まつり

「弘前城雪燈籠まつり」が始まった。
昭和52年(1977)にスタートした祭りは、今年で42回を迎えた。
毎年メイン会場の四の丸には大雪像が作られ、呼び物になっているが、今年作られたのは弘前市役所本館である。
昨年市役所に新館が建て増しされた。
それを記念しての大雪像である。

maekawa2.jpg

弘前市役所本館は、1958年に建てられた。
設計は前川國男、日本を代表する建築家である。
弘前市内には前川が設計した建物が、8つも存在する。
しかも前川の処女作となる建物がこのなかには含まれている。
このようなことは全国的にも珍しいことである。
なぜ前川の建物が弘前にこれほど数多く存在するのか。
それは彼の母親が弘前藩士の娘だったということに由来する。
前川自身は新潟の生まれである。

前川國男はフランスの世界的な建築家であるル・コルビジェのもとで建築を学んだ。
その時前川の後見人となったのが、当時国連事務局長としてパリに在住していた叔父の佐藤尚武であった。
母親の兄である叔父の佐藤尚武は、弘前の出身であった。
またパリ在住時に親交を深めた駐仏武官の木村隆三が弘前の人で、帰国後彼から設計を依頼された。
その結果作られたのが、前川國男の処女作となる「木村産業研究所」であった。
昭和7年(1932年)前川國男27歳の時である。
これで弘前との深い繋がりができ、以後の建築群の設計へと繋がっていくことになるのである。
1945年には弘前中央高等学校講堂が作られ、1958年弘前市役所、1964年弘前市民会館、1971年弘前市立病院、1976年弘前市立博物館、1980年弘前市緑の相談所、1983年弘前市斎場と続いていく。
木村産業研究所を作ったのが27歳、そこから始まった流れは、以後途絶えることなく続き、最後の弘前市斎場の時は78歳、実に50年の長きにわたって弘前の土地に新しいデザインの建物を作り続けたのである。
そしてそれが今や弘前市にとっての貴重な財産となっている。

maekawa1.jpg

一昨年、ル・コルビジェ設計の国立西洋美術館が世界文化遺産に登録された。
この建築工事では、彼の日本人の弟子である前川國男・坂倉準三・吉阪隆正の3人が協力し完成させている。
また新館は前川國男の設計である。
そうしたことも含めて考えると、今回の大雪像に弘前市役所本館を選んだのは非常にタイムリーなことだったように思える。
また弘前市にこのような遺産を残してくれた前川國男を顕彰する気持ちも、そこには込められているのではなかろうか。
大雪像の傍に立てられた案内板を読みながら、ふとそんなことを思ったのである。

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