風に吹かれて

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Category: SONGS

懐かしのEP版レコード第三回:浅川マキ

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『夜が明けたら / かもめ』 1969年7月1日 (東芝 / EP-1156 )

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『ちっちゃな時から / ふしあわせという名の猫』 1970年2月5日 (東芝 / EP-1202 )


60年代後半から70年代にかけて登場したふたりの「マキ」、ひとりは「カルメン・マキ」、そしてもうひとりが「浅川マキ」。
どちらも寺山修司の作詞した歌を唄うという共通点があった。

浅川マキは1968年、寺山修司に見出されてデビュー。
最初のアルバムが「浅川マキの世界」である。
そのなかに収録された曲をシングルカットしたのがこの2枚のレコードだった。
(と思っていたが、実はこれは間違いで、正しくはEP版レコード『夜が明けたら / かもめ』発売のほうが先だった。)
浅川マキはビリー・ホリディや黒人霊歌の影響を受けた歌手で、そのアンニュイでブルージィな歌声は70年代の混沌とした時代の空気にマッチして、忘れがたい印象を残した。
舞台衣装は黒いドレスしか着ないというこだわりが、暗く退廃的な情念を表現する彼女らしさを、よりいっそう際立たせていた。
時は新宿文化全盛の時代。
そのメッカともいうべきアートシアター新宿文化の地下劇場「蠍座」でのライブがデビューコンサートだった。(上の「夜が明けたら」のレコードジャケットはその「蠍座」の前で撮った写真)
今聴いても古さを感じさせない独特の味わいをもった歌だが、ベトナム戦争や学園紛争で熱を帯びた時代のなかで、初めて彼女の歌を聴いたときは、ほんとうに心の底から揺さぶられた。
間違いなく70年代という時代を象徴する歌手(歌姫)のひとりだ。


MAKI (浅川マキ、オフィシャルホームページ)



『夜が明けたら』

作詩/作曲 浅川マキ

(セリフ)夜が明けたら一番早い汽車に乗るから
夜が明けたら一番早い汽車に乗るのよ
夜が明けたら 夜が明けたら

夜が明けたら 一番早い汽車に乗るから
切符を用意してちょうだい
私のために 一枚でいいからさ
今夜でこの街ともさよならね
わりといい街だったけどね

夜が明けたら 一番早い汽車に乗って
いつかうわさに聞いたあの街へ
あの街へ行くのよ
いい人ができるかもしれないし
ンーあの街へ行くのよ

夜が明けたら 一番早い汽車に乗るわ
みんな私に云うの
そろそろ落ち着きなってね
だけどだけども人生は長いじゃない
そう あの街はきっといいよ

夜が明けたら 一番早い汽車に乗るから
切符を用意してちようだい
本当 本当よ 一枚でいいのよ
いつだって身軽な私じゃない
そう・・・・乗るのよ

夜が明けたら 夜が明けたら
そう 夜が明けたら
夜が明けたら 夜が明けたら




『かもめ』

作詞:寺山修司/作曲:山木幸三郎

おいらが恋した女は 
港町のあばずれいつも
ドアを開けたままで着替えして 
男たちの気を惹く浮気女
かもめ かもめ 笑っておくれ

おいらは文無し 惑ろって
薔薇買う銭もない だから 
ドアの前を行ったり来たりしても 
恋した女にゃ手もでない
かもめ かもめ 笑っておくれ

ところがある夜突然 
成り上がりの男がひとり 
薔薇を両手いっぱい抱きかかえて 
ほろ酔いで女のドアを叩いた
かもめ かもめ 笑っておくれ

女のまくら元にゃ薔薇の 
花が匂って二人 
抱き合ってベッドに居るのかと思うと 
おいらの心は真っ暗くら
かもめ かもめ 笑っておくれ

おいらは恋した女の 
安宿に飛び込んで不意に 
ジャックナイフを振りかざして 
女の胸に赤い薔薇の贈り物
かもめ かもめ かもめ かもめ・・・・




『ちっちゃな時から』

作詞:浅川マキ/作曲:むつひろし

ちっちゃな時から、浮気なお前で、
いつもハラハラする、オイラはピエロさ
さよなら、お嫁に行っちゃうんだろう、
いまさら気にするのか俺を

ちっちゃな時から、俺の近くには
いつもお前がいてヘマもやれなんだ
さよなら、明日からは一人だし
大丈夫、気楽にやっていくさ

ちっちゃな時から、可愛いお前だ
何かあったら来な、こんな俺だけど
さよなら、夕焼けがきれいだよ
泣くなんて、お前らしくもないぜ




『ふしあわせという名の猫』

作詞:寺山修司/作曲:山木幸三郎

ふしあわせという名の猫がいる
いつも 私のそばに
ぴったり 寄り添っている

ふしあわせという名の猫がいる
だから 私は いつも
ひとりぽっちじゃない

この次 春が来たなら
むかえに来ると言った
あの人の嘘つき
もう春なんて来やしない
来やしない

ふしあわせという名の猫がいる
いつも 私のそばに
ぴったり 寄り添っている


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Category: アート

ナンシー関 大ハンコ展

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青森市で開かれている「ナンシー関 大ハンコ展」に行ってきました。
この展覧会はナンシー関の7回忌に合わせて企画されたもので、東京、名古屋、仙台、札幌に続いての開催です。

