西村賢太「歪んだ忌日」

2013年6月に出版された西村賢太の作品集。
「形影相弔」「青痣」「膣の復讐」「感傷凌轢」「跼蹐の門」「歪んだ忌日」の6篇から成る。
このうち「青痣」「膣の復讐」「跼蹐の門」がこれまでの作品同様の貫多ものと秋恵ものである。
そして後の3篇は芥川賞受賞後の貫多の生活を描いたもので、受賞によって貫多(即ち西村賢太自身)の生活にどのような変化があったのか、またなかったのか、そうした舞台裏を覗き見する野次馬根性がそそられて面白い。
もちろん私小説といえども、すべてがそのまま作者の現実を描いているわけではないことは充分承知のうえではあるが、それでもやはり興味を惹かれてしまうのは確かである。
その生活は「まとまった銭が入ってきた」おかげで、「従来の悩みのタネだった月末の室料の心配と、その払いの為の無理算段から、当分の間は解放されそうな展開は何と云っても有難かった」ものの、「原稿に関する仕事の依頼は殆ど増えることはなかった。」
そして「A賞を得れば書き手として一発逆転も可能かと思いきや、案外何も変わらなかった事態は甚だ計算外だった。」ということになる。
そうした「甚だ遣る瀬なき虚ろな思い」を抱いていた貫多の元に、藤澤清造の自筆原稿が古書市に出品されたとの報せが舞い込んでくる。
藤澤清造の歿後弟子を名乗る貫多は、A賞受賞後手にした「まとまった銭」を使い、これを落札しようとあれこれ逡巡することになる。
その結果「師への思いを失くさぬ限り、需要があろうとなかろうと、まだ書ける。」「まだまだ書いてみせる」との思いに至るのである。(「形影相弔」)
さらに「感傷凌轢」では、二十数年も没交渉だった母親から、受賞後突然手紙が届く。
その顛末が彼らしい強気と弱気が入り乱れた筆致によって綴られていく。
しかし最後には感傷に流されることなく、自らを立て直そうとするところは、流石である。
そして表題作の「歪んだ忌日」では、「清造忌」を巡って繰り広げられる喧噪のなか、苦々しく思いながらも、結局は当初の清造愛へと立ち返るというものである。
一筋縄ではいかないふてぶてしさである。
それにしても西村賢太の小説の題名のつけ方は、いつもながらにユニークである。
これまで目にしたこともないような言葉の連発である。
辞書で調べながらその意味するところを紐解いてみた。
「形影相弔」は「けいえい あいとむらう」と読む。
これは「自分と自分の影とが互いに哀れみ、慰め合う」という意味である。
そこから「孤独で訪れる人もなく、寂しいさま」をいう。
「感傷凌轢」の「凌轢(りょうりゃく)」とは、「ふみにじること。ふみつけにすること。」
「跼蹐の門」の「跼蹐」は「跼天蹐地(きょくてんせきち)」の略で、「身の置き所もない思いで肩身も狭く世の中に暮らすこと。」である。
いずれも馴染のない言葉ばかりだが、こうした言葉を使うことで、一種独特の色合いが小説に彩られる。
こけ脅しといえばそれまでだが、そこに込められた作者の屈折した矜持や熱い想いがひしひしと伝わってくる。
やはり西村賢太は面白い。


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