風に吹かれて

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積雪153センチ

弘前市の積雪が153センチになった。
これは昭和57年(1982年)の観測開始以降、最大の積雪量である。
これまでの第1位は2005年3月の150センチ。
これを超えて史上最高記録をあっさりと更新してしまったのである。
この事態に弘前市では、これまでの「豪雪対策本部」に「災害」の二文字を加えた「豪雪災害対策本部」へと切り替えた。
こうなれば、間違いなく「災害」である。

かつての日本では水害は災害だが、雪害は災害との認識はなかった。
春になれば自然と融ける雪は、災害とは見做されなかったのである。
だが昭和38年(1963年)、いわゆる「三八豪雪」が新潟県を襲ったとき、当時の大蔵大臣、田中角栄が「雪は災害だ」と主張、政府に「激甚災害」として認めさせた。
豪雪地新潟県出身で、現地の実情を誰よりもよく知っている田中角栄だからこそ出来た政治的な判断であった。
以来雪害は災害となったのである。

確かに雪国に暮らす者にとって、雪は間違いなく災害である。
雪による事故は毎年後を絶たない。
雪下ろしによる滑落や、落ちてきた雪に埋もれての死亡事故などは珍しくはない。
また雪道のスリップによるクルマの接触事故、歩行者の転倒による骨折なども日常茶飯事である。
人手のない家の除雪はきわめて困難である。そうした家庭の除雪費も馬鹿にならない。
ましてや市の除雪費の年間予算たるや、毎年確実に10億以上を費やしている。
また弘前市の場合、基幹産業となるりんごの木の枝折れなどの被害も大きい。
これによる経済的損失はかなりのものになる。
それやこれやの状況を考えると、間違いなく雪は災害ということになってくるのである。

何だか市議会か何かでの発言のようになってしまったが、いずれにしてもこうしたことを書いてしまうほど、今年の雪は物凄いということである。
市民生活は間違いなく圧迫されている。
これ以上記録更新のないことを祈るばかりである。

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暴風雪警報

雪の話題しかないのかと言われそうだが、今日もまた雪について。
夜中の雪は予想したほどには降らなかったが、ひと通り朝の雪片づけが終わった後、突然猛烈な風が吹き出した。
早朝の予報では秋田県と福島県に暴風雪警報が出ていたが、青森県には出ていなかったので、こちらは大丈夫だと思っていたのに、この風である。
ほどなく青森県にも暴風雪警報が発令された。

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とにかくもの凄い吹雪である。
まったく前が見えない。
まるで台風並み、とても外に出ることができない。
雪片づけも一時中断して様子見である。

ところがこの風で薪ストーブの煙が室内に逆流してきた。
部屋には煙が充満して目が痛い。
それでもいったん火をつけた薪は、すぐには消すことができない。
また窓を開けようにも強風のためにそれも出来ない。
仕方なくごく僅かだけ窓を開けて、換気扇を回した。
ほどなく薪が燃え尽きて、煙も幾分治まったが、まったく朝からひと騒動であった。

それにしてもこの風の強さは尋常ではない。
早く治まって欲しいと祈るばかりである。
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大雪警報

この雪はいったいいつまで続くのか。
そんなことばかりが話題になる今年の雪である。
昨年も豪雪だったが、今年はそれをさらに上回る。
弘前の積雪は数日前に130センチを越えた。
昨年の最深雪は124センチだったから、すでにそれを上回っている。
しかも今日は大寒気団が押し寄せてきており、県内には大雪警報が発令されている。
このため予報では今夜から明日の朝にかけて大雪になるようだ。
また明日の夜も引き続き大雪だというから、いったいどこまで積もるのか、予想もつかない。
とにかく連日の雪かきで疲労がかなり蓄積されており、だんだんと外に出るのが億劫になってきた。
それでも雪は待ってはくれないわけで、そんな愚痴を言っても仕方がない。
しかしこの大雪もここ数日がヤマだということなので、それだけを頼りにもうひと頑張りしなければと思っている。

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雪の捨て場も、そろそろ空きスペースが少なくなってきた。

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Category: 読書

Tags: 西村賢太  

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西村賢太の小説

苦役列車」「暗渠の宿」を読んだことで、西村賢太の小説に嵌ってしまった。
今月初めのことである。
その後「小銭をかぞえる」「瘡瘢旅行」「どうで死ぬ身の一踊り」「二度はゆけぬ町の地図」と読み継ぎ、今は「人もいない春」と「寒灯」を読んでいる。
この2冊を読み終えると、単行本になった小説はすべて読んだことになる。
この他には「私小説書きの弁」「一日」という随筆集と「西村賢太対談集」の3冊が出版されている。
いずれこちらも読むつもりである。

