風に吹かれて

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Category: 読書

Tags: 村上春樹  

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村上春樹「1973年のピンボール」

pinball.jpg

「風の歌を聴け」に続く、村上春樹の長編第2作目の小説である。
毎年この時期になると、恒例のように村上春樹のことが話題になる。
それに誘われるように、彼の小説が読みたくなる。
そこで読んだのが、この小説と「ノルウェイの森」である。
まずはこの小説のことから。

登場人物は「風の歌を聴け」と同じく「僕」と「鼠」のふたり。
「風の歌を聴け」の続編ともいえるような小説である。

時代は1973年の秋、大学を卒業して翻訳で生計を立てながら、東京で生活をしている「僕」と、大学を放り出され、地元神戸(おそらく)で無為な日々を過ごす無職の「鼠」という二つの物語が交互に描かれていく。
しかし物語といっても、ほとんど何も起こらず、筋と云えるほどのものはなく、ふたりの生活の断片が、まるで夢の中の出来事のように語られていくだけである。
退屈きわまりないといえば、確かにそうだが、そこには村上春樹独特の味付けがされており、その文体にひきづられるまま、心地よく読み進んでいってしまう。
そして「僕」が大学時代に夢中になったピンボール・マシーン「スペースシップ」と巡り合う終盤では、不思議な感動すら湧いてくる。
それはまるでかつての恋人との再会を思わせるようなものだが、同時にそこから感じられるのは深い喪失と虚無である。
そしてそうした感覚の基となるのが、彼らが抱える世界とのどうしようもない乖離、それが形を変えて繰り返し語られていく。

<しかし、ピンボール・マシンはあなたを何処にも連れて行きはしない。リプレイ(再試合)のランプを灯すだけだ。リプレイ、リプレイ、リプレイ……、まるでピンボール・ゲームそのもがある永劫性を目指しているようにさえ思える。
 永劫性については我々は多くを知らぬ。しかしその影を推し測ることはできる。
 ピンボールの目的は自己表現にあるのではなく、自己変革にある。エゴの拡大にではなく、縮小にある。分析にではなく、包括にある。
 もしあなたが自己表現やエゴの拡大や分析を目指せば、あなたは反則ランプによって容赦なき報復を受けるだろう。

 HAVE A NICE GAME(良きゲームを祈る。)>

謎が多く、読み解くのが難しい。
それは安易に答えが見出されるといった類のものではない。
いや、もしかするとそんな答えなど、どこにも存在しないかもしれないのである。
だからこそ、強く惹きつけられるという逆説が、村上春樹の小説にはある。
その魅力に、だんだんと嵌っていく。


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テーマ : 読んだ本の感想等  ジャンル : 小説・文学

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