風に吹かれて

My Life & My Favorite things

Category: 月別観た映画と読んだ本

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今月観た映画と読んだ本(2016年1月)

観た映画


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「ベン・ハー」
1959年アメリカ 監督:ウィリアム・ワイラー 出演:チャールトン・ヘストン/ジャック・ホーキンス/スティーブン・ボイド/ハヤ・ハラリート/ヒュー・グリフィス/マーサ・スコット/サム・ジャフェ


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「007は殺しの番号」
1962年イギリス 監督:テレンス・ヤング 出演:ショーン・コネリー/ウルスラ・アンドレス/ジョゼフ・ワイズマン/ジャック・ロード/バーナード・リー/アンソニー・ドーソン/ロイス・マックスウェル


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「007/危機一発」
1963年イギリス 監督:テレンス・ヤング 出演:ショーン・コネリー/ダニエラ・ビアンキ/ペドロ・アルメンダリス/ロッテ・レーニヤ/ロバート・ショウ/バーナード・リー/ロイス・マックスウェル


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「ジュリー&ジュリア」
2009年アメリカ 監督/脚本:ノーラ・エフロン 出演:メリル・ストリープ/エイミー・アダムス/スタンリー・トゥッチ/クリス・メッシーナ/リンダ・エモンド/ヘレン・ケアリー/メアリー・リン・ライスカブ


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6才のぼくが、大人になるまで
2014年アメリカ 監督/脚本:リチャード・リンクレイター 出演:パトリシア・アークエット/エラー・コルトレーン/ローレライ・リンクレーター/イーサン・ホーク/イライジャ・スミス/リビー・ヴィラーリ/ジェイミー・ハワード/アンドリュー・ヴィジャレアル


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「ビッグゲーム 大統領と少年ハンター」
2014年フィンランド/イギリス/ドイツ 監督/脚本:ヤルマリ・ヘランダー 出演:サミュエル・L・ジャクソン/オンニ・トンミラ/レイ・スティーブンソン/フェリシティ・ハフマン/ジム・ブロードベント/テッド・レヴィン/ヴィクターガーバー


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「チャッピー」
2015年アメリカ/メキシコ 監督/脚本:ニール・ブロムカンプ 出演:シャールト・コプリー/デーヴ・パテール/ニンジャ/ヨーランディ・ヴィザー/ホセ・パブロ・カンティージョ/ヒュー・ジャックマン/シガニー・ウィーバー


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「アリスのままで」
2014年アメリカ 監督/脚本:リチャード・グラッツァー/ウォッシュ・ウェストモアランド 出演:ジュリアン・ムーア/クリステン・スチュワート/アレック・ボールドウィン/ケイト・ボスワース/ハンター・パリッシュ/シェーン・マクレー/セス・ギリアム/スティーヴン・クンケン


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「はじまりのみち」
2013年日本 監督/脚本:原恵一 出演:加瀬亮/田中裕子/濱田岳/ユースケ・サンタマリア/斉木しげる/光石研/濱田マリ/大杉漣/宮崎あおい


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「喜びも悲しみも幾歳月」
1957年日本 監督/脚本: 出演:佐田啓二/高峰秀子/有沢正子/中村賀津雄/桂木洋子/田村高廣/北竜二/夏川静江/仲谷昇


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「ヘラクレス」
2014年アメリカ 監督:ブレット・ラトナー 出演:ドウェイン・ジョンソン/イアン・マクシェーン/ジョン・ハート/ルーファス・シーウェル/アクセル・ヘニー/ジョセフ・ファインズ/レベッカ・フェルグソン


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「セレンディピティ」
2001年アメリカ 監督:ピーター・チェルソム 出演:ジョン・キューザック/ケイト・ベッキンセイル/ジェレミー・ピーヴン/モリー・シャノン/ブリジット・モイナハン/ジョン・コーベット/ユージン・レビイ


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「第三の男」
1949年イギリス 監督:キャロル・リード 出演:ジョゼフ・コットン/アリダ・ヴァリ/オーソン・ウェルズ/トレヴァー・ハワード/バーナード・リー/パウル・ヘルビガー/エルンスト・ドイッチ




読んだ本


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パン屋再襲撃(村上春樹 現代小説)


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TVピープル(村上春樹 現代小説)


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ねじまき鳥クロニクル第1部、第2部、第3部(村上春樹 現代小説)


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レキシントンの幽霊(村上春樹 現代小説)



