風に吹かれて

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Category: 心に残る言葉

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春眠暁を覚えず

3月も終盤を迎えた。
ここまで三寒四温の日々を繰り返しながら、ようやくにして春が近づいてきた。
見渡せば、あれほどあった雪も少なくなった。
つい先ごろまで大雪に悪戦苦闘していたことを思えば、何だか嘘の様な気がする。
春は急ぎ足で近づいているのである。

ところでこういう時期になると、よく口にするのが「春眠暁を覚えず」という言葉である。
春になると暖かさが心地よく、つい朝寝坊をしてしまう。
その言い訳のように使うことで知られているフレーズである。
この言葉は高校時代の古文の授業で教わったはずだが、その出典についてはよく覚えていない。
そこでこの機会に勉強し直そうと調べてみた。

これは8世紀頃に活躍した中国の詩人、孟浩然(もうこうぜん)が書いた「春曉(しゅんぎょう)」という五言絶句の一節である。
次のような詩である。

春眠不覺暁(しゅんみん あかつきをおぼえず)
處處聞啼鳥(しょしょ ていちょうをきく)
夜来風雨聲(やらい ふううのこえ)
花落知多少(はな おつることしるや いくばくぞ)

訳すと

春の眠りは心地よく、夜が明けたことも知らずに眠っていた。
気が付けばあちこちで鳥のさえずりが聞こえる。
夕べは風雨が強かったので、 せっかく咲いた花がどれほど落ちたことか。

となっている。

春は急激に日が長くなる。
そして朝が明けるのが早い。
しかし身体のリズムは、まだ少し前の日が昇るのが遅く、寒かったかった時のままである。
さらに寝床での暖かい心地よさが手伝って、目覚めを邪魔してしまい、ついつい寝坊をしてしまう。
そうした春の到来を歌っている。

この歌のように惰眠を貪りたいと言いたいところだが、今の自分にとっては、それも縁遠いものになってしまった。
朝明るくなる前にはすでに目覚めており、朝寝坊することはほとんどなくなった。
そんなふうなことを考えていると、若いころのいつまでも寝床にしがみついていた頃のことが、無性に懐かしくなってきた。
叶うなら、またもういちど、あんなふうに惰眠を貪りたいものである。
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Category: 読書

Tags: 短編小説集  

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堀江敏幸「雪沼とその周辺」

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堀江敏幸の小説を読むのは初めてである。
ネットの書評で読んで、初めてその存在を知った。
1964年生まれの49歳、早稲田大学のフランス文学の教授であり、小説家でもある。
2001年に「熊の敷石」で芥川賞を受賞、「雪沼とその周辺」では木山捷平文学賞と川端康成文学賞、そして谷崎潤一郎賞を受賞している。
そんな経歴と受賞歴に惹かれて、読んでみた。

「雪沼」という名の架空の町を舞台に、そこに生きる人々の、どこにでもありそうなごく普通のありふれた生活が描かれている。
「スタン・ドット」「イラクサの庭」「河岸段丘」「送り火」「レンガを積む」「ピラニア」「緩斜面」という7つの連作短篇から成っている。
「スタン・ドット」では小さなボーリング場が閉められる最後の日の光景が、「イラクサの庭」では東京から移り住んできた料理研究家の人生が、「河岸段丘」では段ボール製造工場の日常が、「送り火」では習字教室を営む夫婦の生活が、「レンガを積む」では古びたレコード屋のこだわりが、「ピラニア」ではごくありふれた大衆食堂の夫婦の話が、そして最後の「緩斜面」では年老いた幼馴染同士の友情が描かれている。

どの話もこれといった際立ったストーリーがあるわけではない。
誰もが身近で見ることができるような、珍しくもないごくありふれた人たちの日常ばかりだが、そこにはそれぞれが味わった挫折や喪失といった過去があり、ふとしたきっかけでそれが顔を覗かせる。
そしてひと時、穏やかな日常のなかに、淡い哀しみが波紋のように拡がっていく。

雪沼という、その名の通り雪深い鄙びた町に生きる人々は、皆時代から取り残されたような人たちばかりである。
しかしそれにことさらに異を唱えるわけでもなく、嘆くでもなく、ただひたすらに身の丈に合った生き方を愚直に守り通している。
そこには哀しみばかりではなく、同時に、ささやかな幸せも垣間見える。
それまで停まっていたような時間がほんの少しだけ流れ出すのを感じる。
そんな穏やかで優しい日常が、読んでいるこちら側の心にも、小さな灯を点してくれるのである。

