村上春樹「羊をめぐる冒険」

ここまで「風の歌を聴け」、「1973年のピンボール」と順を追って読んできたが、今度は長編第3作目の「羊をめぐる冒険」である。
これら3作は、いずれも登場人物が「僕」と「鼠」という共通点を持っている。
そのことから、「鼠」3部作と呼ばれている。
ただし前の2作が、長編とは言っても、中編に近いような長さの小説であったが、「羊をめぐる冒険」は、まさに長編と呼ぶのに相応しい長さの小説になっている。
また前2作が、ほとんど物語らしいもののない小説だったが、「羊をめぐる冒険」では、「僕」がこの世に存在するはずのない珍しい羊(背中に星形の斑紋のある羊)を探すために北海道へ行くという、明確なストーリーが存在する。
そうしたことから、この小説は3部作とはいっても前2作とは、いささか趣きを異にしている。
もちろん「僕」と「鼠」は、前2作と間違いなく繋がってはいるが。
この小説について、村上春樹は次のように述べている。
<この小説はストラクチャーについてはレイモンド・ チャンドラー の小説の影響を色濃く受けています。
僕は彼の小説の熱心な読者で、幾つかの作品は何度も読み返しました。
だから僕はこの小説の中で、その小説的構図を使ってみようと思ったのです。
まず第一に主人公が孤独な都市生活者であること。
それから、彼が何かを探そうとしているうちに、様々な複雑な状況に巻き込まれていくこと。
そして彼がその何かをついに見つけたときには、既に失われてしまっていることです。
これは明らかに チャンドラー の用いた手法です。
僕はそのような構図を使用して、この『羊をめぐる冒険』という小説を書きました。>
形式的にはチャンドラー の手法を借りてはいるものの、この小説は探偵小説というわけではない。
また幻想小説でもSF小説でもなく、それらの要素をすべて抱え持つ、まさに「村上春樹的な」としか言いようがない小説である。
「何かを探すこと」、そしてそれが「既に失われてしまっていること」というのは、これ以後の村上春樹の小説の中で繰り返し使われる手法である。
それがこの小説から始まったというわけである。
また現実と幻想が境目なく繋がっており、そこを主人公たちが軽々と越えて行き来するというのも、この小説から本格的に始まっている。
さらにこの小説は、彼がそれまでやっていたジャズバーを売却、作家一本で生きていこうと決めて書いた最初の小説になる。
そうしたことを合わせて考えてみると、これは大きな転換点となった、まさに記念碑的な小説といえるだろう。
今回も複雑で刺激的な謎を含んだ物語を、道に迷いながらも、楽しく歩き通したのである。
この後も「中国行きのスロウボート」と「カンガルー日和」という2冊の短編集が控えている。
村上春樹の小説を読む日々は、まだまだ続く。


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