風に吹かれて

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Category: 読書

Tags: 葉室麟  時代小説  

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葉室麟「銀漢の賦」

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「銀漢」とは天の川のことである。
そして同時に主人公の男3人のことも指している。
少年時代を共に同じ道場で過ごした、十蔵、源五、小弥太という3人の男たちの数奇な運命を描いた時代小説である。
友情で結ばれた3人だが、それぞれ別な道を行くなかで、友情だけではどうしようもない過酷な現実に直面する。
そのなかで時には敵対し、また味方になりと、立場を入れ替えながら現在と過去の男たちの物語が描かれていく。
「銀漢とは天の川のことなのだろうが、頭に霜を置き、年齢を重ねた漢(おとこ)も銀漢かもしれんな。」といった源五の思いが示すように、人生の終末を迎えようとする男たちの覚悟や諦念が物語の中で錯綜してゆく。
武家社会につきもののお家騒動、井堰建設という難工事、百姓一揆、藩政をめぐるさまざまな難問を背景に描かれる友情の物語が爽やかな余韻を残す。
面白くて、一気に読んでしまった。

印象に残った場面に、つぎのような箇所があった。
これを読んで、この小説の一端を味わってもらえればと思う。

 ある日、三人で千鶴が床の間の花器に石蕗(つわぶき)を活きているのを見ていた時のことだ。千鶴が思い切りよく葉に鋏を入れるのを見て源五は思わず、
「花というものは自然に咲いておってきれいなものだと思いますが、やはり葉は切らねばならぬものですか」
と聞いた。千鶴はにこりと笑って、
「源五殿は、人は皆、生まれたままで美しい心を持っているとお思いですか」
「いや、それは――」
源五が頭をかくと、
「人も花も同じです。生まれ持ったものは尊いでしょうが、それを美しくするためにはおのずと切らなければならないものがあります。花は鋏を入れますが、人は勉学や武術で鍛錬して自分の心を美しくするのです」
千鶴は静かに石蕗に鋏を入れながら、
「花の美しさは形にありますが、人の美しさは覚悟と心映えではないでしょうか」
と言うのだった。


作者の葉室麟は1951年生まれ、北九州市出身で、地方紙記者等を経た後に50歳から創作活動に入った小説家である。
この小説で第14回松本清張賞を受賞している。
このほかの作品には「乾山晩愁」、「いのちなりけり」などがある。


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Category: 地域情報

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明日もいい天気かな?

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わが家から見た岩木山です。
夕日がきれいです。
明日もまたいい天気になりそうです。


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Category: 暮らし

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娘のおごり

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弘前で仕事があった長女が、昨晩は我が家に泊まりました。
今日は彼女も仕事が休みなので、お昼はZilch(ジルチ)でいっしょに食事をしました。
勘定は娘のおごりです。ごちそうさん。
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オーダーはいつものようにサンドイッチ(フィッシュ・サンド)とコーヒーです。
食後はギャラリーで開催している絵の展示会を覗いてみました。
中村直人(なおんど)(1905-81年)という画家の絵がなかなかよかった。
あとで調べたところ、彫刻家であり、また、画家としても活躍した人だそうです。
絵とブロンズの彫刻が展示されていましたが、若々しい感性で、強く印象に残りました。


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Category: 薪ストーブ

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街路樹伐採木の払い下げ

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今日の岩木山は昨日と打って変わって雲ひとつかかっていません。
快晴のなかを、伐採木をもらいに行きました。
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こんな状態にぎっしりと積まれています。
このなかからよさそうな木を選んで車に積んでいきます。
結局3回往復しました。
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これが今日の成果です。

先日の津軽ダムの木と合わせて、何とか今度の冬の分くらいは集まったかもしれません。
しかし当初の目標は2年分でしたので、それをクリアすることはできませんでした。
2年分を集めるとなると、やはりひとりではちょっと無理があるようです。
おまけにクルマがテーションワゴンですから、ちょっと間に合わないですね。
本格的に運ぼうと思えば、やはりトラックを使わないと駄目でしょうね。

まあ、でもあまり欲張っても仕方がない。
よく頑張ったというところですね。

このあとは薪割り作業が残っていますが、ぼちぼちと時間をかけてやっていこうと思っています。



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Category: 弘前

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今日の岩木山

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街路樹伐採木の払い下げが明日行われるので、払い下げ場所の確認のために岩木山麓に下見に行ってきました。
途中、雲のなかから姿を見せている岩木山が見えました。
ちょっといい姿なので、写真を撮りました。
普段雲がかかる場合は頂上付近にかかることが多いです。
こういう姿は意外とめずらしい。
雄大さがいちだんと強調されるような景色でした。


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日馬富士、初優勝

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1敗同士で白鵬と並んだ日馬富士が、優勝決定戦に勝って初優勝。
朝青龍、白鵬に続くモンゴル勢第3の男の存在を強烈にアピールした。
優勝決定戦の相撲も見事だったが、本割での琴欧州戦もすごかった。
不利な体勢からの首投げで、長身の琴欧州を投げ飛ばした相撲には、日馬富士強しの印象を強く焼きつけられた。
名横綱、千代の富士の強さを彷彿させるような内容の相撲に、今後は千代の富士のような名力士になっていくのではなかろうか、という予感と期待を感じさせられた。


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Category: 読書

Tags: 乙川優三郎  時代小説  短編小説集  

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乙川優三郎「生きる」

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平成14年度下半期(第127回)の直木賞を受賞した乙川優三郎の「生きる」を読了。
表題作と「安穏河原」、「早梅記」という三篇の時代小説が収められた作品集である。

