風に吹かれて

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昭和歌謡黄金時代 作曲家 浜圭介の世界

入院中はテレビをいっさい見なかった。
そして退院した一昨日、久しぶりに見たのが、この夜NHK BS第2で放送された「昭和歌謡黄金時代 作曲家 浜圭介の世界」だった。
浜圭介のファンとしては、これは何ともタイムリーで、ありがたい放送だった。

まずは番組で紹介された彼の生い立ちから紹介すると。

本名は金野孝(こんのたかし)、昭和21年に満州で生まれたが、1歳のときに満州から引き揚げ、青森県大鰐町に住む。
小学校2年のとき、家族とともに札幌に移住、15歳で高校を中退、歌手を目指して上京し、森山加代子と同じ事務所に所属して彼女の付き人になる。
昭和39年、牧幸次の芸名で18歳で歌手デビュー、だがヒット曲に恵まれず、低迷、その後所属事務所を移り、芸名も大木賢に変えて再出発を図るが、ここでもまた挫折を味わうことになる。
そして23歳のとき、なかば歌手を諦めた彼は、傷心のまま知り合いを頼って弘前へと向かう。
そこで桜まつりの露天を手伝っていたある日、鍛治町の居酒屋でひとりの中年の女性と隣り合わせになり、問わず語りに身の上話を聞かされる。
その話を聞くうちに、無性に曲を作りたくなり、彼女の半生を基にできたのが「おんな道」であった。
その歌を引き下げて再び上京した彼は、「浜真二」の芸名で再デビュー、この歌は30万枚のヒットとなった。
だがこの後はまたこれといったヒット曲が出ず、結局歌手としての限界を感じ始めた彼は作曲家として立つことを考えるようになっていく。
やがて「終着駅」(奥村チヨ)を作曲、それがヒットしたことが大きな転機となって、その後も「雨」(三善英史)、「そして神戸」(内山田洋とクールファイブ)、「折鶴」(千葉紘子)、「街の灯り」(堺正章)とつぎつぎとヒット曲を生み出していくことになる。
これがヒットメーカー浜圭介が生み出されるまでの苦節の足跡であった。
今では日本を代表する歌謡曲の作曲家である浜圭介にも、こうした長い雌伏のときがあったのである。

ところで私が彼の存在を知ったのは、浜真二で再デビューを図ったときのこと。
テレビから流れる「おんな道」を聴いて、その暗く悲しい情念の世界に演歌の真髄を感じ、たちまちファンになってしまったのである。
そしてすぐにレコードを買っては、繰り返し飽きずに聴いていた。そのレコードは今も手元にある。
そのころのことであったが、家内とふたりで時々行っていた新宿の酒場に家内が友人とふたりで出かけた。
そこでたまたま浜真二が店に入ってきて、彼女の座った席の向かいの席に座った。
そして酒を呑むうちに、やおら店にあったギターを手にとると、「おんな道」を歌い始めたのである。
まだそれほどこの歌がヒットしていなかった頃ではあったが、家内も私同様にこの歌のファンだったことから、目の前で聴いたその感激は格別なものだったようだ。
帰ってきてその時の情景を上気した顔で話すのを聞き、その場に居合わせなかったことの残念さで歯軋りしたことを今でもよく覚えている。
そんな体験も手伝って、この歌には特別に深い思い入れがあるのだ。
番組のなかでも、彼自身がこの歌をギターの弾き語りで歌ったが、昔とかわらぬよさに聞き惚れてしまった。



ところで彼の作曲した曲の中で私にとってのベスト3は「石狩挽歌」と「舟唄」と「心凍らせて」である。
当然番組のなかでもこの3曲は歌われた。

「石狩挽歌」は、なかにし礼がニシン漁で一攫千金を夢見た実兄との確執を基に書いた会心の歌であった。
その作曲をなかにし礼は浜圭介に依頼した。
「この歌を書けるのは浜圭介しかいない。」との思いをこめて。
なかにし礼も浜圭介も、旧満州生まれの引揚者であり、どちらも北海道で育っている。
そうした共通の生い立ちから生まれる強いシンパシーを感じたうえでの依頼であったのかもしれない。
その期待を裏切らないような「最高のメロディーを付けたい」と浜圭介は思った。
だがそうした思いとは逆に、なかなか納得ゆくメロディーは出てこない。
そして苦しみぬいた末にたどり着いたのが「ソーラン節」であった。
それを糸口につぎつぎとイメージが膨らみ始め、ついにはあの力強いメロディーが生まれたのである。
1975年のことであった。