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Category: 読書

Tags: 村上春樹  短編小説集  

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村上春樹「レキシントンの幽霊」

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村上春樹、7冊目の短編小説集である。
表題作である「レキシントンの幽霊」のほか、「緑色の獣」、「沈黙」、「氷男」、「トニー滝谷」、「七番目の男」、「めくらやなぎと、眠る女」が収められている。
このうち「七番目の男」と「レキシントンの幽霊」は『ねじまき鳥クロニクル』を書いたの後の1996年に書かれたもの、その外は『ダンス・ダンス・ダンス』『TVピープル』の後、すなわち1990年から1991年にかけて書かれたものである。
また「レキシントンの幽霊」と「トニー滝谷」は雑誌掲載時のものに手を加えたロングバージンとなっており、さらにこれとは逆に「めくらやなぎと、眠る女」は、『螢・納屋を焼く・その他の短編』に掲載されたものを約4割ほど縮めて再収録したものである。
それについて彼は<個人的に、短編小説を短くしたり、長くしたりすることに凝っていたせいである。>と書いている。
長編小説を書く際には、何十回となく書き直しをするそうだが、こうしていったん書いたものに手を入れて書き直すというのは、彼の性格的な癖というものなのかもしれない。
油絵の画家が完成したと思われる絵のうえに、何度も繰り返し絵具を塗り重ねていく創作態度と似たものを感じる。

「レキシントンの幽霊」は、小説家の僕が、マサチューセッツ州のケンブリッジに2年ばかり住んでいた時の出来事を書いたものである。
そこで知り合ったレキシントンに住む建築家ケイシーから留守番を頼まれ、その古い屋敷で、幽霊たちがパーティーを開いているのを目にするというもの。
そのことはケイシーには話さず黙っていたが、その後ケイシーとの間で死についての奇妙な会話が交わされることになる。
その死の話が、この小説のメインテーマのようだが、それが何を意味するのか、そして何を言わんとしているのか、やはりここでもいつものように謎である。
しかしそこから滲み出てくる独特の世界観は、やはり味わい深いものがある。
彼の小説を読む場合、とくに短編の場合はそうなのだが、あまりロジカルに考えることなく、その流れに自然に身を任せるという態度が必要なのではなかろうか。
前にも書いたことがあるが、それは音楽を聴くのと似たようなもの。
そうやって読んでみると、この短編集の中ではいちばん判り難い「緑色の獣」も、なかなか味わい深いものに思えてくる。