青森でのナンシー関展はこれが2回目で、1回目は彼女が亡くなった直後に開かれています。
その時は青森市郊外にある彼女が通った学校近くの古い屋敷を会場に開かれたのですが、地元ということや、会場のユニークさも手伝って大盛況でした。

今回はさくら野青森店での開催です。
―見た! 彫った! 書いた! 39年の人生と全仕事―
というキャッチコピーどおりに生涯に彫った消しゴム版画は8,000個以上と言われているそうですが、そのうち5,147個が現存するそうです。
その膨大な数にまず驚かされます。
文化人、スポーツ選手、女優、タレント、時の人などにジャンル分けされた版画と原版の消しゴムを見ていると、「人間万華鏡」といった言葉が浮かんできます。
これほど多種多様な人間ばかりを彫り続けたナンシー関という人は、やはり無類の人間好きだったのかもしれません。

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人物に添えたコピーが秀逸です。
思わず笑ってしまうものがたくさんありました。
たった一言でその人らしさを表すコピーが、消しゴム版画をさらに面白いものにしています。
ユーモアがあり、ときに毒気を含んでいたりで、そんな鋭い批評眼が大量に書いたコラムからも伺えます。

版画大国(と私は思っています。)青森が生んだユニークな版画家ナンシー関の大ハンコ展は12月7日まで開催しています。
興味のある方は、ぜひいちど足を運んでみてはいかがでしょうか。
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ナンシー関ホームページ「ボン研究所」

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Category: 愛犬

今日のロシェル

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ロシェルが乗っかっているのは、最近お気に入りの亀のクッションです。
今もこのブログを書いている横で寝息をたてて眠っています。
リビングにいる時も、かまってやらないと、いつの間にかいなくなってしまうのですが、そんな時も必ずこのクッションのうえで眠っています。
この上がいちばんリラックスできるようです。
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まるで小さな赤ん坊を見ているようで、思わず頬がゆるんでしまいます。
心が癒される瞬間です。

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Category: 読書

Tags: 中野翠  エッセイ・評論  

中野翠「小津ごのみ」

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これまでの小津研究のどれとも違う視点から語られた小津映画研究、というか小津映画へのオマージュに満ちた本。
「なるほど、こんな見方もあったのだ」と目を見開かされるような新鮮な考察がいくつも出てくる。
たとえば小津監督と笠智衆との関係を書いた次のような箇所。

 小津と公私にわたって親しんだ俳優の須賀不二夫(のちに不二男)はこんなふうに語っている。「笠さんは小津監督の分身ではなかった。笠さんはほんとうに真面目で誠実な人。小津さんは笠さんに憧れていたけれど、俺はあんなに野暮じゃあないとも思っていたはず。小津さんは粋な人だった。煙草、酒、浪費・・・・・。適当に不良で無頼だった。」(DVDセット小津安二郎・第二集)
 私は、きっとその通りだったろうなと思う。小津にとっての笠智衆は(いや小津映画が描き出した笠智衆イメージは)、きっと理想の他者だったのだと思う。自分はそこからハズれるが、日本の男の多くはこんなふうであってほしいという思い。自分はちょっと違うが、日本の「いい人」というのはこういう人物像なんだという気持ち。日本のカタギの男の美しいスタンダード。それを笠智衆に託したのだと思う。
 小津が小津映画の中の笠智衆のような男だったら、とっくに結婚していただろう。結婚して家庭を持つにはあまりにも何かが過剰だったからこそ(あるいは欠落していたからこそ)笠智衆の美しさを発見することができたのだ。そして、「平凡なようでいて、最も問題も多く、また味も深いのは日本人の家庭生活なのである」という確信を持てたのだ。


こうした見方を小津映画に登場する男たちのファッションの変遷から導き出していくのである。
さらにいえば、その同じ考察の中から小津のダンディズムにも言及するといったぐあいに、これまでのどの小津論とも違った視点からの考察が新鮮である。

中野翠は女性らしいミーハーな視点を大切にしながら(好き嫌いが、まず最大の評価のものさし)、物事を見るという姿勢を持ち続けているコラムニストだが、この本ではまずファッション、インテリア、小物といったビジュアル面から小津映画の魅力に迫っていく。
そしてそこから感じとるのは、趣味のよさと同時に「なんか変だ」「不自然」といった印象なのだが、それこそが小津安二郎が頑固に貫き通した「小津ごのみ」のなせる業だというのである。

 小津映画は、ドンゴロスのタイトルバックに始まって、一つの確信に満ちた美的秩序の世界として私の目前に立ち現れた。ストーリーやテーマやメッセージよりも、まず、ある美感というか趣味性を最大限に具現したものとして迫って来たのだ。
 具体的に言えば、ファッション、インテリア、雑貨といった表層的なものだが、俳優、女優の顔かたちや仕草や口調や会話の間にいたるまで、趣味性を帯びている。


