風に吹かれて

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Category: 読書

Tags: 村上春樹  

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村上春樹「国境の南、太陽の西」

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家庭にも仕事にも恵まれ、何不自由ない男が抱える欠落感、それを埋めるように幼馴染の女性と不倫に陥る物語。
反リアリズム小説を書く村上春樹には珍しく、リアリズムな手法で書かれた小説である。
しかしそれでいてどこか異界と繋がった気配を感じさせる小説である。

<僕らは六〇年代後半から七〇年代前半にかけての、熾烈な学園闘争の時代を生きた世代だった。好むと好まざるとにかかわらず、僕らはそういう時代を生きたのだ。ごくおおまかに言うならばそれは、戦後の一時期に存在した理想主義を呑み込んで貪っていくより高度な、より複雑でより洗練された資本主義の論理に対して唱えられたノオだった。少なくとも僕はそう認識していた。それは社会の転換点における激しい発熱のようなものだった。でも今僕がいる世界は既に、より高度な資本主義の論理によって成立している世界だった。結局のところ、僕は知らず知らずのうちにその世界にすっぽりと呑み込まれてしまっていたのだ。僕はBMWのハンドルを握ってシューベルトの『冬の旅』を聞きながら青山通りで信号を待っているときに、ふと思ったものだ。これはなんだか僕の人生じゃないみたいだな、と。まるで誰かが用意してくれた場所で、誰かに用意してもらった生き方をしているみたいだ。いったいこの僕という人間のどこまでが本当の自分で、どこから先が自分じゃないんだろう。ハンドルを握っている僕の手の、いったいどこまでが本当の僕の手なんだろう。このまわりの風景のいったいどこまでが本当の現実の風景なんだろう。それについて考えれば考えるほど、僕にはわけがわからなくなった。>

そんな彼の前に幼馴染の女性、島本さんが現れる。そして恋に落ちる。まるで何かに憑かれたように。

<「でもあなたはもし私に出会わなかったなら、あなたの現在の生活に不満やら疑問を感じることもなく、そのまま平穏に生きていたんじゃないかしら。そうは思わない?」「あるいはそうかもしれない。でも現実に僕は君に会ったんだ。そしてそれはもうもとには戻せないんだよ」と僕は言った。「君が前に言ったように、ある種のことはもう二度と元には戻らないんだ。それは前にしか進まないんだ。島本さん、どこでもいいから、二人で行けるところまで行こう。そして二人でもう一度始めからやりなおそう」>

<僕はこれまでの人生で、いつもなんとか別な人間になろうとしていたような気がする。僕はいつもどこか新しい場所に行って、新しい生活を手に入れて、そこで新しい人格を身に付けようとしていたように思う。僕は今までに何度もそれを繰り返してきた。それはある意味では成長だったし、ある意味ではペルソナの交換のようなものだった。でもいずれにせよ、僕は違う自分になることによって、それまでの自分が抱えていた何かから解放されたいと思っていたんだ。
僕は本当に、真剣に、それを求めていたし、努力さえすればそれはいつか可能になるはずだと信じていた。でも結局のところ、僕はどこにもたどりつけなかったんだと思う。
僕はどこまでいっても僕でしかなかった。僕が抱えていた欠落は、どこまでいってもあいかわらず同じ欠落でしかなかった。どれだけまわりの風景が変化しても、人々の語りかける声の響きがどれだけ変化しても、僕はひとりの不完全な人間にしか過ぎなかった。僕の中にはどこまでも同じ致命的な欠落があって、その欠落は僕に激しい飢えと渇きに苛まれてきたし、おそらくこれからも同じように苛まれていくだろうと思う。>

題名の「国境の南」は子どもの頃、島本さんとふたりで繰り返し聴いていたナット・キング・コールの歌の題名。
「子どもの頃このレコードを聴きながら、僕は国境の南にはいったい何があるんだろうといつも不思議に思っていたんだ」
続いて島本さんが「ヒステリック・シベリアナという病気のことは聞いたことがある?」と「太陽の西」について話し始める。
それはシベリアに住む農夫がかかる病気のことであった。
「ねえ、想像してみて。あなたは農夫で、シベリアの荒野にたった一人で住んでいるの。そして毎日毎日畑を耕しているの。見渡すかぎり回りにはなにもないの。北には北の地平線があり、東には東の地平線があり、南には南の地平線があるの。ただそれだけ。あなたは毎朝東の地平線から太陽がのぼると畑に出て働いて、それが真上に達すると仕事の手を休めてお昼ご飯を食べて、それが西の地平線に沈むと家に帰ってきて眠るの」
そして
<「東の地平線から上がって、中空を通り過ぎて、西の地平線に沈んでいく太陽を毎日毎日繰り返して見ているうちに、あなたの中で何かがぷつんと切れて死んでしまうの。そしてあなたは地面に鋤を放り出し、そのまま何も考えずにずっと西に向けて歩いていくの。太陽の西に向けて。そして憑かれたように何日も何日も飲まず食わずで歩きつづけて、そのまま地面に倒れて死んでしまうの。それがヒステリック・シベリアナ」
 僕は大地につっぷして死んでいくシベリアの農夫の姿を思い浮かべた。
「太陽の西にはいったい何があるの?」と僕は訊いた。
 彼女はまた首を振った。「私にはわからない。そこには何もないのかもしれない。あるいは何かがあるのかもしれない。でもとにかく、それは国境の南とは少し違ったところなのよ」>

ふたりは別荘で一夜をともにするが、翌朝目が覚めると彼女の姿は消えていた。
彼女はいったいどこに行ってしまったのか。また果たして彼女は実在の人物だったのか。
そんな疑いが自然と湧き上がってくる。
ひょっとするとこれは死の世界からの生還を描いているのではないか。
そんなふうに思わせる死の影や虚無の匂いが、微かに流れている。
さまざまな謎を残し、そして僅かな希望を感じさせて小説は終わる。
そしてその深い余韻に浸りながら、そこに残された深い謎を今も考え続けているのである。


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テーマ : 読書記録  ジャンル : 小説・文学

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