地味ではあるが、深い余韻を残してくれた。
いつかまたもういちど読み返したくなる日が来るかもしれない。
そんな心に残る短編集であった。

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Category: 読書

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夜中の読書

毎日夜中に必ず目が覚める。
若いころは、そんなことはまったくなかったが、歳のせいか、最近は夜中に目を覚まさずに朝を迎えることはほとんどなくなってしまった。
そういう時、以前ならテレビを観たり、レンタルしていた映画を観たりしていたが、最近はほとんど本を読んでいる。
寝る前に読んでいた本を手に取って、寝ぼけまなこで続きを読むうちに、また眠くなってひと眠り、そしてまた目が覚めては本を読む、その繰り返しで朝を迎えるのがいつものパターンである。
時に面白さに目が冴えて、そのまま朝を迎えることもある。

こうした読書や映画というものがなかったら、何と淋しく長い夜を過ごさなければならなかったことか。
いったいどうやってその時間をやり過ごせばよかっただろう。
そう考えると、そうした楽しみと出合えたことは何とありがたいことかと、今更ながらに思うのである。

不眠症に悩む人は大勢いる。
原因は年齢によるものだけでなく、副交感神経の不調、ストレスによるものなど、さまざまだ。
またその処方箋もいろいろと言われている。
だがそうしたことをいちいち真に受けて気に病んでいても仕方がない。
これ以上悪くならない限り、自然にまかせておくのが、いちばんなのではなかろうか。
そうした現実を受け入れ、これまでどおり、本を読むことや映画を観ることでやり過ごしていくのが、自分らしい処方箋なのではないかと思っている。

さて次はどんな本を読もうかな。
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Category: 読書

Tags: 時代小説  

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吉川英治「松のや露八」

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吉川英治の小説は高校時代に「宮本武蔵」を読んで夢中になったが、その後は「新書太閤記」を読んだだけである。
いつか他の小説も読んでみたいと思いながら、なかなか読むことがなかったが、先日図書館で次は何を読もうかと思案しているときに、そのことを思い出し、見つけたのが「松のや露八」という小説であった。
「幕末維新小説名作選集」というシリーズのなかの1巻で、幕末維新を生きた実在の人物、松廼家露八を主人公にした小説である。
昭和9年6月~10月にかけてサンデー毎日に連載された。

松廼家露八は元は一ツ橋家に仕えた武士であった。
本名は土肥庄次郎、謹厳実直でならした庄次郎であったが、剣術の免許皆伝を受けた際、同僚たちから強引に祝い酒を強要される。
そのことがきっかけで、ある女と知り合って酒色の道に迷いこみ、次第に転落の道を辿ることになる。
そして激動の時代に翻弄されながら、最後は幇間となって生涯を終える。
そんな露八の目を通して語られる幕末維新史である。

この小説が連載された昭和9年という年は、満州国建国の年であり、また昭和4年に始まった世界恐慌の影響による社会不安が渦巻くなか、軍国主義ひとすじへと足を進めていた時代であった。
そんな閉塞した時代のなか、作者自身の苛立ちや時代の矛盾に対する異議申し立てなどが、主人公露八の姿を借りて色濃く語られている。

またこの翌年の昭和10年には代表作「宮本武蔵」の連載が始まっている。
その直前に書かれた「松のや露八」は、そうした意味でも、記念すべき小説といえよう。

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Category: 読書

Tags: 百田尚樹  

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百田尚樹「風の中のマリア」

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エンターテインメントの名手、百田尚樹がハチの世界を舞台に描いた小説である。
主人公がハチとは、これまた斬新な発想である。
百田尚樹は、書くたびにそれまでとはまったく違った世界の物語を描く作家である。
「永遠の0」では第二次世界大戦のゼロ戦のパイロットを、「ボックス!」ではアマチュア・ボクシングの世界を、「モンスター」では美容整形の世界を、そして「影法師」では時代劇を、といった具合である。
そんな風に手を変え品を変えて新しい物語を紡ぎ出す名手だが、それにしてもまさかハチが主人公とは。
読む前はいったいどんな物語が展開するのかと半信半疑で読み始めたが、これがなかなか面白い。
飽きさせず最後まで読ませるのはさすがである。
いつもの百田作品と変わらずいっきに読み終えた。
ただ欲をいえば、もうひとつ突き抜けた面白さがないのが、いささか物足りないところではあった。

