風に吹かれて

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Category: アート

ハイビジョン特集 「上京 ~故郷に背を向けて~ 」(弘前劇場の30年)

一昨日の夜、NHKハイビジョン特集「上京 ~故郷に背を向けて~」を観ました。
これは津軽を拠点に演劇活動を続けている「弘前劇場」の姿を追ったものです。
「弘前劇場」のアウトラインはつぎのようなもの。

旗揚げは1978年。
長谷川孝治(劇作・演出)・福士賢治(俳優)・野村眞仁(舞台監督)を中心に結成された劇団です。
当初は弘前市を活動の拠点としていましたが、現在は青森市浪岡(旧浪岡町)に活動拠点を移しています。
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弘前劇場の理念は、「普遍性のある戯曲で、地域にいることを最大限意識した方法論で、時間的にも空間的にもゆったりしている地域で舞台芸術を創ることを大前提にしています。」というもの。
主宰者、長谷川孝治(52歳)の書く戯曲はすべて標準語で書かれますが、舞台で役者が演じる際には、それを自分たちの日常語である津軽弁に翻訳して演じるという方法をとっています。
さらに団員は、すべて仕事を持ちながら、プライベートの時間に演劇活動をするということをコンセプトにしています。
そこからそれぞれの生活や地域に根ざしたリアリティーあふれる演劇を構築していくことを、目指しているのです。
「日常にこそ個人の決意や思いが凝縮している」という考えに基づき、芝居を肉付けしていく独自の作劇法を弘前劇場では「ドキュメンタリズム」と呼んでいます。

番組の前半では、弘前劇場および主宰者、長谷川孝治の演劇への思いを紹介。
後半は劇団員、山田百次(29歳)の退団と上京にいたるまでの紆余曲折を追っています。
ハイビジョン特集の今月のテーマが「東京」ということもあって、どちらもともに地方と東京という切り口で迫っていきます。
長谷川孝治の場合は大学時代にまで遡り、東京体験で受けた影響の数々が披露されていきます。
それは郷里の作家太宰治や寺山修司がかつて、ともに意識した故郷と「東京」の問題とも重なるものでした。
近親憎悪ともいうべき複雑に屈折した故郷にたいする思いや、演劇面で受けたさまざまな影響を長谷川孝治は語ります。
そして帰郷後、弘前劇場の旗揚げへと続いていくのですが、当初の公演は長谷川が東京で衝撃を受けたという「状況劇場」の前衛劇を再現したような芝居から始まっています。
初演時の舞台のビデオが番組内で紹介されましたが、それは「状況劇場」の影響を強く受けた、まさに「状況劇場」のエピゴーネンといった内容のものでした。
そこからどのような道筋を辿って現在のスタイルに至ったのか、興味のあるところですが、その独自の表現が今では多くの支持を集め、高く評価されるという現在に至っているのです。

弘前劇場は、現在、年4回ほどの公演を行っています。
青森で1週間程度の公演をし、東京で3~4日の公演をするというサイクルで活動を続けています。
そして近年では数々の賞を受賞、さらに海外でも公演を行うなど、今や地方のいち劇団という枠を超えて、その存在をさらに大きく飛躍させ続けています。
そういった劇団が津軽の地にあることを、津軽に住むひとりとして頼もしく感じています。
と同時に誇らしくも思い、その活動をこれからも注視し続けたいと思っています。

番組の後半の主役である山田百次さんは、郵便局の臨時職員として働きながら劇団の活動を続けていました。
そしてわが家は、山田百次さん配達担当の地域ということで、その姿をしばしば目にすることがありました。
そんなこともあって、彼の上京と今後の活躍を陰ながら応援したいと思っているのです。

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Category: 外国映画

ポール・ニューマン死去

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26日、ポール・ニューマンが、がんのために死去。83歳でした。
1955年に映画デビュー、56年の「傷だらけの栄光」で注目されて以来、常に第一線で活躍したハリウッドを代表する俳優でした。
代表作は「ハスラー」(61年)、「暴力脱獄」(67年)、「明日に向って撃て!」(69年)、「スティング」(73年)。
晩年は「ノーバディーズ・フール」(94年)や「ゲット・ア・チャンス!」(00年)などの作品で、渋い演技を見せて、存在感を示してくれました。
俳優としては2006年の「カーズ」の声の出演が最後でした。
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「傷だらけの栄光」、「ハスラー」、「暴力脱獄」といった映画に共通するイメージですが、倒されても倒されても立ち上がるネバーギブアップな男というイメージが強い俳優でした。
そしてその相手がどんな奴でも、けっして根をあげないタフネスさで向かっていくのです。
そこには変節することのない、一本筋の通った信念すら感じさせる男のイメージです。
彼の一生もそんなイメージのままに生きたのではないかと思ってしまいます。
4月に亡くなったチャールトン・ヘストンに続くハリウッド全盛期の大物俳優の死に、時代の移り変わりを強く感じさせられました。

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Category: 暮らし

今秋、初めてのストーブ

雨が降ったりやんだり、そして時折陽が射すというはっきりしない天気でした。
その天気のせいでしょうか、夕方近く、東の空に鮮やかな虹が現れました。
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さっそくカメラで撮影しましたが、虹は見た目ほどきれいには撮れないようです。

昨日に続いて上空に寒気が居座っているため、気温が上がらず、寒い一日でした。
朝夕は、この秋初めてストーブを使いました。
さすがに薪ストーブを使うほどではないので、小さ目の石油ストーブで対応することに。
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最高気温の予想が16度、最低気温は9度。
これは10月下旬ころの気温だそうです。
秋は駆け足で一気に進んでいるのを感じます。

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Category: 弘前

最勝院の彼岸花

19日の陸奥新報で見つけた記事。
「20日の彼岸の入りを前に、同市銅屋町の最勝院(布施公彰住職)では彼岸花が咲き始めており、あでやかな赤い花が参拝客らの目を楽しませている。
 曼(まん)珠(じゅ)沙(しゃ)華(げ)の別名で知られる彼岸花は寒さに弱く、津軽地方ではあまり見られない花。最勝院では10年ほど前から彼岸の墓参りに訪れる人の心を和ませようと彼岸花を育てている。」
この記事を読んで、ぜひ見に行きたいと思っていたのですが、それ以降、仕事の忙しさにまぎれて、すっかりそのことを忘れてしまっていました。
今日ふとそれを思い出したので、最勝院まで出かけてみることに。
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小雨模様の天気でしたが、数人の観光客らしき人たちがカメラ片手に、しきりに五重塔や彼岸花の写真を撮っていました。
こちらもさっそくデジカメで写真撮影。
彼岸花は少し盛りを過ぎているのか、元気がありません。
もっと群生している風景を想像していたのですが、ごくまばらに咲いているだけでした。
少し寂しげな様子に見えますが、それがかえってそこはかとない風情を感じさせて、これはこれでいいものだなと思いました。
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故郷の香川では、彼岸花はあぜ道や野原に咲く、ごく普通の花です。
別段珍しい花ではないのですが、なぜか子供の頃の記憶に、この花のことが強く印象に残っています。
それは遊び場所の近くにあった電車道や、田んぼのあぜ道にこの花が咲いていて、それを採ってはよく遊び道具に使っていたという思い出があったからだと思います。
また彼岸のころに、「七ヶ所(しちかしょ)」という子供用のミニ霊場巡りの風習があり、朝早くから近所の子供たちと誘い合って、出かけたことがありました。
何ヶ所かのお寺を巡り、終点は弘法大師で有名な善通寺でした。
その行程の途中、琴平電鉄の線路道を歩いていくのですが、その線路脇に彼岸花がどこまでも群生して咲いていました。
その赤が、夕日の赤に負けない鮮やかさで目に残っています。
その頃は別段それ以上のものではなかったのですが、故郷を離れて以降は、この時期になるとなぜかしきりにその時の情景が思い出されるようになりました。
また、何年か前に帰省した折りに、車窓から見た風景のなかに彼岸花を見つけて、懐かしさのあまり感激した思い出があります。
そういうわけで彼岸花には特別の思い入れがあるのです。

