風に吹かれて

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Category: 月別観た映画と読んだ本

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今月観た映画と読んだ本(2015年7月)

観た映画


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股旅 三人やくざ
1965年 監督:沢島忠 出演:仲代達矢/桜町弘子/志村喬/松方弘樹/藤純子/中村錦之助/入江若葉/遠藤辰雄/江原真二郎/加藤武


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「オール・ユー・ニード・イズ・キル」
2014年アメリカ 監督:ダグ・リーマン 出演:トム・クルーズ/エミリー・ブラント/ビル・パクストン/キック・ガリー/ドラゴミール・ムルジッチ/シャーロット・ライリー


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「大曽根家の朝」
1946年 監督:木下恵介 出演:杉村春子/小沢栄太郎/長尾敏之助/徳大寺伸/三浦光子/大坂志郎/増田順二/東野英治郎/賀原夏子


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「11人のカウボーイ」
1971年アメリカ 監督:マーク・ライデル 出演:ジョン・ウェイン/ロスコー・リー・ブラウン/ブルース・ダーン/コリーン・デューハースト/スリム・ピケンズ/A・マルティネス/チャールズ・タイナー


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「限りなき追跡」
1953年アメリカ 監督:ラウール・ウォルシュ 出演:ロック・ハドソン/ドナ・リード/フィル・ケイリー/ロバータ・ヘインズ/レオ・ゴードン/リー・マービン/ネヴィル・ブランド


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「アメリカン・スナイパー」
2014年アメリカ 監督:クリント・イーストウッド 出演:ブラッドリー・クーパー/シエナ・ミラー/ルーク・グライムス/ジェイク・マクドーマン/サミー・シーク


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「乞食大将」
1952年 監督:松田定次 出演:市川右太衛門/月形龍之介/羅門光三郎/中村芳子/藤野秀夫/嵐徳三郎/香川良介/見明凡太朗


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紙屋悦子の青春
2006年 監督/脚本:黒木和雄 出演:原田知世/永瀬正敏/松岡俊介/本上まなみ/小林薫


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「アルバレス・ケリー」
1966年アメリカ 監督:エドワード・ドミトリク 出演:ウィリアム・ホールデン/リチャード・ウィドマーク/ジャニス・ルール/パトリック・オニール/ヴィクトリア・ショウ





読んだ本


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第2図書係補佐(又吉直樹 エッセイ)


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「夕映え」(宇江佐真理 時代小説)


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埋み火(杉本苑子 時代小説)


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映画の戦後(川本三郎 評論)


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下品こそ、この世の花 映画・堕落論(鈴木則文 エッセイ)


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Category: 日本映画

Tags: 戦争映画  

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映画「紙屋悦子の青春」

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一昨日BSプレミアムで観た映画。
黒木和雄監督の戦争レクイエム3部作「明日 TOMORROW」、「美しい夏キリシマ」、「父と暮せば」に続く戦争映画。
1軒の家の中だけで物語が展開するというのは、「父と暮せば」と同じ。
まるで舞台劇を観ているように感じるのは、いずれも戯曲が原作だからだろう。
またこれら戦争もの連作は、すべて戦闘場面が出てこない戦争映画である。
戦時中の市井の人々の暮しが、静かに描かれるだけである。
しかしそれでいて戦争の悲惨さや愚かさが、確実に伝わってくる。
戦場で銃で戦うだけが戦争ではない。
銃後の生活のなかにも、戦争の厳しい影が確実に現れてくるのだ。
そしてその悲しみのなかに、戦場とはまた違った戦争の現実があるのだとするのが黒木監督の一貫した姿勢である。
それは戦時下に少年時代を過ごし、勤労動員先の空襲で、目の前にいた友人が爆撃を受けて死んだという体験を持っている黒木監督ならではの拘りといえよう。

それにしてもこれが遺作となったのは、いかにも戦争もの連作を撮り続けた黒木監督らしい。
いささか地味ながらも、ところどころにユーモアがあり、飽きずに観ることができた。


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Category: 読書

Tags: エッセイ・評論  

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鈴木則文「下品こそ、この世の花 映画・堕落論」

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東映でアクションからコメディ、ポルノまで、さまざまな娯楽映画を撮り続けた鈴木則文監督によるエッセイ集。
「映画芸術」や「シナリオ」といった雑誌に1970年代から書き続けてきた文章を纏めたものである。

