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風に吹かれて

My Life & My Favorite things

Category: 読書

Tags: エッセイ・評論  

赤瀬川原平「老人力」

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この本がベストセラーになり、「老人力」という言葉がしきりに取り上げられて話題になったのはもう10年以上前のこと。
確か流行語大賞でもこの言葉が選ばれたはず。
遅ればせながら、読んでみた。

赤瀬川原平は1960年代に「ハイレッド・センター」という前衛芸術集団を作って、かなり過激なパフォーマンスを繰り広げていた人だ。
模造千円札を作って刑事告訴されたのも、ちょうどこの頃。
それらのパフォーマンスは奇異で、時に理解不能な面があったことから、赤瀬川原平なる人物も超俗の、なにやら過激で怪しげな人物という印象を、その当時はもっていた。
ところが、80年代に入ると「尾辻克彦」という筆名で小説を書き、芥川賞を受賞、さらに藤森照信(建築史学)やイラストライターの南伸坊とともに「路上観察學会」を発足、その頃から、しだいに印象が変わりはじめたのである。
というか、こちらが勝手に「怪しげな人物」と思い込んでいただけのことで、赤瀬川原平自身はもともと穏やかで、冗談好きの人物だったのだ。
さらにその表現方法やアプローチは「ハイレッド・センター」時代と何ら変わることなく、あくまでも首尾一貫しているということも、後々わかってきたことである。
それは常識や既存の考え方に縛られず、物事を違った方向から眺めてみること、常識という衣を脱ぎ捨てて、新しい視点から物事を考え直してみることで、見えてくるもの、そこからその本質を捉え直してみようとする芸術行為だということ。
路上観察も、もちろんこういったことの延長線上に存在しており、さらに「老人力」もしかりなのである。
それらの考察は素朴な疑問から出発し、冗談話のように進み、そしてしだいに物事の核心部分へと迫っていく。
そのプロセスは、時に抱腹絶倒するほどの面白さに満ちており、笑いのうちに、しだいに目を見開かされていく。
そんな爽快な気分にさせられるのが、赤瀬川原平の世界なのである。

「老人力」の発見者は藤森照信と南伸坊である。
そして発見物は赤瀬川原平自身である。
路上観察の合宿で地方へ行った際の雑談のなかから生まれたこの概念を、赤瀬川原平自身が徐々に定義づけしていったのである。

ここで本の中で語られる「老人力」についての言葉をいくつか抜き出してみようと思う。
そこからその実体がおぼろげながら判ってくるはずだ。
まずは次のような文章から。


ふつうは歳をとったとか、モーロクしたとか、あいつもだいぶボケたとかいうんだけど、そういう言葉の代わりに「あいつもかなり老人力がついてきたな」というのである。
そうすると何だか歳をとることに積極性が出てきてなかなかいい。



面白い!こういったポジティブな文章を読むと思わず頬が緩んでくる。


つまり眠ろうと努力したら眠れないのだ。
眠らない努力なら出来る。でも眠る努力は不可能だ。眠ろうと努力すればするほど眠りがこじれて、目が冴えてくる。
忘却力もそうだ。忘れようと努力すると、ますます忘れられない。努力して覚えることはできても、努力して忘れることはできないのだ。
眠ることも忘れることも、努力をもってしては到達できない。でも人間は日々眠り、日々忘れている。これはどうしてだろうか。人生開始以来のすべての現象を全部記憶にとどめて忘れられなかったら、事実上頭はパンクして生きていられない。でも実際にはテキトーに忘れるので、何とかふつうに生活している。
ここで重要なのは「テキトー」である。テキトーであることがぼくらを眠らしてくれて、物忘れを実現してくれる。そのテキトーとは何なのか。どう定義すればいいのか。
これが難しい。定義するとは、テキトーを排除することである。だからテキトーを定義すると、テキトーではなくなる。困りましたね。
でも定義しよう。テキトーとは反努力のことだ。
努力の反対、じゃあ怠けることか、というとちょっと違う。あえていうと、怠ける力、というより努力しない力ということになるのか。
眠る、忘れるということを可能にするのは、反努力の力である。ぼくらは反努力の力によって眠ることができるし、反努力によって忘れることができる。そういう努力しない力というのが、この世のどこかに、ぼくらのどこかにあるはずなのだ。
その反努力の力というのが、老人力の実体ではないのか。



ちょっとややこしいが、でも、そうだ、そうだとすんなりと納得してしまう説得力がある。


老人力という言葉はよく誤解される。老人に残された力、という誤解が多い。ちょっと重い荷物を前にして、「いやあ、このくらいの物、まだまだ老人力で頑張りますよ。」
というようなこと。それで持ってみてぎっくり腰になるというのは、単なる力の欠乏で、結果としてはいわゆる年寄りの冷水で、そこでいう老人力とは違うのである。



そう、そう、こういうふうに間違うと、とんでもない方向に行ってしまう。

そして、さらに


それまで思想とか理想に君臨されて、趣味なんてそんな小さなもの、とむしろ軽蔑的に見ていたものが、押さえる蓋がなくなると目の前にアップになって、細密に、ありありと見えてくる。
つまりそうやって趣味の世界に入っていけるのだと思う。じっさいに、自分の限界を知り、落胆もあるだろうが、ある諦めの後にその限界内で何かをはじめてみると、それが自分にとってじつに大きな世界になってくるのである。無限の世界に向かっていたときにはムダな力ばかりで空回りしていたものが、限界の中ではむしろ有効に力が発揮されて、その限られた世界が広がってくる。
力の限界を知って、その限界内で何ごとかをはじめると、その限界内の世界が無限に広がってくる。
それに、歳をとると、どうしても人生が見えてくる。つまり有限の先が見えてくるわけで、その有限世界をどう過ごすかという問題になってくる。
趣味はそこからだろう。


というぐあいに、老人力の効用、可能性にも言及している。

年をとることはマイナス・イメージだ。それを、こうやって違った角度から見ることで、プラス・イメージに逆転させていくという発想は、何でも面白がるポジティブな精神が生み出したものだ。
限りなく人生を肯定的に捉える柔軟な精神の表れなのである。

読めば読むほどに深いものを感じさせられる。
なんだか歳をとるのが楽しみな気分になってきた。

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テーマ : 図書館で借りた本  ジャンル : 本・雑誌


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還暦(10年前)という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
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