彼岸花とは久しぶりの対面でした。
雨の中で寂しく咲いている彼岸花を見ているうちに、昔のことを思い出し、少し感傷的な気分になってしまいました。

曼珠紗華(彼岸花)
 学名は、リコリス(Lycoris radiata Herb)、ギリシャ神話の女神の名前
 花言葉は“悲しい思い出”
 別名に「シビレバナ」「ドクバナ」「ジゴクハナ」などがある。

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Category: 外国映画

休日はDVD三昧

寒気の影響で気温が上がらず、寒い一日でした。
休日なのでどこかへ出かける予定でしたが、寒さに負けて家で過ごすことに。
それにしてもつい数日前には、30度近くあったのに、この寒さ。
体調を崩さないように注意しなければ。

先日借りてきたDVDがあるので、映画を観ることに。
アメリカ映画「再会の街で」とイスラエル映画「迷子の警察音楽隊」の2本。
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「再会の街で」は9.11で家族を失い、PTSD(心的外傷)に陥った男が、大学時代のルームメイトと再会、彼との友情を通して再生されていくという映画。
重いテーマを重くなりすぎず、それなりのエンターテインメントにまとめている映画です。
時々(?)と思うようなところもあって、ストーリー的には納得のいかないところもありましたが、主演のアダム・サンドラーがいつもの短い髪を長髪に変えて、ボブ・ディランか?と思わせられるような姿に変身しているのがかっこよくて、その魅力で最後まで楽しんで観てしまいました。
相手役のドン・チードルも献身的に彼を立ち直らせようとする男を好演しています。
古い友達ということだけで、ここまで立ち入ることが出来るのか?という気もしますが、彼自身も今の生活にぎくしゃくしたものを感じているという設定とドン・チードルの人間味あふれるキャラクターで納得させられました。
ドン・チードルは、「ホテル・ルワンダ」でもそうでしたが、こういった献身的な役柄が似合う俳優さんですね。
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それからこの映画のもうひとつの見所は、ニューヨークの街並みです。
アダム・サンドラーが一人乗りスクーターに乗って、ニューヨークの街を走るトップシーンに始まり、劇中何度も登場してくるスクーターのシーンはニューヨーク街散歩といった趣で楽しめます。
とくに夜景が素晴らしい。
ニューヨーク好きの方にはおすすめの一本です。

さて続いてもうひとつの映画「迷子の警察音楽隊」はあまり馴染みのないイスラエル映画ですが、昨年の東京国際映画祭でサクラグランプリを獲得した作品です。
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エジプトの警察音楽隊が、文化交流のために招かれたイスラエルで迷子になり、ふと立ち寄ったカフェで一晩泊めてもらうことに。そこでの出来事を描いた映画です。
とくにこれといったドラマや事件があるわけではなく、エジプト人とイスラエル人の異文化交流がたんたんと描かれるだけの「ほのぼの」系映画です。
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「かつて小さなエジプトの警察音楽隊がイスラエルに舞い降りた。もう憶えている人は少ないかもしれない。それは大したことではないのだから…」といった冒頭のナレーションどおりの大したことはない物語ですが、人と人との出会いのおもしろさに捨てがたい味わいがあります。
怪しげな人物や、気難しそうな人物も、みんな心の奥底には寂しさや孤独を抱えて生きているのだということがしみじみと伝わってきます。
彼らは道に迷っただけでなく、人生という行路のなかでの迷子でもあるということでしょうか。
そしてそれを癒してくれるのが音楽なのだということが、ラストの音楽隊の演奏が図らずも表しているように思いました。
どこかアキ・カウリスマキ監督(フィンランド)作品を髣髴とさせるタッチの映画でした。

今日は家にいたので、ロシェルも中に入れましたが、映画を観ている間も、ずっとひとりで遊んだり、横になったりと大人しく、われわれの邪魔をしませんでした。
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とってもお利口さんでしたので、おやつをあげました。

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Category: 落語

三遊亭円生「居残り佐平次」

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三遊亭円生の「居残り佐平次」を聴きました。
これは廓噺の大ネタですが、今ではわりと演ずることの少ない噺のようです。
廓噺ですが、舞台は吉原ではなく、品川になっています。
品川は四宿(品川、新宿、千住、板橋)の筆頭として、吉原につぐ繁盛をした土地だったそうです。
「居残り」というのは廓で遊んだものの代金が払えず、そのまま廓に残されてしまうことですが、佐平次は金も持たず「居残り」になるのを承知のうえで、廓で豪遊するという確信犯です。
品川を選んだ理由は、肺病の転地療養の場所として最適、ということになっています。
実際、当時の品川は空気がきれいで、肺病の転地療養先としてよく利用されていたようです。
佐平次は小悪党ですが、ただの悪人ではなく、口が達者で頭がよく、人を煙に巻いてしまうような才走った人物です。
「居残り」後はその才能を生かして、廓の住人として溶け込み、やがて人気者にまでなってしまいます。
円生はそんな生きのいい江戸っ子、佐平次を切れ味よく演じてみせます。
佐平次と廓の若い者との払いを巡ってのやりとりや、佐平次の客扱いのうまさを見せる場面などから、廓のしきたりや華やかなにぎわいが見事に浮かび上がってきます。
そんな世界を背景に、口八丁で豪遊の払いをチャラにしたばかりでなく、新調したばかりの着物や大金を巻き上げて廓を後にする佐平次の姿は痛快そのもの。
愛すべき小悪党、佐平次の面目躍如といった一席でした。

ところでよく知られたことですが、川島雄三監督の「幕末太陽伝」はこの噺が元ネタになっています。
この映画でフランキー堺がスピード豊かに演じた佐平次は出色の出来で、映画史に残るキャラクターとして強く印象に残っています。
ちなみに、この映画は他にも落語「品川心中」「三枚起請」「お見立て」「芝浜」なども元ネタになっています。

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Category: SONGS

雨の日は徳永英明のCDを聴く

祭日(秋分の日)なのでテニスコートは8時まで2面、9時までを2面と平日よりも長く借りています。
それでも今日は、いつもより出席者が少なくて、ほとんど休みなしでプレイすることに。
結局9時近くまでコートにいました。

家に帰ってしばらくすると雨が降り出してきました。
天気予報によると、昼近くに雨ということでしたので、予報より少し早めの雨でした。
そこで雨の日はこんな音楽が似合いそうだと、徳永英明の「VOCALIST」を聴くことに。
アコースティックなサウンドと徳永英明の澄んだ高音は、雨の日の物悲しい気分にピッタリです。

「VOCALIST」シリーズは最近よく聴くCDです。
女性シンガーのバラード曲を徳永英明が歌うことで、オリジナルとはまた違った曲に聞こえることがあり、新しい発見があります。
また何気なく聴いているだけで、あまり印象に残らなかったような曲が、このCDで聴くことで、あらためてそのよさに気づかされるということもありました。
つい最近まで徳永英明という歌手には、あまり関心がなかったのですが、このCDを聴いて以来、彼のファンになってしまいました。