ここでこの本から仕入れたハチの生態について書いてみる。
ハチといってもさまざまな種類があるようだ。
アシナガバチ、ニホンミツバチ、セイヨウミツバチ、また同じスズメバチでもコダカスズメバチやキイロスズメバチといったぐあいである。
主人公となるマリアはオオスズメバチという種類のハチで、学名はヴェスパ・マンダリニア、スズメバチのなかでも最大の大きさを誇り、優れた戦闘能力をもったハチである。

ハチの世界は女王蜂として生まれたハチたちが、生まれ故郷の巣から旅立つところから始まる。
そこでは巣立ちを察知したオスたちが女王蜂との交尾を目指して待ち構えている。
しかしメスのワーカーたちはそれを許さず、女王蜂を守り、阻止しようと闘う。
そしてその激しい戦いのなかから淘汰された強いオスだけが、女王蜂との交尾を成し遂げることができるのである。
こうして強い因子が受け継がれていく。

女王蜂はこのたった一度の交尾で得た精子をもとに、つぎつぎとタマゴを生んでいく。
そのための新しい巣作りが始まる。
そしてつぎつぎとタマゴを生み、育て、子孫を増やしていく。
これらのハチは成長するとすべてワーカーと呼ばれるメスの働き蜂になって女王蜂を助けて働く。
ある者は幼虫の世話に専念し、ある者は戦士として餌探しに奔走する。
餌になるのはバッタやカマキリといった昆虫たちで、ときには同じハチを襲うこともある。
目指す相手を見つけると、その鋭い顎で相手を噛み殺し、また毒針で刺し殺す。
こうして得た獲物はすぐその場で肉団子にして巣に持ち帰る。
そして育房室で待つ幼虫たちに餌として与えるのである。
ワーカーたち自身はそうした肉団子を食べることはない。
彼女らの栄養源は幼虫が出す体液や樹液である。
こうして巣は一塊の生命体となって機能し、次第に巨大な帝国へと育っていくのである。

しかしそうして巨大化した帝国も、女王蜂の衰えとともに終息の時を迎える。
それに備えるように、それまでとは異なったメカニズムが働いて、新たな女王蜂となる幼虫が生まれてくることになる。
そしてワーカーたちは、次代の女王蜂となる幼虫の子育てに全力を注ぐことになる。
同時にそれは帝国の兵士たちの生存を賭けた最後の戦いともなる。
ワーカーの幼虫とは違い、女王蜂の幼虫は身体が大きく、それまでの餌の何倍もの餌が必要になってくる。
そのためワーカーたちは、危険で手をつけなかった新たな餌物獲得の戦いにも手を染めなければならなくなってくる。
それは死を賭けた戦いである。
それに勝ち抜いた先に、初めて女王蜂たちの旅立ちが待っているのである。
そこには何百ものワーカーたちの死があり、情け容赦のない淘汰が存在するのである。

ワーカーたちは生涯交尾もせず、また自らタマゴを生むこともない。
ただ女王蜂が生んだタマゴから孵化した妹たちを育てることだけで一生を終わる。
しかもそのほとんどが厳しい生存競争のなか、ある者は戦いのなかで敗れて命を落とし、またある者は巣に帰還することができずに命を終える。
そんな儚い一生だが、彼女たちは自らの使命に忠実に、務めを全うしていく。
そうした生涯を疑いもせず、哀れとも思わず、誰を怨むこともなく、与えられた短い一生を精一杯に生き切るのである。
その一途な姿には思わず頭が下がってしまう。
そこから学ぶべきものはけっして小さくはない。
そんな思いを抱きながら、この小説を読み終わったのであった。


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Category: 美味しいもの

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干し餅

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知り合いから干し餅をもらった。
以前から八百屋やスーパーで売っているのを見て知っていたが、食べるのはこれが初めて。

この機会に干し餅について調べてみた。

干し餅は主に東北地方から信越地方にかけて見られる食べ物である。
作り方は、水を多目に入れたモチをつき、それに砂糖や塩で味つけをする。
これに好みでゴマやシソなどを混ぜ合わせる。
それを数日間置いて固めたものを切り分けて、藁で結んで軒下に吊るす。
この時いちど水にくぐらせて干し、いっきに凍らせることで味わいが増すそうだ。
約1ヶ月ほどで出来上がりである。

