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Category: 読書

Tags: 村上春樹  

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村上春樹「東京奇譚集」

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村上春樹は短編集『神の子どもたちはみな踊る』を書いて以来4年間、短編を書いていなかったが、久しぶりにまとめて書いたのが、この『東京奇譚集』である。
「偶然の旅人」、「ハナレイ・ベイ」、「どこであれそれが見つかりそうな場所で」、「日々移動する腎臓のかたちをした石」、「品川猿」の5本の短編が収められており、「週に一本のペースで、一ヵ月のあいだに五本の作品を書き上げた」のである。
そして<書く前にポイントを二十くらいつくって用意しておき>そこから<三つを取り出し、それを組み合わせて一つの話を>作り出したのである。
謂わば落語の「三題噺」のようにして書いていったわけである。
<そういう一見して脈絡のないランドマークみたいなものを、ところどころにポッと浮かべて話を書いていくというのが、自分でもすごく刺激的で、おもしろいんです。自分の中で浮かび上がってきたブイには、それだけ内的な必然性があるわけだから、結果的にすべては自然におさまっていくというか、そのブイの存在によって話がどんどんインスパイアされていく。ものごとの連動性が明らかになっていく。今回はとくにそういう書き方をしたんです。>
一見安易で出鱈目のようにも思えてしまうが、やはりそこは村上春樹、一流作家の手にかかると、こうした人を魅了してやまない小説が、出来上がってしまうのである。
そういえば古典落語の名作といわれている『芝浜』や『鰍沢』なども、三題噺から生まれたものである。
いいものが生まれる時には、手法の如何は問わないということなのであろう。

この短編集も、これまで同様「喪失」と「救済」が大きなテーマになっている。
まず最初の短編「偶然の旅人」では、前置きとして作者自身が体験した不思議な出来事について語っているが、これがなかなか面白い。
ひとつ目は、ケンブリッジのジャズ・ライブの店でトミー・フラナガンの演奏を聴いた際に体験した不思議な出来事、そしてふたつ目は、中古レコード屋でペパー・アダムズの『10 to 4 at the 5 Spot』を買った際に体験した話。
こうした偶然の一致というものは、その不思議さの程度の違いはあるにしても、だれでもいちどくらいは経験したことがあるのではなかろうか。
それだけに身近な話として親しみをもって物語に入って行くことが出来る。
これらのエピソードは、この短編集全体の導入部ともなっている。
そして本題へと移っていくのだが、そのつながりが何ともうまくて、シャレている。
どんな話が始まるのだろうかと、ワクワク感が掻き立てられる。
そして期待を裏切らない話が、展開されていくことになる。
けっして肩ひじ張った話ではなく(もちろん村上春樹がそんなものを書くはずはないが)、ごくありふれた日常のなかで展開される、ちょっと奇妙で不思議な話ばかりである。

「偶然の旅人」は作者の知人のピアノ調律師の話である。
彼は41歳のゲイである。
自分がホモセクシュアルであることをカミングアウトした時、家族との間にぎくしゃくとしたものが生まれた。
とくに仲の良かった姉との関係に大きくヒビが入ってしまった。
以来家族とは離れてひとりで暮らしている。
火曜日になると郊外のショッピング・モールに行き、そこにあるカフェでコーヒーを飲みながら本を読むのがいつもの過ごし方だった。
ある日ディッケンズの『荒涼館』を読んでいると、見知らぬ女性が声をかけてきた。
偶然にも彼女も同じ本を読んでいたのである。
それがきっかけとなって、彼女と親しくつきあうようになる。
そしてある出来事が起き、そこで出会った偶然の一致に背中を押されるように、断絶していた姉に連絡をとると、そこでもまた新たな偶然の一致があり、それによって姉との和解がなされることになる。
村上春樹はこの短編の終わりに次のように書いている。

「きっかけが何よりも大事だったんです。僕はそのときにふとこう考えました。偶然の一致というのは、ひょっとして実はとてもありふれた現象なんじゃないだろうかって。つまりそういう類のものごとは僕らのまわりで、しょっちゅう日常的に起こっているんです。でもその大半は僕らの目にとまることなく、そのまま見過ごされてしまいます。まるで真っ昼間に打ち上げられた花火のように、かすかに音はするんだけど、空を見上げても何も見えません。しかしもし僕らの方に強く求める気持ちがあれば、それはたぶん僕らの視界の中に、ひとつのメッセージとして浮かび上がってくるんです。その図形や意味合いが鮮やかに読みとれるようになる。そして僕らはそういうものを目にして、『ああ、こんなことも起こるんだ。不思議だなあ。』と驚いたりします。本当はぜんぜん不思議なことでもないにもかかわらず、そういう気がしてならないんです。どうでしょう、僕の考えは強引すぎるでしょうか?」