自ら「三流映画カントク」を名乗り、アナーキーさと頽廃志向を漂わせ、斜に構えた文章からは、カツドウヤの心意気、映画への熱い思いが伝わってくる。
なかでも自ら作り上げた「緋牡丹博徒」矢野竜子こと藤純子への想いは、ことのほか熱い。
「シナリオはラブレターを書くつもりで書け」という言葉が出てくるが、第3章「さよなら お竜さん」での藤純子への想いの丈は、まさにラブレターそのもの。

また自ら師匠と呼ぶ内田吐夢、加藤泰について書かれた第2章「命一コマ」も読み応えがある。
そのなかで書かれた内田吐夢が語った言葉の数々、「人間心理の立ち廻り」「フィルムは観念をうつす」「感覚の爪を研ぎ、論理の牙を磨け」「テーマはその映画のワンシーンにある」等々、巨匠ならではの含蓄ある言葉に大いに惹きつけられる。
助監督時代、内田邸でしばしば居候状態にあった著者ならではの話である。
ちなみに「命一コマ」とは内田吐夢の墓に刻まれた言葉。

さらに同じ章で書かれた「『関の彌太ッぺ』の頃」も貴重な資料となっている。
なかでも映画のクライマックスで使われたムクゲの垣根に関するエピソードなど、読んでいてゾクゾクしてくる。
撮影現場での意気込みや緊張感溢れたやりとりがダイレクトに伝わってくる。
こういう裏話は、映画ファンにとってはたまらない。
この映画は、山下耕作監督の監督昇進3本目の作品であった。
当時の東映京都撮影所では、新人監督には最低3本は撮らせるという不文律があった。
『関の彌太ッぺ』はちょうどその3本目に当たっていた。
しかも人気、実力ナンバーワンの大スター、中村錦之助が主役である。
その責任は重い。
そしてこの映画の成功如何が、後に続くであろう新人監督たちの行く末にも関わってくることになる。
古い監督陣の体制に風穴を開け、監督の世代交代を図ることができるかどうか。
そうしたことがこの映画の出来如何に係っているのである。
それだけに助監督としてついた中島貞夫や鈴木則文たちも、この映画には我がことのような強い意気込みを持って臨んだのである。
そして『関の彌太ッぺ』という名作が誕生したわけだが、そこには、スタッフたちのそうした熱い思いが込められているのである。
そう考えると、この映画がまた違った輝きをもって見えてくる。

題名の「下品こそ、この世の花」という言葉は、鈴木則文の座右の銘。
そして同じタイトルのエッセイも収められている。
昭和の絵師、上村一夫の劇画「黄金街」の原作を書いた鈴木則文が、そのあとがきとして書いたものである。
この本で初めて知ったが、鈴木則文は上村一夫の劇画の原作をこの他にも3本ほど書いているそうだ。
なるほど、鈴木則文と上村一夫か。
意外なところに意外な繋がりがあるものだ。
表紙の絵に上村一夫の絵を使っているのも、そうした経緯ゆえ。
そんな楽屋裏のことを知ることができるのも、こうした種類の本を読む醍醐味である。

なお著者は昨年5月に逝去、享年80歳であった。


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Category: 日本映画

Tags: 中村錦之助  仲代達矢  時代劇  

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映画「股旅 三人やくざ」

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先日BSで観た映画「股旅 三人やくざ」を初めて観たのは、1965年のこと。
今から半世紀前ということになるが、そんなに時間が経ったのかと思えるほど、この映画の記憶は鮮明に残っている。

題名からも判るように、三人のやくざが登場するオムニバスの股旅映画である。
「秋の章」、「冬の章」、「春の章」と分かれ、それぞれを仲代達矢、松方弘樹、中村錦之助が演じている。

「秋の章」ではこれが股旅やくざを初めて演じるという仲代達矢が、正統派のやくざを重厚に演じて、見応え十分。
続く「冬の章」では松方弘樹が故郷を追われた水呑百姓上がりのやくざを溌剌と演じ、老残のやくざ、志村喬との対比のなかで、やくざ渡世の空しさや人情の篤さが描かれる。
そして最後の「春の章」では、錦之助がいつもの颯爽とした役柄とは違い、口先ばかりで一向に頼りにならない半端者のやくざを飄々と演じて楽しませてくれる。
同じ年に作られた、こちらもオムニバス映画である「冷や飯とおさんとちゃん」とともに、錦之助の演技の幅の広さを再認識させられる映画である。
3話のなかではいちばん見応えがあり、さらに錦之助ファンにとっては決して見逃すことのできない必見の映画なのである。