「生きる」は主君の死に際して追腹(おいばら)を秘かに禁じられた侍が、不忠者、恥知らずといった非難を浴びながらも生き続けなければならないという、苦しみの歳月を描いた作品。
周囲の冷たい視線、嫁いだ娘からの義絶、妻の病死、そして父親の身代わりのような息子の死、とつぎつぎに襲ってくる苦難の中で、孤独な闘いを強いられる武士の悲哀が切なく胸に迫ってくる。
「安穏河原」は武士としての誇りから、浪人となって零落してしまった親子の物語。
貧窮のなかで、娘を身売りせざるをえなくなるが、そのことを後悔した父親は知り合った若い浪人者に頼んで娘の様子をそれとなく見てもらう。
そして何とか娘を苦界から救い出そうと算段するが・・・。
若い浪人者に託された後半が感動的。
「早梅記」は軽輩から出世して筆頭家老にまでになった武士が、隠居の身となった日常のなかで、失ったものの大きさを思い返すという話。

三篇とも人が生きていくなかで味わうさまざまな苦渋を切々と描いているが、その先にはいずれも一筋の光が射して終わっている。
そしてどの主人公も苦難の中で最後まで武士としての矜持や潔さを失わずにいる。
そのことで、暗鬱な気持ちに陥りそうなこちらの気持ちが、ぎりぎりのところで救われる。
またどの話も、女性が重要な存在として描かれており、主人公の武士に劣らない覚悟と矜持の持ち主というところも大きな魅力である。
読み応えのある小説集だった。


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Category: 日本映画

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映画「嫌われ松子の一生」

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大輪の花を咲かせるばかりが人生ではない。
踏まれても踏まれても小さな花を咲かせようとする、野の花のような人生もある。
「嫌われ松子の一生」は、そんな小さな花を咲かせることを夢見た乙女の物語である。
愛されることを求め、しかしその思いはけっして遂げられることはなく、描いた夢とは違った過酷な人生を生きていかざるをえなかった川尻松子(中谷美紀)。
昭和22年生まれという松子の生きた人生は、ちょうど同時代を生きてきた自分自身とも重なることもあり、特別な思い入れを感じてしまった。
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物語は彼女の甥である笙(瑛太)が、松子と関わりのあった人物たちから、生前の彼女について聞き取っていくという、「市民ケーン」を思わせるような回想形式で描かれていく。
そこから浮かび上がってくる不幸で悲惨な、ひとりの孤独な女の人生。
「これで人生が終わった」と呟かざるを得ないような不幸な出来事に何度も遭遇しながらも、それでも健気に生きていく松子という女性に甥の笙は次第にひきつけられていく。
絵に描いたような不運と悲惨さ、そして愚かしさに彩られた松子の人生だが、観ているこちらが感じるのは、けっして悲惨なだけのものではない。
というよりも、どんなひどい目に会おうとも、愛を求める乙女の気持ちが失われることがないという生き方に、逆に力強ささえ感じてしまう。
それは同時に甥の笙が受け取る印象でもある。
そして彼が松子の人生にしだいに感化されていくように、われわれ観客も、そこから人生の苦渋だけではない、力強く生きるべきだというメッセージも受け取ることになる。
この映画を観て流す涙は、松子の不幸に対する涙などではけっしてない。
どういう形であれ、松子自身が自らの人生を精一杯生き切ったということへの感動の涙なのである。
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この映画がミュージカル風シーンを挿入したり、なつメロから童謡までの楽曲を多用したり、CGやビビッドな原色を使ったポップでファンタジーな映像で描かれているということも、そうした感動を支える大きな要素になっている。
さらに喜劇、悲劇のどちらの側面も併せ持ち、目の離せないエネルギッシュな展開、俳優たちの熱演(とくに松子を演じた中谷美紀は素晴らしい)、そんな映画の魅力がたっぷりと詰め込まれている。
どこまでも転げ落ちていく不幸な女の物語を、こうした壮大なメルヘンに仕立て上げた中島哲也監督の手腕は、まさに見上げた才能と云わざるを得ないだろう。
そして間違いなく現代日本映画を代表する傑作のひとつに数えられる作品である。
妻につき合ってこの映画をもういちど観かえしたことで、そのことをあらためて確認し直すことになったのである。

映画を観終わった後も、「まげて、のばして」のメロディーがいつまでも耳に残って離れない。





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Category: ガーデニング

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雨上がりの庭

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昨晩から降り続いた雨も、朝には止みました。
庭に出ると、雨に濡れた草木の緑がいちだんと映えて見えます。
さっそく、写真を撮りました。
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コデマリの花が満開です。
垂れ下がった様が、なんとなくしとやかな奥ゆかしさを感じさせます。
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いっぽう、こちらのエニシダはその存在を誇示するような華やかさに包まれています。
対照的な花が今を盛りと咲き誇っています。


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Category: 薪ストーブ

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連日の薪集め

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津軽ダムの伐採木の払い下げ事業も今日で終了です。
薪集めも最終段階に入ったので、連日通っています。
チェーンソーでの玉切り、薪運びとけっこう重労働ですし、おまけに昨日は最高気温が25度もあって、かなり疲れがたまってきました。
さすがに今日はグロッキー気味です。
最終日なので、今日も頑張って行くつもりでいましたが、あまり無理をしても仕方がないと考え、取りやめることにしました。

