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Category: 読書

Tags: エッセイ・評論  

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岡崎武志「蔵書の苦しみ」

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著者は主に書評や古本に関したコラムを書くライターである。
そして職業柄かなりの蔵書家でもある。
その数2万冊超、いやひょっとすると3万冊を超えているかもしれないという。
通常1万冊あれば1軒の古本屋が開けると言われているので、その数がいかに凄いかがよく分かる。

本が増え始めたのは、大学に入学して一人暮らしを始めてから。
以後引っ越すたびに数が増えていった。
理想の読書環境を手に入れたと思っていたはずが、本が氾濫し始め、足の踏み場もなくなってきた。
そして今では探している本が見つからず、あるはずの本をまた本屋で買いなおすという有様。
災害の域にまで達するような状態になってしまったのである。
まさに「蔵書の苦しみ」である。
その行きつく先がどういうことになるか、様々な例を引いて書いている。
まず木造アパートの二階に住んでいた人が、本の重さで床をぶち抜いた話。
同じような話として串田孫一や井上ひさしやマンガ家の米沢嘉博などの例を挙げる。
またこの本にも書かれているが、図書館でいっしょに借りた関川夏央の「文学はたとえば、こう読む」の中にも、これと似たような話として「本の山が崩れて遭難した人 草森紳一とその蔵書」があった。
草森の著書「随筆 本が崩れる」のなかに書かれているもので、3万冊以上の本で埋まった自宅マンションで風呂に入ろうと浴室に入った時、ドアの前に積んであった本の山が崩れてドアが開かなくなり閉じ込められてしまったという話である。
ひとり暮しをしていたため助けを呼ぶことも出来ない。
それをどうやって脱出したかが、詳しく書かれている。
笑うに笑えない話であるが、もうこうなれば事件である。災害である。
これは特殊な例かもしれないが、たとえば地震が起きて本棚が崩れ、その下敷きになることはあり得ることだ。
けっして珍しいことではない。
もちろんこの本なかでも、阪神大震災や東日本大震災の際に、蔵書がどうなったか、様々な蔵書家のケースをあげて書かれており、本棚がいかに地震に弱いか、そしてこうした異変の際には本は凶器と化すのだ、ということを書いている。

蔵書家は本に対する愛着は人一倍強い。
どの本も限られた小遣いのなかから、買おうかどうしようかと煩悶しながら、それでも「これはどうしても買っておこう」と決意したうえで手に入れたものばかりである。
「事情が許せば、買った本は全部そのまま残しておきたい。それが本音だ。」
「それでも、やっぱり本は売るべきなのである。スペースやお金の問題だけではない。その時点で、自分に何が必要か、どうしても必要な本かどうかを見極め、新陳代謝をはかる。それが自分を賢くする。蔵書は健全で賢明でなければならない。初版本や美術書など、コレクションとしていいものだけを集め、蔵書を純化させていくやり方もあるだろうが、ほとんどの場合、溜まり過ぎた本は、増えたことで知的生産としての流通が滞り、人間の身体で言えば、血の巡りが悪くなる。血液サラサラにするためにも、自分のその時点での鮮度を失った本は、一度手放せばいい」
そのような結論に至った著者の蔵書減らしの悪戦苦闘が、そこから始まるのである。

果たして理想の蔵書とは、どういったものか、そして貯まり続ける本の管理を世の蔵書家たちはどのようにしているのか、古今の蔵書家や読書家、身近な蔵書家など様々な事例のなかからそれを探ろうとする。
登場するのは、先の串田孫一や井上ひさしに加えて、谷沢永一、植草甚一、北川冬彦、坂崎重盛、福原麟太郎、中島河太郎、堀田善衛、永井荷風、吉田健一といった文学者たち。
加えて蔵書のために家を建てた人や、保管のためにトランクルームを借りた人など一般の人たちも数多く登場する。
また「明窓浄机(めいそうじょうき)」という言葉が出てくるが、これは宋時代の中国の学者・欧陽脩(おうようしゅう)の言葉で、明るい窓、清潔な部屋に机と本が1冊あり、そこで読み書きをするというもの。
究極の書斎であり、それを実現させたものに鴨長明の方丈記がある。
さらにもうひとつの明窓浄机として刑務所があり、その実例として荒畑寒村の例を挙げている。
こうした探索は映画に出てくる蔵書にも及ぶ。
「遥かなる山の呼び声」、「ジョゼと虎と魚たち」、「愛妻物語」といった映画の中に見られるささやかで個性的な蔵書、さらには「いつか読書する日」の本がぎっしり詰まった「本の家」。
そうした諸々の探索から導き出した結論は、「理想は500冊」というもの。
その根拠となったのが、「書棚には、五百冊ばかりの本があれば、それで十分」という吉田健一の言葉。
そして「その五百冊は、本当に必要な、血肉化した五百冊だった。」
しかし理想と現実は大違い。
2万冊を500冊に減らすのは、あまりにも至難の業。
理想通りに運ばないどころか、逆に大量の本を処分した同じ日に、またまた古本を買ってしまうという始末。
「バカだなあ、と自分でも思うが、この気持ち、わかってもらえる人にはわかってもらえるだろう。」と書く。
コレクター心理の複雑なところ。
「蔵書の苦しみ」とはいうものの、「本当のところは、よくわからない」のである。
苦しんでいるようであり、楽しんでいるようでもある。
結局「本が増え過ぎて困る」という悩みは、贅沢な悩み、色事における「のろ気」のようなものと結論する。
「自分で蒔いた種」「勝手にしてくれ」というしかないのである。
ましてや古本ライターを名乗る著者にとっては、こうした悩みはどこまで行ってもついて回る宿命のようなもの。
「たぶん、この先も苦しみながら生きていく」と自虐的にボヤキながら筆を置くことになるのである。
しかしそんなボヤキから生まれた本書の、何と面白いことか。
時間を忘れて楽しんだ。


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還暦(10年前)という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
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