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VOCALIST

1. 時代 (中島みゆき)
2. ハナミズキ (一青窈)
3. 駅 (竹内まりや)
4. 異邦人 (久保田早紀)
5. シルエット・ロマンス (大橋純子)
6. LOVE LOVE LOVE (DREAMS COME TRUE)
7. 秋桜 (山口百恵)
8. 涙そうそう (夏川りみ)
9. オリビアを聴きながら (杏里)
10. ダンスはうまく踊れない (高木澪)
11. 会いたい (沢田知可子)
12. 翼をください (赤い鳥)
13. 卒業写真 (荒井由実)

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VOCALIST 2

1. 雪の華 (中島美嘉)
2. いい日旅立ち (山口百恵)
3. あの日にかえりたい (荒井由実)
4. 未来予想図2 (ドリームズ・カム・トゥルー)
5. かもめはかもめ (研ナオコ) 
6. セカンド・ラブ (中森明菜)
7. シングル・アゲイン (竹内まりや)
8. あなた (小坂明子)
9. 恋人よ (五輪真弓)
10. なごり雪 (イルカ)
11. M (プリンセス・プリンセス)
12. 瞳はダイアモンド (松田聖子)
13. for you・・・ (高橋真梨子)

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VOCALIST 3

01. PRIDE (今井美樹)
02. まちぶせ (石川ひとみ)
03. ENDLESS STORY (REINA starring YUNA ITO)
04. 桃色吐息 (高橋真梨子)
05. CAN YOU CELEBRATE? (安室奈美恵)
06. やさしいキスをして (DREAMS COME TRUE)
07. わかれうた (中島みゆき)
08. 迷い道 (渡辺真知子)
09. たそがれマイ・ラヴ (大橋純子)
10. 恋におちて-Fall in Love- (小林明子)
11. Time goes by (Every Little Thing)
12. 月のしずく (RUI)
13. 元気を出して (竹内まりや)
14. 喝采 (ちあきなおみ)

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Category: 外国映画

映画「ノーカントリー」と「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」

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昨年度のアカデミー作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞の4部門を受賞した、注目の映画「ノーカントリー」。
DVDレンタルが開始されたのでさっそく借りてきた。
原作はコーマック・マッカーシーの犯罪小説「血と暴力の国」。
メキシコ国境沿いのテキサスを舞台に、麻薬取引のトラブルで持ち主不明になった大金を手に入れた男が、組織の放った殺し屋に執拗に狙われるという物語。
主要な登場人物は3人。
大金を持ち逃げした男ルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)、それを追う冷酷非情な殺し屋アントン・シガー(ハビエル・バルデム)、そして事件を捜索する老保安官エド・トム・ベル(トミー・リー・ジョーンズ)。
この3人を中心に物語は展開していくが、とくにハビエル・バルデム演ずる殺し屋アントン・シガーが圧倒的な存在感で迫ってくる。
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まず最初に目に飛び込んでくるのが、いかつい顔に不似合いなオカッパ頭。
これだけで、この殺し屋の尋常ならざるキャラクターが見事に表現されている。
さらに彼が使う凶器が家畜屠殺用の圧搾空気のボンベというのも不気味である。
馴染みのないこの凶器を凶器とは分からずに、殺し屋の意のままに簡単に殺されてしまう被害者の姿が哀れである。
彼には何が起きたのか理解できないまま、突然、死へと追いやられてしまう。
あまりに唐突で、思わず笑ってしまうほど理不尽だ。
出会った人間たちをつぎつぎと片っ端から無意味に殺していく姿は、悪魔の化身のよう。
そして執拗な追跡はターミネーターを髣髴とさせる。
そういえば負傷したところを自らの手で治療するのも、ターミネーターと同じである。
とにかくこうした怪物的なキャラクターを造型したことで、この映画の特異性がより明確になったことは間違いない。

登場人物の髪型にこだわるのは、コーエン兄弟の映画の大きな特徴である。
これまでにも不思議な髪型を映画の中でしばしば目にしてきている。
例えば「バートン・フィンク」のリーゼントの変形のような髪型。
また「バーバー」ではビリー・ボブ・ソーントンに「髪型を変えるように少しだけ人生を変えたい」とも言わせている。(主人公の職業は理髪師。)
「赤ちゃん泥棒」のニコラス・ケイジもボサボサのかなりユニークな髪型だった。
髪型フェチともいえるほど、くりかえし奇妙な髪型の人物を登場させているのがコーエン兄弟の映画のトレードマークのようになっており、それが独特の個性を際立たせる要素のひとつになっている。
その極め付けが殺し屋アントン・シガーのオカッパ頭ということになるのだ。
こんな強烈なキャラクターをいちど目にすると、けっして忘れることなどできないだろう。
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ところでこの映画を見ながら昨年観たトミー・リー・ジョーンズが監督、主演した「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」という映画のことを思い出した。
それはともにメキシコ国境沿いの砂漠が舞台となっているところや、野生動物のハンティングが発端となって物語が展開していくところ、また主要な登場人物が3人といったところや、さらにはトミー・リー・ジョーンズつながりといったことで出てきた連想である。
またともに現代アメリカの殺伐とした心象風景を背景としている点などに共通性を感じたためでもある。
ただ「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」には確固たる生き方や男の美学があり、そして何よりも人間に対する信頼が底に流れていた。
だが「ノーカントリー」には、もはやそういったものとは無縁の深い闇が横たわっているだけだ。
そしてその先にあるのは「虚無」としか言いようのない空しい世界が果てしなく続いているにすぎないのだ。
この映画の原題は「NO COUNTRY FOR OLD MEN」(老人に生きてゆく場所はない。)である。
老いた保安官であるトミー・リー・ジョーンズがしみじみとつぶやくラストには自らの力だけではどうしようもない人生の儚さ、そこから生じる諦観に苦さを感じながら物語は幕を引くのである。
人生が時にそうであるように映画は唐突に終わる。
そこでは何も解決などしないし、何も変わりはしない。
ただ大きな暗闇が厳然と存在しているだけなのである。

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ジャン=ドミニック・ボービー「潜水服は蝶の夢を見る」

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脳梗塞で倒れ、「ロックトイン・シンドローム Locked-in-syndrome」という最も重症の状態に陥った人間が、わずかに動く左目のまばたきだけでコミュニケーションをとり、一冊の本を書きあげたという奇跡のような話です。
著者はフランスのファッション雑誌「ELLE」の元編集長。
43歳だった1995年に突然倒れ、体のすべての機能を失ってしまいます。
しかし精神だけは正常なままという、これ以上はない絶望的な状況に陥ってしまうのです。
題名にある潜水服は身動きもままならない自らの肉体を表し、蝶は自由に動き回れる自らの精神を表しています。
こんな絶望的な状況下でも、人間はこれだけのことができるのだという事実に驚かされます。
そしてどんな状況に置かれても、けっして諦めてはいけない、目の前の事実を受け入れて、前向きに生きることの大切さをあらためて教えられます。
ちょうどテレビでは北京パラリンピックが連日放送されていて、障害をもった選手たちの健闘ぶりを目にしていただけに、人間の限りない可能性に感動もひとしおでした。
この本を書くために繰り返されたまばたきは、20万回にものぼるそうです。
その気の遠くなるような努力のまえには、どんな言葉も色褪せてしまいます。
この本は映画化もされたそうですので、そちらもぜひ観てみたいと思っています。

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四国でのこと(つづき)、弟の自慢のトイレ

四国に帰省中の出来事から話題をひとつ。
弟から自慢のトイレを見せるといって、案内されたトイレ。
そのトイレとは?

