風に吹かれて

My Life & My Favorite things

Category: 読書

Tags: 村上春樹  短編小説集  

Comment (0)  Trackback (0)

村上春樹「レキシントンの幽霊」

lexington.jpg

村上春樹、7冊目の短編小説集である。
表題作である「レキシントンの幽霊」のほか、「緑色の獣」、「沈黙」、「氷男」、「トニー滝谷」、「七番目の男」、「めくらやなぎと、眠る女」が収められている。
このうち「七番目の男」と「レキシントンの幽霊」は『ねじまき鳥クロニクル』を書いたの後の1996年に書かれたもの、その外は『ダンス・ダンス・ダンス』『TVピープル』の後、すなわち1990年から1991年にかけて書かれたものである。
また「レキシントンの幽霊」と「トニー滝谷」は雑誌掲載時のものに手を加えたロングバージンとなっており、さらにこれとは逆に「めくらやなぎと、眠る女」は、『螢・納屋を焼く・その他の短編』に掲載されたものを約4割ほど縮めて再収録したものである。
それについて彼は<個人的に、短編小説を短くしたり、長くしたりすることに凝っていたせいである。>と書いている。
長編小説を書く際には、何十回となく書き直しをするそうだが、こうしていったん書いたものに手を入れて書き直すというのは、彼の性格的な癖というものなのかもしれない。
油絵の画家が完成したと思われる絵のうえに、何度も繰り返し絵具を塗り重ねていく創作態度と似たものを感じる。

「レキシントンの幽霊」は、小説家の僕が、マサチューセッツ州のケンブリッジに2年ばかり住んでいた時の出来事を書いたものである。
そこで知り合ったレキシントンに住む建築家ケイシーから留守番を頼まれ、その古い屋敷で、幽霊たちがパーティーを開いているのを目にするというもの。
そのことはケイシーには話さず黙っていたが、その後ケイシーとの間で死についての奇妙な会話が交わされることになる。
その死の話が、この小説のメインテーマのようだが、それが何を意味するのか、そして何を言わんとしているのか、やはりここでもいつものように謎である。
しかしそこから滲み出てくる独特の世界観は、やはり味わい深いものがある。
彼の小説を読む場合、とくに短編の場合はそうなのだが、あまりロジカルに考えることなく、その流れに自然に身を任せるという態度が必要なのではなかろうか。
前にも書いたことがあるが、それは音楽を聴くのと似たようなもの。
そうやって読んでみると、この短編集の中ではいちばん判り難い「緑色の獣」も、なかなか味わい深いものに思えてくる。