といった小津映画の表層的なものへのこだわりから筆を起こし、そのひとつひとつを検証していく。

たとえば、女たちの着物姿は、

 徹底的と言っていいくらいグラフィックデザイン的だ。縞、格子、カスリが圧倒的に多い。絵画的ではなく、デザイン的。作り手の個性などまったくない、無名の人びとが歴史の中で作りあげて来た幾何学的な柄だ。個性や叙情性はきびしく排除されている。よく見れば、座布団や唐紙の柄、湯飲み茶碗の模様までも!
 それが、おのずから画面に端正で理知的な美しさ(ちょっと硬い感じも)を与えている。


そして洋装では、「白いブラウスと無地のスカート」という点に注目、「無地の服が持つ品のよさ、媚びない強さ、飾らない美しさを最高に引き出す力がある」女優として小津監督は原節子に惚れ込んだのではないかと推測していく。

インテリアに関しては「縞の唐紙、格子のカーテン、そして障子」といった幾何学模様へのこだわりがここでも見られ、それらが「画面のリズムや美感を生み出している」と指摘。
さらに、天井の電燈のカサ、ソファ、籐椅子、陶器の一輪差し、電気スタンド、湯飲み茶碗といった「常連キャラクター」への「小津ごのみ」にも言及、「不自然」「反リアリズム」と思いながらも、小津の美意識に強く惹かれ「ホレボレ」してしまうのである。

そして

 自分という小さな一個人の好悪の感覚を一途に掘りさげて行けば、絶対に何か大きなもの、深いもの、普遍的なものにつながるはずだ。そういう確信があったとしか思えない。

と結論づけていく。
こういったユニークな切り口で語られる文章を読んでいると、これまで輪郭があいまいだった小津映画の魅力がくっきりと姿をあらわしてくる。
小津映画、再発見といった体験をたっぷりと味わい、新たなる道案内の役割を果たしてくれるのである。

以上は、「一章 ファッション、インテリア」についての印象だけを書いたものが、この後も「二章 女たち、男たち」「三章 セリフ、しぐさ」「四章 今見られる小津映画、全三十七本」と考察は続いていく。
そのなかで、小津映画の魅力についてのたくさんの新しい発見をまだまだ教えてくれる。

そして本のあとがきでは次のように書いている。

 書きながら何度も思ったのは、「小津はやっぱり大きい。小津というのが落語とかジャズとかいうのと同じように、一つのジャンルを構成しているかのようだ。ファッション方向から攻めて行っても、監督術方面から攻めて行っても、生き方方面から攻めて行っても・・・・どこから攻めて行っても面白く、際限もなく興味をかきたてられる。」

小津映画に関する考察、評論は数多くある。
そしてそれぞれがさまざまな試みで、小津映画の魅力の解剖を行っている。
それほど多くの人を捉えて離さない深い魅力を小津映画はもっている。
中野翠もそんな小津映画に、はまってしまったフリークのひとりである。
そしてこれらの文章の行間のそこここから、小津映画に対する深い愛着が伝わってくるのである。
ただし盲目的に惚れ抜いているわけではなく、批判すべきところは、きちんと批判をするという冷静さを失っていないところはさすがだ。
中野翠の著書では「映画の友人」以来の面白さに、時間を忘れて読みふけってしまった。
何度でも繰り返し読みたくなる本、いや読み返すべき本なのだと思う。
小津映画が繰り返し観たくなるのと同じように。

「マイ・シネマ館」の中にある「小津安二郎の映画」です。参考までに。

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Category: 弘前

初雪

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朝起きると一面の銀世界。
とうとう雪の季節到来です。
雪が降るという天気予報だったので、昨日はタイヤ交換の予定でしたが、あいにくの雨で、できませんでした。
そのつけがさっそく回ってきました。
今朝は雪の降る中でのタイヤ交換となってしまいました。

雪は一日中降り続き、なんと20センチを超える積雪になりました。
今夜から明日にかけても大雪注意報が出ているので、まだまだ積もりそうです。
初雪からこの調子なので、今年の冬は雪の多い冬になりそうな気がします。

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Category: 読書

Tags: 角田光代  

角田光代「対岸の彼女」

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つい先日のこと、角田光代の小説にはまっている妻が、娘から借りた本を読みながら涙を流していたが、それがこの「対岸の彼女」という小説である。
読み終わった妻から「ぜったいに読んで」という強いおすすめがあったので、さっそく読んでみた。

前回読んだ「庭の桜、隣の犬」は夫婦の話だったが、こちらは3人の女性の物語である。
まず一人目の女性は、30代の専業主婦、小夜子。
3歳になる娘の公園デビューに頭を悩ませるといった手ごたえのない日常を打開するために就職を決意、そこで出会った独身の女社長、葵との交流が始まる。
また葵自身も少女時代は、いじめに遭って転校をし、さらに転校先の女学校でもいじめの影におびえるといった暗い過去をもっている。
そして3人目の女性は葵がその学校で知り合った「魚子(ナナコ)」という少女。
物語は現在の小夜子と葵、過去の葵とナナコの話が交互に描かれていく。
小夜子は過去の葵と重なり、現在の葵はナナコと重なるという構造のなかから、彼女たちが抱えるさまざまな悩みや不安が浮かび上がってくる。
高校時代の葵とナナコの繊細で感じやすく、今にも壊れそうな心や虚勢が痛々しい。
そして若さゆえの暴走とその先にある悲しい結末。
大人になるということは、多かれ少なかれこういった痛みをともなうものだということを、今更ながらに考えてしまった。