トイレを自慢するなどということは、あまり聞いたことはないですよね。
その意外性にどんなトイレだろうと、興味津々、そして半信半疑でついていくと。
そこで見たものは・・・・・。
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壁一面に美術館、映画、音楽ライブ、旅先の記念のチケットや絵葉書などがピンナップされたトイレでした。
これが自慢のトイレの正体です。
なるほど自慢というだけあって、かなりの数のチケットや絵葉書が壁に貼り付けられていました。
なかなかのアイデアです。
普通こういったチケット類は捨ててしまうか、大事に採っておいたとしても、ノートに貼るか、箱のなかにしまっておくくらいのものですが、こうしていつも使うトイレの壁に貼っておくことで、思い出を何倍にも楽しむことができるという効用があると思いました。
一瞥しただけですが、「小津安二郎、青春舘」や「船越桂展」、映画「いつか読書する日」の入場券などが目に入りました。
趣味の広い弟らしいアイデアだと思いました。
いつか真似てやってみようかな。

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Category: 日本映画

川島雄三監督「還って来た男」

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弘前市のNPO法人harappa主催のharappa映画館「還ってきた川島雄三~サヨナラなんて言わせない~」が今日から始まりました。
初日の第一回目の上映作品は川島雄三監督のデビュー作「還って来た男」です。
東京国立近代美術館フィルムセンターから貸し出されたもので、こんな機会でないと見ることが出来ない貴重な作品です。
3日間で上映される作品はこのほかに「洲崎パラダイス 赤信号」「東京マダムと大阪夫人」「幕末太陽傳」「女は二度生まれる」「しとやかな獣」で、このうち未見なのは「還って来た男」と「東京マダムと大阪夫人」の2本でした。
「東京マダムと大阪夫人」は残念ながら時間の都合で見ることは出来ませんでしたが、「還って来た男」はぜひ観たいと思い、出かけました。
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昭和19年に制作された松竹作品ですが、残念なことにフィルムが古いために、音声が悪く、台詞がほとんど聞き取れないという状態でした。
そのためにドラマの細部が分かりにくく、いまひとつ映画に入り込めませんでした。
原作は織田作之助の「清楚」という大阪新聞に連載された小説です。
織田作之助とはこの映画化がきっかけで親しくなり、後の名作「わが町」につながっていく事になります。
そういえば「還って来た男」「わが町」どちらにも徒競走(マラソン)大会の場面が出てくるという共通点がありました。
これは織田作之助の趣味なのか、それとも川島雄三の趣味なのか?
いずれにしてもこの場面は、どちらの映画でも溌剌とした場面になっていて、とても印象的でした。
映画の冒頭、汽車のなかで将棋をさす場面がでてきますが、これはあきらかに織田作之助の趣味だったようです。
川島雄三が映画化の交渉のため、初めて織田作之助を訪ねたとき、織田作は無口で人見知りだったため、話がなかなか進展しなかったのですが、彼の好きな将棋の話を始めると、とたんに饒舌になり、一局指すことになったそうです。
結局これが効を奏して話がまとまり、またふたりはうまが合ったようで、以後親しい付き合いが始まったそうです。
後の川島雄三の生き方に織田作之助の破滅的な生き方が濃い影を落とすようになったのは、この映画がきっかけになったわけです。
川島雄三は45歳で夭折しましたが、彼が生涯に残した作品は51本。
その多くは駄作、失敗作が多いといわれています。
しかしそんな駄作、失敗作も単純に駄作、失敗作としてだけでは片付けられない不思議な魅力をもっているのも確かなことなのです。
そんな作品の複雑怪奇さは、そのまま彼の人間的複雑怪奇さにもつながっており、それが川島雄三という人間の奥深い魅力になっているのです。
そして、いちどその魅力にとりつかれるや、尋常ならざるファンという立場に陥ってしまうことになるのです。
これほど駄作、失敗作を作り続けながらも、映画史に残るような映画も同時に作り出すという、ほんとうに不思議な魅力をもった監督です。


私の映画サイト「マイ・シネマ館」に「川島雄三の映画」について書いていますので参考にしてください。


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Category: 愛犬

ロシェルを連れて「ル・グレ」に

四国から帰って、初めての休日だった昨日、久しぶりに「ル・グレ」へ行ってきました。
到着するとすぐにロシェルを連れてラビに会いに行きました。
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ラビはロシェルの兄弟です。
どちらが兄で、どちらが弟かは分かりませんが、「ル・グレ」に最後まで残っていたのがラビとロシェルでした。
2匹は他の兄弟がもらわれていった後も1年間ずっといっしょに暮らしていたのですが、今ではお互いが兄弟ということも忘れてしまっているようです。
それでも来るたびに顔を合わせたり、いっしょに遊んだりしているので、最初の頃に比べれば、幾分慣れてきたように思います。
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もう一匹いる黒ラブはラビとロシェルの母親です。
現在12歳なので、もういい歳のおばさんです。
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昼食は前回同様にバルコニーでいただくことに。
カレーとピッツァ・マルゲリータをオーダー、デザートにはリンゴタルトのコーヒーセット。
天気予報では弘前は30度近くになるということでしたので、「ル・グレ」も同様にけっこう暑かったです。
それでも時折さわやかな風が吹くとやはり秋らしい気分になってきます。
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ロシェルは少し遊びつかれた様子。
「ル・グレ」の後は八甲田方面へドライブの予定でしたが、予定変更でそのまま帰ってきました。
次回の休みに、あらためて行こうと考えています。
うまくすれば少しは紅葉も見られるかもしれません。

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Category: 美味しいもの

神戸「フロインドリーブ」

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四国からの帰途、新神戸で途中下車をして、妻おすすめのカフェを訪ねてみました。
妻からよく聞かされていた「フロインドリーブ」という名前のカフェです。
古い教会を改装したおしゃれなカフェで、神戸でも有名なお店だそうです。
もともとは「神戸ユニオン教会」という名前の教会だったのですが、それをフロインドリーブが買い取って、1階をパン屋、2階をカフェに造り替えたものです。
ゴシック様式の教会として昭和4(1929)年に建設されたのですが、1992年にはその役目を終えて空き家になっていたものを、阪神大震災で被害をうけたフロインドリーブが、この教会を本店として使用すべく再生したのだそうです。
子供の頃、この近くに住んでいた妻は、この教会の日曜学校によく通ったそうです。
またフロインドリーブもすぐ近くにあったので、よくパンを買ったとのこと。
そのころのフロインドリーブは今とは違って、ごく小さなパン屋さんだったそうですが、ただそのころからパンのおいしさには、定評があり、妻がパン好きになったそもそものきっかけもフロインドリーブのパンとの出会いにあったということです。
そんな思い出のあるパン屋さんと教会の両方が合体したカフェということで、いちどふたりで訪ねてみたいと常々話し合っていたのですが、今回の帰省がちょうどいい機会でしたので、思いきって訪ねてみたわけです。