「日々移動する腎臓のかたちをした石」は『神の子どもたちはみな踊る』のなかの「蜂蜜パイ」の淳平という主人公の前日譚ともいうべき小説である。
この話は、主人公の父親の次のような言葉から始まる。
「男が一生に出会う中で、本当に意味を持つ女は三人しかいない。それよりも多くないし、少なくもない」
以来父親のこの言葉がいつまでも心につきまとい、知り合った女性がそうした女性なのかどうかと考えるようになる。
そしてあるパーティで知り合った謎を秘めたキリエという女性が、果たしてそうした女性のひとりなのかどうかということを中心にしながら物語が展開していく。
小説家である淳平は現在ある小説を執筆中である。
それは、「日々移動する腎臓の形をした石」という小説である。
その小説は、腕のいい内科医の30代前半の女性が主人公である。
彼女はある大きな病院に勤めており、独身で同僚の外科医の男性と不倫関係にある。
ある時彼女は旅行先の温泉で、腎臓の形をした石を見つけて持ち帰る。
そしてそれを文鎮として使っていたが、それが夜のうちにあちこちへと移動するようになる。
小説はそこで止まったままで、先には進めないでいる。
そのことをキリエに話すと、彼女は「その腎臓石は自分の意思を持っているのよ」と言う。
そして続けて「腎臓石は、彼女を揺さぶりたいのよ。少しづつ、時間をかけて揺さぶりたいの。それが腎臓石の意思」
さらに「この世界のあらゆるものは、意思を持っているの」「私たちはそういうものとともにやっていくしかない。」「それらを受け入れて、私たちは生き残り、そして深まっていく」のだと言う。
こうしてキリエと淳平の現実と小説内小説の世界が同時進行していくが、ある日突然キリエは姿を消してしまう。
そして後日ある偶然から彼女の正体を知ることになり、それによって彼自身が激しく揺さぶられることになる。
ところでこれを読んでいるうちに丸谷才一の「樹影譚」という小説のことを思い出した。
それは村上春樹の「若い読者のための短編小説案内」という本の中で採りあげられていた小説である。
この小説は「日々移動する腎臓のかたちをした石」と同じく、小説家が主人公で、その小説家が書く小説内小説と同時進行で物語が進んでいくというものである。
「日々移動する腎臓のかたちをした石」が書かれたのが2005年、そして「若い読者のための短編小説案内」が1997年ということから考えれば、この小説の骨格は、「樹影譚」を参考にしたものと考えてよさそうだ。
それを村上春樹独自の世界へと移し変えたのである。
そして最後には<カウントダウンには何の意味もない。大事なのは誰か一人をそっくり受容しようという気持ちなんだ、と彼は理解する。そしてそれは常に最初であり、常に最終でなくてはならないのだ。>との結論へと至るのである。
なるほど見事な手腕である。
そして同時に村上春樹の成熟をそこに感じる。

これで村上春樹の小説はすべて読んだことになる。
小説は全作品読破したが、この他にもエッセイ、紀行文、さらには数多くの翻訳本がある。
それらは機会があれば、いずれ読むことになるだろうが、とりあえず村上春樹の本を続けて読むのは、これでいったん終りとする。
10月からの5ヶ月間、これほど長期間にわたって、ひとりの作家の小説ばかりを集中的に読んだのは、久しぶりのこと。
当初は途中で投げ出してしまうかもしれないなどと考えたこともあったが、そうはならなかった。
それは村上春樹の小説がもつ独特の魅力に引っ張られたからであろう。
その魅力とはどんなものなのか、それを考えながら、こうした文章を書き続けてきたが、未だその核心を掴めていないように思う。
しかしいずれにしてもそうした読書と思索の時間をもてたことは、貴重な経験であり、また楽しく充実した時間であった。
またいつかこうした時間を持ちたいものだと切に思う。
そして今後も一読者として、また同世代の人間として、彼の動向に注目していきたいと、思っているのである。


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