風に吹かれて

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Category: 読書

Tags: 乙川優三郎  

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乙川優三郎「トワイライト・シャッフル」

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著者初の現代小説「脊梁山脈」に続いて、こちらも現代小説である。
小説新潮の2013年7月号から翌年の4月号まで連載されたものに、3編の書下ろしを加えた短編集である。
いずれの作品も房総半島の海沿いの小さな町が舞台になっており、そこに住む人、訪れる人、去っていく人、さまざまな人たちの姿が描かれる。
登場人物は作家、ジャズピアニスト、画家、郵便局員、海女、主婦、イギリス人女性、リオッ子(カリオカ)などバラエティに富んでいる。
なかには若い人も登場するが、ほとんどが人生の黄昏時(トワイライト)を迎えた年配の人たちである。
そうした人たちが織りなす哀感が切々と胸をうつ。

老いた海女ふたりが支え合う友情を描いた「イン・ザ・ムーンライト」。
落魄したジャズピアニストのささやかな挑戦を描いた「オ・グランジ・アモーレ」。
町の高台にある新興住宅地に住む老婦人と、庭の手直しを請け負った職人との束の間の触れ合いを描いた「私のために生まれた街」。
どの話も身に詰まされるが、なかでもいちばん印象に残ったのが「ビア・ジン・コーク」である。

主人公は夫が失踪した後の四年間をひとりで生きてきた女性である。
スーパーに勤める彼女が、日曜の昼下がりから始まる一日半の休日にすることは、読書であった。
その時必ず飲むのが、「ビア・ジン・コーク(ビールとジンとコークのカクテル)」であった。
そうやって<彼女は不測の日々を読書と酒で乗り越えてきた>のである。
<何か信じられる時間を持たなければ自分が壊れる気がしたし、寄り添えるもののないことほど恐ろしいこともなかった。佳い本は彼女を抱き寄せて、温かい海のように優しかった。
 書店も図書館もない房総半島の小さな街で、早苗はおそらく都会の学生よりも多読している。読むことで人間も人生も膨らむ気がするし、自分にはない物の考え方や苦悩や人のありようを知るのが愉しかった。他人の人生に触れていると自分の人生を客観視できるようになって、重たい現実は軽くなり、生きている空間が色づく。そんなありがたいものは他に見当たらないので、日曜の午後から火曜の朝まで彼女は読書に明け暮れるのであった。>

さらにこんな文章もある。
<「煎じつめればこの世のことは何もかも美しいのであり、美しくないのは生きることの気高い目的や自分の人間的価値を忘れたときの私たちの考えや行為だけである」
 もう忘れることのない、チェーホフの言葉であった。時間も空間も飛び越えて、それは縁もゆかりもない女の心を支えようとしている。
 この種の喜びを人に口で伝えるのはむずかしい。他人のことは知りたくないという人もいる。彼らは自分を取り巻く現実だけで苦悩は充分だと言い、結局抱え込んだ小さな現実に埋もれて終わる。心の切り替えようがないし、別世界に漂い、学ぶこともできない。だから小説家は願いをこめて、彼らが見ようとしない世界を敢えて書き綴るのだろう。>
 
映画「いつか読書をする日」に似た女性の物語である。
映画を思い出し、そして読書の与えてくれる様々な恩恵に思い致しながら読み進んでいった。
味わい深い時間を過ごさせてくれた読書であった。


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還暦という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
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