「舟唄」は1979年に作られた名曲。
八代演歌の頂点を極めた曲だと言ってもいいだろう。
この曲で印象にのこるのは、やはり映画「駅・STATION」のなかで流れるシーンである。
大晦日の夜、どこへも行く当てのない男と女が、お互いの孤独を暖めあうように体を寄せ合ってテレビから流れるこの歌を聴くシーンの切なさは、数ある映画の名シーンのなかでも忘れられないもののひとつである。



高山厳が歌う「心凍らせて」は荒木とよひさの作詞である。
浜圭介は自らこの曲を「5本の指に入る曲」と語っている。
この歌でヒット曲に恵まれず低迷していた高山厳が人気歌手の仲間入り。
歌手として辛酸を味わった過去をもつ浜圭介の、埋もれた歌手を何とか売り出そうとする熱意が、大きく花開いたものであった。



浜圭介の作る歌の底には津軽の情念が流れている。
わずか7年間ではあったが、幼い日を津軽で過ごしたことは、彼の中に間違いなく津軽の心を植えつけたのではなかろうか。
その心から紡ぎ出される歌には津軽の情念を感じることができる。
だがけっして泥臭いばかりではない。
そこには青年時代に親しんだロカビリーやジャズといったモダンな感覚が裏打ちされており、そうしたものの融合が斬新で心打つメロディーを紡ぎ出しているのである。
彼の曲がもつ独特の哀愁は、そんなところに根ざしてるように思う。

そうした名曲の数々を堪能し、心ゆくまで楽しんだ1時間半であった。


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Category: 暮らし

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久しぶりの外食

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今日の昼は久しぶりの外食で、近くのレストラン「AL PORTO」でランチをとった。
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即席の退院祝いといったところだ。
病院食に少し飽きがきていたところだったので、今日の料理は特別うまかった。


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退院そして彼岸花

入院生活も今日で終わり。
2週間は長かったような、短かったような、過ぎてしまえばあっという間のことに思えてくる。
朝食後荷物の整理をして9時過ぎに退院。
簡単な仕事を片付けて、近くの最勝院まで散歩に出かける。
というのも境内に咲く彼岸花が今がちょうど見頃というニュースを数日前の新聞で知ったからだ。
秋晴れの中、のんびりと散策をするうちに退院した開放感を味わった。
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彼岸花は今が盛りであったが、やはり故郷の群生する華やかさを知っているだけに、何となく物足りない。
それでもこんな北国で彼岸花を見られる幸運を思うと、贅沢なことも言っていられない。
この彼岸花は最勝院の住職が10年ほど前から訪れる人たちの目を楽しませようと、試行錯誤を繰り返しながら育てたものだ。
この地に根付くのが困難な彼岸花を、こうして毎年楽しめるように育てる苦労を思うと、自然と感謝の気持ちが沸いてくる。
またそうやって健気に咲き誇っている花を見ていると、その一生懸命さが伝わってくるようで、思わず微笑ましい気分になってくる。
ひょっとして今日の退院を祝ってくれているのかな、そんな気持ちにもなってきた。
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来月の初旬ころまで見頃だそうだ。


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Category: 行事・記念日

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中秋の名月

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22日は中秋の名月だった。
当日は雲の多い天気だったが、夕方になるにしたがってだんだんと雲も少なくなり、夜はかろうじて雲間から中秋の名月を見ることが出来た。
わが家でもしっかりとススキと餅が飾ってあったのでさっそく写真を撮った。
そしてブログにアップするつもりが、タイミングを逃してしまい、今日まで書けずじまいだった。
それを思い出し、遅ればせながら書くことにした。
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ところで24日の東奥日報の「天地人」に中秋の名月にちなんで李白の詩が引用されており、心に残ったので書きとめてておくことにした。
次のようなもの。