しかし何をしてこれほど西村賢太の小説に夢中にさせられるのか。
読んで楽しいわけでもなく、ドラマチックでもなく、また強く共感させられるわけでもない。
いや、むしろ反発や不快を感じることのほうが多い。
神経を逆撫でされることもしばしばである。
内容は同じ愚行の繰り返し、それなのに飽きずにつぎつぎと読まずにはいられない。
そんな不思議な魅力を発散しているのである。

まず最初に惹かれたのは彼の際立った経歴であった。
掻い摘んで書くと次のようなものである。

1967年東京都江戸川区で運送業を営む家庭に生まれる。
父親は数年ごとにジャガーやカマロやクーガーなどを買い換える外車マニアであったが、西村が11歳の時に強盗強姦事件を起こして逮捕され、7年の実刑判決を受ける。
それがため両親は離婚、母親と3歳上の姉とともに生家を出て暮らすことになる。
中学では不登校を繰り返す落ちこぼれで、ために高校は全寮制の高校しか行くところがなく、それを嫌って、結局進学はせず、母親の金をくすねて家を出る。
そして鶯谷の3畳一間の安アパートに住み、以後港湾荷役という肉体労働を主にやりながら生活していくことになる。
しかし生来の怠け癖や計画性のなさゆえ、一日の賃金はあっという間に使いきり、家賃は滞納、ついにはアパートを追い出されるということを繰り返す。
またアルバイト先で同僚や雇い主ともめることもしばしばで、暴力沙汰を起こして逮捕されるという事件も起こしている。
そうした荒んだ生活のなか、田中英光や藤澤清造といった私小説作家と出会う。
とくに藤澤清造との出会いは衝撃的で、以後彼の没後弟子を名乗るようになる。
以来石川県七尾市にある藤澤清造の墓参は欠かさず、2001年には「清造忌」を復活させる。
そして全7巻からなる「藤澤清造」全集を出版することを、生涯をかけた自らの使命とするのであった。
2003年には自らも同人誌に参加して小説を書くことを始め、同年7月に発表した「けがれなき酒のへど」が『文學界』に転載され、同誌の下半期同人雑誌優秀作に選出される。
また同作が2006年の芥川賞候補、第19回三島由紀夫賞候補、「一夜」が第32回川端康成文学賞候補、そして2007年『暗渠の宿』で第29回野間文芸新人賞を受賞。
2008年「小銭をかぞえる」で第138回芥川賞候補。2009年「廃疾かかえて」で第35回川端康成文学賞候補。
そして2010年「苦役列車」で第144回芥川賞を受賞することになる。
また芥川賞受賞後の2011年には清造の代表作『根津権現裏』を新潮文庫より復刊させ、2012年には同文庫より、自ら編集した「藤澤清造短篇集」も刊行する。
そして現在に至っている。

以上が西村賢太が芥川賞を受賞するまでの道のりであるが、こうした経歴を読むだけでもいったいどういう人物なのか、大いに興味をそそられる。
中卒の芥川賞作家というだけでも異色なうえに、ホームレスすれすれのような生活を送り、おまけに犯罪の匂いまで発散させている。
それだけで何やらスキャンダルめいた、異形の人物像が浮かび上がってくる。
そうした西村自身の道のりを投影した主人公が、現実の壁にぶつかって慌てふためいたり、居直ったりする様が一昔前の私小説のような擬古典的な文体で書かれると、何とも不可思議な世界が現出してくるのである。
描かれている卑近な日常世界と格調高い文体との落差、そこから立ち昇ってくるおかしくてやがて哀しき世界、読めば読むほど、独特の小説世界に捉われていくのである。
しかしこれもまだほんの一部で、まだまだ言葉にしきれない魅力が隠されている。
それが何なのか、これからもじっくりと考えてみたいと思っている。

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60歳からの川柳

「全国老人福祉施設協議会」という全国の老人福祉施設でつくる団体が、毎年募集している「60歳からの川柳」という催しがある。
これは、60歳以上の人たちの主張を、多くの人に聞いてもらおうと開かれている催しである。
今年で9回目を迎えるそうだ。
そのなかにいくつかおもしろいものがあったので紹介してみる。
次のようなもの。