またそれぞれの主役の相手役となる女優達(桜町弘子、藤純子、入江若葉)も素晴らしい。
とくに第1話で気性の激しい女郎を演じた桜町弘子が出色。
彼女の代表作である「骨までしゃぶる」の女郎役と似通った役柄を好演している。
「骨までしゃぶる」が作られたのが、この映画の翌年の1966年だから、加藤泰監督は案外この時の彼女を見て、主役に抜擢したのかもしれない。
と書いてふと思ったのだが、というよりも加藤泰映画の常連として使われている桜町弘子の美質を買ったがゆえの起用であり、さらに本家帰りをして代表作出演となったといったほうが正しいのかもしれない。
両監督ともそんなことは先刻ご承知のことだろう。
ともかくそんなあれこれを想像させられる熱演であった。

さらに第2話の藤純子はこの時19歳。
このわずか3年後に「緋牡丹博徒」で、あの艶やかな矢野竜子を演じることになろうとは想像もできない初々しさである。

監督は沢島忠。
錦之助とともに「一心太助」シリーズなど、斬新な演出で東映時代劇を支えてきた彼が、その終焉を飾るように作り上げた傑作である。


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Category: 自転車

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鰺ヶ沢トライアスロン大会のこと

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鰺ヶ沢トライアスロン大会が今年で30年目を迎える。
そのニュースが先日新聞に掲載され、それを友人の阿保くんが、Facebookに投稿しているのを見つけ、当時のことを懐かしく思い出した。
この大会、実は自分たち数人の自転車仲間が、鰺ヶ沢町に企画を持ちこんで実現させた大会であった。
それがもう30年目を迎えるというのである。
まことに感慨深いものがある。
そこでこの機会に当時のことを思い出し、その顛末を書いておくことにした。

そもそもの始まりは、自転車であった。
当時そろそろ体力の衰えを感じ始めていたことから、何か体を鍛えることを始めなければと考えていた。
そんななか出会ったのが、自転車であった。
体を鍛えるために手っ取り早く始められるのは、ジョギングだろうとは思ったが、それだと結局は三日坊主で終わるのではないか、ふとそんな疑問符が浮かんだのである。
そこで同じ有酸素運動ということで考えたのが自転車であった。
そのためには自転車を買わなければならない。
自転車を買えば、それが足枷となって簡単には止められないのではなかろうか。
そんな単純な考えから、自転車を始めることにしたのである。
そしてそれが功を奏したのか、途中挫折することもなく続けることができ、次第に自転車の魅力へと嵌って行ったのである。
そんななか自転車を通して知り合った同好の士たちとの間で、当時知られ始めたトライアスロンという新しい競技のことがしばしば話題になることがあった。
そしてそうした話題が発展していくなかで、こうした大会にも出場してみたいなということになっていったのである。

トライアスロンとは、水泳・自転車・マラソンを連続して行う競技である。
この競技のそもそもの始まりは、アメリカ海兵隊員達が酒の席上で、「遠泳・サイクルロードレース・マラソンのどれがいちばん過酷な競技か」といった議論から始まったとされている。
そしてそれを試すべく行われたのが、1978年にハワイで開かれたアイアンマン・レースであった。
この時の距離は、スイム 3.8km、バイク160km、ラン42.195kmであった。
それは当時の自分たちにとってはあまりにも現実離れした距離であった。
しかし調べてみると、距離を4分の1(スイム1.5km・バイク40km・ラン10km)に縮めたクォーター・トライアスロンというレースがあることを知った。
これならば、頑張れば何とかなりそうだということで、それを目標にすることにした。
しかし出場できる大会は身近にはない。
日本初のトライアスロン大会が行われたのは、1981年のこと。
鳥取県米子市の皆生温泉で行われた「皆生トライアスロン」がそれである。
さらに1985年には「宮古島トライアスロン」が開かれているが、いずれもロング・ディスタンスの大会で、クォーター・トライアスロンとなると、同年に発足した「日本トライアスロン連盟」(JTF)による各地を転戦しながら行う大会があるだけという状態であった。
そうした状況を考えれば、大会出場など、はるか彼方のことのようであった。
ならば自分たちで大会を立ち上げ、その大会に出場すればいいのではないかということになり、手始めに県内での候補地探しを始めることにしたのである。
そこで浮かび上がったのが、鰺ヶ沢町であった。
仲間のひとりにJR鯵ヶ沢駅の駅長がおり、彼が町とのパイプ役になることができる。
また町にはテトラポットに囲まれた穏やかな海水浴場があり、それがスイム会場としては最適である。
さらに自転車・ランのコースも十分に見込めるなど、大会実現の条件が揃っている。
そこでさっそく町にこの企画を持ちこんだところ、町側は大いに乗り気となり、その後幾分の紆余曲折はあったものの、大会実現へと至ったのである。
そして1986年7月13日、記念すべき「第1回クォーター・トライアスロン IN あじがさわ」が行われ、念願のトライアスロン大会出場を果たすことができたのである。
瓢箪から駒のような大会実現ではあったが、その後の町による尽力の結果、30年目を迎えるまでになったというわけである。
第4回大会以降の大会運営はわれわれの手を離れ、それとともに競技からも次第に足が遠退いてしまったが、その礎を築いたことに関しては、今でも大いに誇りに思っている。
そして当時の熱く楽しかった日々のことを思い出しては、深い感慨に浸っているのである。