「沈黙」はこれらの短編のなかでは、いちばんリアルな物語である。
僕と大沢さんが新潟に行く飛行機を待つ間、空港のレストランでコーヒーを飲みながら雑談をする場面から小説が始まる。
その会話の中で、僕は何気なく大沢さんに、これまで誰かを殴ったことがあるかと訊ねてみる。
大沢さんが学生時代にボクシングを習っていたことを知っていたからである。
そこから彼が過去にいちどだけ殴ったことのある、青木という男との苦い思い出が語られることになる。
青木は、頭がよく、人望があり、クラスでも目立つ存在。
それとは対照的に大沢さんは無口で人づき合いの苦手な少年。
ある時英語のテストで、大沢さんが一番をとる。
いつも一番だった青木は、それにショックを受け、「大沢がカンニングをした」という噂を流す。
それを聞いた大沢さんは青木に問いただそうとするが、逆に青木から「何かの間違いで一番になったからっていい気になるなよな」といなされてしまう。
カッとなった大沢さんは思わず青木を殴ってしまう。
だがすぐにそのことを後悔してしまう。
こんなことをしても何の役にもたたないのだと。
それから数年が経った高校3年生の時、そのことを恨みに思っていた青木から手痛いしっぺ返しを受けることになる。
同じクラスのある生徒が自殺、これを好機と見た青木は大沢さんがボクシング・ジムに通っていること、そして中学二年の時に、青木を殴ったことを教師に告げる。
それがきっかけとなって教師から尋問され、警察からも事情聴取を受けることになる。
それ以来大沢さんは、クラス全員からまるで犯人のような目で見られ、無視されることになる。
また教師もそれを見て見ぬふりをして、かばおうとはしない。
大沢さんは食欲がなくなり、夜も眠れなくなってしまう。
あと半年我慢すれば、卒業できると考えてみるが、それも次第に自信が持てなくなってくる。
そんなある日、満員の通学列車のなかで青木と偶然に顔を合わせることになる。
青木は最初は皮肉な笑みを浮かべて大沢さんの顔を見ていた。
しかしそうやって睨み合っているうちに次第に青木の顔に変化が現れてくる。
笑みは消え、負け犬のような目になり、最後にはその目が震え出したのである。
それを見て大沢少年の胸には「悲しみと憐れみ」に似た感情が湧いてくる。
これを境に大沢少年は立ち直ることができたのである。
そしてそれらの出来事から大沢さんが学んだのは、
「本当に怖いと思うのは、青木のような人間の言い分を無批判に受け入れて、そのまま信じてしまう連中です。自分では何も生み出さず、何も理解していないくせに、口当たりの良い、受け入れやすい他人の意見に踊らされて集団で行動する連中です。彼らは自分が何か間違ったことをしているんじゃないかなんて、これっぽっちも、ちらっとでも考えたりはしないんです。自分が誰かを無意味に、決定的に傷つけているかもしれないなんていうことに思いあたりもしないような連中です。彼らはそういう自分たちの行動がどういう結果をもたらそうと、何の責任も取りやしないんです。本当に怖いのはそういう連中です。」
こうした匿名性の悪意というものは、いつの時代にも存在するものである。
そしてそうしたものによって、取り返しのつかない状況へと引き摺られていくことの何と多いことか。
さらにここにはもうひとつ大事な問題がつけ加えられている。
「でもね、僕は思うんです。たとえ今こうして平穏無事に生活していても、もし何かが起こったら、もし何かひどく悪意のあるものがやってきてそういうものを根こそぎひっくりかえしてしまったら、たとえ自分が幸せな家族やら良き友人やらに囲まれていたところで、この先何がどうなるからはわからないんだぞって。ある日突然、僕の言うことを、あるいはあなたの言うことを、誰一人として信じてくれなくなるかもしれないんです。そういうことは突然起こるんです。」
村上春樹の小説では、いつも唐突に物事が起きる。
そしてそうしたことは、われわれの現実の生活でもまさにそうである。
われわれの身の回りには、目に見えない落とし穴が張り巡らされているのである。
そんな不条理に対する恐れや怒り、そして哀しみの感情が、この小説には込められているように思う。


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村上春樹「ねじまき鳥クロニクル第1部、第2部、第3部」

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村上春樹の代表作といわれる「ねじまき鳥クロニクル」を、ようやく読み終えた。
第1部「泥棒かささぎ編」、第2部「予言する鳥編」、そして第3部「鳥刺し男編」からなる1000ページを越える大長編である。
先日読んだ短編「ねじまき鳥と火曜日の女たち」(『パン屋再襲撃』に所収)や、「加納クレタ」(『TVピープル』に所収)が基になって書かれたものである。
3年という歳月をかけて書かれた第1部と第2部が出版されたのは1994年4月、そしてそれから1年以上を経た1995年8月に第3部が出版されている。
当初は第1部と第2部で完結していものに、後になって第3部を付け加えることになったからである。
そのことについて村上春樹は、「あの人たちを、呪縛から少しでも引き戻してあげたいという気持ち」や「自分で仕掛けた謎に対して、自分で答えてみたい気持ち」があったからだと述べている。
これは「羊をめぐる冒険」を書き終わった後に、「僕」を「ひどい場所」から救い出したいとの思いから「ダンス・ダンス・ダンス」を書いたという動機と同じである。
第3部は第1部と第2部で現れた謎に対する回答となる小説であるが、しかしそれで明確な回答が得られたかというと、必ずしもそうではなく、飽くまでもそこには依然として謎は残されたままである。
それは他のどの小説とも同じであり、それを指して村上春樹は「閉じない小説」と呼んでいる。
いったん謎解きをしてしまうと「わくわくする理不尽な部分」がなくなってしまうとの考えがそこにはある。