 イクジイを目指すも我が子まだ未婚

 大事ならしまうな二度と出てこない

 長風呂を何度も呼ぶな生きてるぞ

 一度観たドラマと気付く終わる前

 置き場所を思い出せない備忘録

 へそくりの隠し場所にもメモが要る

 口で言え女房メールで「ゴハンです」

 角が取れ丸くなるのは背中だけ

 いい人は短命よねと老妻が言い

 徘徊の疑惑晴らしに犬を連れ


老後の生活の泣き笑いが実感をこめて詠われている。
いろいろと思い当たることがあるのではなかろうか。

歳をとると体力、気力ともに落ちてゆく。
いたしないことだが、内心忸怩たるものがあるのも事実。
しかし、そうしたことも見方を変えれば年齢なりに楽しいことも面白いことも、また新たな発見もあるのではなかろうか。
そうやって前向きに生きることで、また老後の生活にも張り合いが出てくるのではないか。
さらにそうした目で川柳で詠むことで、日常のあれこれがまた違った輝きを放つようになってくる。
そこから新たな活力も生まれてきそうである。



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大雪

屋根の雪が滑り落ちる音で夜中に目が覚めた。
また午前4時頃には除雪車の出動している音が聞こえた。
除雪車の出動は、通常午前0時に降雪量が10㎝以上あったときと定められているので、おそらくその程度には降ったのだろうと思っていたが、朝起きてびっくり、家の前には降った雪と除雪された雪がうず高く積み上げられていた。
また駐車場のクルマは雪がかぶさってほとんど見えないような状態。
薪小屋までの通路も雪に埋まって道がなくなっている。

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こんな雪は何年ぶりのことだろう。
近所の人たちはもうすでに総出で雪かきを始めている。
さっそく加わって、雪かきに励んだ。
6時に始めた雪かきだったが、間に朝食を挟み、結局9時近くまでかかってようやく片づいた。
しかしその後も止むことなく降り続いている。
この調子だと夜までには、まだ2、3度雪かきの必要がありそうだ。

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冬の日本海

冬の日本海が見たくなり、鯵ヶ沢までドライブすることにした。
幹線道路の雪はほとんど溶けているので走りやすいが、道路わきに積み上げられた雪が視界を遮るため、細心の注意が必要である。
急ぐ旅でもないので、スピードを出さず、安全第一のドライブを心がけた。

今日の最高気温の予想は4度、しかも晴れて陽が射しているので、クルマのなかは暑いくらいであった。
弘前から約30分、最後の急坂を下ると一気に視界が開け、海が見えてきた。

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久しぶりに目にした海は、ちょっと感動的であった。
海を見るとやはり気持ちが伸びやかになる。
できれば冬の荒れた日本海を見たいと思っていたが、今日の海は穏やかであった。
それでも場所によっては、白い波がダイナミックに打ち寄せている。
やはりこれも間違いなく冬の日本海の景色であった。

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せっかく鯵ヶ沢まで来たので、もう少し足を伸ばして深浦の千畳敷海岸まで行ってみることにした。
鯵ヶ沢から10数キロのところにある、奇岩が数多く見られる海岸である。
冬以外の季節には何度も来ているが、冬に訪れるのは初めてだ。
到着してクルマから降りると、さすがに風が強い。
おまけに雪が散らつき始めた。
そんなわけであまり長居はできなかったが、それでも冬の千畳敷見物ができただけで満足であった。

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Category: 読書

Tags: 西村賢太  短編小説集  

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西村賢太「苦役列車」

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中学を卒業するとすぐに家を出た貫多は、日雇い仕事で生計を立てる19歳の青年である。
友達もなく、恋人もいない。
一日の終わりの一杯のコップ酒と、多少の金が貯まると風俗に通うことだけが最大の楽しみという、その日暮らしの生活を送っている。
そんな貫多が港湾労働の現場で、ひとりの男と出会う・・・・

