風に吹かれて

My Life & My Favorite things

Category: 読書

Comment (0)  Trackback (0)

黒井千次「高く手を振る日」

takakutewohuru.jpg

先日読んだ川本三郎の「物語の向こうに時代が見える」のなかでとりあげられていた小説である。
そのなかで <この小説の主人公、嶺村浩平は七十代。大学時代、ゼミが同じだった女性と何十年ぶりかで再会し、恋らしきものをするが、結局は・・・・と老いの悲しみがにじみ出た小説になっている。といって決して湿っぽくはない。自分の老いを客観視しようという適度の距離感があり、それが軽いユーモアを生むし、ゆとりも感じさせる。>と書かれた一文にひかれて読んでみた。

ほのぼのとした小説である。
「老いらくの恋」ではあるが、ある部分では青春真っ只中の少年の恋となんら変わるところがない。
ときめきや恥じらい、狼狽や戸惑い、逸る心がある。
瑞々しい。
恋に年齢は関係ないということだ。
それでもやはりそこには老いた者としての慎みがある。
自分の正直な気持ちを抑え込もうとする力が働いている。
いっぽう、それに抗おうとするもうひとりの自分がいる。
そうした揺れる気持ちを、川本三郎は<「まだ若い」と「もう若くない」のあいだ>と書いている。
そしてそんな心の動きが、老いの独居生活のなかで感じる「行き止まり」感に風穴をあける力にもなっている。
娘がケイタイを持つことをしきりに勧めても頑なに拒んでいたのに、重子(恋の相手)に勧められるとそれまでの態度を変え、すぐにケイタイを使い始めるというのもその表れである。
新しい世界へと一歩を踏み出していく。
するとその先に思いがけない風景が広がっている。
古ぼけた日常が、俄然輝いたものに見えてくる。
だがその輝きは、まさに一瞬のものでしかない。
そのことは誰よりも主人公自身がよく判っている。
そしてその予感通りの結末を迎えることになるが、そこに悲しみはなく、「行き止まり」ではない日々が始まる気配を残して物語は終わる。

主人公はある日散歩の途中で、道に落ちていた葡萄の枝を拾う。
持ち帰って試しにコップの水に浸けていたところ、新しい枝が伸び始める。
さらにそれを庭に移植する。
大して期待もせずにいたが、次第にその葡萄の木のことが心の中で大きな位置を占めるようになっていく。
そうした何気ないエピソードを挟みこむことで、老いの日々の描写に淡い色どりと変化を与えており、これからの生活も暗示させている。

人生の最晩年に思いがけず訪れた心泡立つ日々、それが抑えた筆致で淡々と描かれて、静かな感動がある。

黒井千次には「老いのかたち」「老いの味わい」をはじめとした「老い」に関するエッセイや小説が数多くあるようだ。
これをきっかけに次はそうしたものも読んでみようかなと思っている。


にほんブログ村 本ブログへ 
↑ クリック、お願いします。 ↑
スポンサーサイト

Newer Entry佐藤愛子「九十歳。何がめでたい」 Older Entry川本三郎「物語の向こうに時代が見える」
Comments






カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
プロフィール

cooldaddy

Author:cooldaddy
住んでいるところ:青森県弘前市
出身地:香川県
年齢:今年(2008年)還暦です。
性別:男

還暦という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
趣味のこと、生活のこと、心に残ったことなど、My Favorite thingsを、気ままに書いていこうと思います。
末永くおつき合いください。

映画サイト「マイ・シネマ館」もやっています。
こちらもよろしく。

ランキングサイトに参加しています。
もしよければクリック、お願いします。↓
ブログランキング・にほんブログ村へ 

cooldaddyの本棚
FC2ブログランキング
ブログ内検索
QRコード
QRコード

12345678910111213141516171819202122232425262728293004 2017