これまでの小説でも繰り返し書かれているように、この小説も失ったものを探し出そうとする物語である。
しかしこの小説がこれまでのものと違うのは、そのなかで根源的な悪、暴力との激しい対決がなされることである。
その悪の象徴として登場するのが、失踪した妻の兄であるワタヤ・ノボルであり、間宮老人が第二次世界大戦のノモンハン事件で出会ったソビエト軍将校のボリスである。
なかでも間宮老人が語るノモンハン事件の前哨戦ともいえる諜報活動の際に体験したボリスとの経緯は、これまでの村上春樹の小説では出会ったことのない過激で残酷なものである。
その内容についてはここでは詳しく書かないが、これらは人類の長い歴史の中で繰り返し行われてきた愚かな悪行の数々を象徴したものであり、歴史の暗い闇である。
同時にそれはあらゆる人々の意識の奥底に隠されたものでもある。
そうした人々の無意識をワタヤ・ノボルは暴力的な力で巧妙に引き出すことで、己の野望を遂げようとするが、失踪した妻を探すなかでそれに気づいた主人公が、それを阻止しようと決意する。
それは殺すべきであったボリスを、どうしても殺すことが出来なかった間宮中尉の、すなわち現在の間宮老人から受け継いだ意志でもあり、使命でもある。
そしてそのよき理解者であり同志となるのが、16歳の笠原メイであり、手助けをする者として現れるのが、間宮中尉を主人公と会わせる役目を担った占い師の本田さんや、加納マルタ、クレタの姉妹、そして赤坂ナツメグ、シナモン母子といった予言者たちである。
彼らの導きや示唆によって動かされた主人公は、路地の奥の空き家で見つけた井戸の底へと下りてゆき、自らの深層意識と向かい合うことで不思議な能力を身に着けることになる。
この井戸は間宮中尉から聞かされたノモンハン事件の際に、彼が井戸に閉じ込められたことに倣ったものであるが、「現実について考えるには、現実からなるべく離れた方がいい」との考えからでもあった。
さらには「下に下りたいときには、いちばん深い井戸の底に下りればいい」と言った本田さんの言葉に従ったものでもあった。
そして3日間井戸に籠り続けることで、壁を通り抜け、ホテルの「暗い部屋」へと辿りつき、その結果右頬に青いあざをつけて帰ってくることになる。
以来彼は心の迷宮世界へと自由に出入りできる力を手に入れることになり、それによってワタヤ・ノボルとの臨戦態勢が整ったということになるわけである。

主人公オカダトオルは30歳、法律事務所で雑用係として働いていたが、今は辞めて失業中の身である。
妻のクミコは出版社に勤めており、現在は彼女が家計を支えており、トオルは主夫として家事をこなしている。
彼は心優しい人だけれど、優柔不断、また特別才能があるわけでもなく、地位も名誉もなく、ごく一般的な、地味で目立たない男である。
また人との付き合いが苦手で、極力人との接触をさけようとする人間でもある。
そんな彼が妻の捜索と救出をけっして諦めなかったのは、多くの人との不思議なつながりがあったからである。
そしてそのつながりの中で多くの物語に接することで、次第に強い意志と行動力を手にすることができたのである。
そんな姿を指して村上春樹は「コミットメント(かかわり)」と呼ぶ。
彼の小説では、「デタッチメント(かかわりのなさ)」というのが、重要なテーマであったが、それがこの小説を契機に「コミットメント」へと大きく変化していくことになるのである。

村上春樹はこれまでにも満州ひいては中国への深い拘りを、小説の中で書いている。
デビュー作「風の歌を聴け」では、中国人ジェイが経営するジェイズ・バーが主要な舞台になっている。
またそのなかで僕の叔父は終戦の2日前に、上海の郊外で自分の埋めた地雷を踏んで死んでいる。
また「中国行きのスロウボート」では、若い頃に出会った3人の中国人の話を書いている。
さらに「羊をめぐる冒険」に登場する星形の斑紋のある羊は、羊博士が満州に赴いた際に彼の体の中に入り、彼とともに日本にやってきたとされている。
このようにさほど目立つことなく、ごく控えめな形で、これまでの小説の中で幾たびか取り上げられているが、それを集約した形で表したのが、この小説で書かれたノモンハン事件や新京動物園での不器用な動物虐殺や中国人処刑という出来事ということになる。
そうした満州や戦争への拘りは、戦時中中国大陸に派兵された村上春樹の父親やその世代の人たちの、戦争にまつわる暗い記憶を、自ら引き継ごうとする村上春樹の意志の表れに他ならない。

この小説は、ひとりオカダトオルだけの物語ではない。
そこに関わる全ての人たちのクロニクル(年代記)が積み重なって、この長大な物語を作り出しているのである。
多くの記憶が重層的に重なり縺れていくなかで、物語がダイナミックに進んでいく。
メインテーマがあり、それを支える数多くのサブテーマがある。
そういう意味では、ここに書いたものは、ほんのごく一部について書いたに過ぎない。
まだまだ幾らでも掘り下げて考えることができるはずである。
書き足りていないというのが、正直な実感である。
いつかまたこの小説を再読、再々読したうえで、もういちど考える機会を持ちたいと考えている。