「お友だちがいないと世界が終わる、って感じない?友達が多い子は明るい子、友達のいない子は暗い子、暗い子はいけない子。そんなふうに、だれかに思いこまされてんだよね」

「けどさ、ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりも、ひとりでいてもこわくないと思わせてくれる何かと出会うことのほうが、うんと大事な気が、今になってするんだよね」


少女たちの心の底に秘めた不安、孤独、声にならない叫び、が聞こえてくるようだ。

人は人と出会うことで、何かが変わり、何かが生まれる。
ひとりで堂々巡りをして出口が見つからなかった彼女たちが、それぞれの出会いを通して新たな一歩を踏み出していく姿を見ていると、そんな感想が浮かんでくる。

ハウスクリーンニングという仕事のなかで家の汚れを落としていくにしたがって、自らの心のわだかまりも同時に落ちていくといった描写が印象的だ。
そして、葵の乱雑に散らかった部屋を小夜子が片付けるラストでは、ふたりの心も同時に整頓されていくにちがいないという予感を残して終わる。

切ない中にも静かな力強さが感じられる小説だった。
第132回直木賞受賞作品。

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Category: 読書

Tags: エッセイ・評論  

赤瀬川原平「老人力」

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この本がベストセラーになり、「老人力」という言葉がしきりに取り上げられて話題になったのはもう10年以上前のこと。
確か流行語大賞でもこの言葉が選ばれたはず。
遅ればせながら、読んでみた。

赤瀬川原平は1960年代に「ハイレッド・センター」という前衛芸術集団を作って、かなり過激なパフォーマンスを繰り広げていた人だ。
模造千円札を作って刑事告訴されたのも、ちょうどこの頃。
それらのパフォーマンスは奇異で、時に理解不能な面があったことから、赤瀬川原平なる人物も超俗の、なにやら過激で怪しげな人物という印象を、その当時はもっていた。
ところが、80年代に入ると「尾辻克彦」という筆名で小説を書き、芥川賞を受賞、さらに藤森照信(建築史学)やイラストライターの南伸坊とともに「路上観察學会」を発足、その頃から、しだいに印象が変わりはじめたのである。
というか、こちらが勝手に「怪しげな人物」と思い込んでいただけのことで、赤瀬川原平自身はもともと穏やかで、冗談好きの人物だったのだ。
さらにその表現方法やアプローチは「ハイレッド・センター」時代と何ら変わることなく、あくまでも首尾一貫しているということも、後々わかってきたことである。
それは常識や既存の考え方に縛られず、物事を違った方向から眺めてみること、常識という衣を脱ぎ捨てて、新しい視点から物事を考え直してみることで、見えてくるもの、そこからその本質を捉え直してみようとする芸術行為だということ。
路上観察も、もちろんこういったことの延長線上に存在しており、さらに「老人力」もしかりなのである。
それらの考察は素朴な疑問から出発し、冗談話のように進み、そしてしだいに物事の核心部分へと迫っていく。
そのプロセスは、時に抱腹絶倒するほどの面白さに満ちており、笑いのうちに、しだいに目を見開かされていく。
そんな爽快な気分にさせられるのが、赤瀬川原平の世界なのである。

「老人力」の発見者は藤森照信と南伸坊である。
そして発見物は赤瀬川原平自身である。
路上観察の合宿で地方へ行った際の雑談のなかから生まれたこの概念を、赤瀬川原平自身が徐々に定義づけしていったのである。

ここで本の中で語られる「老人力」についての言葉をいくつか抜き出してみようと思う。
そこからその実体がおぼろげながら判ってくるはずだ。
まずは次のような文章から。


ふつうは歳をとったとか、モーロクしたとか、あいつもだいぶボケたとかいうんだけど、そういう言葉の代わりに「あいつもかなり老人力がついてきたな」というのである。
そうすると何だか歳をとることに積極性が出てきてなかなかいい。



面白い!こういったポジティブな文章を読むと思わず頬が緩んでくる。


つまり眠ろうと努力したら眠れないのだ。
眠らない努力なら出来る。でも眠る努力は不可能だ。眠ろうと努力すればするほど眠りがこじれて、目が冴えてくる。
忘却力もそうだ。忘れようと努力すると、ますます忘れられない。努力して覚えることはできても、努力して忘れることはできないのだ。
眠ることも忘れることも、努力をもってしては到達できない。でも人間は日々眠り、日々忘れている。これはどうしてだろうか。人生開始以来のすべての現象を全部記憶にとどめて忘れられなかったら、事実上頭はパンクして生きていられない。でも実際にはテキトーに忘れるので、何とかふつうに生活している。
ここで重要なのは「テキトー」である。テキトーであることがぼくらを眠らしてくれて、物忘れを実現してくれる。そのテキトーとは何なのか。どう定義すればいいのか。
これが難しい。定義するとは、テキトーを排除することである。だからテキトーを定義すると、テキトーではなくなる。困りましたね。
でも定義しよう。テキトーとは反努力のことだ。
努力の反対、じゃあ怠けることか、というとちょっと違う。あえていうと、怠ける力、というより努力しない力ということになるのか。
眠る、忘れるということを可能にするのは、反努力の力である。ぼくらは反努力の力によって眠ることができるし、反努力によって忘れることができる。そういう努力しない力というのが、この世のどこかに、ぼくらのどこかにあるはずなのだ。
その反努力の力というのが、老人力の実体ではないのか。