単純明快、あまりドラマチックでもない話を書いた小説である。
しかしこれが藤澤清造の影響を受けたであろう擬古典的な文体で書かれた文章で読むと、とたんにこちらの心を鷲掴みにするような力強さを感じるのである。
西村の文章の特徴には、「慊(あきたりな)い」「はな」「結句」といった、あまり馴染みのない言葉の多用や、擬古典的な文体、さらには野坂昭如のそれに似た、多くの読点で繋いでいく長い文章などがある。
そうしたものに馴染んでいくに従って、次第に心地よいリズムに酔い始める。
そしていつしかその世界にどっぷりと身を任せるようになっていく。
その技は、なかなかのもの。
その味わいを例として挙げてみると次のようなものである。
「土台貫多のように、根が意志薄弱にできて目先の慾にくらみやすい上に、そのときどきの環境にも滅法流され易い性質の男には、かような日雇い仕事は関ってはいけない職種だったのだ。それが証拠に、彼はそれから三年を経た今になっても、やはりかの悪循環から逃れられず、結句(けっく)相も変わらぬ人足の身なのである。時折、その職種にインターバルをおきたくなったときには製本工場や書籍取次会社の仕分けに出かけることはあっても、いずれも給料は最悪の場合でも週払いの形態でなくては到底生活が成り立たない態たらくで、それとても最後は必ずお馴染みの埠頭に戻ってこざるを得なくなる、ちょっともう、簡単には軌道修正もきかなくなった、誠に愚昧な暮らしぶりであったのである。」

19歳という若さで早くもドロップアウトしてしまった少年の自堕落で救いようのない日常が、独特の文体で描かれている。
読んでいくに従って、葛西善蔵や太宰治といった破滅型私小説家の伝統を受け継いだ作家だということがよく判る。
自らの痛みや恥部を曝け出し、人間を掘り下げようとする意思を感じる。
こういう類の私小説というのは、読み手の精神状態によっては薬にもなるが、時には毒にもなってしまう。
暗い気持ちがますます滅入り、どんどんと厭世的になってしまう。
しかしそれでいてこういう世界にずぶずぶと引き込まれていく自分がいるのである。

先日も書いたが、この本を読んだ後「暗渠の宿」を読んだ。
それでますます彼の小説世界に取りつかれてしまった。
今日もまた図書館で「小銭をかぞえる」と「瘡瘢旅行」の2冊を借りてきた。
当分の間、西村賢太の小説世界との付き合いが続きそうだ。


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Category: 弘前

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2013弘前雪あかり

先日8日に始まった雪燈籠まつりは今日が最終日である。
いちどは足を運びたいと思っていたが、なかなか時間の都合がつかず、結局今日まで行くことができなかった。
そこで最終日の今日は行こうと時間を空けておいたが、あいにくの大雪で、残念ながらその気がそがれてしまった。
そこで急遽予定を変更、近場の吉井煉瓦倉庫前で同時開催されている「弘前雪あかり」のほうを見ることにした。
昨年も同じパターンで、結局「雪あかり」だけで終わってしまったが、今年も同様の結果になったという次第。
やはり弘前公園まで行くとなると、天気のいい日でなければなかなかその気にならない。
とくに今日のような大雪だと、気持ちが萎えてしまって、まったくダメである。

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煉瓦倉庫に着いたのは夕方の6時過ぎだったが、やはりこの大雪のせいか、見物人はほとんどいない。
雪の中に立つメモリアルドッグも心なしか淋しそうに見える。
ライトアップされた会場は、それなりに風情はあるが、なにせ大雪のなかである。
寒さに震えながらの見物ではそんな情緒を楽しんでいる余裕はない。
結局ひとまわりしただけで、そそくさと会場を後にした。

それにしても今年の雪まつりは天候に恵まれなかった。
初日は雪と強風のなかでの開催となり、最終日の今日も大雪である。
冬の祭りに、こうしたことはつき物に違いないが、それにしても天気が悪すぎた。
しかしそんななか、こうして少しでも祭り見物ができたのはよかった。
来年こそは雪燈籠まつりのほうも見たいものである。

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Tags: 西村賢太  短編小説集  

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西村賢太「けがれなき酒のへど」(「暗渠の宿」収録)

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「けがれなき酒のへど」
孤立無援のなかで、愚かなことを繰り返す男。
女の暖かさを求める気持ちは、まるで愛情に飢えた小児のごとくである。
それをフーゾク女のなかに求めざるをえないのが、可笑しくもあり、哀しくもある。
作者の言を借りれば「花屋で分葱を求めよう」とするようなものである。
しかし判っていながらもそうせざるを得ないのが人間の性(さが)というものなのであろう。
それほど彼は追い詰められ、闇雲に求めようとしている。
そのあげくが、体よく騙されてしまうのである。
冷静になればそんなことは分かりきったこと。
しかしそれでも一縷の望みを架けてせっせと女のもとに通う姿は、もう愛情という迷路に迷い込んだ迷い子そのものである。