訪れた日がちょうど日曜日ということもあって店はお客で満員でした。
さらに大勢の客が席が空くのを待っているという状態でしたが、せっかく来たのだからと気長に待つことにしました。
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数十分後、ようやく空いた席に案内されたのですが、広いスペースと高い天井の店内は開放感に包まれてほんとうに居心地のいい空間でした。
また注文したサンドイッチのおいしさに、頑張って待った以上の満足感がありました。
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食事のメニューはパン屋さんらしく、すべてサンドイッチのみです。
どれも試してみたいものばかりでしたが、私は店おすすめのクラブハウスサンドイッチを、妻はオープンサンドイッチを注文。
クラブハウスサンドイッチはチキン、ベーコン、たまごがたっぷりと入ったサンドイッチで、自家製のマヨネーズをつけて食べるというもの。
オープンサンドイッチはお好みのパンにスモークサーモンとクリームチーズがチョイスされたサンドイッチでした。
どちらもボリュームたっぷりで、そのおいしさを心ゆくまで堪能しました。

思い切って訪ねた甲斐があったというものです。
今回の旅行の最後を締めくくるのには、もってこいのシチュエーションになりました。
いい思い出がまたひとつ増えて、神戸をあとにしました。


フロインドリーブ本店

神戸市中央区生田町4丁目6-15
Tel. 078-222-0700
URL:http://www.mars.dti.ne.jp/~ghb1266/

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Category: 行事・記念日

父の死

12日から14日まで妻とふたりで、父の葬儀に出席するために、四国の実家に帰りました。

父が息をひきとったのは、9月10日10時半でした。
数日前から昏睡状態に陥り、医者からは「あと1週間ほど」と告げられていたのですが、2日前には一時昏睡状態から醒めて、母や妹の呼びかけにわずかながら反応したという連絡を受けていました。
持ち直したのだと思っていたのですが、残念ながら医者の診立てどおりの結果になってしまいました。
享年87歳、老衰による死でした。
平均寿命を越えた年齢ですし、病を患ったわけでもなく、安らかな最期だったのですから、思い残すことのない納得の死であったのではないかと思っています。
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到着した日の夜に通夜が行われました。
母をはじめ弟夫婦、妹夫婦、甥や姪たち、そして叔父、叔母、従兄弟といった親戚が集まった会食では、父の思い出を中心とした昔話に終始しました。
翌日の葬式では、大勢の方が出席されて見送ってくれました。
父は15歳で生まれ故郷を離れ、電機技士の見習いとして働き始め、以来70年以上にわたって多度津の地に住み続けたのです。
その間に培った地域の人々との広範囲にわたる交流の深さを、この葬儀によって身をもって実感しました。
戦争をはさんだ苦しい時代はあったものの、戦後の経済成長時代にはその一翼を担い、確固たる地盤を築いてきたわけですから、実り多い人生だったのではないかと思っています。

今回の葬儀では家族、親戚が久しぶりに一同に会し、旧交を温め合うことができ、ほんとうによかったと思っています。
遠く離れている家族がこうやって集まることは、お互いの生活や仕事のことなどを考えると、ほとんど不可能といっていいことかもしれません。
それを実現する機会を、父が与えてくれたような気がします。
そんなふうに考えることで父の冥福を祈りました。

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帰る日の朝、弟が即席のファミリー・コンサート(?)を開いてくれました。
クラシック音楽ファンの弟は6年ほど前からチェロを習い始めたのですが、その腕前をこの機会に披露してくれるということで急遽開いたコンサートでした。
すぐ傍でチェロの演奏を聴くというのは初めての経験でしたので、素人演奏ながらその音色に感動してしまいました。
また数曲弾いたなかに、たまたまショパンの「別れの曲」があり、父の遺影の前での演奏だったために、これが期せずして父との最後の別れの儀式のようになりました。

3日間という短期間でしたが、充実し、感動の多かった3日間でした。
また会う日を楽しみに、故郷を後にしました。

このブログを書いていると、妻が偶然隣の部屋でヨーヨー・マのCDを聴き始めました。
彼女も弟の演奏のことが、まだ心に残っているのでしょうか。
タイムリーな選曲でしたので、気分よくブログを書くことができました。
心地いいチェロの音色に誘われて、故郷でのことがまた蘇ってきました。

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テーマ : 終焉  ジャンル : 日記


Category: アート

ロン・ミュエク

発売中のFIGARO JAPAN 9/20号に「現代アート」の特集が組まれています。
その記事のなかにロン・ミュエク(Ron Mueck)の名前があったので、5月に十和田市現代美術館に行って彼の作品を観たことを思い出しました。
十和田市現代美術館は今年の4月26日にオープンした美術館です。
オープンに合わせて新聞に紹介記事が出ていたのですが、そのなかにロン・ミュエクの作品写真が載っていて興味をひかれ、実物を見たいと思い、出かけました。
彼の作り出す彫刻は、シリコンやファイバーグラスといった素材を使って、皮膚のしわや肌の質感、そして透けて見える血管までもが本物と錯覚してしまうほどのリアリティーで再現されています。
さらにそれが巨大であったり極小であったりと、非現実的な大きさなので、そのアンバランスさが見るものに強烈な印象を与えるのです。
本物そっくりな人体がありえない大きさで存在する驚きとともに、不安や不安定といった夢の世界のような不思議な感覚を体感させられることになるのです。
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十和田市現代美術館に展示されていた作品はスタンディング・ウーマン(Standing Woman)という4メートルを越える巨大な老婦人の像でした。
今にも動き出しそうなリアリティーと現実にはありえない大きさが見る者の現実感覚を狂わせて、いちど見ると、けっして忘れることが出来ないインパクトをもっています。
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今回のFIGARO JAPANの記事をきっかけに、あらためて調べてみた結果、写真のようなさまざまな作品に出合いました。
ますますロン・ミュエクの作品の魅力に惹かれてしまいました。

ロン・ミュエクは1958年オーストラリア生まれの彫刻家。
現在はイギリスを中心に活躍している作家です。
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Category: ガーデニング

庭にカマキリ

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ハナミズキの木にアメリカシロヒトリを発見。
すぐに発生している葉っぱを切り取って処分しました。
発見が早かったせいか、それほど大量でなかったのが幸いでした。
殺虫剤を使用することは避けて、この方法で対応することにしました。
しばらく様子を見て、また見つけたときはこまめに取り除こうと思います。
病害虫には原則として木酢液だけで対応し、できるだけ農薬を使わないガーデニングにしようと心掛けています。

この作業をしていたら偶然、木にとまっているカマキリを見つけました。
ほとんど動かないので最初は枝と見間違ったのですが、よく見るとカマキリでした。
子供の頃はよく見つけましたが、最近はあまり見かけることもなくなっていたので、ちょっとうれしい発見でした。

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Category: 読書

Tags: 五木寛之  エッセイ・評論  

図書館から借りた本

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先日庭に植えたメドーセイジが紫の花をたくさんつけて咲き誇っています。
花の少ない秋の庭の、そこだけが華やいだ雰囲気に包まれています。

雨模様の天気が続いていましたが、今日は久しぶりに晴れていい天気です。
妻はさっそく溜まっていた洗濯を始めたようです。
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気温があまり上がっていないせいか、秋らしいさわやかな空気が流れています。
ロシェルもリュウも心なしか気分がよさそうです。

