堀江敏幸「雪沼とその周辺」

堀江敏幸の小説を読むのは初めてである。
ネットの書評で読んで、初めてその存在を知った。
1964年生まれの49歳、早稲田大学のフランス文学の教授であり、小説家でもある。
2001年に「熊の敷石」で芥川賞を受賞、「雪沼とその周辺」では木山捷平文学賞と川端康成文学賞、そして谷崎潤一郎賞を受賞している。
そんな経歴と受賞歴に惹かれて、読んでみた。
「雪沼」という名の架空の町を舞台に、そこに生きる人々の、どこにでもありそうなごく普通のありふれた生活が描かれている。
「スタン・ドット」「イラクサの庭」「河岸段丘」「送り火」「レンガを積む」「ピラニア」「緩斜面」という7つの連作短篇から成っている。
「スタン・ドット」では小さなボーリング場が閉められる最後の日の光景が、「イラクサの庭」では東京から移り住んできた料理研究家の人生が、「河岸段丘」では段ボール製造工場の日常が、「送り火」では習字教室を営む夫婦の生活が、「レンガを積む」では古びたレコード屋のこだわりが、「ピラニア」ではごくありふれた大衆食堂の夫婦の話が、そして最後の「緩斜面」では年老いた幼馴染同士の友情が描かれている。
どの話もこれといった際立ったストーリーがあるわけではない。
誰もが身近で見ることができるような、珍しくもないごくありふれた人たちの日常ばかりだが、そこにはそれぞれが味わった挫折や喪失といった過去があり、ふとしたきっかけでそれが顔を覗かせる。
そしてひと時、穏やかな日常のなかに、淡い哀しみが波紋のように拡がっていく。
雪沼という、その名の通り雪深い鄙びた町に生きる人々は、皆時代から取り残されたような人たちばかりである。
しかしそれにことさらに異を唱えるわけでもなく、嘆くでもなく、ただひたすらに身の丈に合った生き方を愚直に守り通している。
そこには哀しみばかりではなく、同時に、ささやかな幸せも垣間見える。
それまで停まっていたような時間がほんの少しだけ流れ出すのを感じる。
そんな穏やかで優しい日常が、読んでいるこちら側の心にも、小さな灯を点してくれるのである。
地味ではあるが、深い余韻を残してくれた。
いつかまたもういちど読み返したくなる日が来るかもしれない。
そんな心に残る短編集であった。
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