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村上春樹「TVピープル」

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「TVピープル」、「飛行機―あるいは彼はいかにして詩を読むようにひとりごとを言ったか」、「我らの時代のフォークロア―高度資本主義前史」、「加納クレタ」、「ゾンビ」、「眠り」の6篇が収録された短編集である。
これらの短編は、すべてヨーロッパ滞在中に書かれたものである。
当時は『ノルウェイの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』がベストセラーとなった時期である。
ところがそれが予想もしなかったような売れ方をしたことから、精神的に落ち込み、まったく小説が書けない状態に陥っていた。
そうした状態が1年近く続いた後、滞在先のローマ市内のアパートで突然閃いて書いたのが、「TVピープル」である。
村上春樹にとっては大きな転機となった作品ということになる。
そしてこれらの短編を書いた後に、3年近く滞在したヨーロッパから帰国することになった。
1990年1月のことである。
またこの作品は村上作品のなかでは初めて『ニューヨーカー』誌に掲載された作品であり、そうしたことからも彼にとっては忘れられない作品ということになる。
そのことについて彼は次のように述懐している。
「僕にとっては、おおげさに言えば、『月面を歩く』のと同じくらいすごいことだった。どんな文学賞をもらうよりも嬉しかった」

相変わらず村上春樹の小説は判り難いことだらけだが、それでも読んでしまう。
それはなぜかと考えると、やはり文章のうまさと読み易さということになるだろう。
彼の小説では、けっして難解な言葉は使わない。
すべて読み易く平易な言葉で書かれており、そして何よりも大切にしているのは、リズムである。
リズムよく流れていく文章、途中で躓いたり、立ち止まったりすることのない、自然と身をゆだねることのできるノリのいい文章、そういう文章を彼は目指しており、それを彼は「ほかの誰とも違うけれど、誰にでもわかる」文章と言っている。
また彼が影響を受けた作家レイモンド・チャンドラーについての次のような文章がある。
「プロットとはほとんど関係のない寄り道、あるいはやりすぎとも思える文章的装飾、あてのない比喩、比喩のための比喩、なくもがなの能書き、あきれるほど詳細な描写、無用な長広舌、独特の屈折した言い回し、地口のたたきあい、チャンドラーの繰り出すそういうカラフルで過剰な手管に、僕は心を強く引かれてしまうのだ」と。
チャンドラーについて語っているが、それがそのまま彼自身の文体について書いているようにも思えてくる。
そして彼の文体の最大の特徴といえるのが、数多くのメタファーである。
次々と繰り出されるメタファーの巧妙さや、そこに込められたユーモアを楽しみながら読んでいくうちに、気がつくと不思議な世界へと導かれている。
そしてもっともっと読んでみたいという気持ちにさせられる。
やっぱり村上春樹は、クセになる。


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2015年洋画ベストテン

邦画は選ぶのに苦労したが、洋画は逆にいい映画がありすぎて、どれを落とそうかと迷ってしまった。例えば「アバウト・タイム」や「クレアモントホテル」も入れたかったが、製作年がちょっと前ということで敢えて落とした。また「フューリー」や「イコライザー」は同じアクション物の「フライトゲーム」に席を譲ることにした。こんな風に2015年の洋画は良作が目白押しであった。

1位:灼熱の魂
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2010年製作の映画ではあるが、その圧倒的な内容を考えると、絶対に外せない映画である。2015年に観た映画の中では最も鮮烈な印象を残した映画であった。
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2位:セッション
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これまであったどの音楽映画とも一線を画す異色の音楽映画。音楽にとことん打ち込む男同士の狂気のバトルに息をのむ。忘れられない映画である。
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3位:ジャッジ 裁かれる判事
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法廷ドラマには名作が多いが、これもその列に並ぶ法廷ドラマの傑作。ロバート・デュヴァルとロバート・ダウニー・Jrというふたりの名優の、がっぷり四つに組んだ迫真の演技合戦が見応え十分。
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4位:インターステラー
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SF映画というだけでなく、ミステリーの要素を持った家族のドラマでもあった。宇宙物はやっぱり面白い。
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5位:アメリカンスナイパー
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生死を分かつ戦場での体験が、いかに兵士の心を蝕んでいくか、こうしたテーマの映画はこれまでにも幾度となく繰り返されてきたが、こうした映画を観る度に、アメリカ社会が抱え持つ病理の根の深さを思い知らされる。


