風に吹かれて

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Category: 読書

Tags: 西村賢太  

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西村賢太「疒(やまいだれ)の歌」

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久しぶりの西村賢太である。
初の長編小説で、19歳の北町貫多の、恐らく「苦役列車」以後と思われる日々の生活を描いたものである。
「苦役列車」では、港湾労働を糧としていたが、生来の怠け癖、自堕落な生活の結果、家賃を滞納、アパートを追い出されることになってしまう。
そこでこれを契機に生活を一から立て直そうと東京を離れ、横浜に居を移すことになる。
そしてそこで見つけた造園業のアルバイトに精を出すことになる。
こうして貫多の生活も徐々に新規巻き直しが図られていくかに見られたが、しかしそれも束の間、新しく勤め始めた女子事務員への片思いがきっかけで、貫多の暴走が始まり、その結果職場を追われることになってしまう。
このように「苦役列車」同様の情けない日々がただただ続いていくだけの話だが、これが西村賢太の手にかかると途端に味わい深い世界へと変質してしまう。
そして読み始めるとやめられなくなってしまうのである。

酒の力を借りた破れかぶれな暴走が、この小説のクライマックス。
後先考えない自分勝手な考えと妄想に後押しされた暴走はハラハラしながらも一種爽快でさえある。
普段は小心で何も言えない貫多が、酒に酔うと堰を切ったように悪態をつき始めるが、そこには片思いの彼女に良く思われようとする勘違いな計算も働いており、それが笑いを誘う。
結局このことですべてが裏目に出て、職場から追放されるように去ることなってしまうのだが、こうしたことは今回に限らず、いつものことではあるわけだ。
懲りずに何度も同じ失敗を繰り返してしまう男なのである。

そして躓いた自らを慰めてくれるのはここでも文学であった。
前にも書いたが、西村賢太とくると藤澤清造となるが、ここではその前に傾倒した作家、田中英光の登場である。
ある日古本屋で買った土屋隆夫の「泥の文学碑」という本のなかで、田中英光のことを知った貫多は、その悲惨な生涯に強く惹かれてしまう。
そして田中英光の著作を探し求め、貪るように読むのであった。
その時の感動を次のように書いている。

<読み終わるとムクリと起き上ったが、抑えようのない興奮が身の内よりジワジワ這いのぼって、これにどうにも居ても立ってもいられぬ感じに追い込まれると、またぞろ宿の外へと飛び出していった。
 どうしよう、と思っていたのである。とんでもないものを読んでしまった、との気分になっていたのである。>

<書かれてあることも自身の愚かな振る舞いの、その不様さをくどくど述べ立てているのに過ぎないのだが、しかし、何やらユーモアを湛えた筆致で一気に読ませてくれるのである。
 アクチュアル、とでも云うのか、どんなに陰惨で情けないことを叙しても、それはカラリと乾いて、まるで湿り気がない。どんなに女々しいことを述べていても、それにも確と叡智が漲り、そしてどこまでも男臭くて心地がいい。
 自身の悲惨を、何か他人事みたいな涼しい顔で語りつつ、それでいて作者はその悲惨を極めて客観的に直視しているのだ。>

まるで西村賢太が、自らの小説について書いているのではないかと思ってしまうような文章である。
だからこそここまでの感動を受けたのであり、こうした小説を目指しているとも言えるわけである。
そしてそうした作家との出会いが<悴(かじ)けた心に強固な添え木たる用を十全に果たしてくれるものであった。>のである。

露悪趣味とも思えるほど自分の恥部を曝け出してみせる西村の小説だが、それは多かれ少なかれ誰もが持つ負の部分である。
それを自らの身を切るように殊更拡大して書いているのが、西村賢太の小説である。
だからこ辟易しながらも、そこに強い共感を覚えるのである。
と同時にその居直ったしたたかさに、励まされることにもなる。
そしてちょっと切ないほろ苦さ、それを今回も味わわせてくれたのである。

なお主人公北町貫多の名前の文字は画家、村山槐多を意識してつけたものである。
今回のカバー写真には、その村山槐多の絵が使われている。


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