「沈黙」はこれらの短編のなかでは、いちばんリアルな物語である。
僕と大沢さんが新潟に行く飛行機を待つ間、空港のレストランでコーヒーを飲みながら雑談をする場面から小説が始まる。
その会話の中で、僕は何気なく大沢さんに、これまで誰かを殴ったことがあるかと訊ねてみる。
大沢さんが学生時代にボクシングを習っていたことを知っていたからである。
そこから彼が過去にいちどだけ殴ったことのある、青木という男との苦い思い出が語られることになる。
青木は、頭がよく、人望があり、クラスでも目立つ存在。
それとは対照的に大沢さんは無口で人づき合いの苦手な少年。
ある時英語のテストで、大沢さんが一番をとる。
いつも一番だった青木は、それにショックを受け、「大沢がカンニングをした」という噂を流す。
それを聞いた大沢さんは青木に問いただそうとするが、逆に青木から「何かの間違いで一番になったからっていい気になるなよな」といなされてしまう。
カッとなった大沢さんは思わず青木を殴ってしまう。
だがすぐにそのことを後悔してしまう。
こんなことをしても何の役にもたたないのだと。
それから数年が経った高校3年生の時、そのことを恨みに思っていた青木から手痛いしっぺ返しを受けることになる。
同じクラスのある生徒が自殺、これを好機と見た青木は大沢さんがボクシング・ジムに通っていること、そして中学二年の時に、青木を殴ったことを教師に告げる。
それがきっかけとなって教師から尋問され、警察からも事情聴取を受けることになる。
それ以来大沢さんは、クラス全員からまるで犯人のような目で見られ、無視されることになる。
また教師もそれを見て見ぬふりをして、かばおうとはしない。
大沢さんは食欲がなくなり、夜も眠れなくなってしまう。
あと半年我慢すれば、卒業できると考えてみるが、それも次第に自信が持てなくなってくる。
そんなある日、満員の通学列車のなかで青木と偶然に顔を合わせることになる。
青木は最初は皮肉な笑みを浮かべて大沢さんの顔を見ていた。
しかしそうやって睨み合っているうちに次第に青木の顔に変化が現れてくる。
笑みは消え、負け犬のような目になり、最後にはその目が震え出したのである。
それを見て大沢少年の胸には「悲しみと憐れみ」に似た感情が湧いてくる。
これを境に大沢少年は立ち直ることができたのである。
そしてそれらの出来事から大沢さんが学んだのは、
「本当に怖いと思うのは、青木のような人間の言い分を無批判に受け入れて、そのまま信じてしまう連中です。自分では何も生み出さず、何も理解していないくせに、口当たりの良い、受け入れやすい他人の意見に踊らされて集団で行動する連中です。彼らは自分が何か間違ったことをしているんじゃないかなんて、これっぽっちも、ちらっとでも考えたりはしないんです。自分が誰かを無意味に、決定的に傷つけているかもしれないなんていうことに思いあたりもしないような連中です。彼らはそういう自分たちの行動がどういう結果をもたらそうと、何の責任も取りやしないんです。本当に怖いのはそういう連中です。」
こうした匿名性の悪意というものは、いつの時代にも存在するものである。
そしてそうしたものによって、取り返しのつかない状況へと引き摺られていくことの何と多いことか。
さらにここにはもうひとつ大事な問題がつけ加えられている。
「でもね、僕は思うんです。たとえ今こうして平穏無事に生活していても、もし何かが起こったら、もし何かひどく悪意のあるものがやってきてそういうものを根こそぎひっくりかえしてしまったら、たとえ自分が幸せな家族やら良き友人やらに囲まれていたところで、この先何がどうなるからはわからないんだぞって。ある日突然、僕の言うことを、あるいはあなたの言うことを、誰一人として信じてくれなくなるかもしれないんです。そういうことは突然起こるんです。」
村上春樹の小説では、いつも唐突に物事が起きる。
そしてそうしたことは、われわれの現実の生活でもまさにそうである。
われわれの身の回りには、目に見えない落とし穴が張り巡らされているのである。
そんな不条理に対する恐れや怒り、そして哀しみの感情が、この小説には込められているように思う。


にほんブログ村 本ブログへ 
↑ クリック、お願いします。 ↑
スポンサーサイト
テーマ : 読んだ本の感想等  ジャンル : 小説・文学

Newer Entry今月観た映画と読んだ本(2016年1月) Older Entry村上春樹「ねじまき鳥クロニクル第1部、第2部、第3部」
Comments






カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
プロフィール

cooldaddy

Author:cooldaddy
住んでいるところ:青森県弘前市
出身地:香川県
年齢:今年(2008年)還暦です。
性別:男

還暦という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
趣味のこと、生活のこと、心に残ったことなど、My Favorite thingsを、気ままに書いていこうと思います。
末永くおつき合いください。

映画サイト「マイ・シネマ館」もやっています。
こちらもよろしく。

ランキングサイトに参加しています。
もしよければクリック、お願いします。↓
ブログランキング・にほんブログ村へ 

cooldaddyの本棚
FC2ブログランキング
ブログ内検索
QRコード
QRコード

1234567891011121314151617181920212223242526272829303105 2017