古人今人(こじんこんじん)流水の若(ごと)し
共に明月を看(み)ること皆此(かく)の如し
唯(ただ)願う歌に当(あた)り酒に対するの時
月光長(とこし)えに金樽(きんそん)の裏(うち)を照らさんことを

意味は

流れる水のように移ろいやすい世であるならば、私の願いはただ一つ。
歌を歌い、酒を飲んでいる楽しみの時だけは、永遠の月の光を酒樽(さかだる)の中に注いでおくれ。

というもの。

こうした風流を愛でる気持ちは、いつまでも忘れずに持ち続けていたいものである。


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イチロー10年連続200安打

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イチローが10年連続200安打を達成した。
これは大リーグ初の記録となる記念すべき大記録だが、数々の大リーグ記録を塗り替えてきたイチローにとっては、まだまだほんの通過点のひとつといったところだろう。
今後どんな記録を残していくか、楽しみはまだまだ先に残されている。
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ところでこちら日本でも昨夜阪神のマートンが200安打を達成した。
しかも1年目での達成は初のこと。
200本安打はイチロー、青木、ラミレスに続いて4人目となる。
さらにロッテ西岡が198安打、ヤクルト青木が197安打と、これに続いており、今シーズンは200本安打が3人になりそうな勢いである。
また西岡は昨夜今季26度目の猛打賞をマーク、イチローの日本記録に並んだ。
といったように今年は記録ラッシュの年である。
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さらに言えば、大相撲でも白鵬が59連勝を記録。
しかもまだまだ連勝を伸ばしそうな勢いで、どこまで連勝記録が伸びていくか、こちらも大注目といったところ。
不祥事が多かった大相撲に久々に現れたホットな話題である。


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入院生活3

入院生活も今日で12日目。
昨日から読み始めた「悪童日記」を読了。
第2次世界大戦の東ヨーロッパを舞台に書かれた寓話風の物語で、なかなか読み応えのある小説だった。
入院以来日本の小説ばかりを読んでいたので、目先を変えるつもりで読み始めたが、おもしろさに一気に読み終えてしまった。
つぎは乙川優三郎の時代小説「さざなみ情話」である。
第2次大戦中のヨーロッパから今度は江戸時代へと飛んでゆく。
こうしたことができるのも読書の醍醐味のひとつである。

ところで昨日の弘前は最高気温が16度までしか上がらず、肌寒い一日だった。
つい先日までの厳しい残暑が嘘のよう。
一気に秋が押し寄せてきた。
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入院生活2

前回に続いてまたまた「入院生活」について。
忘れないうちにその一日の様子をメモしておくことにする。

5:00~5:30起床。
6:30検温
7:30朝食
9:00座薬
12:00昼食
14:00検温
16:00回診
17:30夕食
21:00座薬および消灯
これで一日の終わり。
この繰り返しである。
決められたスケジュールの合間には、主に本を読んで過ごしている。
これまでに読んだのは
山本周五郎「樅の木は残った上・下」、重松清「流星ワゴン」、乙川優三郎「冬の標」、吉田謙一「パーク・ライフ」、志水辰夫「つばくろ越え」、辻原登「枯葉の中の青い炎」の7冊。
そして今読んでいるのはアゴタ・クリストフの「悪童日記」。

入院生活も今日で11日目、あと3日で退院である。
回復の具合は順調である。
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入院生活

尾籠(びろう)な話で申し訳ないが、先日(13日)痔の手術をした。
20年来つきあってきた痔がどうにもならなくなった果ての手術である。
これまでは症状が悪くなったときには市販の薬で治まっていたが、今回はそれくらいではどうにもならなくなり、とうとう病院に駆け込むことになった。
20年以上痔を患いながらも、診察を受けるのはこれが初めてである。
その結果、手術ということになったのである。

