風に吹かれて

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Category: 読書

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小川洋子「博士の愛した数式」

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小川洋子の小説を読むのはこれが初めてである。
彼女がパーソナリティーを務めるラジオ番組「Melodious Library」はたまに聴くことがあり、その的確で鋭い解説にはいつも感心させられていたので、いずれ小説も読んでみたいと思っていた。
しかし、なかなかその機会がなかった。
これまでにも何度か作品を手にしたことはあるが、いつも積読のままで終わっていた。
彼女の小説とはあまり縁がないのかなと思っていたが、それならばこの際代表作だけでも読んでみようと思って手にしたのがこの「博士の愛した数式」であった。

2005年に映画化されており、そちらは観ているが、あまり印象には残っていない。
大筋のストーリーは憶えているが、細部に至ってはほとんど憶えていない。
そういう前提のもとに小説を読み始めたのである。
しかし映画と違って小説ではすぐに、その世界に嵌ってしまった。
そして博士と家政婦の「私」や彼女の10歳になる息子との間で交わされる数学の世界の話に、たちまち魅了されてしまったのである。

数字には自然数、素数、完全数、虚数、対数、定数、素因数、三角数、友愛数、過剰数、不足数など様々なものがあり、それぞれが独特な個性や特徴があることを教えられた。
こんなことは数学の世界では初歩的な知識なのかもしれないが、数学が苦手で高校時代以来数学とはまったく無縁に生きてきた自分にとっては、新鮮であった。
目を見開かされるようなことばかり。
まるで数字というものが、それぞれに違った性格を備えた生き物のように見えてくる。
そんな神秘的とも思えるような世界の一端に触れることができただけでも、この小説を読んで良かったと思う。

さらに数学とともに重要な要素になっているのは、野球である。
博士からルートと名づけられた家政婦の息子と博士が、ともに熱心な阪神タイガースのファンということから、野球の話題がしばしば俎上に載ることになる。
そこでも数字を通しての野球の世界が語られていく。
たとえば博士いちばんのお気に入りの選手は江夏である
彼の背番号は28である。
これは完全数である。
完全数とは、その数自身を除く約数の和が、その数自身と等しい自然数のことである。
1+2+4+7+14=28
そして完全数はめったに見つけられない数である。

さらに野球観戦の際に座った席の番号が、博士が「7の14」ルートが「7の15」だったことから始まる会話はこうだ。

「714はベーブ・ルースが1935年に作った通算ホームラン記録。1974年4月8日、ハンク・アーロンはこの記録を破る715本めのホームランを、ドジャースのアル・ダウニングから放った。
714と715の積は、最初の七つの素数の積に等しい。
714X715=2X3X5X7X11X13X17=510510
あるいは、714の素因数の和と、715の素因数の和は等しい。
714=2X3X7X17
715=5X11X13
2+3+7+17=5+11+13=29
こうした性質を持つ、連続する整数のペアはとても珍しい。20000以下には二十六組しか存在しない。ルース=アーロン・ペアだ。」
といったぐあい。

このように博士はどんな物事も数字を基に考える。
博士の世話をするために雇われた家政婦の「私」が、博士と初対面の時にまず質問されたのが、彼女の誕生日であった。
すると博士は自分が大切にしている腕時計に刻まれている数字284を引き合いに出し、「220の約数の和は284。284の約数の和は220。友愛数だ。滅多に存在しない組み合わせだよ。神の計らいを受けた絆で結ばれ合った数字なんだ。美しいと思わないかい?君の誕生日と、僕の手首に刻まれた数字が、これほど見事なチェーンでつながり合っているなんて」

博士は優秀な数学者であった。
しかし17年前に交通事故にあい、脳に障害が起きてしまった。
以来彼の記憶は80分しかもたない。
そんな博士の世話をするために雇われたのが「私」であった。
そして次第に博士の不思議な魅力のとりこになっていく。
それは息子のルートも同じであった。
子供ながらに博士の尋常でない境遇に理解を示し、ごく自然に馴染んでいく。
無垢なる者同士が互いに寄り添うように。
人は無垢なるものに癒される。

父親のいないルートにとって、博士はまさに父親なのであった。
博士によって優しく庇護され、様々なことを学んでいく。
さらに家政婦の「私」にとっても同様である。
彼女も父親を知らずに育った身の上であった。

欠落したものを持った者同士が寄り添うことで生まれる労りや優しさ。
それぞれに欠けたものを、さりげなく補い合うことで、かけがえのない時間を過ごすことになる。
それはまるで理想の家族の姿のようにも見えてくる。
台所では家政婦の「私」が料理をする。博士は静かに本を読む。そしてルートは熱心に宿題に取り組んでいる。
静かで穏やかな時間が流れていく。
そんな何気ない時間の、何と貴重で輝かしいものであることか。

<あるべきものがあるべき場所に納まり、一切手を加えたり、削ったりする余地などなく、昔からずっと変わらずそうであったような、そしてこれからも永遠にそうであり続ける確信に満ちた状態。>
これは博士が難解な数学の問題を解決したときに書かれた描写であるが、それはそのまま彼ら3人の姿にも当てはまる。
そしてその時、博士が洩らす一言、「ああ、静かだ」。

幸せとはどういうことなのか、そんなことを改めて教えてくれる小説であった。


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