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食べ方は、水に浸して普通の餅と同じように食べたり、ストーブ等で焼いて食べる。
かつては田植えの休憩時の栄養補給や、子どもたちのおやつとして重宝していたという。

今でも熱烈な干し餅好きが大勢いるそうだ。
また「青森みやげ」としても人気があるという。
昔ながらの素朴な味を味わえる、北国特有の保存食である。
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Category: 読書

Tags: エッセイ・評論  

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関川夏央「やむを得ず早起き」

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<ダンカイの世代は、一九四七、四八、四九年(昭和二十二、二十三、二十四年)三年間で合計八百万人生まれた。現代なら三年間で三百三十万人くらいだから、ざっと二・五倍いたわけだ。小学校のひとクラスが五十五人、教室後方に通り道はなかった。>
そんなダンカイの世代の最後尾につく、昭和二十四年生まれの著者、関川夏央が書いたコラム集である。
週刊ポストに連載されたものに加筆・修正して上梓した。

先の文章に続けてさらに次のように書く。
<おまけに、なかなか数が減らない。幼少期には現在の子どもたちよりかなり多く死んだが、その後は中進国育ちの根の丈夫さのせいか、死ににくい。六十歳代前半になっても、まだ八五パーセント程度、六百八十万人も残っている。
 役には立たないが、流行には弱い。〇九年の総選挙での民主党の地滑り的勝利には、この大票田が関係しているだろう。そこまではまだいいとしても、民主党代表(首相)が、鳩山由紀夫、菅直人と不気味なダンカイ男であったのは災難というほかない。
 その世代の政治家がダメなのは、むやみに大きい声で、どうでもいいことを喋り散らすからだ。相手の話など聞かず、たくさん「正論」を喋り倒した者が勝ちという「ホームルーム民主主義」で育ったせいだろう。(「火星の人生」より)>

そして
<一九五〇年代に育ち、六〇年代に青年になりかけ、七〇年代にようやく人となって、八〇年代に職業人として定着した自分は、色合いの異なる時代の風に吹かれてきた。その影響は、あまり認めたくはないが、思いのほか深かった。虎の縞は洗っても落ちないということだ。(「あとがき」より)>

そんな団塊世代のひとりとして、独特の視点から過去現在の様々なことを俎上に載せて書いている。
時にホロリと、時にニヤリと、そして時にシミジミとさせられる。
同世代として同じ時代を歩んできた者として、特別共感させられることが多かった。

三島由紀夫、岩谷時子、杉山登志、内藤陳、八千草薫と谷口千吉、呉智英と中野翠などといった人たちについて書き、さらに「ジェットストリーム」、「岸辺のアルバム」、「男たちの旅路」、「三屋清左衛門残日録」などについて書く。
また遡って太宰や織田作、坂口安吾といった無頼派の作家や夏目漱石についても書く。
さらに小津安二郎やスタンリー・キューブリックといった映画人についても書いている。
取り上げるテーマはさまざまながら、いずれもこちらの興味を惹くような内容ばかりで、読み出すとやめられない。

今や「晩期中年」となった団塊世代である。
だが<オレたちは、いくつになったらちゃんと老人になれるんだ? そういう戸惑いと不安に駆られるが、それでも日記に「残日録」とは題したくないのである>、さらに<歳をとったんだなあ、とあらためて感じる。郷愁に先立たれた記述も少なくない。それは私的記憶を「歴史化」したい一環なのだが、若い世代に「自慢」と受けとられるかも。やむを得ないことながら、やはり残念である。>とも思う。
そして<あの日に帰りたいか? 帰りたくもあり 帰りたくもなし。 どっちにしろ帰れないから いま ここで こんなことを書いている>のである。
戸惑いや諦念、怒りや異議申し立て、様々な心情が渦巻き屈折するなか、まだまだ<大いに働>かなければと書く。
それを読み、こちらもあらためてそのように思わせられたのであった。


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Category: 日本映画

Tags: 山田洋次  

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映画「東京家族」

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山田洋次監督が、齢82にして小津安二郎の「東京物語」をモチーフに映画「東京家族」を撮った。
リメイクではなく、モチーフにした映画というところに、山田監督らしい思いがこめられているようだ。

