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村上春樹「ねじまき鳥クロニクル第1部、第2部、第3部」

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村上春樹の代表作といわれる「ねじまき鳥クロニクル」を、ようやく読み終えた。
第1部「泥棒かささぎ編」、第2部「予言する鳥編」、そして第3部「鳥刺し男編」からなる1000ページを越える大長編である。
先日読んだ短編「ねじまき鳥と火曜日の女たち」(『パン屋再襲撃』に所収)や、「加納クレタ」(『TVピープル』に所収)が基になって書かれたものである。
3年という歳月をかけて書かれた第1部と第2部が出版されたのは1994年4月、そしてそれから1年以上を経た1995年8月に第3部が出版されている。
当初は第1部と第2部で完結していものに、後になって第3部を付け加えることになったからである。
そのことについて村上春樹は、「あの人たちを、呪縛から少しでも引き戻してあげたいという気持ち」や「自分で仕掛けた謎に対して、自分で答えてみたい気持ち」があったからだと述べている。
これは「羊をめぐる冒険」を書き終わった後に、「僕」を「ひどい場所」から救い出したいとの思いから「ダンス・ダンス・ダンス」を書いたという動機と同じである。
第3部は第1部と第2部で現れた謎に対する回答となる小説であるが、しかしそれで明確な回答が得られたかというと、必ずしもそうではなく、飽くまでもそこには依然として謎は残されたままである。
それは他のどの小説とも同じであり、それを指して村上春樹は「閉じない小説」と呼んでいる。
いったん謎解きをしてしまうと「わくわくする理不尽な部分」がなくなってしまうとの考えがそこにはある。

これまでの小説でも繰り返し書かれているように、この小説も失ったものを探し出そうとする物語である。
しかしこの小説がこれまでのものと違うのは、そのなかで根源的な悪、暴力との激しい対決がなされることである。
その悪の象徴として登場するのが、失踪した妻の兄であるワタヤ・ノボルであり、間宮老人が第二次世界大戦のノモンハン事件で出会ったソビエト軍将校のボリスである。
なかでも間宮老人が語るノモンハン事件の前哨戦ともいえる諜報活動の際に体験したボリスとの経緯は、これまでの村上春樹の小説では出会ったことのない過激で残酷なものである。
その内容についてはここでは詳しく書かないが、これらは人類の長い歴史の中で繰り返し行われてきた愚かな悪行の数々を象徴したものであり、歴史の暗い闇である。
同時にそれはあらゆる人々の意識の奥底に隠されたものでもある。
そうした人々の無意識をワタヤ・ノボルは暴力的な力で巧妙に引き出すことで、己の野望を遂げようとするが、失踪した妻を探すなかでそれに気づいた主人公が、それを阻止しようと決意する。
それは殺すべきであったボリスを、どうしても殺すことが出来なかった間宮中尉の、すなわち現在の間宮老人から受け継いだ意志でもあり、使命でもある。
そしてそのよき理解者であり同志となるのが、16歳の笠原メイであり、手助けをする者として現れるのが、間宮中尉を主人公と会わせる役目を担った占い師の本田さんや、加納マルタ、クレタの姉妹、そして赤坂ナツメグ、シナモン母子といった予言者たちである。
彼らの導きや示唆によって動かされた主人公は、路地の奥の空き家で見つけた井戸の底へと下りてゆき、自らの深層意識と向かい合うことで不思議な能力を身に着けることになる。
この井戸は間宮中尉から聞かされたノモンハン事件の際に、彼が井戸に閉じ込められたことに倣ったものであるが、「現実について考えるには、現実からなるべく離れた方がいい」との考えからでもあった。
さらには「下に下りたいときには、いちばん深い井戸の底に下りればいい」と言った本田さんの言葉に従ったものでもあった。
そして3日間井戸に籠り続けることで、壁を通り抜け、ホテルの「暗い部屋」へと辿りつき、その結果右頬に青いあざをつけて帰ってくることになる。
以来彼は心の迷宮世界へと自由に出入りできる力を手に入れることになり、それによってワタヤ・ノボルとの臨戦態勢が整ったということになるわけである。

主人公オカダトオルは30歳、法律事務所で雑用係として働いていたが、今は辞めて失業中の身である。
妻のクミコは出版社に勤めており、現在は彼女が家計を支えており、トオルは主夫として家事をこなしている。
彼は心優しい人だけれど、優柔不断、また特別才能があるわけでもなく、地位も名誉もなく、ごく一般的な、地味で目立たない男である。
また人との付き合いが苦手で、極力人との接触をさけようとする人間でもある。
そんな彼が妻の捜索と救出をけっして諦めなかったのは、多くの人との不思議なつながりがあったからである。
そしてそのつながりの中で多くの物語に接することで、次第に強い意志と行動力を手にすることができたのである。
そんな姿を指して村上春樹は「コミットメント(かかわり)」と呼ぶ。
彼の小説では、「デタッチメント(かかわりのなさ)」というのが、重要なテーマであったが、それがこの小説を契機に「コミットメント」へと大きく変化していくことになるのである。

村上春樹はこれまでにも満州ひいては中国への深い拘りを、小説の中で書いている。
デビュー作「風の歌を聴け」では、中国人ジェイが経営するジェイズ・バーが主要な舞台になっている。
またそのなかで僕の叔父は終戦の2日前に、上海の郊外で自分の埋めた地雷を踏んで死んでいる。
また「中国行きのスロウボート」では、若い頃に出会った3人の中国人の話を書いている。
さらに「羊をめぐる冒険」に登場する星形の斑紋のある羊は、羊博士が満州に赴いた際に彼の体の中に入り、彼とともに日本にやってきたとされている。
このようにさほど目立つことなく、ごく控えめな形で、これまでの小説の中で幾たびか取り上げられているが、それを集約した形で表したのが、この小説で書かれたノモンハン事件や新京動物園での不器用な動物虐殺や中国人処刑という出来事ということになる。
そうした満州や戦争への拘りは、戦時中中国大陸に派兵された村上春樹の父親やその世代の人たちの、戦争にまつわる暗い記憶を、自ら引き継ごうとする村上春樹の意志の表れに他ならない。

この小説は、ひとりオカダトオルだけの物語ではない。
そこに関わる全ての人たちのクロニクル(年代記)が積み重なって、この長大な物語を作り出しているのである。
多くの記憶が重層的に重なり縺れていくなかで、物語がダイナミックに進んでいく。
メインテーマがあり、それを支える数多くのサブテーマがある。
そういう意味では、ここに書いたものは、ほんのごく一部について書いたに過ぎない。
まだまだ幾らでも掘り下げて考えることができるはずである。
書き足りていないというのが、正直な実感である。
いつかまたこの小説を再読、再々読したうえで、もういちど考える機会を持ちたいと考えている。


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