風に吹かれて

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Category: 読書

Tags: 村上春樹  

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村上春樹「職業としての小説家」

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紀伊國屋書店が、初版10万冊のうち9割を、出版社から直接買い取ったことで話題となった本である。
図書館で20人待ちだったのが、ようやく順番が回ってきた。

村上春樹は、あまり世間にその姿を晒さない作家として知られている。
また文壇や文芸業界とは適当な距離をとり、あまり多く関わりを持たないようにして、独自の立場を守っている。
また小説は基本的には雑誌掲載よりも、書下ろしが多い。
それは「自由に書きたい」という思いから生み出したスタイルであるが、これも文芸業界のなかにあっては、かなり特殊なことである。
そうした姿勢を一貫して持ち続け、それでいて35年にも及ぶ作家活動を維持してきた村上春樹の考えや素顔が、率直に、そしてほんの少しのユーモアを交えながら語られていく。
読んでいて興味が尽きない。

よく知られているように、村上春樹は小説家になる前は、国分寺駅前で「ピーター・キャット」というジャズ喫茶をやっていた。(後に千駄ヶ谷に移転)
これは大学時代に学生結婚をしたという成り行き上、必要に迫られたあげくの選択であった。
その生活はなかなかに厳しいものではあったが、また同時に楽しいものでもあった。
そしてその生活のなかで様々な面白い人間、興味深い人間たちとの出会いがあった。
そうした社会勉強をすることで、「いくぶんタフになり、そしていくぶん知恵もついてきた」と言う。
そしてある日、(正確にいうと、1978年4月1日)明治神宮野球場でヤクルトの開幕戦を観戦中に、突然小説を書くことを思い立ったのである。
その時のことを次のように書いている。

<広島の先発ピッチャーはたぶん高橋(里)だったと思います。ヤクルトの先発は安田でした。一回の裏、高橋(里)が第一球を投げると、ヒルトンはそれをレフトにきれいにはじき返し、二塁打にしました。バットがボールに当たる小気味の良い音が、神宮球場に響き渡りました。ぱらぱらというまばらな拍手がまわりから起こりました。僕はそのときに、何の根拠もなく、ふとこう思ったのです。「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」と。>

<それは、なんといえばいいのか、ひとつの啓示のような出来事でした。英語にエピファニー(epiphany)という言葉があります。日本語に訳せば「本質の突然の顕現」「直観的な真実把握」というようなむずかしいことになります。平たく言えば「ある日突然何かが目の前にさっと現れて、それによってものごとの様相が一変してしまう」という感じです。それがまさに、その日の午後に、僕の身に起こったことでした。>

そうやって書いたのが「風の歌を聴け」であった。
そしてそれが「群像」新人賞を受賞し、作家となるキップを手にすることになったのである。
これが出発点。

もちろんそれまでに小説などいちども書いたことがなかった。
それが突然原稿用紙に向かって小説を書くのである。
当然、書いたものは面白くない。
小説を読むことは好きで、かなりの本を読んでいた。
しかし書くことは初めてである。
そこで彼は考えた。
「最初からすらすら優れたものが書けるわけがない。」
「どうせうまい小説なんて書けないんだ。小説とは、こういうもんだ、文学とはこういうもんだ、という既成概念みたいなものを捨てて、感じたこと、頭に浮かんだことを好きに自由に書いてみればいいじゃないか」と。
「そして試しに英語で書いてみることにした」のである。「とにかく何でもいいから、普通じゃないことをやってみようと」いうわけである。
さっそく「押し入れにしまっていたオリベッティの英文タイプライターを持ち出し」、「限られた数の単語を使い」「限られた数の構文で」書き、それをさらにもういちど日本語に移し変えていく。
そうやって出来上がったのが、彼独自の文体であった。
そして気づいたのは、「何もむずかしい言葉を並べなくてもいいんだ」、「人を感心させるような美しい表現をしなくてもいいんだ」ということ。
面白いエピソードである。
これだけで小説ひとつが書けそうだ。

当初は、ジャズ喫茶のマスターとの二足のわらじを履いていた。
だが、やがて作家一本でやっていくことを決意する。
1981年のことである。
<後戻りできないように「橋を焼いた」わけ>である。
そして書き始めたのが、長編小説『羊をめぐる冒険』であった。
この時、それまで吸っていた煙草をやめ、ランニングを始めるようになった。
これは小説を集中して書き続けるためには、基礎体力をつけることが必要だと考えたからであった。
以来30年以上にわたって、ほぼ毎日1時間程のランニングを欠かさず行っている。
そうやって維持した体力を基に、毎日5時間机に向かって原稿を書いているのである。
これについて「フィジカルな力とスピリチュアルな力は、バランス良く両立させなければならない。それぞれがお互いに補助しあうような体勢にもっていかなくてはならない。戦いが長期戦になればなるほど、このセオリーはより大きな意味あいを持ってきます。」と書いている。
そしてその規則正しい生活リズムは、ほぼ崩すことなく続けられている。
このことは彼のエッセイ「走ることについて語るときに僕の語ること」にも、さらに詳しく書かれている。
いずれにしても、これはこれまであった不健康で自堕落な生活をするという反社会的な文士のイメージとは、まったく正反対のものである。
そうした従来のイメージから遠く離れたところにある彼の姿が、多くの読者の共感を呼ぶ魅力のひとつにもなっているように思われる。

この他にも「文学賞について」や、「オリジナリティについて」、「学校について」、さらに「何を書けばいいのか?」や「誰のために書くのか?」といったことが、独自の視点で書かれている。

また「海外へ出ていく。新しいフロンティア」という回では、アメリカでいかにしてマーケットを広げ、読者を増やしていったかが詳しく書かれてている。
そしてそれを手がかりに、ヨーロッパをはじめとした世界各国へと読者層を広げていった経緯も。
それを読むと、けっして自然発生的に世界中に読者が増えていったわけではないということがよく分かる。
そこには、それなりの絶え間のない努力の積み重ねがあったのである。
そして何によらず、そうした地道な積み重ねこそが、村上春樹の小説を書く上での大きな下支えになっているのである。
それを知ったことが、今回この本を読んだいちばんの収穫であったように思う。


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