図書館から本を借りてきました。
五木寛之「わが人生の歌がたり・第一部・昭和の哀歓」「わが人生の歌がたり・第二部・昭和の青春」立松和平「人生の現在地」小林信彦「人生は五十一から」の4冊。
気の向くまま、適当に選んだのですが、どの本の題名にも「人生」という言葉がついていたのは、面白い偶然でした。
最近の興味の対象に「人生」というキーワードが含まれていることに、はからずも気づいたようなしだい。
ついでにいえば、「老い」というキーワードにも反応することが多くなりました。
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五木寛之「わが人生の歌がたり・昭和の哀歓」「わが人生の歌がたり・昭和の青春」は、思い出の歌とともに自らの人生を振り返ったエッセイです。
「月刊ラジオ深夜便」に2007年から1年間掲載されたもので、戦前から1960年代ころまでの歌(歌謡曲が中心)が数多く出てきますが、世代の違いはあるものの、どの曲も聴いたことのあるものばかりです。
それらの歌を材料に、自らの生活と時代の移り変わりをとらえようとしたエッセイです。
昔読んだ彼のエッセイ「風に吹かれて」と重なるところが多く、興味深く読みました。
第三部まで出版されるそうですが、(すでに出版されているかも)図書館では第二部までしか見つけられませんでした。
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立松和平「人生の現在地」は自ら歩んできた道を振り返りながら現代社会を見つめなおそうとした本です。
人が自らの立つ位置を確認することは難しいものです。
その道しるべとなるのが過去であり、人との出会い、さらに歴史を振り返ることや芸術や読書といった類のものだと思います。
そして「現在地」を確認しようとするなかで、それまで見えなかったさまざまなものが見えてくる。
しかし変化の激しい現代にあって、自分の「現在地」を見つけるのは、なかなか難しい。
立松和平も書いています。「この時代に生きて、まだまだ迷っているぞ、私は。」と。
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小林信彦「人生は五十一から」は例によって映画、テレビ、落語、お笑い、世相、と多岐にわたった話題を俎上にのせたコラム集。
本人の弁を借りれば、「横丁居住者の生活と意見」となります。
古今亭志ん生のこと、喜劇人ベストテン、そして黒澤明の話などが面白かった。
ちなみに小林信彦があげた喜劇人ベストテンは
榎本健一(エノケン)、古川緑波(ロッパ)、横山エンタツ、益田喜頓、森繁久弥、三木のり平、フランキー堺、植木等、藤山寛美、渥美清、そして(別格)として笠置シズ子、高勢實乗(たかせみのる)の2人。
かなり世代の違いを感じる人選です。
森繁久弥、三木のり平、フランキー堺、植木等、藤山寛美、渥美清までは異論がないが、後は古い人ばかり。遺されたわずかな映像で知っているだけで、正直いってほとんどその全盛期を知らない人ばかりです。
なので反対の仕様がない。
機会があればいつか、ためしに私なりのベストテンを考えてみたいと思いました。

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Category: アート

横尾忠則「隠居宣言」

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9月2日付けの陸奥新報の文化欄「彩人往来」に、画家・横尾忠則の「隠居を語る」というインタビュー記事が掲載されていた。
興味深い内容だったので、書き出してみる。



「隠居宣言」は小林秀雄やヘルマン・ヘッセが老境について語ったり、書いたりした文を読んだのがきっかけです。「老人になるのは年をとることではなく、若くなることだ」という一節があって、そのとらえ方が新鮮だった。
宣言を機にグラフィックの依頼仕事はすべてやめ、「好きなことだけ」をやっているので、時間に追われることがなくなり、自分から時間を創造できるようになりました。
他者や世間に制約されない分、ほかのことにも手を広げられるようになったので、むしろ宣言前よりも忙しい生活を送っています。
宣言の形をとったのは、公にすることで自分にプレッシャーをかけられるからです。過去の自分を埋葬して、新たな再生をするという意味もありますが、宣言をしなければ踏み切れなかったというのが本当のところでしょう。
宣言前は、相手が自分をチョイスしていたけれど、今は自分がやりたいことを選んでいる。
ぼくの創造の核にあるのは、「少年性」だと思っています。キリコやダリといったシュールリアリストの絵を見ても、そこには彼らの幼児的視点や思考が垣間見える。ぼくがY字路に興味を持ったのも、自分の中にある少年の感性みたいなものとの関わりを抜きには考えられません。物語を編んで小説を書くという行為が楽しいのも、内なる少年性の故だと思います。
今年は東京と兵庫で個展「冒険王展」を開き、秋には香港で開催されるグループ展に参加、ニューヨークでも個展をやる予定です。何か特別に新しいことをやろうという気はありません。隠居ですから(笑い)。刹那的に発想したことやひらめいていたことをやっていくだけです。
隠居は、分別とか自我というものを解消する作業なのかもしれません。これまで振り回されてきた野望や欲望が消えていく。いい絵を描きたい、人から評価されるものを書きたいという思いより、自分の個人的な時間のなかで、自分にとって面白おかしいことをやるという点に重きがおかれるようになる。忙しそうに見えても、プレッシャーやストレスとは全く無縁の生活です。



以上のような内容である。

「隠居宣言」をしたのは、昨年の春、それに続いて『隠居宣言』(平凡社新書)という本も出版、横尾流隠居生活を満喫しているようだ。
この記事に刺激されて、もっと情報を知りたいと、ネットで検索してみると「日刊ゲンダイ」のつぎのようなインタビュー記事に出合った。
重複する部分もあるが、書き出してみる。



――68年には過去と決別するために「死亡宣言」を、83年にはグラフィックを廃業して絵を描きたいと「画家宣言」。そして、今回の「隠居宣言」の理由は?
「ヘルマン・ヘッセの『人は成熟するにつれて若くなる』や小林秀雄が隠居について語った言葉にピンとくるものがあって、もう年齢に抵抗するのはやめようと。老人になった以上、老人であることを歓迎した生き方をしようと思ったんです」
――それは具体的に、どんな生き方?
「“画家宣言”で絵に転向した後も、グラフィックの仕事が少しずつ増えていたんですね。もうグラフィックはやり尽くした感じもあるし、このままでは時間的に縛られる。だから今後はグラフィックを完全廃業して、全部の時間を自分に取り戻して、本当にやりたいことだけやって生きていこうということです」
――それが、絵を描くこと?
「絵は僕にとって仕事というより趣味。終わりがない世界で、楽しみのひとつなんです。実際に“隠居”以降は、時間に追われることなく、こちらからやりたいことを追いかけている状態。すごく気分がよくて、これなら10年前にやればよかったと思ってるくらい(笑い)」
――今は、みんなが生涯現役を目指す時代だが。
「生涯現役がさも素晴らしいことのように、頭に叩き込まれてる(笑い)。でも、小林秀雄が言うように、老人になってまで若者のように考え、行動しようとアクセク頑張るなんて、老人になった値打ちがないですよ。降りたら終わりという強迫観念も相当根強いと思うけど、僕は逆に、降りたところから新しい人生が始まると思います」
――定年後の生き方として隠居は最高?
「僕にとってもグラフィックは経済的な基盤だったけど、まぁ暮らしていければいいかと手放したら、面白いことに絵のほうが売れ始めた。年金やアルバイトで生活できるなら、それ以上稼がなきゃって頑張らないで、好きなことをやったほうがいいと思いますね」
――定年後、何をしたらいいかわからない人は?
「子どもの頃好きだったことをやるとか、あるいは、やりたくてやれなかったことをやるのもいい。僕は今になって世界名作全集を読んでるんです。『宝島』や『トム・ソーヤの冒険』。青春時代がまたやってきたみたいな錯覚が起こって、実に楽しいですよ」