ところで昨晩市役所から連絡があり、街路樹伐採木の払い下げをしてもらえることになりました。
26日に実施されるとのこと。
その連絡をもらったこともあって、今日の津軽ダム行き中止を決めたようなわけです。
足りない分は、そちらでカバーしようと思います。


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Category: 心に残る言葉

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加島祥造「求めない」

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加島祥造の詩集「求めない」を読了。
これは詩人、アメリカ文学者、タオイスト(老荘思想家)である加島祥造が、長野県伊那谷の自然豊かな生活のなかから紡ぎ出した「求めない」で始まる約100篇の言葉を収めた詩集である。
加島祥造は早稲田大学英文科卒、カリフォルニア州クレアモント大学院留学の後に信州大、横浜国大、青山学院女子短大で教鞭をとったアメリカ文学者であるが、やがて、漢詩から東洋の思想へとたどり着き、1993年に「老荘思想」と出会う。
そして英語からの翻訳を試みた『タオ ヒア・ナウ』を出版、現在は、信州・伊那谷に独居し、詩作、著作のほか、墨彩画の制作をおこなっているという人物である。
1923年生まれの86歳である。

「老荘思想」の実践、思索を行うなかで生まれた言葉「求めない」とは、次のようなものである。

 「求めない――すると、本当に必要なものが見えてくる」
 「求めない――すると自由になる」
 「求めない――すると簡素な暮らしになる」
 「求めない――すると今じゅうぶんに持っていると気づく」
 「求めない――するとそれでも案外生きていけると知る」
 「求めない――するとキョロキョロしていた自分が可笑しくなる」
 「求めない――すると心が静かになる」
 「求めない――すると人に気がねしなくなる」
 「求めない――すると自分にほんとうに必要なものはなにか分かってくる」
 「求めない――すると命の求めているのは別のものだと知る」

100篇以上のこうした言葉が書き連ねられている。
そして「ほんの3分でいい、求めないでごらん。不思議なことが起こるから」と語りかける。

だが人間、求めなければ進歩も前進もありえない。
そして「求める」ことは人間に備わった性でもある。
そのことをけっして否定するわけではない。
この詩集の冒頭では次のように書いている。

誤解しないでほしい。
「求めない」と言ったって、
どうしても人間は「求める存在」なんだ。
それはよく承知の上での
「求めない」なんだ。

食欲性欲自己保護欲種族保存欲

みんな人間のなかにあって
そこから人は求めて動く――それを
否定するんじゃないんだ、いや
肯定するんだ。
五欲を去れだの煩悩を捨てろだのと
あんなこと
嘘っぱちだ、誰にもできないことだ。

「自分全体」の求めることは
とても大切だ。ところが
「頭」だけで求めると、求めすぎる。
「体」が求めることを「頭」は押しのけて
別のものを求めるんだ。
しまいに余計なものまで求めるんだ。

じつは
それだけのことなんです。
ぼくが「求めない」というのは
求めないですむことは求めないってことなんだ。

すると
体のなかにある命が動きだす。
それは喜びにつながっている。

あらゆる生物は求めている。
命全体で求めている。
一茎の草でもね。でも、
花を咲かせたあとは静かに次の変化を待つ。
そんな草花を少しは見習いたいと、
そう思うのです。

結局「求めない」とは、求めすぎることを戒める言葉なのであろう。
過剰になることが、人間をおかしくしてしまう。
そのことを戒めることで、楽で、自然な生き方ができるのではないかと語りかけているのである。

心が萎えたとき、道に迷ったときに、こうした言葉を読み返すことで、肩の力がぬけて、少しは心の平安を取り戻すことができるかもしれない。
これは、そんな詩集なのである。


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Category: 日本映画

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日本映画を観続ける毎日

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このところ妻といっしょに「おくりびと」、「ぐるりのこと」、「いつか読書する日」、「百万円と苦虫女」、「トウキョウソナタ」、「ゆれる」と、立て続けに日本映画のいい作品を観ている。
そのせいで、妻はすっかり日本映画にはまってしまったようだ。
古い日本映画の名作は、それなりに観ているが、最近のものに対しては偏見を持っていたようで、意識して避けていたふしがある。
どうやらそれも食わず嫌いだったようで、今ではすっかりのめり込んでしまっている。
そして最近の日本映画をもっと観たいので、これまでに観たなかから、おすすめの映画をピックアップして借りてきてほしいと頼まれた。
そこでさっそくレンタルしてきたのが「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」、「嫌われ松子の一生」、「電車男」、「手紙」、「阿修羅のごとく」の5本である。
これを毎晩1本づつ観ることにしたのである。
私もつきあってもういちど観なおすことにした。
そういうわけで日本映画三昧の毎日が続いている。
今夜は「手紙」を観る予定。

それぞれの感想はいずれ近いうちに、書いていこうと考えている。


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Category: 薪ストーブ

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薪集め

現在西目屋村では津軽ダムの建設工事が進行中ですが、その工事で伐採した木を一般に無料で配布するという行事を先月から行っています。
さっそく申し込み、これまでにも数回通っていますが、昨日も時間ができたので行って来ました。
伐採木の配布を行っている場所は、津軽ダムのすぐそばにある「砂川学習館」というところで、わが家から25kmほどのところにあります。
一日に数回工事現場から大量に伐採木が運び込まれるのですが、それをチェーンソーで玉切りにして持ち帰るというわけです。
来ている人は、みんな木の伐採には熟練した人たちばかりです。
そんななかで初心者マークのついた私は、ちょっと浮いた存在になってしまいますが、これも薪集めのためと、一生懸命チェーンソーで格闘しています。
それでも何回か通ううちに顔馴染みもでき、重い木を持ち上げたりするのを手伝ってくれるようになりました。
おかげで、作業も段々と能率があがるようになってきました。
これまでの薪集めでかなりの薪が集まりましたが、来年用には、まだ足りません。
あと何回かは通わなければと思っています。