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Category: 読書

Tags: 川本三郎  エッセイ・評論  

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川本三郎「映画の戦後」

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今年で戦後70年になる。
この節目に合わせて出版されたのが、川本三郎著の「映画の戦後」である。
昭和19年生まれ、ほぼ戦後と同じ年を重ねてきた著者による映画評論である。

前半が「戦後映画の光芒」と題して日本映画を、後半は「アメリカの光と影」と題してアメリカ映画を論じており、そのなかで映画と時代との深い関わりを説いていく。

まず最初に採り上げたのは、高倉健と菅原文太への追悼として書いた<「やくざ」が輝いていた時代>と<詫びるヒーロー>である。
そこではやくざ映画をプロレタリア文学のひとつとして捉え、そのルーツを長谷川伸の股旅ものに求めている。
そしてそれを支えた多くは、全共闘運動に関わった学生たちというよりもむしろ高度経済成長に乗り遅れた未組織労働者たちではなかったかと書く。
<高倉健は彼ら底辺の人間たちの言葉にならない無念の思いを背負って戦った。世の中には法律の力ではどうにもまらないことがある。法律を守っていては生きられない不公平がある。ぎりぎりに追いつめられたところで高倉健は刀を抜いた。切羽詰まった暴力だった。>
<高倉健は「自分は道を踏みはずした」「つまらねえ人間だ」という原罪意識を持った「悲しい、傷だらけ」のヒーローだった。>そして<古い日本人が持っていた美徳のひとつ、詫びることの大事さを知っているヒーローだった。>と結んでいる。
その「悲しい、傷だらけ」の「詫びるヒーロー」高倉健の後を追い、まったく違ったキャラクターとして登場してきたのが、菅原文太であった。
様式美を持っていた高倉健に対して、菅原文太はそんなものとは無縁の荒っぽく、タテマエよりホンネをむきだしにするヒーローとして暴れまくった。
そしてともに時代を象徴するヒーローとなったのである。

また<戦争の時代から、戦後へ>のなかでは、「原節子の悲しみ」を見出していく。
「精神主義と戦意高揚映画にとって不可欠な存在であった」原節子の戦後とは、どういったものであったか。
それを小津映画を主とした戦後の映画のなかで検証する。
川本は次のように書く。
<戦後、生き残った日本人はふたつの気持ちに引き裂かれた。生きていてよかったという思いと、他方、戦争で死んでいった者に対して申し訳ないという思いとに。戦後の混乱期をなんとか前向きに生きようとする思いと、他方、過去を、死者を忘れてはいけないという思いとに。>
そして戦争の影をほとんど感じさせない小津映画の中にも、間違いなく戦争が影を落としており、それを原節子演じる女性(紀子)のなかに見る。
そして<こういう女性の悲しみは、戦時中、軍国主義の優等生を演じ続けてきた原節子だからこそ美しく表現しえたといえる。>と結んでいる。

また「昭和三十年代の東京が捜査の舞台」と題した「警視庁物語」シリーズについての評論や、「歩くことから始まる」と題した美術監督、木村威夫論なども心に残る。

後半の「アメリカの光と影」では、「マッカーシズム」や「ヴェトナム戦争」を論じ、さらに「個独のヒーロー」クリント・イーストウッドを論じて、読み応えじゅうぶん。
いつもながらその卓見ぶりには驚かされる。
何度も読み返したくなる一冊だ。


