風に吹かれて

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Category: 読書

Tags: 時代小説  

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杉本苑子「埋み火」

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江戸元禄期の浄瑠璃の作者、近松門左衛門の生涯を描いた小説である。

近松門左衛門はもともとは武士であった。
本名を杉森信盛(小説では平馬)といい、公家の一人、一条禅閤恵観に仕える雑掌であった。
その彼が浄瑠璃の世界に魅せられたあげく、武士を捨て「河原者」と呼ばれて蔑まれる芸能の世界へと飛び込んでいくことになる。
そして下働きから始まって次第に頭角を現し、やがては時代を代表する浄瑠璃書きとなっていく姿が描かれる。
なかなか読みごたえのある小説であった。

この小説を書くにあたって、作者である杉本苑子は、次のように考えたと書いている。
すなわち、娯楽と考えられていた浄瑠璃の世界で、これほど人間存在の根底に触れるような作品を、なぜ次々と生み出していったのか、そこが最大の謎であった。
ところが「反故籠(ほごかご)」という本のなかに「近松には知恵遅れの子供がいる」と書かれてあった。
その記述を目にした瞬間、作者の中で何かが目醒めたと書いている。
そしてその苦悩を背負うことによって、より深い作品へと結晶していったというのである。
こうして生み出されたのが、「曾根崎心中」、「冥途の飛脚」、「心中天網島、「女殺油地獄」といった世話物の傑作であった。

小説の題名「埋み火」は、近松の辞世の句「残れとは思ふも愚か 埋(うず)み火の 消(け)ぬま仇なる 朽木(くちき)書きして」から取ったものである。
その意味は「埋み火が、すぐ灰となって消えてしまうに似た儚い作を、筆どころか、朽ち木の小枝みたいなもので仇書きしたにすぎないのだから後世まで残ることはあるまい。」というもの。

また近松の芸術論とされている「虚実皮膜論」については近松の言葉として次のように書かれている。
「事実の持つ重みは重い。けれど事実そのものは、いくら切れば血を吹く真実でも、それだけでは浄るりにはならないのですよ。追いつめた実がね、よき作品に昇華するのは、パッと思い切ってそれを放した瞬間ですよ。実が虚に変じる一刹那、芸術の花は開くわけです。はじめから幻想や絵そらごとでは困りますがね、事実を追いつめ、それを手段にして登りきったところで、放つ。放下する。とたんに芸術という虚構の世界が展ける。事実は虚に飛翔してはじめて、美になるのです。事実が持つ重み、事実が語る真実以上の真実性を持ちながら、しかも事実にはない美に匂い立つ浄るり。そこまで行って、はじめて本物といえるでしょうね。」

宇治嘉太夫、竹本義太夫、坂田藤十郎、井原西鶴などが登場、猥雑で生命力溢れる元禄文化の一端が味わえたのである。


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