ところで西目屋村は白神山地のなかに位置する山深い場所ですが、昔と違って今は道路もきれいに整備されているので、快適なドライブ気分が味わえます。
色鮮やかな新緑や、りんごの白い花を眺めながらクルマを走らせていると、爽やかな気持ちになり、いい気分転換になります。

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コースの途中で、突然前方に岩木山の雄姿が現れます。

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津軽ダムです。

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トラックで大量の伐採木が運び込まれます。

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それをチェーンソーで切り分けていきます。

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今日の収穫です。


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Category: 日本映画

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映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」

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不毛な戦い、いやこれはもう戦いなどと呼べるものではない。
果てしなく続く不毛の荒野に足を踏み入れてしまった者たちの悲しい道程の映画である。
この事件当時、同じ学生で、こうした運動の周辺に存在していたひとりとして、まったく無縁ともいえない事件である。

監督の若松孝二は、過去にも連合赤軍を扱った映画「赤軍-PFLP世界戦争宣言」を作っている。
さらに、あさま山荘での銃撃戦の直後に、テロリスト集団の戦いを描いた「天使の恍惚」を発表している。
また若松映画のシナリオや製作に深く関わっていた足立正生が、後に日本赤軍に加わるなど、日本赤軍との関係が深い監督である。
そういった意味では、こうした作品が生み出されたのは、必然のことのように思う。
いつかは作品化しなければならない、と考え続けていた映画なのではないだろうか。

追い詰められたなかで顕在化していく幼児性むきだしの恐怖政治。
けっして総括することのできない「総括」という名の、いじめとリンチ。
出口のない、無間地獄に陥った人間たちの無力さと慄きに胸が締め付けられる。
人間が持つ悪魔的なエネルギーが、果てしなく剥き出しにされていく。
思わず目をそむけたくなるような場面の連続に、戦慄が走る。
理想をかかげ、社会を変えようという生真面目な情熱にかられた若者たちが、革命という名のもとに、なぜ自滅していかざるをえなかったのか、その答えはどこまでいっても闇のなかだ。
3時間10分はけっして長くはなかったが、始終息苦しさを感じながらの時間だった。
この時代に多かれ少なかれ、幾分かでも関わった人間は、これを観ることで自らの生き方の総括を、いまいちど冷静に行う必要があるのかもしれない。
そんなことを考えさせられた映画だった。


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忌野清志郎・追悼番組

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一昨日、昨日とNHKで忌野清志郎の追悼番組があり、連日それを観て、忌野清志郎三昧の毎日を過ごしている。
それを観ることで今まで知らなかった歌や、人間としての側面をいろいろと知ることができた。
こういう特集番組をすぐに作れるところが、NHKのすごいところ。
貴重なライブ映像がつぎつぎと映し出される。

一昨日の番組は「愛し合ってるかい? キング・オブ・ロック 忌野清志郎」と題して放送された。
それは“キング・オブ・ロック”忌野清志郎のデビューからの足跡を、ライブ映像を交えながら追っていくというもの。
「雨あがりの夜空に」「スローバラード」「トランジスタ・ラジオ」といった代表曲がつぎつぎと歌われる。
それを聴きながら、横では妻が早くも涙を流している。

見た目は過激であるが、彼が歌う歌の内容は、少年の夢や思いを歌ったナイーブなものばかりが並ぶ。
忌野清志郎の歌のまず第一にいいのは、その詞の内容のよさにあると思う。
そこには青春がもつ感動や喜び、そして不安や迷いといったものが、光り輝いて存在している。
使い古された言葉で謂うならば、「青春の光と影」である。
それがロックのリズムに乗って、聴く者のハートに心地よく響いてくる。
詞の内容がダイレクトに届かなければ、いい歌とは云えないのではないかと常々考えているが、忌野清志郎の歌はそのことを十分に知り尽くた者が作り、歌われている歌だと思う。
そんなことを彼の歌を聴きながら考えた。

2日目の昨日の番組は昨年2月に病気療養から復活した際に行われた「SONGS」のスタジオ・ライブの再放送であるが、本番前のリハーサルでうたわれた「「ダンスミュージック☆あいつ」」とアンコールの「上を向いて歩こう」を加えた完全版という形での放送である。
この他に歌われたのは、「雨あがりの夜空に」「スローバラード」「毎日がブランニューデイ」「誇り高く生きよう」「JUMP」の5曲。
サービス精神旺盛な忌野清志郎のライブパフォーマンスに乗せられて、スタジオの観客と同じように、彼の歌を十分に堪能した50分だった。
この元気な姿からわずか1年でこの世を去ってしまうとは、ほんとうに考えられないほどの元気さである。
今となっては、このライブはほんとうに貴重な映像となってしまった。

