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Category: 読書

Tags: 五木寛之  

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五木寛之「杖ことば」

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今や小説家というよりも、現代の蓮如ともいうべき伝道師、五木寛之の本である。

「杖ことば」という言葉は、初めて聞いた言葉である。
この本で初めて知ったが、その意味を「まえがき」では次のように書いている。
紹介してみることにする。
次のようなものである。

< あるとき、「杖ことば」という言い方を耳にしました。
 ともすれば、しゃがみ込みたくなるようなとき、人生の苦難の旅路を共に歩き、その一歩一歩を杖となってささえてくれる言葉をさすのだといいます。
 人間は言葉によって傷つき、また言葉によって癒され、救われることはもはや当たり前のことでしょう。
 ことに日本人は昔から、言霊(ことだま)といって、言葉には霊が宿り、特別な能力があると信じてきました。
 日本だけではなく、東洋の宗教やヨガの行者は、神仏への祈りや讃歌をマントラという短い真言にこめて唱えてきました。
 キリスト教文化では、言葉をロゴスといい、新約聖書の中で、「はじめに御言葉があった。御言葉は神とともにあった。御言葉は神であった。」と書かれています。
 洋の東西を問わず、言葉は単なる言語の働きを超えた力ある実体と考えられていたようです。
 杖ことばとは、そのような霊力ある言葉が杖の形に変化して、倒れそうな人間をささえる、そういうことなのではないかと思います。
 私自身、もう駄目だと思うときに、いくつかの言葉によって、ささえられて、今日まで生き延びてきました。崩れ落ちそうな自分、もう諦めてしまいそうな自分をささえ、再び立ち上がらせ、もう一歩進んでみようかという気にさせてくれるのが、杖ことばなのです。
 それは、人生、かくあるべきだといった、大上段にかまえた箴言、金言ではなく、もっと、もっと、さりげない言葉、素朴な言葉のような気がします。
 日々の暮らしの中で、どうにもこうにも行き詰まり、立ち止まってしまったとき、その言葉を思い出し、固まった心身をほぐしてくれるようなもの。
 例えば、長い連載小説を抱えているとき、どうしても、アイデアがうかんでこないで、もう投げ出してしまいたいような衝動に駆られることがあります。
 そんなとき、ふと心の中で、響いてくる言葉があります。
「継続は力なり」
 そのことわざに妙に納得させられるのです。
 そうか、継続は力なりか!
 不思議なことに、その言葉がひとつのてことなって、そっと背中を押してくれるのです。そして、もう一歩を押し出してくれるのです。
 重い荷物を背負って、山を登らなくてはならないとき、ヨッコラショと、自分自身に掛け声をかけて、立ち上がる。そのヨッコラショ、に当たるのが、杖ことばなのではないでしょうか。
 ここに紹介する言葉は、みんな、私が日々の暮らしの中で、つらいなと感じるときに、思わず口をついて出る、ヨッコラショなのです。
 ブッダは死の床で、うろたえ、絶望する弟子たちに、自分が亡くなった後は、これまで、自分が教えた法を自分の中にしっかり根づかせ、それをよりどころにして、他人に頼らずしっかりと生きなさいと諭しました。それが自燈明(じとうみょう)、法燈明(ほうとうみょう)という教えとなって、伝わっています。
「自分をよりどころにせよ、法をよりどころにせよ」というブッダの教えを生きるためには、ともすれば崩れそうになる自分をささえる杖ことばが必要なのです。
「転ばぬ先の杖」ということわざがありますが、このときの杖とは、先人たちが、生活の中で得た智慧の言葉なのかもしれません。
 人生の折節で、私をささえてくれたのは、古くからのことわざや格言の類から、法然、親鸞、蓮如と続く浄土系の宗教者の言葉、キリスト教の聖書や西洋の哲学者の言葉まで、いろいろあります。ここに紹介したのは、ほんの一部です。
 このようにして、私は難儀な時をのりこえてきました。これからも、杖ことばによってささえられて生きていくことでしょう。そのときどんな杖ことばと出会えるか、年がいもなく、少しわくわくしています。 >

こうした考えから書かれた杖ことばの数々。
それを著者の体験を交えながら、独特な視点から解釈を加えていく。
時にその言葉が本来持つ意味から逸脱することもあるが、それでいて思わず納得してしまうところは、やはり五木寛之ならでは。
説得力ある文章には、いつもながら頷いてしまう。
決して押しつけがましくなく、声高に主張するわけでもない。
平易に優しく語りかけてくるので、その考えが素直に伝わってくる。
やはり彼は稀有な現代の伝道者なのである。

採り上げられた言葉は次のようなもの。
参考のため書いておく。

第1章 人生に迷ったときの杖ことば(転ばぬ先の杖/ 案ずるより産むが易し/ 牛に引かれて善光寺参り/ 我は濁れる水に宿らん/ 吉日良辰を選ばず/ 禍福はあざなえる縄のごとし)

第2章 人間関係をささえる杖ことば(親しき仲にも礼儀あり/ 朱に交われば朱くなる/ 十人十色/ 物言えば唇寒し秋の風/ 子孫のために美田を残さず/ 巧言令色鮮し仁/ 人に恩を与えることは、じつに危険なことである/ 笑う門には福来る)

第3章 よりよい日々をひらく杖ことば(天が下に新しきものなし/ 一寸先は闇/ 風邪は万病の元/ 病は気から/ 積善の家に必ず余慶あり/ 物言わぬは腹くくるるのわざ/ 世間虚仮 唯仏是真/ 過ぎたるはなお及ばざるが如し)

第4章 苦難をのりこえる杖ことば(天のまさに大任をこの人に降さんとするや、必ず先づその心志を苦しめ、その筋骨を労せしむ/ 逃げるが勝ち/ 復讐するは我にあり/ 人事をつくして天命を待つ/ 自然法爾(じねんほうに)/ 他力本願/ 善人なおもて往生をとぐ いわんや悪人をや)

第5章 老いをささえる杖ことば(朝には紅顔ありて夕には白骨となれる身なり/ 天上天下唯我独尊/ ナーム・アミータ/ 君はいたるところで死を待ちうけよ/ わが計らいにあらず/ 罪業深重(ざいごうじんじゅう)のわれら/ われあり、ゆえにわれ求む)



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