ちょっとややこしいが、でも、そうだ、そうだとすんなりと納得してしまう説得力がある。


老人力という言葉はよく誤解される。老人に残された力、という誤解が多い。ちょっと重い荷物を前にして、「いやあ、このくらいの物、まだまだ老人力で頑張りますよ。」
というようなこと。それで持ってみてぎっくり腰になるというのは、単なる力の欠乏で、結果としてはいわゆる年寄りの冷水で、そこでいう老人力とは違うのである。



そう、そう、こういうふうに間違うと、とんでもない方向に行ってしまう。

そして、さらに


それまで思想とか理想に君臨されて、趣味なんてそんな小さなもの、とむしろ軽蔑的に見ていたものが、押さえる蓋がなくなると目の前にアップになって、細密に、ありありと見えてくる。
つまりそうやって趣味の世界に入っていけるのだと思う。じっさいに、自分の限界を知り、落胆もあるだろうが、ある諦めの後にその限界内で何かをはじめてみると、それが自分にとってじつに大きな世界になってくるのである。無限の世界に向かっていたときにはムダな力ばかりで空回りしていたものが、限界の中ではむしろ有効に力が発揮されて、その限られた世界が広がってくる。
力の限界を知って、その限界内で何ごとかをはじめると、その限界内の世界が無限に広がってくる。
それに、歳をとると、どうしても人生が見えてくる。つまり有限の先が見えてくるわけで、その有限世界をどう過ごすかという問題になってくる。
趣味はそこからだろう。


というぐあいに、老人力の効用、可能性にも言及している。

年をとることはマイナス・イメージだ。それを、こうやって違った角度から見ることで、プラス・イメージに逆転させていくという発想は、何でも面白がるポジティブな精神が生み出したものだ。
限りなく人生を肯定的に捉える柔軟な精神の表れなのである。

読めば読むほどに深いものを感じさせられる。
なんだか歳をとるのが楽しみな気分になってきた。

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Category: アート

弘前劇場「いつか見る青い空」

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スペース・デネガで上演された弘前劇場「いつか見る青い空」を観に行った。
今回が初の弘前劇場体験だ。
作・演出は長谷川孝治。
解説によるストーリーはつぎのようなもの。

晩秋。
とある地方の住職のいない禅宗の寺。
そこで暮らす3姉妹。
座禅をしにくる警察官や、ヤクザ。
檀家の人々が日々の生活を寺に持ち込んでくる。
昔はどこにでも在った地域のコミュニティースペースで
「生」の一部である「死」、現代の不安を浮かび上がらせる。



弘前劇場はいわゆる「静かな演劇」と呼ばれる芝居を上演する劇団である。
日常の延長のような状況を舞台に設定して芝居が進行していく。
今回の上演では寺の庫裏がその舞台となる。
それはまるで、津軽のどこかにある、寺の庫裏の実際の日常を覗き見しているような体験だった。
そしてこうした日常に欠かせないのが「食」であるということなのだろうと思うが、たくさんの飲食物が運ばれて、俳優たちが実際にそれを飲み食いする。
ワイン、日本酒、もっきり酒、お茶、甘栗、ヨーカン、チーズケーキ、そして最後には湯気をあげる鍋物までが登場。
舞台と観客席が近いせいか、その匂いまでが漂ってきそうな気配がする。
こんなに食べ物が登場してくる舞台は初めてだ。
それがこの芝居のなかで、いちばん印象に残ったことだ。

舞台に登場しない人物(亡くなった母親と失踪した父親)のことがしきりに話題にのぼったり、過去の事件が大きく影を落としていたり、クライマックスでの暴力ざたが舞台では行われなかったり、といったぐあいに、あえて見せない演出によって物語に奥行きを生み出している。
ただ舞台の内容については、正直いまひとつ乗り切れないところがあった。
久しぶりの舞台鑑賞ということもあったのだろうが、弘前劇場初体験は残念ながら「うーん・・・・・・・」といった結果に終わってしまった。

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Category: 暮らし

冬支度

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数日前から作り続けていた冬用の温室(?)がようやく完成。
昨年まで使用していたベランダの冬用の囲いを再利用して作りました。
今年はベランダの囲いはやめにして、鉢植えした植木の避難場所として温室らしきものを作ることにしました。
木枠に波板を張っただけの簡単なものですが、細かい作業やペンキ塗りに思いのほか時間がかかり、また作業は朝の数時間だけということで、完成までに数日かかってしまいました。
これで冬支度第一弾はまず終了ということで、すこしホッとしています。
庭の植木の雪囲いとか、倉庫の整理とか、クルマのタイヤ交換だとか、これから雪が降るまえにやらなければいけない作業が、まだまだたくさん残っていますが、暇を見つけながら、天気のいい日を選びながら、ひとつひとつ片付けていこうと思っています。
雪国のこういった冬支度というものは、けっこう面倒なものですが、これをきちんとやっておかないと雪が降ったあとが大変ということになってしまいますので、毎年気を抜かないでやるように心掛けています。