6位:ゴーンガール
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デヴィッド・フィンチャー監督のけれん味のある演出が光る映画。最初はミステリーと思って見ていたが、後半はまさにサイコ・サスペンス、女の怖さがひしひしと伝わってきた。


7位:ジャージー・ボーイズ」
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今回のベストテンでは、この作品と「アメリカンスナイパー」と、2本のクリント・イーストウッド監督作品が入っているが、80歳を過ぎてもなおこうした良作を年間2本も作ってしまうとは、まさに驚くべきこと。老いてますます盛んなイーストウッドに最大の拍手を贈りたい。
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8位:バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)
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マイケル・キートンの役者魂炸裂の映画である。こうしたバックステージものにはブラックな笑いが欠かせないが、この映画ではそれが満載だ。それを楽しめるかどうかが評価の分かれ目になりそうだ。かなりクセのある問題作である。
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9位:007 スペクター
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ダニエル・クレイグ最後のボンドもの(恐らく)。彼の勇姿がこれで最後というのはいかにも惜しい。
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10位:フライト・ゲーム
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今や最強のアクション・スターのひとりとなったリーアム・ニーソンのアクション映画。今回の舞台が旅客機の中というのが、面白い。様々に制限のある飛行機の中でどうやって事件を解決していくか。よく考えられらたプロットに、目が離せなくなった。
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2015年邦画ベストテン

昨年観た映画を振り返ってみると洋画が多く、邦画は思ったよりも少ない。しかも観直した古い名画ばかりが多く、新しい映画に至ってはほんの僅かだけ。そんななかでベストを選ぶとなるとなかなか難しい。とても10本は選べない。それでも敢えて選んだのが次の4本。しかし数は少ないが、いずれも充実した内容のものばかりであった。


1位:ぼくたちの家族
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母親の発病をきっかけに表面化していく様々な問題を、リアルにそしてシリアスに描いており、目が離せない。そこから浮かび上がってくる家族というものが持つ様々な姿、それは時に煩わしく、時に冷たく、時に優しく、そして時に悲しい。多くの家族が直面するかもしれない問題だけに、強く心に響く。
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2位:舞妓はレディ
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京都の伝統文化の世界がミュージカル仕立てで描かれるという異色の映画。周防監督らしいひねりの利いた着想である。理屈抜きで楽しめる映画である。
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3位:そこのみにて光り輝く
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レビューではさんざん悪口を書いてしまったが、やはりこれは落とせない。いい意味でも悪い意味でも印象深い映画であった。ちなみにこの映画は2014年のキネ旬第一位をはじめ、数多くの賞を受賞した映画である。
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4位:アントキノイノチ
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2011年の映画なので少し時間が経っており、おまけに再見なので、どうしようかと迷ったが、やはり落とすことはできない映画だと思い、入れることにした。傷ついたふたりが次第に再生していく姿が丁寧に撮られていて、好感が持てる。主役のふたり(岡田将生と榮倉奈々)の熱演も光る。この映画で遺品整理業という仕事を初めて知ったが、これは「おくりびと」とも相通ずる職業だ。仕事柄様々な訳ありな死と遭遇することになる。こうした設定がこの映画の成功の大きな要因だろう。原作はさだまさし。



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村上春樹「パン屋再襲撃」

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村上春樹の小説は不思議な話ばかりである。
この短編集「パン屋再襲撃」もそうだ。
タイトルを見てもそれは判る。
パン屋を襲うなどという話は、普通はありえない話。
しかも再襲撃というのだから、まともに聞けば冗談にしか聞こえない。
そんなわけの分からない小説だが、読んでみるとこれが面白い。
こういうのをカフカ的世界というのだろう。

あらすじを書くと、真夜中に耐え難い空腹感を感じた夫が、過去に友人とふたりでパン屋を襲撃したことを妻に話す。
そのパン屋は大変なワーグナー・マニアで、彼らにワーグナーを聴いたら、ただでパンを上げると言う。
そこでその言葉に従って大人しくワーグナーの曲を聴いてパンを大量にもらったのである。