手術は4年前の半月板損傷以来2度目のこと。
さらに手術後の入院生活も約2週間ということで、これも前回の場合とほぼ似ているが、今回はかなり自由に外出ができるというところがありがたい。
そういうわけで今日は外出許可をもらって、久しぶりにわが家に帰り、これを書いている。
一週間ぶりのブログであるが、話題がこういう内容になってしまって、申し訳ないが、同病の方の参考に少しでもなればと考えて、書くことにした。

手術の日は8時半の開院と同時に入院、指示どおり前夜の夕食後はいっさい何も口に入れておらず、多少の空腹感はあるものの、気分は割合爽やかである。
もう少し緊張したり不安があるかと思っていたが、いわゆる俎板の上の鯉というやつで、切ると決まってからは、逆にいつも以上に平静な気分になった。
午後1時の手術まではやることもなく、手持ちの本を読んで時間をつぶす。
手術前に浣腸をして大腸の大掃除をやり、点滴をしたまま歩いて手術室に入る。
手術室では担当の看護士のほかに3名の看護士が手術着を着て無言で待機している。
4年前の半月板損傷のときは全身麻酔だったために、麻酔室までの記憶しかなく、手術室のことはいっさい分からなかった。
そういうわけで手術室の臨場感は、今回が初めての体験だったのである。
そのピンと張り詰めたなかに身をおくと、一瞬緊張が高まったが、手術台に乗ってしまうとそれも治まった。
そして待つこと数分、執刀の医師が入室して背中に麻酔を注射、すぐに下半身が暖かくなり、しびれてきた。
手術台にうつぶせになり、腰から下が手術台とともに下げられて、いよいよ手術の開始である。
レーザーメスや金属が触れ合う硬質な音がするものの、痛みはまったく感じないために、ただ黙って時間をやり過ごすだけであった。
そして約40分後に手術は終了、何だかあっけないような幕切れであった。
麻酔が効いているので車椅子で病室まで運ばれ、ベッドに寝かされたが、やはり自分では意識しなかったものの、幾分かは緊張していたようで、ほっとすると同時に浅い眠りに落ちていった。
うとうとするうちに、やがて麻酔が醒め、多少痛みを感じ始めたが、我慢できないほどの痛さではなかった。
すぐに痛み止めの注射が施されて、その痛みも和らいだ。
だがすっきりしない不快感が一晩中続き、熟睡できない夜が長かった。
これが第一日目のおおよその様子である。
翌日からはもう普通に歩けるようになり、日常生活には不自由のない状態で、あとは単調な入院生活が続いていくだけである。
患部の痛みは朝晩の痛み止めの座薬のおかげで、苦しむことはないが、すっきりとしない排便がしばらくの間続いた。
患部に負担をかけないようにと、夜寝る前に下剤を飲むが、いちどに快便というわけにはいかず、便意はあるもののなかなか出ないということの繰り返し。
しかしこの程度の不快感は術後ということを考えればあたりまえのことで、これは仕方がない。
まあそれでも経過はそこそこ順調といったところである。
あとは時間をかけて徐々に回復へと向かっていくだけである。
あと一週間、本でも読みながらのんびりと過ごそうと思っている。

以上で入院生活の報告は終わりだが、ここまで読んでいただいた皆さん、どうもありがとう。
お尻はくれぐれも大切にしましょう。


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肌寒い一日

関東以西の昨日の天気は依然猛暑日を記録したところが多かったようだが、弘前では最高気温が22度までしか上がらず、また雨が降ったこともあって、肌寒い一日であった。
Tシャツ一枚ではちょっと寒く、薄手の長袖を上から羽織った。
それでも今日はまた暑さが戻ってくるようで、予想最高気温は27度になっている。
季節の変わり目はいつもこういうことの繰り返しである。
こういうときには体調には十分注意しなければ。

ところで今朝のテニスではコートにかなり濃い霧がかかった。
昨晩の雨による湿度の高さがこうした霧を発生させているのだろうが、こんなに濃い霧がコートを覆ったのは初めてである。
しばらくは霧の中でのテニスになった。
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写真で撮るとこんな状態だが、実際はもっと濃い霧だった。


