風に吹かれて

My Life & My Favorite things

Category: 読書

Tags: 村上春樹  

Comment (0)  Trackback (0)

村上春樹「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」

sekainoowari.jpg

村上春樹の第4作目に当たる長編小説である。
そして初の書き下ろし長編小説でもある。

物語は「世界の終り」の章と「ハードボイルド・ワンダーランド」の章が、「僕」と「私」というふたつの語り手に分かれて交互に語られていく。
「世界の終り」は、高い壁に囲まれた、外界と隔絶された街である。
そこでは人々は記憶や感情をなくしており、そのため自我の苦しみや他者との衝突などとは無縁である。
一方「ハードボイルド・ワンダーランド」では、暗号を取り扱う「計算士」の私が、老博士から「シャフリング」と呼ばれる高度な計算方法を使った仕事を依頼されるが、それによって複雑な事件に巻き込まれることになる。
静と動の対照的な世界に分かれて物語が展開していくが、「ハードボイルド・ワンダーランド」は現実世界で、「世界の終り」は、現実の「私」が頭の中に作り上げた無意識の世界ということになる。
すなわち「世界の終り」は、他者との接触の中で傷つけられたくないという「私」の無意識の願望が生み出した世界である。
そして現実世界の「ハードボイルド・ワンダーランド」も、実は「私」が見ている夢の世界なのかもしれないと思わせるものがある。
そのような次元と空間が複雑に錯綜する世界が、この小説世界ということになる。
いわば作者の脳内世界で起きたあれこれが、形を変えて重層的に語られているわけである。

ところで村上春樹の小説を読んでいると、どうしてもシュールレアリスムとの関連について考えてしまう。
ちなみにこの本の装丁に使われているのは、シュールレアリスム画家ポール・デルヴォーの絵である。
村上春樹は60年代の終わりから70年代にかけて学生生活を送っている。
この時代はシュールレアリスム関連の書籍が、もっともよく読まれた時代であった。
書店に行くと書棚にはアンドレ・ブルトンの「シュルレアリスム宣言」が必ずといっていいほど並んでいた。
またロートレアモンの「マルドロールの詩」も同様であった。
この時代に芸術に幾何かの関心を持つ者ならば、必ずや一度はこうした書籍に目を通したはずである。
そうしたシュールレアリスムと、さらにはベケットやイヨネスコといった不条理演劇の影響を受け、そこに前近代の土俗的な要素を加味することで、演劇の復権を目指そうとする前衛的な劇団が、数多く生まれたのも、この時代であった。
すなわち「状況劇場」、「天井桟敷」、「早稲田小劇場」、「黒テント」、「発見の会」等々に代表される、いわゆるアングラ劇団である。
さらには横尾忠則のイラストなどに代表されるポッポアートなどを読み解く際にも、シュールレアリスムは重要な鍵であった。
早稲田大学の演劇科に属していた村上春樹も、当然そうしたものの洗礼を受けたはずである。
そして意識するとしないとに関わらず、そうしたものの影響は、彼の小説の中に今も流れているはずである。

そもそもシュルレアリスムとは、理性の支配をしりぞけ、夢や幻想など非合理な潜在意識の世界を表現することにより、人間の全的解放をめざすという芸術運動であった。
それは村上春樹の小説の目指そうとする方向性と一致したものである。
その世界を表現するための方法として自動記述(オートマティスム)やデペイズマンといったものがあるが、自動記述(オートマティスム)とは、あらかじめ何も決めずに、先入観を捨て無意識に近い状態で文章を書くというもの。
それによって人間の無意識世界に迫ろうとしたのである。
またデペイズマンは、「居心地の悪さ、違和感、生活環境の変化、気分転換」を意味するフランス語で、あるものを本来あるべき場所から、意想外のところへ置いたり、組み合わせることによって異和を生じさせるという手法である。
これを表す言葉として、ロートレアモンの「マルドロールの詩」のなかに書かれた、「解剖台の上でのミシンとこうもりがさの不意の出会い」という有名な言葉がある。
またこの他にも、偶然性を利用するためのコラージュや、夢を重要視する方法など、さまざまな手法が使われる。
これらをそのまま村上春樹が小説手法として用いているというわけではないが、メタファーや夢の世界の描写の多用などは、無意識世界を表現するための、彼なりの手法ということになるだろう。
また村上春樹の小説には「言葉では説明できない。」といった記述がよく出てくるが、これは言葉に対する不信感の表れである。
それは大学紛争当時に味わった、運動への絶望感がもたらしたものである。
しかしそうした言葉への不信という前提のもとで、言葉で表現するためには、当然新たな言葉の再構築が必要となってくる。
それを模索するなかで生み出されたのが、村上春樹独自の小説手法ということになる。
そうした手法を駆使することで、言葉で表現できないことを、言葉で表現しようという困難な作業を成し遂げようとしているのではなかろうか。
そしてそこに新しい価値を見出そうとしているのである。

この小説を読みながら、ふとそんなことを考えたのである。


にほんブログ村 本ブログへ 
↑ クリック、お願いします。 ↑
スポンサーサイト
テーマ : 読んだ本の感想等  ジャンル : 小説・文学

Newer Entry映画「007 スペクター」 Older Entry来年用の薪
Comments






カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
プロフィール

cooldaddy

Author:cooldaddy
住んでいるところ:青森県弘前市
出身地:香川県
年齢:今年(2008年)還暦です。
性別:男

還暦という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
趣味のこと、生活のこと、心に残ったことなど、My Favorite thingsを、気ままに書いていこうと思います。
末永くおつき合いください。

映画サイト「マイ・シネマ館」もやっています。
こちらもよろしく。

ランキングサイトに参加しています。
もしよければクリック、お願いします。↓
ブログランキング・にほんブログ村へ 

cooldaddyの本棚
FC2ブログランキング
ブログ内検索
QRコード
QRコード

1234567891011121314151617181920212223242526272829303107 2017