ところで話題は変わるが、先日忌野清志郎の訃報を知った時、最初に思ったことは、小説家の角田光代はこのことをどう受けとめているだろうか、ということだった。
というのもつい最近、どこかの誌面で角田光代が忌野清志郎の熱狂的なファンだという記事を読んだばかりだったからだ。
そして訃報の翌日の新聞を開くと、偶然にもそこに角田光代が書いた忌野清志郎の死を追悼した文章が掲載されていた。
小説家らしい押さえた筆致ながら、彼の死をいちファンとしての立場を滲ませながら悲痛に悼んでいる。
それを読んで思わず胸が締め付けられてしまった。
ちょっと長くなるが、その文章を紹介しようと思う。

忌野清志郎がいない

 「どうしよう」まるで迷子  角田光代

 訃報を聞いて真っ先に思ったのは、どうしよう、ということだった。清志郎の生の声が聴けない世界で、私はいったいどうすればいいのだ。
 私は音楽とまったく関係のない仕事をしているが、でも、小説家としてもっとも影響を受けた表現者は忌野清志郎である。
八六年に日比谷野外音楽堂でライブを見てから、ずっと彼の歌を聴き、彼の創る世界に憧れ、彼の在りように注目していた。
 あまりにも多くのことを教わった。ロックは単に輸入品でないということも、音楽は何かということも、日本語の自在さも、詩の豊穣さも、清志郎の音楽で知った。それから恋も恋を失うことも、怒ることも許すことも、愛することも憎むことも、本当にその意味を知る前に私は清志郎の歌で知った。
 二〇〇六年夏、清志郎が喉頭癌で入院したというニュースを聞いたときは、神さまの正気を疑った。でも彼は帰ってきた。二〇〇八年の完全復活ライブで、今まで以上にパワフルな清志郎のライブアクトを見て鳥肌が立った。神さまだってこの人には手出しできないんだと思った。それで、信じてしまった。このバンドマンはいつだって帰ってきて、こうして歌ってくれる。愛し合っているかと訊いてくれる。癌転移のニュースを聞いても、だから私は待っていた。完全再復活をのんきに待っていた。
 忌野清志郎は、変わることも変わらないこともちっともおそれていなかった。彼の音楽はつねに新しく、でも、つねにきちんと清志郎だった。不変と変化を併せ持ちつつ先へ先へと道を拓き、私たちは安心してその道をついていけばよかった。清志郎のことを思うと私はいつも魯迅『故郷』のラストの一文を思い出す。「もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」。道なき地上の先頭を、清志郎はいつも歩いていた。この人をすごいと思うのは、そのあとを歩くのが音楽にかかわる人ばかりではないからだ。あまりにも多くの人が、それぞれに清志郎の影響を受け、その影響を各々の仕事のなかで生かしている。
 訃報が流れた深夜、写真家の友人から電話をもらった。私はただの一ファンだが、この写真家はずっと清志郎の写真を撮っていた。私よりずっと深くかなしんでいるだろうに彼は「だいじょうぶ?」と私に訊いた。私と同世代の彼も、清志郎をいつも仰ぎ見て自身の仕事をしていた。「もう清志郎の声が聴けない、どうしよう」私が言うと彼も「どうすればいいんだろうね」と言った。深夜、私たちは迷子になった子どものように途方に暮れていた。きっと多くの人がそうだろうと思う。清志郎のいない世界で生きていかねばならないことに、心底途方に暮れている。このバンドマンが創ったものが失われることはない。私たちはこの先ずっと清志郎の音楽に触れその声を聴くことができる。わかっていても、今はただただ、どうしよう、と思うばかりだ。
  (かくた・みつよ、作家)

読売新聞 2009年5月4日掲載記事より転載




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Category: 日本映画

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映画「ゆれる」

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先日「トウキョウソナタ」を観たあと、妻は香川照之のことが心に残ったようで、彼の出演する別な映画も観てみたいというリクエストがあり、それに応えて、この映画を借りてきた。

監督は若干31歳(この映画を監督時)の西川美和。
シナリオは彼女が見た夢をヒントに、自らが書いたオリジナルである。
主演はオダギリジョーと香川照之。
ふたりが対照的な兄弟を演じている。
故郷を離れ東京でカメラマンとして成功している華やかな弟(オダギリジョー)と、家業の小さなガソリンスタンドを継いで、父親と二人でわびしく暮らす地味な兄(香川照之)。
そんなふたりが母親の一周忌の法要で久しぶりに顔を合わす。
そして兄のガソリンスタンドに勤める、弟のかつての恋人(真木よう子)を巡る目に見えない葛藤がふたりの間に生まれ、三人で遊びに行った山間の渓谷で、彼女がつり橋から転落死するという事件が起きる。
それをきっかけに、兄弟、親子の間に横たわるさまざまな愛憎が露わになってゆくという物語である。
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題名どおりに、さまざまなものが「ゆれる」。
人間関係がゆれる。それぞれを思う気持ちがゆれる。記憶がゆれる。
そして彼女の死を巡る裁判でも、事実が二転三転してゆれる。
はたして真実は何なのか、緊迫した展開で裁判が進行していく。
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見事な映画である。
若干31歳でこれほどの映画を撮った、西川美和という女性監督の才能には驚嘆してしまう。
人間を見る目の確かさ、微妙な男心、そして女心、そういったものを的確に捉えて表現する手腕は、若い女性のものとは思えないほど深いものがある。

