風に吹かれて

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宮本輝「骸骨ビルの庭」

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宮本輝の小説を読むのは30数年ぶりのことである。
最初に読んだ小説は、「泥の河」だった。
映画化された「泥の河」を観て、その原作である小説を読んでみたいと思ったからであった。
映画もよかったが、小説はさらによかった。
それがきっかけで宮本輝の著書を短期間のうちに集中的に読むことになったのである。
「泥の河」に続いて読んだのが、川三部作といわれる「蛍川」と「道頓堀川」、さらに「青が散る」「幻の光」「星々の悲しみ」など、そしてエッセイ集「二十歳の火影」。
また映画化された「幻の光」「蛍川」「道頓堀川」「流転の海」なども観た。
そして急速に宮本輝のファンになっていったのである。
ただ、それ以上作品を追うことはなく遠ざかってしまったが、宮本輝は気になる存在として、いつも心の片隅にあった。
そして30数年ぶりに読んだのが「骸骨ビルの庭」であった。
上下2巻からなる長編だが、いっきに読んでしまった。
やはり話のうまさは、今なお健在であった。

大阪・十三(じゅうそう)、その一角に建つ「骸骨ビル」と呼ばれる3階建ての古いビルが舞台である。
大手電気メーカーをリストラされ、不動産管理会社に再就職した八木沢省三郎という人物が、取り壊すことになっている「骸骨ビル」に居座る住民達と、立ち退き交渉をするためにビルを訪れる。
そしてその交渉を穏便に進めるために長期戦を覚悟、彼も管理人として「骸骨ビル」に住むことになる。
立ち退き交渉での住人それぞれのインタビューのなかからモザイクのように浮かび上がってくる阿部轍正と茂木泰造というふたりの青年の姿、彼らは戦後のどさくさの中でこのビルで戦災孤児数十人を育てたのであった。
その苦難に満ちた戦後の時間が、ジグゾーパズルのピースをひとつひとつ丹念に埋めていくように明らかになっていく。
そして彼らがどうしてビルを立ち退かないのかということも。
展開はスリルに満ちていてこちらの心を掴んで放さない。
また出てくる住人たちは、全員阿部と茂木に育てられた孤児たちである。
今はそれぞれに独立し、私立探偵、人材派遣会社社長、業界新聞社の社主、彫金師、長距離トラックの運転手、SM雑誌の発行人、そしてゲイ・バーのホステスなどになっている。
全員得体の知れないような人物ばかりだが、その個性的でバイタリティあふれるキャラクターは、人を惹きつけてやまない。
阿部と茂木のふたりの教えと導きによって、自分ひとりで生きる力を植えつけられているからだということが次第に見えてくる。
そのことについては、V・E・フランクルの『意味への意志』からの次のような一節が引用されている。

<われわれは他者の人生に意味を与えることはできません。われわれが彼に与えることができるもの。人生の餞(はなむけ)として彼に与えることのできるもの、それはただひとつ、実例、つまりわれわれのまるごとの存在という実例だけであります。
 というのは、人間の苦悩、人間の人生の究極の意味への問いに対しては、もはや知的な答えはあり得ず、ただ実存的な答えしかあり得ないからであります。われわれは言葉で答えるのではなく、われわれの現存在そのものが答えなのです。>

人を教え導くことの本質がここにはある。そして阿部と茂木はそれを自ら実践し、その結果が現在の彼らの姿なのである。

宮本輝は1947年生まれの作家である。
この小説の語り手である八木沢は舞台となっている1994年の時点で47歳である。
すなわち、宮本輝と同じ年齢である。
つまり宮本輝自身が色濃く投影された人物といってもいいかもしれない。
そしてこの物語は八木沢の日記という形でられていく。
読んでいるうちに、宮本輝自身が語っているような錯覚に囚われることが何度かあった。
行間から彼の実生活の一部が垣間見えてくるような気がするのであった。

この小説は、けっしてすべてのことが丸く収まって終わるといった終わり方ではない。
この後果たしてどうなっていくのだろうと思わせる終わり方なのである。
言い換えれば、突き放したような終わり方。これは宮本輝の他の小説でもしばしば使われている手法である。
彼の小説がもつひとつの特徴といえるものである。
こうした終わり方は読者を置いてきぼりにさせるが、それだけに却って後を引きずることになり、余韻が残る。
読後しばらくの間、いろいろと考えさせられることになる。

宮本輝はこの小説について次のように語っている。
「現在、自分のことで精いっぱいという人が増えている。阿部は飢えた子供らを育て上げたものの報われずに死ぬ。お人よしか、頭がおかしいと言われるような行為をやり抜いた男を描きたかった」
それによって豊かさのなかでわれわれ日本人が失っていったもの、そのことについてもういちど原点に立ち返って考え直すきっかけを示そうとしているのではなかろうか。
生死を分かつ戦場から生き帰り、戦後の混乱の中で孤児たちを育て上げた阿部と茂木というふたりの人間を描くことによって、人が真に生きるということ、人と人とのつながりとは何かということ、そうしたことを静かに謳いあげようとしたのである。

最後に小説のなかに次のような言葉があったので、書いておく。
<雑木林がなんであんなにきれいなのか。それはさまざまな種類の木がはえてるからや。それぞれ種類の違う木は、お互いに生きるために闘争をしてるそうや。 日本の植林山が脆弱なのは、そこに異種闘争がないために、木自身が強靭な根を地中深く伸ばそうとせんからやって、ある植物学者が言うとった。檜なら檜ばっかり、杉ならば杉ばっかりが整然と山の斜面に人工的に植えられているやろ? そこに植えられた木は、生き抜くための闘いの必要性がない。
しかし、雑木林にいったん根を張ったら、樫もくぬぎもナラもブナもカエデも楠(くす)も、他の木と争って生き抜こうとする。雑木林には、その生き抜こうとする命の美しさがみちてるんやと思う。>


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