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宮本輝「五千回の生死」

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先日「骸骨ビルの庭」を読んだ後、宮本輝の小説をまた読みたくなった。
それも最近の小説よりも昔の小説を。
そこで図書館で探したところ「五千回の生死」という短篇集があったので、それを借りてきた。
これは1981年から87年までの7年間に書かれた短篇をまとめたものである。
あとがきには次のように書いている。

<「眉墨」は、昭和五十六年八月号の「新潮」に発表している。この短篇集を編むことが決まったのは昭和六十二年の正月だったから、わずか九篇の短い小説を書くために、七年間かかったことになる。その間、長篇小説に没頭し、十篇の長い小説を書いた。小説家の多くは、長篇に取り組んでいると、ふと、そのあいまに、極く短い小説の発端とか結末とか部分とかに魅かれるという事態が生じるらしい。それは俗に言う「口直し」とは、かなり異なった精神の枝葉の刈り込み、あるいは一輪差しを欲する心の移ろいだと思う。けれども、枝葉の刈り込みも、一輪差しの手ぎわも、思いのほか難しくて、やりだした途端に投げ出したくなる。投げ出さなかったのは、ひとえに、執念深い編集者諸氏の熱意のお陰だと感謝している。
 私にとっては三冊目の短篇集になるが、なぜか短篇小説というものに今後の意欲をもたらしてくれる一冊となった。>

表題作の「五千回の生死」以下、「トマトの話」「眉墨」「力」「アルコール兄弟」「復讐」「バケツの底」「紫頭巾」「昆明・円通寺街」の九篇からなる。
どれも物語というほどのストーリーがあるわけではなく、日常のなかでふと出合ったちょっと心に残る出来事をさり気なく書いたものばかりである。
なかでも好きなのは、表題作である「五千回の生死」と「トマトの話」。

「五千回の生死」は、死んだ父親が残した借金に苦しむ大学生が、遺品のライターを友人に買ってもらおうと出かけるが、あいにく友人は家族旅行に出た後で会うことができず、しかも帰りの電車賃がないために、仕方なく夜の道を歩いて帰ることになる。
その途中、自転車に乗った奇妙な男と遭遇するという話。
その男は自転車に乗れと言うが、見ず知らずの男の自転車に乗る気にはならず、いちどは断るが、それでもなおもしつこくつきまとう。
そして男の笑顔に誘われるように、とうとう自転車に乗ることになる。
すると男はこんなことを言う。
「俺、一日に五千回ぐらい、死にとうなったり、生きとうなったりするんや。兄貴も病院の医者も、それがお前の病気やて言いよるんやけど、俺はなんぼ考えても、病気とは思われへん。みんなそうと違うんか? お前はどうや?」
こいつ頭がおかしいのかと大学生は思う。
しかし男はさらに
「お前かて、死にたなったり、生きたなったりするやろ?そんな事思うの人間だけやろ?俺が正常な人間やという証拠やないか」
歩き疲れて、もうどうにでもなれと居直った大学生は
「俺はもう歩いて帰る気力がないんや。そやけど、もし死にたなったら教えてくれよ。そしたら俺は荷台から飛び降りるからな。」
その後男は何回も「死にとうなった」「生きとうなった」と叫び、そのたびに自転車から飛び降りたり、乗ったりと忙しくなる。
そしてそんなことを繰り返しているうちに、だんだんと男に親しみを感じるようになっていく。
さらに男は
「死んでも死んでも生まれてくるんや。それさえ知っとったらこの世の中、なんにも怖いもんなんかあるかいな。」と叫ぶのであった。
絶望的な気持ちに沈んでいた大学生だったが、その男と奇妙なやりとりをするうちに、だんだんと心が癒されていった。
そして最後は・・・・、という話である。

寒々しい夜道を疲れ切って帰ってきた主人公が、最後には心の中に小さな火が灯ったように、読んでいるこちらもほのぼのとした気持ちになる小説であった。
こういう話はやはり大阪弁で書かれると、説得力が増す。
大阪弁のもつリアルな力が効果的に使われているなあと思う。

「トマトの話」も「五千回の生死」と同じく死んだ父親が残した借金に苦しむ大学生が主人公である。
そのため彼は数多くのアルバイトを経験したが、そのなかの道路工事現場のアルバイトをしたときの話である。

ある日飯場の奥の部屋に、中年の痩せた男が床に就いているのに気づく。
賄いの女に頼まれてその男に麦茶を持っていくと、男から「トマトを買ってきてくれないか」と頼まれる。
よく見るとその男には死期の迫った病人特有の翳りがあった。
現場の責任者に男のことを尋ねると、数日前に手配師に連れられてやってきた日雇い労働者で、氏素性も分からない男だと言う。
頼まれるままにトマトを買ってきたが、男はいつまでもトマトを食べずにいる。
そしてトマトを胸に抱いて目にいっぱい涙をためている様子をふと目にしてしまう。
その後また男から一通の手紙を投函するように頼まれるが、その直後男は血を吐いて死んでしまう。
その顛末を描いた話である。ちょっと身につまされる話であった。
どちらも、宮本輝が繰り返し書く、死のモチーフが描かれた小説である。
失意のなかにある主人公にとって、それらの死はけっして無縁のものではない。自らの将来を暗示しているかのようにも思えてくる。
そうした死と遭遇したことで、これからの人生を考えるきっかけにもなったであろう。
あるいは生きていくための手がかりを手にすることができたかもしれない。
いずれにしても、主人公のその後の人生に色濃く影を落としたことは間違いない。
そんなことを想像しながら読んだのであった。


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テーマ : 読んだ本の感想等  ジャンル : 小説・文学

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Comments


わたしは宮本輝の大フアンの一人で、てらけん と申します。
宮本輝フアンクラブ・テルニストのハンドルネーム一朗(ichiro)さんから
貴殿のブログを紹介されました。
宮本輝の小説を読んだ評論のお見事な内容に感激しました^^)。
五千回の生死もトマトの話も骸骨ビルの庭も読ませていただきました。
また読(再読)んでみたくなりました。ありがとうございました。
ヨロシクです^^)。
Re: ありがとうございます。
てらけん、はじめまして。
過分なお言葉、恐れ入ります。
「宮本輝フアンクラブ」というのがあるのを初めて知りました。
熱心なファンの方たちが集まっているのでしょうね。
私などそうした方々の足元にも及びませんが、秘かな宮本輝フアンを自認しております。
まだまだごく一部の作品しか読んでいませんが、これからもできるだけ多く読み続けていきたいと考えています。
末永くおつき合いください。
どうもありがとうございました。






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