割り切れないのが人間の心、けっして理路整然とだけ動いていくわけではない。
ときには矛盾を孕み、理解しがたい心の暗闇も存在する。
そんな果てしなく深い人間の心の闇を、この映画は見事に覗き込ませることに成功している。
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オダギリジョーと香川照之の演技が素晴らしい。
陰と陽、動と静という対照的な兄弟をふたりは見事に演じている。
さらにその陰と陽が本音をぶつけ合うなかで、ときに入り乱れて立場を変える。
そんな微妙な関係を、ふたりはうまく醸しだしてみせる。
そしてふたりの関係が崩壊してしまった後に訪れるラストシーンの素晴らしさには、鳥肌が立つほどの感動があった。

これは、映画ファンなら必見の映画だ。

それにしても最近の日本映画は女性監督の活躍が目覚しい。



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Category: 読書

Tags: 時代小説  短編小説集  

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白石一郎「秘剣」

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白石一郎の「秘剣」を読了。
7つの短編からなるこの小説集は、士道小説集という副題がついているように、すべてが武士の物語である。
そしてそのどれもが、悲劇的な要素をもったものばかりで、人生の苦さ、無残さを描いている。
印象に残ったのは、「やってきた女」「剣士無残」そして「秘剣」の3編。
とくに表題作である「秘剣」は武士としての過酷な宿命と、その宿命を乗り越えようとする力強い執念を描いていて感動的だ。

藩の剣道指南役の家に生まれた若者が、才能のなさを理由に真剣を使った稽古で父親から指を切り落とされ、父親の死後、藩士末席の小普請に落とされてしまう。
その屈辱と失意のなかで、ひそかに独自の剣法を編み出していく。
そしてその秘剣をけっして表ざたにしようとはしなかったが、あることをきっかけに藩主の前でそれを披露することになるという物語である。

白石一郎の小説を読むのは、これが初めてであったが、無残な中にも人の情やペーソスをじっくりと味わえる作品であった。



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Category: 愛犬

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リュウとロシェル

昨日撮ったリュウとロシェルの写真です。
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昨日の最高気温は25.1度。
この暑さに2匹とも少々バテ気味だったようです。


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Category: テニス

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朝テニス

一週間ぶりの朝テニスです。
先週はテニスの途中に膝に痛みが出たので、用心のためにしばらくひかえていたのですが、そろそろいいかなと、出かけてみました。
膝の痛みはかなり和らいでいるのですが、それでもまだまだ本調子とはいえず、最初は恐る恐るのプレイでした。
でもだんだんと調子が出てきて、結局は5ゲームもやってしまいました。
不思議なことに今日は膝の状態は快調でした。
やはり少しは身体を動かしたほうがいいのかもしれません。
久しぶりのテニスで汗を流して、気分がいいです。

それにしても最近の朝テニスは出席者の数が多い。
今日は日曜日ということもあって30名もの大人数でした。
借りているコートが4面なので、待つ人が14名にもなってしまいます。
それでも5ゲームもできたのだから上出来でした。



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Category: 外国映画

Tags: クリント・イーストウッド  

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映画「グラン・トリノ」

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これはイーストウッドの遺書のような映画である。
自らの俳優としての最期を、この映画によって幕をひこうとしたのではなかろうか。
そう思わせるような物語である。
かつての古きよきアメリカは、今や記憶の彼方に去り、価値観は揺らぎ、生き難くい混迷の時代になってしまったが、それでもそこにかすかな希望が残されている。
その希望に自らの思いを託したのがこの映画ではなかろうか。

映画に登場するフォード製「グラン・トリノ」は名車ではあるが、かつてのアメリカ車のすべてがそうであったように力はあるが、燃費の悪い、ガソリン食いの時代遅れのクルマである。
それはまさにイーストウッド演じるウォルト・コワルスキーそのものだ。
朝鮮戦争の帰還兵で、長年働いたフォード社を退職し、妻を亡くし、ふたりいる息子家族とはいっしょに住まず、ひとり孤独な生き方を選んだ老人、ウォルト・コワルスキー。
彼はもうすでに、自分の生きる場所が失なわれてしまっていることを知っている。
だがそれでも自らの信念と生き方をけっして曲げようとはしない。
そんな時代遅れの男をこの名車に重ね合わせることで、イーストウッド自らの鎮魂歌としたのではなかろうか。
そしてそれは同時に古きよきアメリカへの鎮魂歌でもある。

「年寄りの冷水」と笑うなかれ。
老いたりと云えども、イーストウッドは、やはりイーストウッドなのである。
その男としての価値は、どんなふうな姿になろうともけっして揺らぐことはない。
そのことを改めて確信しなおした映画であった。


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Category: ガーデニング

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庭仕事

仕事が休みなので、朝から庭仕事です。
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小さくなった月桂樹の鉢をひとまわり大きな鉢に植え替えたり、雑草を抜いたり、薪割りをしたりと、やることはいくらでもあります。
春になるとこういった庭仕事で忙しくなりますが、朝の新鮮な空気のなかでの作業は、やはり気分がいいものです。
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ハナミズキやユキヤナギの花が咲いて、庭が華やかになりました。
ライラックの花も、もうすぐ開きそうです。
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ゴールデンウィーク中に頑張って薪割りをしたせいで、薪小屋もかなりいっぱいになってきました。

午後は映画館に「グラン・トリノ」を観に行く予定です。


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Category: 日本映画

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映画「トウキョウソナタ」

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ホラーやミステリーを撮り続けている黒沢清監督初のホームドラマだが、ホラーっぽい雰囲気があちこちに顔を出してくるところは、やはり黒沢清監督らしい映画である。

