葉室麟「紫匂う」

昨年12月、作家・葉室麟が亡くなった。
66歳であった。
葉室麟は遅咲きの作家で、デビューしたのは、2005年、54歳の時である。
わずか12年という作家生活だったわけだ。
しかしその著作は、50冊を超えるほどの量産であった。
まるで残された時間が、わずかであることを知っていたかのような多作ぶりである。
そしてそれらの小説で書き続けたのは、人間がもつ尊厳や真心といった精神の美しい輝きであった。
それはこの小説でも描かれていることである。
主な登場人物は、3人。
黒島藩六万石の郡方を務める萩蔵太とその妻・澪、そして江戸藩邸側用人の葛西笙平。
萩蔵太は心極流の剣の達人だが、普段は仕事一途なだけの地味で目立たない男であった。
その夫に18歳で嫁いで12年になる澪は、二人の子供を授かり、平穏な生活を送ってはいたが、夫にいささかの物足りなさを感じることがあった。
そんな折、幼馴染であり初恋の人である葛西笙平が、家老の意に染まぬことを行ったという理由で、国許に送り返されることになり、その旅の途中で逃げ出してしまう。
その葛西笙平が、澪の前に突然現れる。
彼を匿うことになった澪と笙平ふたりの逃避行が始まる。
それを見捨てておけなくなった蔵太が後を追い、ふたりに力を貸す、というのが物語のおおまかなストーリーである。
3人の交錯する思い、そして騒動の顛末はどうなるのか、その面白さに一気に読み終わってしまった。
それはこれまで読んできた葉室麟の、いずれの小説とも変わらぬ面白さであった。
ところで和歌や俳句に傾倒したこともあるという葉室麟の小説には、しばしば和歌や俳句の引用がなされることがあるが、この小説でもいくつかの和歌が登場してくる。
そのなかのひとつ、「紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに吾恋めやも」が、小説の最後に効果的に使われている。
これがこの小説の題名として使われているわけだが、その心境に至った夫婦ふたりの慎み深い機微を表して、印象深い結末になっている。
「精神の美しい輝き」が、ここでも見ることができる。


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