少年らしい「遊び」の心で、やりたいことをやりたいように生きる。
横尾忠則が70歳を過ぎてたどり着いた境地はやはり刺激的だ。
世間的な枷から開放されて自由に生きること、それができるということは、やはりこれまでの積み重ねがあってのことなのは云うまでもないことだ。

この機会に、これまでの彼の足跡と、私の横尾体験を掻い摘んで記しておこうと思う。

まず私が横尾忠則なる人物を知ったのは「平凡パンチ」のグラビア写真であった。
それは作家、三島由紀夫とふたりで写った写真で、大家の三島由紀夫の隣にアイビールックのスーツを着た、劣等感の塊のような風貌をした青年が立っている。
それはいかにも不釣合いな組合わせで、いったいこの人物は何者だ、という興味と軽いショックを感じたのが最初の出会いであった。
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解説によって横尾忠則という名前のイラストレーターということは知ったが、どんな作品を描くかということは、分からなかった。
その後すぐに彼の作品を目にする機会が訪れた。
それは状況劇場の「腰巻お仙」という芝居のポスター。
その絵はこちらの魂を鷲掴みにして荒々しく揺さぶり、意識下に閉じ込めた遠い記憶、触れたくない秘密の記憶を呼び覚ますかのような絵であった。しかしそれはなぜか妙に懐かしい。
それまで見たこともないような独特の絵にショックを受け、以来彼のファンとなって作品を夢中になって探しすようになった。
幸いにも、その頃から横尾忠則は俄然注目されるようになり、作品を目にする機会が増えていった。
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時代はベトナム戦争、学生運動、カウンターカルチャーの時代で、世の中に熱い熱気が渦巻いていた。
そして既成の価値観を揺るがすような、新しいものが、つぎつぎと現れてくるという時代でもあった。
そんな流れのひとつに横尾忠則という存在があったのである。
1969年には大島渚監督の「新宿泥棒日記」に主演。
時の文化の中心であった新宿の街を彷徨する青年を演じて、その混沌の水先案内をするといった風な映画であった。
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彼がポスターを描いた状況劇場の役者たち(唐十郎を筆頭に麿赤児、大久保鷹、四谷シモン、藤原マキ、李礼仙など )も総出演、さらに横尾忠則も状況劇場の芝居(「由比正雪」)に出演する場面が登場するといった映画で、当時の新宿の熱気がドキュメントされている。
もはや彼は時代の寵児で、その一挙手一投足が注目の的という存在になっていた。
この頃出版された著書に「一米七〇糎のブルース」という本があり、これは今でも手元にあるが、1962年から69年までの彼のエッセイや日記、インタビュー記事で構成されており、これを読み返すと当時の彼の活躍のほどが窺われる。
また創作の秘密の一端にも触れることが出来るという貴重な記録でもある。

彼のイラストはシュールレアリズムとポップアートを融合した独自の手法によって生み出されているが、デザインの主流であるモダニズムとは一線を画した、あきらかな異端であった。
デザイン界からは「反デザイン」として批判されたりもしているが、海外での評価が高まるなど、もはやデザイン界の枠を飛び越えた存在になっていった。
そもそも彼のデザインはモダニズムの限界を意識した地点から出発している。
モダニズムとは対極の土着的なもの、卑俗なもの、さらには幼少期の前近代的な記憶への回帰から彼のデザインは生み出されていく。
それはキッチュで毒々しく刺激的な作品だ。
そこから近代を越えようとするエネルギーが放出されていく。
こうして彼は時代の牽引者としての栄光を担うことになっていくのだが、81年にニューヨークでピカソ展を観たことをきっかけに突如「画家宣言」をして、その場を降りてしまう。
彼のように一時代を築いた人間が、その方向性を大幅に変更するのはかなり勇気のいることだと思う。
それを彼はあえて行う。
それは、ピカソがさまざまな変貌を繰り返したという事実に勇気づけられて踏み出した行動であった。
こうして画家に転進した彼は、ピカソ同様のさまざまな変貌を遂げていく。
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仏教、宇宙、インド、滝、Y字路、少年、江戸川乱歩、密林、ターザン、冒険小説といったモチーフの変転と反復。
これらすべては自分の経験や記憶のなかから、自然と浮かび上がってくるものを感覚的にキャッチしたものばかり。
夢やインスピレーションによって示唆されたものを忠実に掬い上げて作品世界を構築していく。
さらにひとつの作品では表現しきれないものを他の作品で補完し、といったぐあいに作品全体で横尾ワールドを表現していく。
ただ、こういった変貌や転進はひとつ間違うと、節操のなさと見られるかもしれないし、変節と映るかもしれない。
そんな危険を孕んでいるが、自らの興味の赴くまま、あえてその道を進んでいく。
そこに、ひとつの場所に安住せず、脱皮を繰り返すことで、次の新しいものを生み出そうとする確実な意志と冒険を感じるのである。
こうやって見ていくと今回の「隠居宣言」も自然な成り行きだったといえるのかもしれない。
70を過ぎてもなお衰えない創作のエネルギー、彼にとっては自らの肉体、精神が命ずるままの自然なことなのかもしれないが、これは驚くべきことである。
こうしておそらく一生、時代の前衛を走り続けていくことだろう。
そしていつまでも刺激的な存在であり続けるにちがいないのだ。
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岡之山美術館:横尾忠則の生まれ故郷である兵庫県西脇市にある美術館、彼の作品が常設展示されている。
横尾忠則公式サイト:http://www.tadanoriyokoo.com/

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Category: 落語

3代目桂三木助「芝浜」

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テニス仲間のAさんからLP「落語名人選」「続・落語名人選」を借りました。
1975年、76年の制作なのでまだCDなど、なかった頃のものです。
なにせLPですので、ターンテーブルがないことには聴けません。
幸いにも、わが家にはターンテーブルが健在で、まだ現役で活躍しているので、さっそく借りることにしました。

まず最初に聴いたのは3代目桂三木助の「芝浜」。
この噺は「芝浜の三木助」といわれたように三木助得意の演目。
三木助の落語はこれまで聴いたことがなかったので、まず第一に聴いてみようと思ったわけです。

酒ばかり飲んで貧乏している男が芝浜で大金の入った財布を拾う。喜び勇んで家に帰って祝いの酒を飲み、眠っている間に拾ったはずの財布がなくなってしまう。財布を拾ったことは夢であると女房に諭され、それをきっかけに男は改心、酒を断って懸命に働き、3年の後には独立して自分の店を構えるまでになる。そして大晦日の夜、女房から「実は自分が財布を隠していたのだ。 」という真相を知らされるという噺。

これは三遊亭円朝が客から出された題から即座に作った三題ばなしがもとになっており、古典落語の中でも屈指の人情噺として知られた噺です。
また噺のヤマ場が大晦日であることから、年の暮れに演じられることが多い噺です。

桂三木助は1961年、58歳の若さで亡くなりました。
江戸前の粋な噺に磨きがかかり、これからというときの惜しまれた死だったようです。
三木助の落語はこのほかに「ざこ八」「崇徳院(すとくいん)」「へっつい幽霊」が収録されているので、こちらも近々聴いてみたいと思います。

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Category: SONGS

美樹克彦「NHK歌謡コンサート」に出演

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昨夜、放送された「NHK歌謡コンサート」に美樹克彦が出演。
「花はおそかった」を歌いました。
懐かしい。
今年還暦を迎えるということで(昭和23年10月22生まれ)赤いジャケットを着ての出演でした。