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フラメンコギタリスト、沖仁

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先日のテレビ番組「情熱大陸」の出演者はフラメンコギタリスト、沖仁(おき じん)であった。
彼の存在を知ったのは、その数日前のラジオ番組であった。
その番組に出演しているのを偶然耳にして興味を惹かれたところ、すぐその後に「情熱大陸」への出演であった。
これはラッキーと、すぐに番組を観る事にした。

沖仁は1974年生まれ。
14歳から独学でエレキギターを始める。
高校卒業後は、カナダで一年間クラシックギターを学ぶ。
その後、スペインに渡って通算3年半スペインに滞在しながらフラメンコギターを学ぶ。
帰国後はフラメンコギタリストとして日本国内のみならず海外でも積極的にライブツアーを行っている。
今最も注目される若手実力派のギタリストである。
そんな彼が、再びスペインに渡りスペイン3大コンクールの一つ「ニーニョリカルド国際フラメンコギターコンクール」に出場、優勝を果たすまでを追ったのが今回の「情熱大陸」であった。
とにかく彼の天才的な技巧には驚かされる。
さらに普段は物静かな彼が、いったんギターを奏で始めると、見違えるような情熱のほとばしりを見せる。
その落差も大きな魅力であった。

この番組を観て以来、わが家ではフラメンコがちょっとしたブームになっている。
一昨日も娘が、以前買ったというフラメンコのCDを持ってきて家内といっしょに聴いていた。
そう仕向けてしまうほど、沖仁のギターテクニックは魅力あふれるものだったということだ。
わが家のこのブームはしばらくは続きそうである。




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朝陽

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昨日の朝に写した朝陽である。
5時前に犬の散歩に出かけると空が真っ赤であった。
急いで家に帰ってデジカメを持ってきたが、もうすでに先ほど見たような鮮やかな色は薄れてしまっていた。
あっという間に変わってしまうのだ。
それでも写真を一枚撮ってみた。
上の写真である。
手持ちのデジカメではなかなかこうした風景の美しさは再現できない。
こういう時はもっと好感度のカメラがあればといつも思うが、しばらくするともうそういう気持ちはなくなってしまう。
そういうことの繰り返しである。
あまり欲張っても仕方がない。

今朝もういちど朝陽を撮ろうと考えていたが、残念ながら雨であった。
そこで不満足ながら昨日撮った朝陽を載せることにした。

今日の予想最高気温は23度である。
確実に秋は近づいている。


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少しだけ秋

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昨日郊外に出かけた時に写した写真である。
道路の両側の土手にはススキの穂がいっぱいで、風に揺れていた。
いつまでも暑い日が続いているが、こうして秋は確実に近づいているのである。
空の雲も穏やかな秋の雲である。
暑さも、もう少しの辛抱である。


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近藤房之助X木村充揮「酒と泪と男と女」。



近藤房之助と元憂歌団のボーカル木村充揮のふたりが歌う「酒と泪と男と女」。
ふたりがユニットで出した昭和歌謡をカバーしたアルバム『男唄~昭和讃歩~』のなかでもこの歌を歌っている。
河島英五のそれともまた違った魅力があって、なかなか味わい深い。
こういうライブを聴いていると、酒を呑みながら、この場に身を置いてみたいという気になってくる。


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頂き物のカボチャ

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娘の連れ合いのお母さんからカボチャをいただいた。
さっそく包丁を入れて小さくカット、今夜はカボチャスープだそうだ。

ところでカボチャについて少し調べてみると、名前の由来は、ポルトガル人がカンボジアの特産品として日本に伝えたことから当初「カボチャ瓜」と呼ばれ、後に「瓜」がとれて「カボチャ」になった。
漢字で書くと「南瓜」。
別名「唐茄子(とうなす)」「南京(なんきん)」とも呼ばれている。
「唐茄子」で思いつくのは落語の「唐茄子屋政談」という演目。
これは人情噺のひとつで、大店の若旦那が遊びに明け暮れたあげく勘当され、窮地に立たされるが、叔父さんの助けを借りて唐茄子屋になる。
そして苦労して売り歩くうちに、ひょんな事件に巻き込まれるというお噺。
しかし「茄子」に似ていない「カボチャ」にどうして「唐茄子」という名前がつけられているかというと、これは西洋カボチャが渡来する前に栽培されていた日本カボチャがひょうたん形をしていて、「茄子」に似ていたことから名づけられたものである。
しかし今では「唐茄子」という言葉は、落語のなかに残されているくらいで、もうほとんど死語であろう。