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Category: 地域情報

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猛暑

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全国的に猛暑のニュースが続いている。
弘前でも昨日は35.7度の猛暑日となった。
しかも夜になっても気温が下がらず、今年初の熱帯夜になった。
喉の渇きや寝苦しさで、夜中に何度も目が覚めてしまった。

弘前でも真夏日や猛暑日になることは珍しくはないが、熱帯夜になることはほとんどない。
年に一度あるかどうかといったところだ。
それだけに夜中の暑さには参ってしまった。
長く寝苦しい夜を過ごしたせいか、今朝は体がダルい。

予報によると今日も33度となっている。
3日続きの真夏日である。
熱中症にならないように注意が必要である。


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Category: 薪ストーブ

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またまた岩木山で伐採作業

先日の岩木山での木の伐採がようやく終わった。
結局都合6回通ったことになる。

それが終わった後、今さんからまた新しい伐採の情報が入った。
場所は同じく岩木山。
前回の場所からクルマで数分の所だ。
今さんの知り合いの不動産屋が所有する林である。
さっそく今さんと一緒に出掛けた。

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不動産屋の道案内で現場に到着。
背丈以上に生い茂った草をかき分けて林の中へ入って行く。
かなりの数の木が生えている。
中には太い木もあるが、ほとんどが細長い木ばかり。
それでも集めればかなりの量になる。
さっそく伐採を始めた。

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取り敢えずクルマに積める分だけは確保。
またしばらく岩木山通いが続くことになる。


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Category: 読書

Tags: エッセイ・評論  

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又吉直樹「第2図書係補佐」

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先日読んだ「火花」の著者、又吉直樹が書いた本の紹介本である。
元々はお笑いの若手芸人たちが出演する劇場用のフリーペーパーに連載されたもの。
当然対象はお笑いが好きな若者たちということになるが、彼らの多くはあまり読書とは縁のない者が多い。
そうした人たちに、どうすれば興味を持ってもらえるかということを考えた末に思いついたのが、自分の経験したエピソードをまず書き、それと似たようなことがこの小説の中には書かれているよ、といった紹介の仕方であった。
なので、ほとんどがそうしたエピソードで占められており、本についての紹介は最後の数行だけ。
それについて著者は、まえがきで次のように書いている。

< 僕は自分の生活の傍らに常に本という存在があることを書こうと思いました。本を読んだから思い出せたこと。本を読んだから思い付いたこと。本を読んだから救われたこと。>

そうやって書かれた思いやエピソードには、独特のユーモアが漂い、味わい深い。
読んでいると、紹介された本はもちろんだが、それを採り上げた又吉直樹という人物に対しても、ますます興味が湧いてくる。
異色の読書案内である。

紹介されている本は47冊、このうち読んだことがあるのは、11冊。
関口良雄「昔日の客」(これは以前、又吉直樹がどこかで紹介しているのを見て読んだもの)、織田作之助「夫婦善哉」、車谷長吉「赤目四十八瀧心中未遂」、野坂昭如「エロ事師たち」、太宰治「ヴィヨンの妻」、江戸川乱歩「江戸川乱歩傑作選」、宮本輝「螢川・泥の河」、玄侑宗久「中陰の花」、中島敦「李陵・山月記」、村上春樹「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」、太宰治「人間失格」、絲山秋子「袋小路の男」。

この他、知らない作家、知らない小説もいくつかある。
あまり本を読んだことのない若者向けと謳ってはいるものの、なかなか渋い選択である。
巻末には又吉がファンだという、芥川賞作家の中村文則との対談もついている。

これを足掛かりに、いくつか読んでみようかなと考えている。


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七夕、そして小暑

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西洋アサガオの花が咲いた。
毎日様子を見て、咲くのを楽しみにしていただけに、格別嬉しい。
小学校時代の、夏休みのアサガオの観察日記を思い出す。
童心に帰ったような気分である。

咲いたのは写真の2輪の他に1輪の計3輪だけだが、蕾の数はかなりあるので、これからどんどん咲くだろう。
花いっぱいになるのが楽しみだ。

ところで今日は七夕、そして小暑である。

小暑とは、二十四節気のひとつ。
夏至から15日後くらいに訪れる季節で、小暑の後に来るのが大暑。
この期間を暑中と呼ぶ。
すなわち「梅雨明けが近づき、暑さが本格的になる頃」となる。
それに合わせるようにアサガオが咲いた。
季節の移り変わりを実感する出来事であった。


