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Category: 読書

Tags: 藤沢周平  時代小説  短編小説集  

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藤沢周平「闇の梯子」

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先日の「時雨のあと」に続いて読んだのが、この短編集である。
こちらも「時雨のあと」同様初期に書かれたものであるが、1973年から74年にかけてのものなので、「時雨のあと」の前年、前々年の作品ということになる。
「暗殺の年輪」「又蔵の火」に続く第3作品集で、「父と呼べ」「闇の梯子」「入墨」「相模守は無害」「紅の記憶」の5篇が収められている。

よく知られているように藤沢周平の初期の作品は、暗く救いのない話が多い。
それは藤沢周平が「ひとには言えない鬱屈した気持ちをかかえて暮らしていた」ことの反映であり、「胸のうちにある人の世の不公平感に対する憤怒、妻の命を救えなかった無念の気持ちは、どこかに吐き出さねばならないものだった。」からである。
それがもっともよく表われているのが、表題作の「闇の梯子」である。

主人公の清次は、いつか売れっ子の板木師になるという夢を抱いて、女房のおたみとふたり裏長屋でつましく暮らしていた。
そこに昔の仕事仲間である酉蔵という男が、ある日突然訪ねてきた。金の無心であった。
昔は腕利きの板木師だった酉蔵だが、博打に溺れ、それがもとで身を持ち崩し、今ではまともな世界では生きていけない男になっていた。
そんな男だと分っていながらも清次は金を貸す。
そしていちど貸した金は返ってくることはなく、それどころかつぎつぎと理由をつけては金をむしりとっていくようになる。
清次には弥之助という兄がいる。
優しかった兄だが、身を持ち崩し、今は行方知れずのままである。
清次が酉蔵の無心を断り切れず受け入れてしまうのは、そんな兄の面影と重なってしまうからである。

<「酉蔵という人はな」
鑿(のみ)を動かす手を休めて、清次は壁に眼を投げた。
「行方が知れねえと話した兄貴に似てるんだな。顔が似てるというんじゃなくて、どう言ったらいいか、つまりまともに世渡り出来ないたちだということだ。兄貴もそうだった。」
「・・・・・」
「一町三反歩の田畑と家屋敷を潰しても立ち直れなかった。悪くなってゆくばかりだった。梯子を下りるように、だんだんにな」>

そんな気持ちで酉蔵に金を貸し続けるが、しかし貧しいなかでの金の工面にも限度があり、次第に清次の手に余るようになってゆく。
さらに悪い時には悪い事が重なるもので、女房のおたみが突然病で倒れてしまう。
そしてそれが不治の病だと医者から告げられるのである。

<おたみがいない人生というものは考えられなかった。それがどういうものか、想像もつかなかった。身体がひとりでに膨らんでくるような、たっぷりと希望が溢れていた時期があったのだ。一枚絵の注文もとって、江戸で押しも押されもしない板木師になる。弟子を養い、やがて彫清の看板をあげる。おたみはおかみさんと呼ばれ、小まめに弟子たちの面倒をみて慕われるだろう。子供は男と女が一人ずついる。
 半年前まで、そんな希望が確かにあったことが、ひどく残酷に思われた。
 荒涼とした、見たこともない風景が眼に見えてきた。頭上には一面の黒い雲がひろがり、遥かな地平線に血のような夕映えがあり、夕映えは頭上まで雲の腹を染めていた。地上には夜ともつかず、日暮れともつかないほのかな光が満ちているばかりで、枯れた草と黒い土がどこまでも続いている。まれに立つ樹は、一枚の葉もない黒い裸木で、その幹を地平から来る光が赤く染めている。どこまで歩いても、四方のひろがりには人影もなく、物音も聞こえなかった。>

それでも清次は何とかおたみの病を治そうと、金策に走り廻る。
そして手をつけてはいけない金にまで手をつけてしまう。
それでも足りず、高い手間賃を出すという禁制本の板木彫りにまで手を染める。
しかしおたみの病は治る兆しもなく、最後には医者からも見離されてしまう。

絶望的な気持ちの清次の眼の前に、一本の梯子の幻影が立ち現れる。

<日の射さない闇に、地上から垂れ下がる細く長い梯子があった。梯子の下は闇に包まれて何も見えない。その梯子を降りかけている自分の姿が見えた。兄の弥之助が降りて行き、酉蔵が降りて行った梯子を。>

暗く切ない話である。
どこにも救いの光は見られない。
ただ何も見えない暗闇だけが、不気味に口を広げて横たわっているだけである。

おそらくこれは前妻が誕生前の娘を残して、28歳という若さで亡くなった藤沢周平自身の身の上が、色濃く投影されているのであろう。
その時の絶望感が、そのまま主人公の気持ちとなって吐露されたのに違いない。
腹の底にズシンと響く話であった。

さらにこの他の短篇も、いずれ劣らぬ力作ぞろい。
「父(ちゃん)と呼べ」は、行く当てのなくなった子供を引き取った長屋の夫婦の話。
最初はお荷物だった子供が次第に愛しくなり、ついには手放せないほどになってしまう。
小津安二郎監督の映画「長屋紳士録」を彷彿させるような話であった。

「入墨」は江戸版「父帰る」である。
姉妹で切り盛りする飯屋の店先に、いつかひとりのみすぼらしい老人が立つようになる。
それは放蕩の末、幼かった姉妹を捨てて行方知れずになっていた父親の、落ちぶれた姿であった。
姉のお島はそんな父親を許さず、店に入れようとはしない。
だが妹のおりつは姉の反対を押し切って店に招き入れ、酒を呑ませてやる。
以来店を訪れるたびに酒を出してやるようになるが、お島は見てみぬふりをする。
そんな折、お島のかつての情夫である乙次郎というやくざ者が帰ってくる。
そして事件が起こる。その結末は切なく哀しい。身につまされる。

最後は「相模守は無害」と「紅の記憶」という武家物2篇である。

「相模守は無害」は海坂藩を舞台にした隠密もの。
藩と幕府が放った隠密との攻防戦が読み応えがある。

そして「紅の記憶」は武家の次男坊で一刀流の達人である主人公が、婿養子となるはずだった娘とその父親の無念を晴らすため、ひとり敵に立ち向かっていくという話である。

いずれも短篇ながら中味の濃い物語であった。


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