しばらくはカボチャ料理が続きそうである。
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SUMMER TIME

「サマータイム」は、1935年にブロードウェイで初演されたオペラ「ポーギーとベス」のなかで歌われた楽曲である。
ジョージ・ガーシュウィン作曲、デュポース・ヘイワード作詞のこの曲は、第1幕第1場で漁師の女房クララが、赤ん坊をあやしながら歌う子守唄であるが、その歌詞の裏には1920年代のアメリカの黒人たちの過酷な生活が反映されており、その哀切なメロディーが聴くものの心を激しく揺さぶる。
いちど聴くと忘れがたい名曲である。
そうしたことからこの曲はさまざまなミュージシャンによって演奏され、歌われており、今やスタンダードナンバーとしては外せない曲となっている。
夏になると必ず思い出す曲であるが、とくに今年のように暑い夏になると、なおさらこの曲を聴いてみたいという気持ちになってくる。
この曲でいちばん印象深いのは、やはりジャニス・ジョプリンの歌う「サマータイム」である。
魂の底から振り絞るようにして歌う彼女の「サマータイム」を初めて聴いたときの衝撃は忘れることはできない。
歌を聴いて鳥肌が立つという数少ない経験のひとつであった。
その印象は今でも変わらない。
正真正銘の彼女の代表曲である。

ジャニス・ジョプリンのほかにはマイルス・デイヴィスとビリー・ホリデーの「サマータイム」をチョイスしてみた。
どちらも見事なパフォーマンスである。


SUMMERTIME

Summertime and the living is easy
Fish are jumping and the cotton is high
Oh your daddy's rich
And you ma is good lookin'
So hush little baby don't you cry


One of these mornings you gonna rise up singing
Yes you'll spread your wing and you take to the skies
But till that morning
There's nothing can harm you
Yes with daddy and mummy standing by

Oh don't you cry
No don't you cry
Don't cry









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父の3回忌

今日は父の3回忌である。
早いものでもう2年が過ぎた。
ちょうど今頃、四国では親戚一同が集まって3回忌の法要が行われていることだろう。
横浜の妹夫婦は娘と孫を連れて出席をしている。
ところが私は仕事の都合を理由に今回は欠席である。
本来ならこういう時には何を措いても駆けつけなければならないところだが、それができないことで忸怩たる思いである。
いつも弟夫婦におんぶに抱っこで、ほんとうに申し訳なく思っている。
せめて法要の時間には、四国の方向に向かって手を合わせようと思う。
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「土俵の鬼」初代若乃花、死去

