風に吹かれて

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Category: 読書

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北村薫「八月の六日間」

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北村薫の小説を読むのは「鷺と雪」に続いてこれが2冊目である。
「鷺と雪」はミステリーだったが、こちらは今流行りの山ガールの話である。
「九月の五日間」、「二月の三日間」、「十月の五日間」、「五月の三日間」、「八月の六日間」という五つの短編からなる連作短編集である。

「鷺と雪」もそうであったが、北村薫の小説では特別ドラマチックな何かが起きるわけではない。
ごくありふれた日常の話が、淡々と描かれるだけである。
「鷺と雪」はミステリーだが、犯罪を扱っているわけではなく、「日常の中に潜む謎」を解き明かしていくというもの。
また主人公がいずれも若い女性というのも、北村薫の小説のスタイルのようである。
「八月の六日間」も同様で、編集者である主人公の仕事と山行の様子が淡々と描かれるだけである。
特別何かが起きるというわけではない。
しかしそれでいて読み進むうちに、次第にそのゆったりとしたリズムの中に、心地よく入り込んでいくのである。
煩雑な日常生活から逃れ、いっしょに山登りをしているような気分になってくる。

彼女がそもそも山登りを始めたのは、同僚の女性から誘われて初めて山登りをしたことがきっかけであった。
その時、彼女の前に新しい世界が開けた。

<山に登ると、時として風景を前にしただけで、遠い、生まれる前にそれを見たようで、たまらなくなり、涙腺が緩む。それが嫌ではない。素直になれたような気になる。
涸れ沢に入った時、わたしは山から手を差し伸べられた。生きていると、そんな瞬間があるものだ。そしてわたしは、しっかり、その手を握った。>

生きにくい現代の都市生活のなかで、煮詰まってくると、僅かな時間を見つけては山に出かけてゆく。
そして雄大な自然に囲まれた中で、日常の些末な出来事や思い悩むことを思い浮かべては自問自答を繰り返していく。
そうした思考の中で、彼女が抱えるわだかまりや先の見えなかった問題が、少しづつ溶け始め、出口が見えてくるようになっていく。
そうやって固く鎧で覆われていた彼女の心が、柔らく解き放たれていくのが手に取るように分かる。

団体行動が苦手で人見知りな彼女の山行は、基本的には単独行である。
しかしそんな彼女でも時として山で印象的な出会いをすることがある。
そんな出会いもまた山の魅力のひとつである。

また山行の際には編集者らしく、必ず文庫本を何冊か携えていく。
「本は精神安定剤、もしくはお守り」なのである。
例えばそれは次のようなもの。
戸板康二「あの人この人 昭和人物誌」、向田邦子「映画の手帳」、南方熊楠「十二支考」、川端康成「掌の小説」、吉田健一「私の植物誌」など。
こうした本選びにも魅せられる。
それもこの小説の欠かせない味付けのひとつになっている。

登山の経験はほとんどないが、それでも若い頃に何度かハイキング程度の山登りはしたことがある。
そんな記憶を蘇らせながらの楽しい読書であった。

ところで登場する主人公が若い女性で、しかも作者の名前が「薫」となると、女性を思い浮かべるかもしれないが、実は作者は男である。
参考までにプロフィールを載せておく。

<1949(昭和24)年、埼玉県生れ。早稲田大学ではミステリ・クラブに所属。母校埼玉県立春日部高校で国語を教えるかたわら、1989(平成元)年「覆面作家」として『空飛ぶ馬』でデビュー。1991年『夜の蝉』で日本推理作家協会賞を受賞。2006年に『ニッポン硬貨の謎』で第6回本格ミステリ大賞(評論・研究部門)・2006年版バカミス大賞を受賞。2009年、『鷺と雪』で第141回直木賞を受賞する。2013年度より早稲田大学の文学学術院文化構想学部教授に就任。>


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