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Category: 日本映画

Tags: 西川美和  

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映画「ディア・ドクター」

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先日の「重力ピエロ」に続いて今日は「ディア・ドクター」の紹介。

よく出来た面白い映画には違いないが、いろいろと腑に落ちないところも多い映画だった。
「ゆれる」に続く西川美和監督の作品ということで、かなりの期待をもって観たが、正直なところ「ゆれる」ほどの手ごたえは感じなかったのである。

まずこの映画についての西川美和監督のコメントから始めようと思う。
つぎのようなもの。

前作『ゆれる』が世間に受け入れられ私は認められた。すると、誰もが映画監督としての技術や見識の持ち主と信じて疑わなくなった。
『ディア・ドクター』は初めて自分について書いた物語と言える。世間は一旦プロのレッテルを貼ると個人が蓄積してきた見識や技術は問わない。そのせいで私はいかにも監督っぽい顔で働いている。今の時代に、そんな自分への違和感、据わりの悪さを抱えて生きている人々は多いのではないか。家庭に入ると女性はいきなり妻や母らしい振る舞いを求められて戸惑う。私自身がそうであるように、何かに”なりすまして”生きている感覚は誰しもあるだろう。それで世の中が辛うじて成り立っている部分もあるはずだ。贋物という言葉が孕むそんな曖昧さを物語として面白く見せられないかなというのが企画の出発点になった。


これがこの映画について語った西川美和監督のコメントである。
なるほど、「ディア・ドクター」は自らの心情を語ろうとした映画なのである。
「ゆれる」に対する世間の高い評価への戸惑や居心地の悪さといったものが、西川美和監督の心のなかで揺れ動いている。
そう考えるといろいろと見えてくるところがあるものの、まだ霧の中に隠されたものは朧なままである。
たとえばなぜ彼(鶴瓶演じる贋医者)は突然逃げ出したのか?
井川遥演じる本物の医者との診断についてのやりとりを、クリアしたにもかかわらず・・・・。
また逃げ出した後の関係者の冷ややかな態度、とくに贋医者を心の底から尊敬し始めていた瑛太演じる研修医が手のひらを返したように冷淡になったのはなぜか?
また逃げ出す直接の原因になった八千草薫が、刑事の尋問に答えて「何もしてくれませんでした。」というのは、どういう気持ちからなのか?
この他にもまだいろいろと腑に落ちない点がある。
だが一方では、そうした曖昧模糊とした作劇、謎を投げかけるというのが、西川美和の演出の特徴なのだろうとも思う。
それは「ゆれる」においても見られたところであり、そうした曖昧さを提示することで、言葉では表現しきれない人間の心の奥深い闇を表現しえたのだろうと思っている。
だが、今回の映画ではその手触りがいささか違う。
だからと言ってそれがこの映画を貶めているというわけではないのだが・・・。
なぜかその曖昧模糊としたものが曖昧なままで、しこりのように残ってしまったのである。
そのことで余計、この映画についてここ数日考え込むということになってしまった。
そうした疑問はあるものの、やはりこれは優れた映画であるのは間違いのないところだ。
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とくに主役の贋医者に、笑福亭鶴瓶を起用したというのが最大のポイントであったと思う。
いかにも医者に似つかわしくない彼が、贋医者を演じることで幾層もの面白さを醸し出している。
似つかわしくない彼が、映画の進行とともに次第に名医に見えてくる。
また悩みや迷いといったことから遠い彼が演じることで、普通の俳優では見ることができないような複雑な内面の奥深さが表現されていた。
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そして脇を固める人間たちの手堅い演技、とくに彼を贋物と承知の上でサポートするベテランの看護士を演じた余貴美子の存在、八千草薫の娘で大病院の医師を演じた井川遥のうまさ。
彼女と鶴瓶の、八千草薫の診断を巡っての息を呑むようなやりとりは忘れられない。
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ここが大きなクライマックスであった。
そして八千草薫、いくつになっても彼女は可愛く、女っぽい。
その未だに色っぽいところを残す彼女に鶴瓶が惹かれたのは間違いのないところ。
ある意味でこれは鶴瓶の恋物語といった側面もあるように思う。
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さらに瑛太をはじめ松重豊、岩松了、笹野高史、香川照之といった俳優たちの演技のうまさは、いまさら書くまでもないが、ここでもそれぞれの立場をわきまえた手堅い演技を見せてくれる。
とくに香川照之は「ゆれる」に続いての西川作品ということ、今度は主役ではなく脇に回ってということもあって、かなり余裕の演技という印象であった。
彼が刑事から尋問を受ける場面で、突然椅子とともに倒れるところは、意表をついて驚かされた。
そしてこの一瞬の芝居こそが、この映画の大きなポイントでもあったのだ。

このほかにも現代医療についてのさまざまな矛盾や問題提起もなされるなど、考えさせられることの多い映画であった。

ところで昨日、たまたま図書館で「キネマ旬報」を読んでいたら、川本三郎の次のような文章に出会った。
なるほどと思ったので書き留めておく。

鶴瓶演じる”医者”はとらえどころのない不思議な人物である。なぜ偽医者になったのか最後まで分からない。
 ある日、どこからともなく村にやって来て、村人たちの心に大きな思いを残し、また、いずことなく去ってゆく。民俗学的にいえば「まれびと」。遠い向こうからやって来て人々に祝福を与える。いまふうにいえばストレンジャー。偽医者の鶴瓶は明らかにこの「まれびと」である。
 その点で、「ディア・ドクター」を見ていて真先に思い出したのは、秋元松代の名戯曲『常陸坊海尊』(昭和三十九年)。
 常陸坊海尊は源平の時代の伝説的人物。衣川の合戦で義経のために最後まで戦った弁慶と違い、死ぬのが怖くなって逃げ出した卑怯者。そんな男が代々に渡って東北地方を巡っている。自分は卑怯者の常陸坊海尊です、と懺悔しながら村々を回る。東北の貧しい村の人々は、立派なお坊さんよりも、そんな弱い”偽坊主”のほうに惹かれてゆく。秋元松代の戯曲では、東京から東北に学童疎開してきてつらい思いをしている子供たちが「海尊さま」にこそすがろうとする。
 鶴瓶演じる”偽医者”は現代の常陸坊海尊ではないかと思った。老婦人の八千草薫は、本当の医者と思っていた時より、”偽医者”と分かってから親しみを感じたのではないだろうか。日本の庶民はしばしば、立派な強い神より、弱い情けない神に拠りどころを見る。
 「ディア・ドクター」が現代の物語であるにもかかわらずどこか懐かしいのは、「貴種流離譚」や「出生の秘密」と同じように昔からの物語の典型である「まれびと」を踏まえているからだろう。

川本三郎「映画を見ればわかること」より


川本三郎はこの映画に懐かしさを見ている。
そしてそのことの要因としてこの他に、里山の美しい風景と、今ではほとんど見られなくなった「医者の往診」する姿を挙げている。

なるほどそういう見方もあったのかと、感心させられた。
川本三郎には、いつもいろいろと教えられることが多い。
今回も大いに参考になったのである。


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