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初代若乃花(本名:花田勝治)が亡くなった。
享年82歳。
現役時代は、身長179cm、体重105kgの軽量ながら(戦後最軽量横綱)猛げいこで鍛えた足腰を武器に、豪快な大技でファンを熱狂させた。
さらにライバルであった栃錦とは数々の名勝負を繰り広げ、「栃若時代」と呼ばれる黄金時代を築いた。
とにかくその強さは圧倒的で、とくに呼び戻し(仏壇返し)という荒技や豪快な上手投げで重量級の力士たちをなぎ倒す姿は、まさに「土俵の鬼」の名前にふさわしい迫力であった。
当時小学校の低学年だった私は、毎場所夢中になって応援していたが、その強さはいまだに忘れることができない。
なかでも昭和31年の9月場所の相撲はとくに印象に残るものだった。
この年、5月場所で初優勝、続く9月場所で横綱昇進をかけることになったが、場所を前にして長男がちゃんこ鍋をかぶって火傷で亡くなるという悲運に見舞われる。
そして本場所出場が危ぶまれるなか、あえて出場を強行する。
この時、若乃花は愛児の冥福を祈るため、首に数珠をかけた姿で連日場所入りをした。
憔悴し切った身体に鞭打つようにして取り組むその姿は、まさに鬼気迫るものであった。
感動や同情がない交ぜになりながら、日本中が熱狂の渦に包まれていった。
そして初日から白星を積み重ねて12連勝、連続優勝と横綱昇進はほぼ確実と思われたが、それまでの心労や無理が重なったためか、扁桃腺炎を発症、高熱に襲われて休場することになり、連続優勝と横綱昇進をともに逃してしまう。
まさに悲運につぐ悲運であった。
だがこのことが若乃花人気、さらには相撲人気をよりいっそう高めることになった。
翌昭和32年、これを題材に日活が映画化、「若ノ花物語・土俵の鬼」が作られた。
そして封切されるや、われわれ相撲ファンは、いち早く映画館へと駆けつけた。
青年時代は青山恭二が演じたが、幕内入幕後は若乃花自身が演じた。
さらに後に奥さんとなる相手役の女性を北原三枝が演じている。
また長門裕之、津川雅彦、芦川いづみ、浅丘ルリ子、石原裕次郎といった当時の日活の主だった俳優たちも大挙して友情出演をしている。

結局若乃花が横綱昇進を果たしたのは昭和33年初場所後のことである。
昭和生まれでは初の横綱であった。
この後栃錦とともに「栃若時代」を築いていくことになるが、まさに名勝負の連続であった。
昭和34年5月場所、初日から14連勝の栃錦を千秋楽に下して優勝決定戦に持ち込み、逆転優勝。
翌昭和35年3月場所では、ともに全勝同士で千秋楽に対戦。
これも史上初となる横綱同士による千秋楽全勝対決であった。
この勝負では若乃花が勝ち、初の全勝優勝を果たしている。
栃・若はともに優勝10回、全勝1回、連勝記録24といった同様の数字を残しており、また直接の対戦では若乃花の15勝19敗であった。
こうした数字を見るだけでも、いかに両横綱が拮抗していたかがよく分かる。
これほど互いに譲らず名勝負を繰り広げた横綱同士というのは、その後現れていない。
まさに大相撲の黄金時代の名にふさわしい両横綱だった。
しかも引退後は栃錦は春日野として理事長職を、若乃花は二子山として春日野からバトンタッチをする形で理事長職を務めるという重責をともに担っている。
その両雄とも今はもういない。

ご冥福を祈ります。



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弘前市郊外の「運動公園」にある「県立武道館」前に、弘前市出身の若乃花の銅像が建っている。(ちなみに若乃花は弘前市名誉市民)
いつもテニスをするコートの向かいにあるので、時々その銅像を目にしている。


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早朝温泉2

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先日の温泉に続いて今日も早朝温泉に行ってきた。
今回は場所を変えて、岩木の「桜温泉」である。
家から4キロほどのところにある温泉で、先日行った「やすらぎ温泉」は岩木山に向かって右方向(南西方面)にあるが、こちらは左方向(北西部)に位置する温泉である。
泉質は「やすらぎ温泉」とほとんど変わらず、無色無臭の透明なお湯で、主成分はナトリウム塩化物・炭酸水素塩泉である。
ただ「やすらぎ温泉」と比べると温度は42〜44℃とちょっと熱め。
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浴槽、壁、天井には天然ひばをふんだんに使っているので、ほのかに木の香りがして、心地いい。
sakuraonsen2.jpg
露天風呂は酒樽を模したような丸い形になっており、なかなか風情がある。
30分ほどゆったりと浸かり、その後はロビーで新聞雑誌を読んでリラックス。
いい気分の早朝温泉だった。

桜温泉
弘前市賀田2丁目10-1
TEL.0172-82-4332
入浴時間・料金:6時~22時 350円


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テーマ : 温泉♪  ジャンル : 旅行


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プロフィール

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Author:cooldaddy
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年齢:今年(2008年)還暦です。
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還暦という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
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