今朝は朝焼けがきれいでした。
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Category: 弘前

菊ともみじ祭り

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先月24日から始まった「菊ともみじ祭り」が今日、最終日を迎えました。
これは弘前公園(弘前城址)で毎年秋に催されている祭りです。
お堀沿いの桜並木は今が紅葉真っ盛りで、ここは毎日行き来する道筋なのですが、通るたびに「きれいだなぁ」を連発しています。
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今日は久しぶりに公園内を散策しました。
場所によっては、まだ紅葉していない所もありますが、1000本の楓、2600本の桜が織り成す秋色は見事の一言です。
祭りが終わると、一気に冬へと突入です。
残り少ない秋をしみじみと味わいました。

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Category: 読書

Tags: 角田光代  

角田光代「庭の桜、隣の犬」

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先月から始まったNHKの「私の1冊 日本の100冊」という番組で、タレントの光浦靖子が角田光代の「八日目の蝉」という本の紹介をしていましたが、そこで語られる小説の内容を聞いているうちに、この本に強く興味をひかれました。
角田光代という作家は以前から気になる存在で、いつか作品を読んでみたいと思っていた作家でしたので、この機会に読んでみようと、さっそく図書館へ行って、この本を探したのですが、残念ながら貸し出し中でした。
そこで代わりに借りたのが「庭の桜、隣の犬」という小説でした。
まず妻が先に読み始めたのですが、彼女はこれがいたく気に入ったようで、読み終わったあと、別の本をもっと読んでみたいということで、再度図書館へ行き小説3冊を借りてきました。
また妻が娘に電話で、この本のことを話したところ、娘も以前からの角田光代のファンだということでした。
そして角田光代の本4冊をすぐに届けてくれたのです。
そんなわけで妻はすっかり角田光代の小説に、はまってしまったのです。
そして私にもぜひ読むようにという強いお勧めがあったので、さっそく読んでみることに。

これは30代の夫婦の物語です。
どこにでもいそうなごく平凡な夫婦に訪れたちょっとしたほころびが、しだいに大きくなり、ついには夫婦の危機を迎えるまでになってしまうという物語です。
ごくありふれた日常を夫婦それぞれの異なった視点から描くことで、日常に潜むさまざまな問題を重層的に浮かび上がらせていきます。
日々の生活の中で何気なく浮かぶ妄想のようなもの、一見とりとめのない意識の流れを捉えていくことで、生きていることの手ごたえのなさ、ふと感じてしまう空虚感や寂しさといったもの、また幸せと不幸せがない交ぜになった日常の繰り返しのなかで、ふと顔を覗かせる生きることへの不安や煩わしさといったもの、そういった理屈を超えた言うに言われぬ感覚、矛盾した気持ち、そういったものが、実にうまく描かれています。
ほとんど事件らしいことが起こらないストーリーでありながら、その展開には緊迫感を感じてしまいます。
そしてそういったいびつな日常をただ嘆き悲しむだけではなく、それを受け止め、受け入れながら、いびつなままに生きていこうとする逞しさも同時に感じさせられるのです。
妻の言を借りれば、それは「抵抗しない強さ」ということになります。
中途半端な自分に苛立ちながらも、一方でそんな自分を醒めた目でみつめている自分の姿、平凡で幸せそうに見える家族のなかに内包する危なかしさ、微妙なバランス、そういったなかから現代を生きる人間のリアルな姿が浮かび上がってくるのです。

角田光代の小説が、若い女性のみならず、幅広い層のファンをもつ理由が、この一冊の本を読むことで理解できたように思いました。
「八日目の蝉」もぜひ読んでみたいと思いました。

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Category: 外国映画

映画「ゴーン・ベイビー・ゴーン」

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映画「ゴーン・ベイビー・ゴーン」は、ベン・アフレックの初監督作品、主演は弟のケイシー・アフレック。
原作は「ミスティック・リバー」のデニス・ルヘインのハードボイルド小説「私立探偵パトリック&アンジー」シリーズの「愛しき者はすべて去りゆく」。
舞台は「ミスティック・リバー」と同じくボストンである。
監督のベン・アフレックがボストン出身ということで、それがこの原作を選んだひとつの理由なのかもしれない。
映画のなかでボストンの街並みがことさら美しく映し出されているのを見ると、ベン・アフレックのボストンに対する強い愛着とこだわりが伝わってくる。
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主人公のパトリック(ケイシー・アフレック)とアンジェラ(ミシェル・モナハン)は、ともにこの街で生まれ育った。
ふたりは恋人同士であり、また私立探偵のパートナーでもある。
そんなふたりのもとにある依頼が舞い込む。
今ボストンの街で騒がれている女児誘拐事件の被害者を探しだすというもの。
警察の捜査が進展をみせないなか、被害者の叔父夫婦がふたりに捜索の依頼をしたのだ。
こうしてふたりの捜査が始まるが、単純な女児誘拐と思われていた事件の意外な真相がしだいに明らかになっていく。