東京近郊に住む、両親と大学生の長男と小学生の次男という、ごくありふれた家庭がドラマの舞台である。
その家庭が父親のリストラをきっかけにして、次第にほころび始める。
リストラされたことを家族には告げず、ひたすら隠し続ける父親。
日本社会のなかでは居場所を見つけられず、アメリカ軍に入隊しようとする長男。
ピアノに魅せられ、両親の反対にもかかわらず給食費を使い、隠れてピアノを習い始める次男。
それぞれが違う方向を向き、バラバラになった家族のなかで、なんとかパイプ役を果たそうとする母親。
そんな家族が、次第に崩壊へと向かって突き進んでいく。
ホラーのようなテンションの高いハラハラドキドキではないものの、静かな緊張感を孕みながら家族の関係がしだいに変質していくプロセスには、やはりハラハラドキドキさせられてしまう。
それは時に笑いを伴いながら描かれていく。
真剣であるからこそ生まれるその笑いは、切実で身近であるだけに、身につまされてしまう。
父親が「やり直したい」と繰り返しつぶやき、夜の道をよろけながら歩いていくシーンには、なまじっかのホラーよりも怖いような戦慄をおぼえてしまった。
先が見えなくなってしまったこの物語を、いったいどう収束させるのか、そんな関心がしだいにふくらんでいくなかで訪れた結末では、静かな感動に包まれた。
歪んだ社会の影が、じわじわと家庭にも忍び寄り、家族の関係さえも狂わせてしまうという、現代の殺伐とした風景を見ながら、これもある意味、一種のホラーなのかもしれない、などと考えた。



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Category: 弘前

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さくらまつり終了

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昨日で弘前さくらまつりは13日間の会期を終えて閉幕しました。
会期中(4月23日から5月5日まで)の人出は244万人で、これは史上5番目の人出だそうです。
ちなみに準まつり体制期間とまつり本番を合わせた人出は271万人でした。
これは開花後に低温が続いて満開状態が長持ちしたことと、高速道路の料金値下げが大きな原因ではないかということです。
開花後の26日にはみぞれが降ったりしたので、人出は大幅に減少するのではと、心配しましたが、まさか史上5番目の人出になるとは、予想外の結果でした。

ところで昨日の弘前の最高気温は25.8度まで上がり、今年初の夏日になりました。
この高い気温と好天はしばらく続くそうです。


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Category: 日本映画

Tags: 中村錦之助  時代劇  

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映画「宮本武蔵」

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先月NHK BS放送で「宮本武蔵」全5部作が連続放映された。
主演の武蔵を演じるのは中村錦之助、監督は内田吐夢。
この映画は1961年から1965年にかけての5年間に、年1作づづ作られたという大作である。
第一部から挙げていくと、「宮本武蔵」、「宮本武蔵・般若坂の決斗」、「宮本武蔵・二刀流開眼」、「宮本武蔵・一乗寺の決闘」、「宮本武蔵・巌流島の決斗」である。
吉川英治原作の小説のおもしろさを、重厚な映像と魅力あるキャスティングで描ききった、「宮本武蔵」の決定版ともいえる映画である。

この映画を初めて観たのは、中学生のときである。
偶然出会った「宮本武蔵」第一部のおもしろさに深く感動、すっかり魅せられてしまい、原作の小説をむさぼるように読んだ。
そして映画とはまた違った魅力に、はまってしまったのである。
結局映画は5年かけて5部作ぜんぶを観続け、観終えたときには、高校3年生になっていた。
そして大学入学後に、池袋、文芸座のオールナイト興行で全5部作を通して観た。
またその後、テレビ放映されたときにはビデオで録画、何回も繰り返し観た。

この映画の製作を開始するときに、監督の内田吐夢は「一年に一作づつ作っていくことで、中村錦之助が役者として、また人間として大きくなってゆく過程が武蔵の成長のうえに表れることを期待する」と言ったが、まさにそのとおりの映画であった。
と同時に、それを追い続けたわたし自身も、この映画によって随分と成長させられたのである。
「五輪書」をはじめとした「宮本武蔵」関連の本をいろいろと漁っては読み、また小説「宮本武蔵」についての読書感想文を高校の校内誌に書いたりと、この5年間は「宮本武蔵」一色の5年間だったのである。
そんな思い出のある映画がBS放送で連続放映されて、改めて観直したわけだが、やはり名作は古びることがない。
当時の感動が再び蘇ってきた。
と同時に忘れていた場面や、当時は何気なく見過ごしていた場面の深さに、あらためて気づかされるといったぐあいに、また新たな発見の連続であった。
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主演の中村錦之助にとってこの5年間は、彼の芸歴のピークともいえる時期であった。
この5年間に出演した「宮本武蔵」以外の映画では、「反逆児」(61年)、「ちいさこべ」(62年)、「瞼の母」(62年)、「関の彌太ッぺ」(63年)、「武士道残酷物語」(63年)、「真田風雲録」(63年)、「仇討」(64年)、「股旅三人やくざ」(65年)、「冷飯とおさんとちゃん」(65年)、と代表作が目白押し。
いかにこの時期の錦之助が充実していたかが、このことからもよく分かる。
そんな全盛期の錦之助が演じる宮本武蔵は、とにかく見応えがある。
身のこなしから殺陣のすごさまで、これ以上ない見事さで苦悩し成長する武蔵の姿を、武蔵になり切って演じている。
おそらくこれほど見事に武蔵を演じきれる役者は彼をおいて他にはいないだろう。
また今後も現れることがないに違いない。
そう思わせるにじゅうぶんな武蔵像であった。