そしてそうした愚かしい失敗を経た後は、唯一の矜持である作家「藤澤清造」のもとへと逃げ却ってゆく。
だが「藤澤清造」といってもほとんどの人は知らないだろう。
かくいう自分も西村の小説で初めて知ったような次第だが。

藤澤清造は43歳で「のたれ死に」をした大正時代の私小説作家である。
その作家への並々ならぬ傾倒が主人公、すなわち作者西村の最後の拠り所であり、寄って立つ唯一の矜持なのであった。
彼は藤澤と出会って以来、毎月の月命日には欠かさず菩提寺へと通っている。
そしてたったひとりで追善法要を行っている。
そこで彼は惨めに傷ついた自分と藤澤を重ね合わせながら自らの醜態を振り返る。
さらに副住職夫婦に誘われて酒席でしたたかに酒を呑む。
そして別れた後、海に面した暗い広場で、激しく嘔吐する。
まるでフェリーニの「道」のラストシーンを思わせるような場面である。
「道」ではザンパノが激しく慟哭するが、ここでの主人公は「自分の中の何かも流し潔めようとする」のであった。

何とも哀切極まりない話であるが、小説としてはこれは間違いなく傑作である。
先日読んだ「苦役列車」「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」もよかったが、これはそれ以上であった。
「苦役列車」「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」を読んだことで、さらに別な作品も読んでみたいと借りてきたのが、この本であった。
まさに正解であった。
久々に胸震えるような小説と出合ったのである。

ところでこの本には「けがれなき酒のへど」と表題作の「暗渠の宿」の2篇が収められているが、「暗渠の宿」のほうは実はまだ読んでいない。
それは「けがれなき酒のへど」があまりによかったので、その感動が冷めぬうちに感想を先に書いておこうと思ったからである。
そんなわけで急いでこれを書いたという次第である。
「暗渠の宿」は、この後じっくりと味わってみようと思っている。


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さだまさし「茨の木」

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さだまさしはシンガーソングライターであると同時に小説家でもある。
最初彼が小説を書き始めた時は、タレント本に毛が生えた程度のものだろうと勝手に解釈していたが、その後つぎつぎと小説を発表するのを目にするうちに、だんだんとその見方を変えざるをえなくなってきた。
そしていつかは読んでみたいと思うようになったのである。
これまでに「精霊流し」(2001年)、「解夏(げげ)」(2002年)、「眉山」(2004年)、「茨の木」(2008年)、「アントキノイノチ」(2009年)と、都合5本の小説本を上梓している。
このうち「茨の木」以外の4本は、すべて映画化されており、そのすべてを観ている。
そんなわけで唯一映画化されていない「茨の木」を読んでみようと図書館で借りてきた。

さだまさしの語りのうまさには定評がある。
高校、大学と落研にいたという経験を生かしたコンサートでのMCのうまさは、歌以上にそのしゃべりを楽しみにコンサートに来るファンもいるほどだという。
また彼の書く詩は限られた時間のなかで、豊かで独自の歌世界を作り上げている。
また小説以前から書いてきたエッセイのなかにも、その語りのうまさに唸らされるものがいくつかあったことを思い出した。
そうしたことを考えると、小説の世界に足を踏み入れたのは、必然のことだったのかと今更ながらに納得させられたのであった。

「茨の木」は家族の話を中心に据えた恋愛小説である。
主人公の元編集者が、突然亡くなった父親の遺品のヴァイオリンのルーツを辿り、イギリスへ旅立つという話である。
妻とは離婚し、今は仕事も辞め、これからどう生きていこうかと思い迷っている主人公の心の旅を描いている。
これはさだまさしがTV番組の企画として自身のヴァイオリンのルーツを辿ろうとスコットランドを訪れた実話を基に書かれた小説である。
その旅のなかで様々な人たちと出会い、生きるということ愛することに想いを致すというものである。

さだまさしにとって、「家族」というのは大きなテーマのひとつである。
「精霊流し」「無縁坂」「秋桜」など代表的な歌は、ほとんどが家族のことを描いている。
そうしたテーマを小説世界でも掘り下げようとしていることがよく判る。
文章はさり気なく、読みやすい。
言葉や表現には彼独特の感性があり、詩の世界と共通する叙情性に溢れている。
さすが語りのうまい彼らしい小説だと唸らされる。
しかし残念ながらそれ以上でもそれ以下でもなかったというのが正直なところ。
もうひとつ食い足りなさを残したまま読み終わった。
ただこれだけで彼の小説世界の良し悪しを判断するのは早計だろう。
今後は他の作品も読んでみたいと考えている。