街の暗黒部分に精通するふたりの捜査が重厚で、なかなか見ごたえがある。
一見ひ弱そうに見えるパトリック役のケイシー・アフレックが、ギャングやチンピラたちを相手に一歩もひけをとらない姿はリアリティーにあふれている。
さらに熟練の刑事たちも最初は「この若造が・・・。」と軽く見ているふしがあったが、意外なタフさに次第に事件のパートナーとして真剣に連携していくという展開もなかなか見せる。
そして2転、3転していくストーリーの先にあるものは、重く悲しい。
現代アメリカが抱えるさまざまな暗闇、幼児虐待、同性愛、ドラッグなどが問題提起として浮かび上がってくる。
最後の選択は果たして是か非か?
そのことは映画の後もしばらくは、心のうちから消えることはなかった。
辛く重い結末だ。

ベン・アフレックはこの初監督作品でなかなかの才能を見せたということだ。
俳優だけでなく監督としても今後に大いに期待したい。

しかしこの映画の日本公開が見送られたというのが不思議だ。
出演者もこの他に、モーガン・フリーマン、エド・ハリスという実力者がふたりも出ているし、子どもに愛情を向けられない、ドラッグ中毒の母親を演じたエイミー・ライアンがこの映画でアカデミー助演女優賞にノミネートされているのにである。
しかもベン・アフレックの初監督作品という話題性もじゅうぶんなはずなのに。
どう考えても頭をひねらざるをえないのだ。

DVDの予告編を観た妻のリクエストで借りた映画だったが、大当たりであった。
こういうときは、ほんとうに気分がいい。
妻に感謝、感謝!である。

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Category: 暮らし

暗門渓谷ドライブ

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ここ数日は毎日雨の天気が続いています。
今日も朝から雷が鳴り、雨が降るというあいにくの天気でしたが、8時過ぎには天気も回復、しだいに晴れ間が覗くようになってきました。
そこで、せっかくの休みなので、今日もまた紅葉を見ようとドライブにでかけることに。

十和田湖、八甲田方面の紅葉は見終わったので、今日は白神山地方面へ行くことに。
弘前から西目屋村を通って津軽ダムに出て、暗門の滝の登山口であるアクアビレッジANMONまでのコースです。
クルマで片道約40分ほどの行程。
西目屋村に入るあたりは、ちょうど紅葉の真っ盛り、でも津軽ダムを過ぎると、徐々に落葉した木が目立ち始め、アクアビレッジANMONに着くころには、ほぼ冬の景色という状態でした。
一週間から10日ほど遅かったようです。
でも、それはそれなりに風情があって、やはり来てよかったです。
白神山地の大自然を少しだけ味わってきました。

クルマで一時間弱のところに、こんな大自然があるのですから、ほんとうに恵まれた環境のところに住んでいると、来るたびに思います。

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Category: SONGS

わが心の大阪メロディー

夕べ、NHKで「わが心の大阪メロディー」という歌番組を観ました。
毎年この時期になると放送されるそうで、今年で8回目だそうです。
おそらくこれまでにも何回か観ているとは思いますが、あまり観たという印象が残っていません。
今回が初めてという新鮮な気持ちで観ました。

大阪らしい濃い内容の番組でした。
まずオープニングの欧陽菲菲「雨の御堂筋」から始まって、大阪にゆかりのあるヒット曲が次々と歌われました。
「大阪で生れた女」「宗右衛門町ブルース」「道頓堀人情」など大阪ならではの名曲の数々。
そして天童よしみが歌った「王将」では、いつも思うことですが、歌のうまさにうなってしまいました。


面白い企画としては、ミス花子の「河内のオッサンの唄」。
桂小枝が「探偵ナイトスクープ」のパロディーでミス花子を探し出すというもの。
そして見つけ出したのは、NHK大阪放送局で大道具係りとして働いているミス花子。
ミス花子という名前からてっきり女性だとばかり思っていましたが、実際には中年のオッサンでした。
大阪では、すでに周知のことなのでしょうが、こちらの情報不足でした。
彼が歌う「河内のオッサンの唄」は大阪色満開で大うけでした。


そして木村充揮と大西ユカリが歌う「天王寺」。
こんなコアな歌がNHKで聴けるなんて、これがいちばんの儲けものでした。


フィナーレは上沼恵美子が歌う「大阪ラプソディー」。
これはもう大阪メロディーの定番で、代表曲。
最後は全員での大合唱でした。

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Category: SONGS

フランク永井、死去

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「有楽町で逢いましょう」「君恋し」など、数々のヒット曲で知られ、魅惑の低音で人気のあった歌手、フランク永井(本名・永井清人=ながい・きよと)さんが10月27日午後6時、肺炎のため亡くなった。76歳だった。
葬儀は近親者だけで済ませた。連絡先は東京都渋谷区神宮前5の52の2のビクター音楽芸能。喪主は姉、美根子さん。