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杉本苑子「埋み火」

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江戸元禄期の浄瑠璃の作者、近松門左衛門の生涯を描いた小説である。

近松門左衛門はもともとは武士であった。
本名を杉森信盛(小説では平馬)といい、公家の一人、一条禅閤恵観に仕える雑掌であった。
その彼が浄瑠璃の世界に魅せられたあげく、武士を捨て「河原者」と呼ばれて蔑まれる芸能の世界へと飛び込んでいくことになる。
そして下働きから始まって次第に頭角を現し、やがては時代を代表する浄瑠璃書きとなっていく姿が描かれる。
なかなか読みごたえのある小説であった。

この小説を書くにあたって、作者である杉本苑子は、次のように考えたと書いている。
すなわち、娯楽と考えられていた浄瑠璃の世界で、これほど人間存在の根底に触れるような作品を、なぜ次々と生み出していったのか、そこが最大の謎であった。
ところが「反故籠(ほごかご)」という本のなかに「近松には知恵遅れの子供がいる」と書かれてあった。
その記述を目にした瞬間、作者の中で何かが目醒めたと書いている。
そしてその苦悩を背負うことによって、より深い作品へと結晶していったというのである。
こうして生み出されたのが、「曾根崎心中」、「冥途の飛脚」、「心中天網島、「女殺油地獄」といった世話物の傑作であった。

小説の題名「埋み火」は、近松の辞世の句「残れとは思ふも愚か 埋(うず)み火の 消(け)ぬま仇なる 朽木(くちき)書きして」から取ったものである。
その意味は「埋み火が、すぐ灰となって消えてしまうに似た儚い作を、筆どころか、朽ち木の小枝みたいなもので仇書きしたにすぎないのだから後世まで残ることはあるまい。」というもの。

また近松の芸術論とされている「虚実皮膜論」については近松の言葉として次のように書かれている。
「事実の持つ重みは重い。けれど事実そのものは、いくら切れば血を吹く真実でも、それだけでは浄るりにはならないのですよ。追いつめた実がね、よき作品に昇華するのは、パッと思い切ってそれを放した瞬間ですよ。実が虚に変じる一刹那、芸術の花は開くわけです。はじめから幻想や絵そらごとでは困りますがね、事実を追いつめ、それを手段にして登りきったところで、放つ。放下する。とたんに芸術という虚構の世界が展ける。事実は虚に飛翔してはじめて、美になるのです。事実が持つ重み、事実が語る真実以上の真実性を持ちながら、しかも事実にはない美に匂い立つ浄るり。そこまで行って、はじめて本物といえるでしょうね。」

宇治嘉太夫、竹本義太夫、坂田藤十郎、井原西鶴などが登場、猥雑で生命力溢れる元禄文化の一端が味わえたのである。


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Category: 暮らし

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今日から7月

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今日から7月である。
ちなみに7月についてWikipediaで調べてみると、次のような説明である。

< 旧暦7月を文月(ふみづき、ふづき)と呼び、現在では新暦7月の別名としても用いる。文月の由来は、7月7日の七夕に詩歌を献じたり、書物を夜風に曝す風習があるからというのが定説となっている。しかし、七夕の行事は奈良時代に中国から伝わったもので、元々日本にはないものである。そこで、稲の穂が含む月であることから「含み月」「穂含み月」の意であるとする説もある。また、「秋初月(あきはづき)」、「七夜月(ななよづき)」の別名もある。 >

そして7月に行われる主な年中行事は、

7月1日 富士山山開き
7月4日 独立記念日(アメリカ合衆国)
7月7日 七夕
7月14日 革命記念日(フランス)
7月15日 博多祇園山笠
7月17日 京都祇園祭
7月25日 大阪天神祭
7月第3月曜日 海の日

さらに暦の上では、

7月2日 半夏生(はんげしょうず)一年の半分
7月7日 小暑(二十四節気)
7月23日 大暑(二十四節気) 
7月24日 土用丑の日

となっている。

果たして今月はどんな月になるのか。
いずれにしても、あっという間に過ぎていくことだろう。


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プロフィール

cooldaddy

Author:cooldaddy
住んでいるところ:青森県弘前市
出身地:香川県
年齢:今年(2008年)還暦です。
性別:男

還暦という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
趣味のこと、生活のこと、心に残ったことなど、My Favorite thingsを、気ままに書いていこうと思います。
末永くおつき合いください。

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