吉川英治「松のや露八」

吉川英治の小説は高校時代に「宮本武蔵」を読んで夢中になったが、その後は「新書太閤記」を読んだだけである。
いつか他の小説も読んでみたいと思いながら、なかなか読むことがなかったが、先日図書館で次は何を読もうかと思案しているときに、そのことを思い出し、見つけたのが「松のや露八」という小説であった。
「幕末維新小説名作選集」というシリーズのなかの1巻で、幕末維新を生きた実在の人物、松廼家露八を主人公にした小説である。
昭和9年6月~10月にかけてサンデー毎日に連載された。
松廼家露八は元は一ツ橋家に仕えた武士であった。
本名は土肥庄次郎、謹厳実直でならした庄次郎であったが、剣術の免許皆伝を受けた際、同僚たちから強引に祝い酒を強要される。
そのことがきっかけで、ある女と知り合って酒色の道に迷いこみ、次第に転落の道を辿ることになる。
そして激動の時代に翻弄されながら、最後は幇間となって生涯を終える。
そんな露八の目を通して語られる幕末維新史である。
この小説が連載された昭和9年という年は、満州国建国の年であり、また昭和4年に始まった世界恐慌の影響による社会不安が渦巻くなか、軍国主義ひとすじへと足を進めていた時代であった。
そんな閉塞した時代のなか、作者自身の苛立ちや時代の矛盾に対する異議申し立てなどが、主人公露八の姿を借りて色濃く語られている。
またこの翌年の昭和10年には代表作「宮本武蔵」の連載が始まっている。
その直前に書かれた「松のや露八」は、そうした意味でも、記念すべき小説といえよう。
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