宮城県生まれ。高校卒業後に上京し、米軍キャンプでジャズやポップスを歌い始めた。テレビののど自慢番組の出場がきっかけで、1955年にジャズ歌手として、「恋人よ我に帰れ」でデビューした。歌謡曲に転向した57年、「有楽町で逢いましょう」が大ヒットした。
その後も「夜霧に消えたチャコ」「東京ナイト・クラブ」「霧子のタンゴ」「おまえに」などを発表。61年には昭和初期の流行歌「君恋し」を改めてヒットさせ、第3回日本レコード大賞を受賞した。NHKの紅白歌合戦には、57年から26回の連続出場を果たした。
しかし85年10月、私生活のトラブルから、自殺を図った。一命は取り留めたものの脳障害を起こし、介護が必要な状態のまま、長くリハビリに励んでいた。71年に芸術選奨文部大臣賞を受けた。

(2008年11月2日12時28分 読売新聞)


歌手のフランク永井が亡くなりました。
そのニュースが昨日から新聞、テレビ、ラジオからしきりに流れています。
今朝もテレビのワイドショーで取り上げられていましたが、それを見ながら妻とふたりでフランク永井の話題でしばし盛り上がりました。

フランク永井といえば「有楽町で逢いましょう」がまず最初に浮かびます。
テレビ、ラジオでもこの曲が必ず流れています。いちばんの代表曲でしょう。
また「東京午前三時」「夜霧の第二国道」「西銀座駅前」「東京ナイト・クラブ」など、東京を歌った曲が数多くありますが、それに劣らず大阪をテーマにした曲もたくさん歌っています。
たとえば「こいさんのラブ・コール」「大阪野郎」「大阪ぐらし」「大阪ロマン」といった曲が思い浮かびます。
妻の話によると亡くなった彼女の母親が、「こいさんのラブ・コール」が大好きで、この歌を聴くたびに「大阪弁はええなぁ」とよく言っていたそうです。
大阪生まれの大阪育ちだった義母は、40歳を過ぎた頃に、弘前に移り住み、以来亡くなるまで弘前でしたので、この歌を聴くことで郷愁を掻き立てられていたのだと思います。
それは「何で泣きはる、泣いてはる」という出だしの部分の歌詞で、1番から3番までのすべてが、このフレーズで始まっています。
そのフレーズが義母の琴線を響かせていたのだと思いながら、この曲を聴くと、また違った感慨が沸いてきます。
大阪情緒にあふれた、いい曲です。

ところで、私にとっての思い出に残る曲はどの曲だろう、と考えてみましたが、名曲、ヒット曲がたくさんあるので、迷ってしまって、すぐにこの曲というわけにはいきませんでした。
「君恋し」もいいし、「大阪野郎」も好きだし、と考えあぐねた末に、「俺は淋しいんだ」という曲かな、というところに落ち着きました。
この曲は1958年(昭和33年)に発売された曲なので、私が10歳の頃の曲です。
「赤い灯、青い灯、ともる街角に あの娘を捨てて、俺はゆく」というフレーズはなぜか子供心にも印象に残っていて、1番の歌詞だけは、今でも空で歌えます。
「俺は淋しいんだぁー」と大声で歌っている子供の姿を想像すると、ちょっと笑ってしまいますが、この年に発売されたもう1曲の「夜霧に消えたチャコ」とともに懐かしい記憶として残っています。

またフランク永井は落語好きとしてもよく知られていました。
昔、彼がテレビで落語のさわりを少しだけ演じたことがありましたが、そのうまさに驚かされました。
やはり一芸に秀でた人は、何をやってもうまいものだと感心してしまいました。

こんなふうにフランク永井のことを考えていると、晩年の不遇が惜しまれてなりません。
詮無いことですが、85年の自殺未遂がもしなかったら、などとつい考えてしまいました。

大阪ろまん
作詞:石浜恒夫
作曲:吉田 正


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Category: 薪ストーブ

今朝の散歩

朝、散歩に行こうと家を出たら東の空がピンク色に染まっています。
これを撮影しようと急いでデジカメを取りに戻りました。
そこで今日は少しコースを変えて岩木川沿いのコースに行ってみることに。

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岩木川沿いの道から撮影した朝日です。
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リュウもいつものコースと違うので幾分こころウキウキの様子(こちらの勝手な思い込み?)

コースを変えたので散歩の時間も少し長めになりました。
帰る途中、散歩中のロシェルと遭遇、われわれに気づいたロシェルはフルスピードで駆け寄ってきます。
こういう時のロシェルは喩えようもなくかわいいです。
画像 091
今日は昨日に比べると幾分寒さも和らぎましたが、いったん使い始めた薪ストーブはやはり使わずにはいられません。
火を点けて燃える炎を見ていると、ほっとした気分になって癒されます。
長く寒い冬の心強い味方です。
テーマ : 楽しく生きる  ジャンル : ライフ


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プロフィール

cooldaddy

Author:cooldaddy
住んでいるところ:青森県弘前市
出身地:香川県
年齢:今年(2008年)還暦です。
性別:男

還暦という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
趣味のこと、生活のこと、心に残ったことなど、My Favorite thingsを、気ままに書いていこうと思います。
末永くおつき合いください。

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