<「それはどう考えても犯罪と呼べる代物じゃなかった。それはいわば交換だったんだ。我々はワグナーを聴き、そのかわりにパンを手にいれたわけだからね。法律的に見れば商取引のようなものさ」

「でもワグナーを聴くことは労働ではない」と妻は言った。

「そのとおり」と僕は言った。>

そしてその襲撃以来僕は「呪い」にかかってしまったのである。
それを聞いた妻は、その呪いを解くためには、もう一度同じことをやればよい、のだと言う。
そこで夫婦してパン屋を再襲撃するために、深夜の街へと出かけていくのである。

さらにこの短編に続く「象の消滅」では、動物園で飼っていた象が、飼育係と一緒に、ある日忽然と消えてしまう。
象舎の鍵はかけられたままで、開けた形跡はない。
それにもかかわらず大きな象が跡形もなく消えてしまったのである。
そして何ひとつ解明されないままに、話は終わってしまう。
不思議は不思議のままに残されるのである。
何だかおあずけを食ったような、置いてきぼりにあったような妙な具合だが、それでも読んでいる時には、その面白さにぐいぐいと引っ張られてあっという間に読んでしまう。
そんな不思議な魅力を持っている。
それが何なのか未だによく分からない。
しかしこうした不条理の世界の魅力にいったん捉えられると、つぎつぎと読まざるをえなくなってしまう。
村上ファンが同じ小説を何度も繰り返し読んでしまうということが、よく分かる。
こうして村上春樹の小説を読む日々が今も続いているのである。


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映画「6才のぼくが、大人になるまで」

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この映画は6歳の子供が18歳になるまでを描いたものだが、それを実際に12年間に渡り同じ俳優を使って撮り続けたものである。
こうした手法は、ドキュメンタリー映画では珍しくないが、劇映画では稀なこと。
はたしてそれにどんな意味があるのか、どうしてそんな面倒なことをする必要があったのか、そしてそれによってどんな効果がもたらされたのか、観る前はそんなことを考えていたが、映画が始まるとそんなことはもうどうでもよくなり、ひたすら映画の世界へと没入していった。
そして知らず知らずのうちに、彼らの12年間を疑似体験することになったのである。
不思議な映画体験であった。

主人公のぼくは6才、母親のオリヴィアと姉の3人で暮らしている。
離婚してひとりで暮らしている父親のメイソンは、律儀に訪れては子供たちとの時間を楽しんでいる。
そんな4人の12年間が描かれるが、その間に母親は大学に再入学して、キャリアを積んで行く。
また2度再婚を繰り返すが、2度ともうまくいかず離婚。
さらに父親も再婚、やがて子供も生まれる。
こうした日本とはちょっと違ったアメリカの家族の在り方が詳しく描かれるが、それは決して特殊な家族というわけではない。
おそらくアメリカのどこにでもあるごく一般的な家族の姿なのではなかろうか。
実際この12年の間には主役を演じたエラー・コルトレーンも両親が離婚をしているし、父親役のイーサン・ホークも離婚を経験している。
またこの映画は6歳の時に両親が離婚し、母親が大学に入って勉強をし直すというリンクレイター監督自身の実体験がベースになっている。
映画には最初から決まったシナリオがあるのではなく、毎年子供たちの夏休みに合わせて全員が集まり、そこで話し合いながらストーリーを作り上げていった。
そうした手法ゆえに、それぞれの実体験がこの映画には色濃く反映されている。
それが映画に、けっして作り物というだけではない、目に見えない奥行きの深さを創り出している。

映画の中ではシークエンスごとに、ぼくは成長していく。
そこには何の説明も施されていないが、間違いなく、長い時間が流れていることが分かる。
それは子供たちの成長の度合いを見れば一目瞭然である。
しかしそうした変化に判り難さや戸惑いや違和感を感じることはない。
ごく自然に変化を受け入れることができる。
それはやはり同じ人物が演じているからこそなのであろう。
そしていつの間にかそうした変化を楽しんでいる。

こうやって人は人と出会い、愛し合い家庭を作り、そしてお互いに影響し合い、そして様々なものを手渡しながら生きていく。
そうした繰り返しが集まって大きな歴史という流れを作り出しているのだという思いが自然と湧いてくる。
家族とは、人間とは、そして人生とは、様々なことを考え、教えられる映画であった。
そして観終わった後は、素直に優しい気持ちになれる映画でもあった。


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Author:cooldaddy
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年齢:今年(2008年)還暦です。
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還暦という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
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