山田洋次はかつて小津の映画に対しては批判的であった。
それは何も山田洋次だけに限ったことではなく、当時の松竹の若い助監督たちはこぞって小津の映画には批判的であった。
「単なるプチブル趣味の映画」「生活苦と関係のない映画」を相も変わらず繰り返し撮り続ける小津の映画は、若い助監督たちにとっては退屈きわまりないものであったのだ。
しかし年とともに山田洋次は小津の映画に魅せられていくようになる。
そして気づいたときには、自らが小津を代表とする大船調映画の正統的な伝統を受け継いだ立場にいることを自覚するようになったのである。
ある時山田洋次が黒澤明を訪ねたとき、黒澤は小津の「東京物語」を熱心に観ていたという。
その姿が強く印象に残ったと語っている。
そして今回の「東京家族」である。

モチーフにした映画と謳っているものの、間違いなくこれは「東京物語」のリメイクである。
60年前に書かれた話を、現代に移し変えて撮った「東京物語」である。
話の内容も、主人公たちの名前もほぼすべてが「東京物語」と同じである。
だから映画を観始めた当初は、どうしても小津の「東京物語」がチラついて仕方がなかった。
これは別な映画だ、山田洋次の「東京家族」なんだと言い聞かせるものの、どうしても小津の「東京物語」の場面が重なってしまう。
また役者にしてもそうだ。
特に父親役の橋爪功を見ていると、どうしても笠智衆の姿が浮かんでしまう。
橋爪功はおそらくそのことを誰よりもよく判っており、そうした染み付いたイメージを忘れて、自分なりの父親を演じようとしたのだろう。
それは半ば成功したと思う。
笠智衆とはまた違った現代の父親像になっていたと思う。
しかしそれでいてそうした違和感はどこまでも着いて回ったのである。

結局こうした違和感は、リメイクの場合どうしても避けがたいもので、致し方のないものである。
とくにそれが映画史に残るような名作であればなおさらである。
そうした危険を承知の上で、それでも敢えてリメイクをしたわけである。
リメイクはけっしてオリジナルを越えることはない。
たとえ映画としての完成度がいかに高かろうが、越えることはない。
もちろん山田洋次監督はそんなことは百も承知のうえでのことだろう。
それでも敢えてこの世界的名作のリメイクを試みたのである。
そこには単に小津監督に対するオマージュというだけではない、何か特別な意味合いがあるようにも思う。
それが果たして何なのか、じっくりと考えてみなければと思っている。

ところで再度映画のほうに話を戻すと、映画が進むにつれてそうした違和感は次第に払われていった。
吉行和子演じる母親が、次男(妻夫木聡)のアパートを訪れるあたりから、徐々にいつもの山田映画の世界へと足を踏み入れていったのである。
そして父親が旧友の沼田(小林稔侍)と再会し、居酒屋で痛飲する場面では完全に山田洋次の世界に没入してしまったのである。
それまではどちらかといえば、ただ不機嫌な顔をするだけで寡黙を通していた父親が、ここでは思わず羽目を外して本音を漏らす。
家族といえどもその関係は次第に変質し、気がつくとあまりにも遠く離れてしまったこと、そしてそれとともに自分たちの居場所はなくなってしまったのかもしれない、そうした嘆きや苛立ちが酔いの勢いに乗って語られてゆく。
そこからは山田監督自身の時代に対する嘆きや苛立ちの声も同時に聞こえてきそうであった。

これは山田監督にとっては監督生活50周年を記念する作品である。
そしてこの映画化は、どうしてもやり遂げておかなければという山田洋次監督の長年の熱い思いが実を結んだものである。
それを考えるとファンとしては重く受け止めなければならないところだが、何とも複雑な思いのままに映画を観終わったというのが本音である。


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Category: 地域情報

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春の足音

4日前に131センチあった積雪も、ここ数日の好天と気温上昇で113センチまで減った。
一昨日の最高気温は8度、そして昨日は10度まで上がったので、これで一気に雪が融けた。
春は確実に近づいている。
しかしそれも今日までのこと、明日はまた一転冬に逆戻りのようだ。
予報では気温は零下の真冬日となり、おまけに暴風雪注意報まで出ている。
春先の天候の急変は毎度のこととはいえ、また雪かと気が重くなる。
それでもそれももうしばらくの辛抱。
春の来るのが待ち遠しい。
豪雪の年だからこそ、なおさらそれを強く感じているのである。
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Category: 読書

