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風に吹かれて

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Category: アート

Tags: エッセイ・評論  

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森村泰昌『「まあ、ええがな」のこころ』

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今から30年近く前ことだと記憶しているが、シンディー・シャーマンのセルフポートレイトに出会った時の衝撃は今でもよく憶えている。
自らが実在の映画女優になりきり、いかにもありそうに撮影した架空の映画のスティール写真を見たときは、その説得力ある批評精神と、こんな芸術行為もあるのだという驚きに、新鮮な感動をおぼえたものだ。
それから数年後、日本でもこの表現方法を駆使する作家が現れた。
それがこの本の著者、森村泰昌である。
女優や歌手といった人物をコピーした写真のみならず、古今東西の名画のなかに自らをはめこんで、名画の複製を作るといった手法の作品をつぎつぎと創り出して独自の世界を構築している。
そして近年は歴史上の人物に扮するシリーズにも挑戦をしている。
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そんな芸術家、森村泰昌の日常を覗き見することができるのが、この『「まあ、ええがな」のこころ』である。
森村泰昌に関心のある人間にとっては、おおいに興味をそそられる本ではあるが、あまり関心のない人間にとっても、ちょっと風変わりなものの見方を楽しめる本でもある。
題名にある「まあ、ええがな」というフレーズからも分かるように、森村泰昌は大阪生まれの大阪育ちという、生粋の大阪人である。しかも芸術家である。
彼の作品のなかにある諧謔精神やねちっこさ、おもしろがる精神、遊び心といったものも、実はこうした大阪人のDNAから来るものであるということが、本書を読んでいると分かってくる。
そんな創作の秘密の一端に触れることができる本である。

たとえば次のような箇所。

 たとえば方向感覚についてだが、私はそうとうの「絶対鈍感」である。つまりひどい方向音痴である。新宿駅あたりに降り立てば、東京行きの頻度が増えた昨今の私であるにもかかわらず、やはり以前と同様、いつもパニック状態が待っている。で、ちかごろは、だれかがしかるべきところまで迎えに来てくれるパターンが多くなった。親切心からというより、遅刻でもされたら困るからである。
 だがここで落ち込むのはやめよう。私は芸術という職種についている。それで言うのだが、芸術家たるもの、方向音痴であるくらいでなければつとまらぬ、のではないだろうか。たとえば推理小説を読むとする。読者には、なかなか真犯人が明かされない。最後の最後でようやく真犯人に行き着き、やっと完結をむかえる。こんばあい、犯人がだれかという問題は、じつはさほど重要なことではない。犯人が確定されるまでの、迷路感覚、迷い子になったようなドキドキ感が、推理小説の醍醐味なのである。
 これがもし、現実世界に起きたほんとうの犯罪であれば、犯人逮捕は一刻も早いほうがいいにきまっている。でも、小説という世界では、犯人がそんなに早く捕まっては困る。それでは本にならない。そこで、小説家はあの手この手を使って、読者にわざわざ寄り道させ、迷い子状態におとしいれるのだ。その何ページ分かの寄り道が小説となる。
 こう考えれば、芸術的創造とは、寄り道するテクニックのことであると納得できるのではないだろうか。だとすれば、わざわざ寄り道しなくても、ほおっておいても迷い子になってしまう方向音痴の性格とは、まこと芸術的資質に満ち満ちた才能だと誇るべきではないのか。芸術家は、「絶対鈍感」に磨きをかけるべきなのである。「絶対敏感」じゃだめなのだ。


こういったふうに、いくつもの森村的考察が独特のユーモアを交えながら、語られるのである。

そして、あとがきでは、次のように書く。

「まあ、ええがな」というのは私の父の口癖である。
 なにごとでも、父は「まあ、ええがな」ですませる。家にドロボウがはいった。母も私も近所の人も大騒ぎである。だが父は言う。「はいったんやから、もうしゃあない。まあ、ええがな」と。
 あるいは私が受験に失敗したり、会社を三日でやめたりしたとき、母は、なんとかせなあかんと考える性分なのであるが、父の方は、「あかんのやったらしゃあない、まあ、ええがな」とくる。
 「まあ、ええがな」はないでしょう、お父さん。そう私は思ってきた。そんなことばっかり言っていたら、いつまでもうだつがあがりませんよ。でもここでもやっぱり父は、「うだつがあがらんかて、まあ、ええがな」と一向にこたえない。そんな父を私はながらく、頼りない人だととらえていた。
 しかし最近、もしかしたらこの父の口癖、「まあ、ええがな」は、二十一世紀を生きる知恵かもしれないと、多少おおげさかもしれないが、そう感じるようになってきた。あまりにも社会変化のテンポが早く、あまりにも経済の盛衰がはげしく、あまりにも価値観が流動的になってきた現在、人びとはみな、それら吹き荒れる嵐にむかって、傾向と対策を練ろうとあせり、そして、結局はストレスをため込んでしまっている。
 ここに、あくせくすることとは対極に位置する「まあ、ええがな」のこころを投入してみてはどうだろうか。それは困難を乗り切る新薬として、新鮮な効き目があるかもしれない。


常に新しい視点から、作品を提供し続けている森村泰昌らしい提案である。
けっして目新しい考えというわけではないが、現代アートの作家、森村泰昌の口から語られると、不思議と説得力をもって聞こえてくる。
ものの見方、考え方のヒントになるようなものが、この本のなかからいくつ見つかるか、興味のある方は、ぜひ一読することを、おすすめする。

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テーマ : アート  ジャンル : 学問・文化・芸術


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還暦(10年前)という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
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