ところで話は変わるが、先日NHKテレビ「おはよう日本」で「遅咲きの新人」という特集が放送された。
これは先月、黒田夏子が75歳で芥川賞を受賞したのに合わせて企画されたものである。
文学の世界では今“遅咲きの作家”が注目を集めているそうだ。
今後はシニア世代からベストセラー作家が誕生するのではないかと、多くの出版社が注目しているという。
そういえば先日読んだ百田尚樹も葉室麟も50歳を過ぎてから小説家になった人たちである。
また今回読んださだまさしも同様である。
様々な人生経験を経た後に、表現したいもの、書き残したいものが、人々の心の底に滓のようにたまっているということなのだろう。
それは何もプロの世界だけに限ったことではない。
かく言う自分もこうしてブログという手段を使って情報を発信しているわけだ。
表現手段は違えども、超高齢化社会を迎えてそうした人たちがどんどん増えているということに違いない。
それが小説世界にも広がってきたということだ。
この「茨の木」のなかにこんな言葉があった。
「生きて死ぬことの先にあるものは、誰かの記憶の中に生き続けるということではないのか。天国は、自分を覚えていてくれる誰かの記憶の中にあるのだ。」
そんなことを思いながら人々が、表現するということに向かっているのかもしれない。
この小説を読んだことがきっかけで、そんなことを考えてみたのであった。


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Category: 読書

Tags: 葉室麟  時代小説  

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葉室麟「蜩ノ記」

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第146回直木賞(平成23年/2011年下半期)を受賞した「蜩ノ記」を読んだ。
図書館で順番待ちをしていたのが、ようやく順番が回ってきたのである。

舞台は豊後・羽根藩。
奥右筆を務める檀野庄三郎という若者が、ささいなことから城内で刃傷沙汰を起してしまう。
本来は切腹となるところだが、家老から特命を命じられて切腹を免れる。
その特命というのは、幽閉中の元郡奉行・戸田秋谷(しゅうこく)のもとで、彼が命じられている家譜(藩史)の編纂を補助することであった。
秋谷は七年前に、前藩主の側室と密通を犯したことで、切腹を命じられる身であった。
しかし家譜編纂という重要な役目があることから、十年の猶予を与えられていた。
その編纂を補助すると同時に、秋谷の身辺を監視するというのが庄三郎の役目であった。
しかし秋谷の側で過ごすうち、その清廉さに触れ、次第に事件への疑いを持ち始めるようになっていく。
そして自らその真相を探ることになるのであった。
その真相とは果たしてどのようなものなのか?
そうしたところが、この物語の骨格である。

秋谷の武士としての清廉潔白な姿やそれを支えようとする家族たちとの深い絆と愛情、そうした慎ましくも暖かな日常を見るにつけ、次第に人間的に成長していく庄三郎の姿が描かれていく。
そのなかに藩の後継者争いにかかわる陰謀や、厳しい農政の現実などが絡まってくる。

これまでの葉室作品同様の端正な描写で、つぎつぎと人間ドラマが紡ぎ出されていくところは、さすが熟練の技である。
直木賞受賞は文句のないところ。
ただあまりに秋谷が理想的に描かれ過ぎているところが、いささか気になるところである。
切腹を免れる機会が幾度もありながら、それをことごとく拒み自ら望んで死に向かおうとするところは、いささか納得できかねる。
もう少し人間臭い、隠された負の部分や葛藤にも踏み込んでいれば、もっと迫るものがあったのではないか、そんないささか欲張った感想を持ったのである。
この小説が地味な印象を与えるのも、そんなところにも原因があるのかもしれない。
考えてみればそれは他の葉室作品にも言えることなのだが、山本周五郎や藤沢周平の小説で感じられるような深い感動が、もうひとつ得ることができないのも、そんな地味さによるのかもしれない。
こうした感想がけっして高望みというわけではなく、そんな物語を間違いなく生み出してくれる作家だと思うからこそ感じることなのである。
直木賞受賞を契機に、また新たな高みへと登っていくような小説が生み出されることを願うばかりだ。

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プロフィール

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Author:cooldaddy
住んでいるところ:青森県弘前市
出身地:香川県
年齢:今年(2008年)還暦です。
性別:男

還暦という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
趣味のこと、生活のこと、心に残ったことなど、My Favorite thingsを、気ままに書いていこうと思います。
末永くおつき合いください。

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