「宮本武蔵」の予告編で、その魅力の一端を味わってみてください。






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Category: 行事・記念日

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端午の節句

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今日は「端午の節句」、「こどもの日」です。
端午というのは、もとは月の端(はじめ)の午(うま)の日という意味ですが、午(ご)と五(ご)の音が同じなので、毎月5日を指すようになり、やがて季節の変わり目である5月5日が端午の節句となったようです。
この日は鯉のぼりを揚げ、柏餅を食べ、そして菖蒲湯に入るというのが昔からの習わしですが、これらはすべて子供の健やかな成長を願う親心から生まれたものです。
江戸時代、武家に男の子ができたら玄関に馬印やのぼりを立てて祝う風習があったそうです。
それが一般にも広まって、のぼりを立てるようになり、鯉の滝登りというように出世を象徴する魚として、また生命力の強い魚ということで、のぼりの題材として鯉が選ばれたのです。
また新しい芽が出るまで古い葉を落とさないという柏の木にあやかり、「家督が途絶えない」縁起物として「柏餅」を食べるようになったそうです。
さらに菖蒲は薬草で、邪気を避け、悪魔を払うという信仰から菖蒲湯に入って健康を願うという風習が生まれました。
また「菖蒲」が「尚武(しょうぶ)」に通じるということで、武家社会ではこの風習が、より盛んになっていったようです。
健やかに育ってほしいという親心は、いつの時代も変わらないものだということですね。


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Category: 読書

Tags: 短編小説集  

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鷺沢萠「海の鳥・空の魚」

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「どんな人にも光を放つ一瞬がある。その一瞬のためだけに、そのあとの長い長い時間をただただ過ごしていくこともできるような。」(本書あとがき)
そんな日常の一瞬の輝きを書いた短編集である。
著者の鷺沢萠(さぎさわめぐむ)は18才で文學界の新人賞を受賞し、2004年に35才の若さで亡くなった小説家である。
死んだ原因は不明だそうだが、自殺ではないかと云われている。
そういった背景を知って読むと、この小説に描かれた一瞬の輝きが、また違ったものに見えてくる。
あとがきには、さらに次のように書いている。

 神様は海に魚を、空には鳥を、それぞれそこにあるべきものとして創られたそうだが、そのとき何かの手違いで、海に放り投げられた鳥、空に飛びたたされた魚がいたかも知れない。エラを持たぬ鳥も羽根を持たぬ魚も、間違った場所で喘ぎながらも、結構生きながらえていっただろう。もっとも、そこにあるべくしてある連中に比べれば何倍もやりにくかっただろうけれど。
 そうして、「やりにくかった連中」にだって「うまくいった一瞬」はあったはずだとわたしは思うのである。


おそらく彼女自身も「海の鳥・空の魚」だったのだろうと思う。



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Category: テニス

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朝テニスの花見

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今日は毎年恒例の朝テニスメンバーによる花見会が開かれました。
午後1時に弘前公園ピクニック広場に、各自それぞれに酒とつまみを用意して集合、参加者は7名と少なかったのですが、それのために却って話に集中することができて、宴会は大いに盛り上がりました。
天気予報では雨の降る確率が高かったのですが、最後まで雨は降らずに、ラッキーでした。
結局4時過ぎまで話に花が咲き、楽しい時間を過ごすことができました。


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Category: ニュース

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忌野清志郎

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ロック歌手の忌野清志郎が亡くなった。
昨年NHK「SONGS」で元気になった姿を見せていたが、その後、癌が再発、再び闘病生活に入っていた。
そのことはニュースで知っていたが、まさかこんなに早く亡くなってしまうとは、思いもしなかっただけに、驚いた。
わが家では、妻をはじめ娘たちも彼のファンだっただけに、このニュースには少なからずショックを受けている。
今朝は彼の話題一色の朝だった。

私は彼の歌のファンというよりも、昭和26年生まれの同世代、しかも同じ自転車愛好家というところに親近感を感じていた。
彼のなかにある少年っぽさ、やんちゃ坊主のような純粋さや温かみのある人となり、成熟しないよさというものに、強く惹かれていた。
そして他の誰でもない、彼にしかできない、独自のポジションをもったアーチストというところにも、大きな魅力を感じていた。
また彼にはそのユニークなキャラクターを生かした映画俳優としての側面もあり、ほんの少し出演するだけで強い印象を残すものばかりだった。
なかでも「カタクリ家の幸福」での結婚詐欺師の役はとくに印象が強い。
日本人でありながらアメリカ軍人で、しかも諜報部員という奇妙な役柄だが、それを嬉々として演じている彼の姿が残像として強烈に残っている。
それだけに、ユニークで貴重な才能が失われた、という思いが強い。



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Category: 薪ストーブ

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今日の収穫

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これが今日の薪集めの結果です。
かなりの収穫がありました。
後は徐々に薪割りをするだけです。
ゴールデンウィーク中は薪作りに励むつもりです。


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Category: 地域情報

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風薫る5月

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風薫る5月です。
今日はその言葉どおりの爽やかな天気になりました。
対岸の家では鯉のぼりが、風に吹かれて悠然と泳いでいます。
いい季節になったことを実感する一日です。


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プロフィール

cooldaddy

Author:cooldaddy
住んでいるところ:青森県弘前市
出身地:香川県
年齢:今年(2008年)還暦です。
性別:男

還暦という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
趣味のこと、生活のこと、心に残ったことなど、My Favorite thingsを、気ままに書いていこうと思います。
末永くおつき合いください。

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