Tags: 西村賢太  短編小説集  

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西村賢太「瘡瘢旅行」「小銭をかぞえる」

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この2冊の本に書かれた話はすべて夫婦喧嘩、いや実際には正式に結婚しているわけではないので、同居男女の痴話喧嘩というべきだろう。
女にもてず、彼女いない歴の長かった男が、ようやくにして巡り合った相手と同棲を始めるが、だらしなく思慮に欠けたダメ人間の彼は、ことあるごとに女とぶつかり、諍いを始めてしまう。
そうした不毛な諍いを、手を変え品を変えて書いたのが、この2冊の小説である。
西村作品のなかでは、「秋恵もの」として位置づけられているものである。

「瘡瘢旅行」のほうは表題作のほかに「廃疾かかえて」と「膿汁の流れ」が、「小銭をかぞえる」には表題作と「焼却炉行き赤ん坊」が収められている。

夫婦喧嘩は犬も喰わないとはよく言うが、それが西村の手になると、こうした味わい深いものになる。
その犬も喰わない話が延々と続くのを、飽きもせずに読み続けているのもどうかと思いながらも、やめられない。
「他人の不幸は蜜の味」というのとはちょっと違う面白さ。
男と女がともに生活していくなかから滲み出てくるリアリティ溢れる日常の手触り、そこから感じ取ることのできるいじらしさ、そんなものがじわじわと伝わってくる。

まずもって主人公北町貫多のだめさ加減は呆れるほど。
小心なくせに自尊心ばかりが強く、自分に形勢が有利となるとここぞとばかりに攻め立てるが、反対に不利となれば急に態度を改めて平身低頭するという情けなさ。
さらにはどうにも気持ちの治まりがつかなくなると暴力に訴えるという、最低のDV男である。
そのくせ最後にはどうしようもなく後悔に苛まれ、取り返しのつかないことをしたと慌てふためいてしまうのである。
そしてその言い訳のように「根が自らにひどく甘にできてる私」とか「根がスタイリストにできている」とか「根が狭量にできている」などと書く。
これは西村の常套句のひとつ。
この他にも以前にも書いたが、「慊(あきたりな)い」「はな」「結句」なども常套句。
さらに書くと、ほとんど使われることのない難解な漢字を多用するのも、彼の小説手法の特徴である。
ためしに小説のなかからいくつか拾い挙げてみると、「奢汰(しゃた)」、「駭魄(がいはく)」、「眇(すが)めて」、「虞(おそれ)」、「枉げて(まげて)」、「欷泣(ききゅう)」、「姦黠(かんかつ)」など、ルビがなければ読めないような漢字を多用している。
こうした難解な言葉は、主人公北町貫多の台詞のなかにも突然現れたりする。
そうしたスタイルは家具に傷をつけたり、塗装をはがしたりして汚しを施し、アンティーク風に仕上げる工芸のテクニックに近いものを感じる。
それによって独特の風合いをかもし出そうとしているのだろうと思う。
骨董趣味と言い換えてもいいかもしれない。
実際西村は、近代文学の初版本などを買い漁るのを趣味としており、その流れから大正時代の私小説家、藤澤清造と出会ったわけで、以後彼の没後弟子を名乗っている。
そうしたなかから生み出されたのが、このような擬古典的な手法なのだろう。
そしてそんな文体で書かれるのが、男と女の日常的な諍い、それもほとんどがつまらないことが原因で起きる話ばかりである。
そんな落差が何ともおかしい。
また無頼のような北町貫多が自分のことを「ぼく」などと言う落差にも笑いを誘われる。
そうした細かい演出が、あちらこちらに隠し味のように施されているのも彼の小説手法の特徴である。

北町貫多のなかには自身で制御不能の「獣」、悪しき力のようなものが住み着いており、それに振り回されて同じ過ちを繰り返してしまう。
敢ていえば、それは宿命のようなものかもしれない。
そうした星の下に生まれついた男の歪んだ自画像を、西村賢太は飽きもせず繰り返し、吐き出すように書き続けているのである。
テーマ : 文学・小説  ジャンル : 小説・文学


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Author:cooldaddy
住んでいるところ:青森県弘前市
出身地:香川県
年齢:今年(2008年)還暦です。
性別:男

還暦という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
趣味のこと、生活のこと、心に残ったことなど、My Favorite thingsを、気ままに書いていこうと思います。
末永くおつき合いください。

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