彼はもともと子役として芸能界デビューをした人です。
その彼が子役として出演したテレビ映画に「風小僧」という時代劇があり、毎週夢中になって見ていたものです。(ちなみに主役は山城新伍)
この時の芸名は「目方誠」。芝居のうまい子役でした。
しかも同い年ということもあって、いつかファンになっていました。

その後は何年間かの空白期間があり、再び彼を目にしたのは「美樹克彦」という名前の歌手としてでした。
歌手となった彼は「俺の涙は俺がふく」「回転禁止の青春さ」、「赤いヘルメット」などのヒット曲を出しましたが、最大のヒット曲は「花はおそかった」でした。
その曲を昨夜のステージで歌ったのですが、歌声は衰えていず、昔と変わらぬ艶のあるいい声でした。
この曲には台詞が入るのですが、それは芝居がうまかった彼の持ち味を出すために考え出された企画だったのではないでしょうか。
語りのうまさは今も変わりません。
当時はそれがあまりにうますぎて、思い入れたっぷりだったために、かえってこちらが気恥ずかしくなるくらいでした。
でもそんなところが逆に印象に残り、大ヒットにつながったのかもしれません。
流行歌のヒットにはこういったふうに、最初は抵抗を感じるくらいのインパクトのあるものが多いように思われます。
そういった抵抗感が、繰り返し何度も聴くことで逆に心地いいものに変わってくるといった現象がヒット曲にはあるようです。

現在、彼は作曲家、音楽プロデューサーとして活動しているそうです。
よく知られた曲には小林幸子とのデュエット曲「もしかしてPART-II」があります。

昔ファンだった人がこうやって登場してくると、なんだか昔の同級生に再会したような懐かしさをおぼえます。
そしてこうして元気でいる姿を見ていると、こちらも元気になるような気がしてくるのです。
こういった再会は嬉しいものです。



花はおそかった
 星野哲郎:作詞  米山正夫:作曲

(セリフ)「こんな悲しい窓の中を雲は知らないんだ
どんなに空が晴れたって、それが何になるんだ
大嫌いだ 白い雲なんて」

かおるちゃん おそくなってごめんね
かおるちゃん おそくなってごめんね
花をさがして いたんだよ
君が好きだった クロッカスの花を
僕はさがして いたんだよ
かおるちゃん おそくなってごめんね
かおるちゃん おそくなってごめんね
君の好きな
花は 花は 花はおそかった

かおるちゃん 君の白いその手に
かおるちゃん 君の白いその手に
花を抱かせて あげようね
君と夢にみた クロッカスの想い出
花を抱かせて あげようね
かおるちゃん おそくなってごめんね
かおるちゃん おそくなってごめんね
君の好きな
花は 花は 花はおそかった

(セリフ)「信じるもんか、君がもういないなんて
僕の命を返してくれ、返してくれよ」

君の好きな
花は 花は 花はおそかった

(セリフ)「バカヤロー」


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「SONGS」BESTセレクション4

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先日(8月30日)録画しておいた「SONGS」BESTセレクション4を見ました。
出演者は登場順に松田聖子、Mr.Children、矢沢永吉、寺尾聰、DREAMS COME TRUE、橋真梨子、槇原敬之、玉置浩二、鈴木雅之&菊池桃子、鈴木雅之&鈴木聖美、忌野清志郎、そして再び松田聖子が登場して、矢沢永吉で終わるというもの。
BESTセレクションということもあって中身の濃い内容でした。
「SONGS」という番組は、どのようにすれば歌い手のよさ、歌のよさをより効果的に見せることが出来るか、ということに心を砕いている番組です。
普段聴き慣れた歌でも、この番組で取り上げられたことで、新しい発見をするということがしばしばありました。
出演する歌手をどんなアプローチで見せてくれるか、いつも期待と楽しみで見ています。
今回のなかでは、矢沢永吉のよさは別格として、玉置浩二と忌野清志郎、そして橋真梨子がよかったです。
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玉置浩二が歌の前置きとして語った中で「50過ぎてからだね、歌は」という言葉が印象に残りました。
さらに「うまく歌うことをやめて、シンプルに歌う」と歌い方の変化を語りましたが、その内容どおりに「夏の終わりのハーモニー」を歌い、聴かせてくれました。
ほんとうに心にしみる歌唱でした。
若い頃の玉置浩二は技巧に走って、悪く言えばかっこつけて歌う歌い方で、時にそれが嫌味に聞こえることがありました。
でも最近は、ほんとうに心に強く響いてくる歌い方だな、としみじみと思います。
かっこよく見せようという衒いがなくなり、自然な態度で歌う姿に、とても好もしいものを感じます。
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忌野清志郎は2月6日のスタジオライブでの収録。
これは癌から復活後、初のTV出演でした。
スタジオに大勢のファンを集めての歌声は、癌治療以前のときと変わらぬ元気さでした。
「雨上がりの夜空に」をファンとともに熱唱。
先日再入院したということもあって、とくに印象深く聴いてしまいました。
再度復活することを願うばかりです。
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橋真梨子に関しては、もういまさら言わずもがなです。
ファン投票リクエスト第一位だった「for you…」を歌いましたが、ますます円熟味を増してきたヴォーカルにしびれてしまいました。

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全米オープン錦織が4回戦進出

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うれしいニュースが飛び込んできた。
全米オープン3回戦で錦織圭(ソニー)が第4シードのダビド・フェレール(スペイン)にフルセットで競り勝って、4回戦に進んだというニュース。
1968年のオープン化以降、日本人男子が4回戦に進出するのは初めてのこと。
オープン化以前を含めると、1937年に中野文照と山岸二郎の2人が進んで以来、71年ぶり。
4大大会では、1995年のウィンブルドン選手権で準々決勝に進んだ松岡修造以来。
と、こう書いてくるとこの勝利がいかにすごいかがよく分かる。
しかも昨年10月にデビューしたばかりで達成、というところがさらにすごい。

今年の2月に「デルレイビーチ国際選手権」でツアー初優勝を果たしたのに続いて、早くも第2のビッグニュースを提供してくれたわけだ。
松岡修造が引退して以降、あとに続く選手がいなかっただけに錦織という逸材が現れたことは、テニスファンにとってはうれしいニュースだ。
今後どんな活躍を見せてくれるか、期待がさらに膨らんでくる。
とても楽しみである。

錦織 圭(にしこり けい)のプロフィール
1989年12月29日生まれ。島根県松江市出身。身長178cm、体重70kg。
5歳からテニスを始め、2001年に「全国小学生テニス選手権」で優勝。
2003年に渡米、IMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーにテニス留学。
2006年全仏オープン男子ジュニアダブルス部門で、
エミリアーノ・マッサ(アルゼンチン)とペアを組んで、
日本男子史上初の4大大会ジュニアダブルス優勝。シングルスでも8強に入る。
2007年10月プロデビュー。
2008年2月アメリカ・フロリダ州デルレイビーチでの「デルレイビーチ国際選手権」で
予選から勝ち上がってツアー初優勝。
2008年6月ウィンブルドン選手権に出場。1回戦敗退。
2008年7月北京オリンピック出場。1回戦敗退。

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プロフィール

cooldaddy

Author:cooldaddy
住んでいるところ:青森県弘前市
出身地:香川県
年齢:今年(2008年)還暦です。
性別:男

還暦という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
趣味のこと、生活のこと、心に残ったことなど、My Favorite thingsを、気ままに書いていこうと思います。
末永くおつき合いください。

映画サイト「マイ・シネマ館」もやっています。
こちらもよろしく。

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