風に吹かれて

My Life & My Favorite things

Category: テレビ・ラジオ番組

第40回「思い出のメロディー」

NHK総合放送で「思い出のメロディー」を観る。
今回が40回目という節目の放送である。
また東京タワーができて50年ということで、東京タワーにまつわるエピソードや歌が取り上げられる。
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見所はいろいろあったが、まずは83歳の岡本敦郎と89歳の森光子が歌を披露したのが印象に残った。
両人ともかなり老いが目立つ姿ではあったが、歳を感じさせない歌声で、岡本敦郎は「白い花の咲く頃」、森光子は美空ひばりの「東京キッド」を歌った。
どちらも昭和25年の歌である。

また珍しいところでは守屋浩が登場、「僕は泣いちっち」を歌う。
テレビ出演はほんとうに久しぶりのことである。
その姿を見られただけでも、この番組を観た値打ちがあった。



石川さゆりが「青函連絡船 摩周丸」の前で「津軽海峡冬景色」を歌ったのもよかった。
聴きなれた「津軽海峡冬景色」だが、こういったシチュエーションで歌うと、また違った味わいがある。
これは青函連絡船就航100年を記念した企画であった。
ただちょっと注文をつけさせてもらうと、函館港ではなく、青森港からの中継で見せてほしかった。
この歌は函館よりも青森が舞台の歌なのだから。

天童よしみが井沢八郎の「ああ上野駅」を歌ったのも、よかった。
昔働いていた職場に、集団就職で仕事に就いた同僚がいて、彼がある仕事の慰労会でこの歌を唄った。
それまではほとんどこの歌に関心がなかったが、彼が歌うのを聴いてはじめてこの歌の良さに気づかされたという思い出がある。
それ以来この歌は特別の思い入れのある曲になった。
それを天童よしみが歌ったことで、また新たな感動をおぼえた。

懐かしい歌、懐かしい顔ぶれに、いろいろと昔のことを思い出しながら、たっぷりと楽しんだ2時間半でした。

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Category: 外国映画

「グッド・シェパード」と「悪い奴ほどよく眠る」

昼食で「はなのや」に行ったが、12時前というのに駐車場はほとんど満車状態。
かろうじて停められたが、平日のこの時間に、こんなに混んでいるのは、
「はなのや」の人気のほどが窺われる光景だ。

食後、猿賀公園に立ち寄り、園内を散策。
ここに来るのは2度目。
今年の春に初めて立ち寄り、印象に残っていたので、今回もちょっと寄り道をしてみた。
鏡ヶ池にはハスの花が咲いていて、これは予想外のことで、ラッキーだった。
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隣接する猿賀神社に、増田手古奈の「ただ佳句を 志すのみ 老の秋」という句碑が建っていた。

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夜、DVDで「グッド・シェパード」を観る。
ロバート・デ・ニーロ、久々の監督作品。
第2次大戦下のロンドンと1961年のキューバ危機を舞台に、CIAの諜報活動の暗部を描いた映画。
167分の長丁場だが、重厚な画面と内容にひきづられて飽きずに観てしまう。
ただ人間関係やストーリーが入り組んでいて、分かりにくい部分があり、いささか消化不良気味。
人間ドラマの部分も、いささか食い足りない。
対象となるテーマが大きすぎたのか、切り込み方がいまいち浅かったように思う。

はじめは主役のマット・デイモンがジェイソン・ボーンと重なって見えて困ったが、映画が進むにしたがってそれもなくなった。
マット・デイモンは寡黙で忍耐強いエリートという役柄がよく似合っている。
題名の「グッド・シェパード」(よき牧羊犬)どおり忠実に、辛抱強く羊(市民、アメリカ合衆国)を守る牧羊犬の役目を果たす男を好演、彼の起用は成功だったようだ。
(ちなみに映画の題名はヨハネによる福音書のなかのイエスの言葉、「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。」からとっている。)

いわゆるアクションありスリルありのスパイ映画と違い、リアルな実態を描いた映画なので、派手な見せ場はないものの、静かに張り詰めた緊張感は味わえる。
昔見た「寒い国から帰ったスパイ」という映画を思い出した。
こちらも冷戦下のスパイ活動をリアルに描いた映画だった。
いつの時代も社会の陰で暗躍する、こういった人間たちがいるということだ。

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一昨日「悪い奴ほどよく眠る」を観たが、こちらも社会の暗部を描いた映画だったので、「グッド・シェパード」との暗合を感じた。
現在NHK BSで黒澤明特集をやっていて、予告編がよく流れているが、それを見た妻がこの映画を今すぐ観たいと言い出したため(BSでの放映は10月4日)急遽DVDをレンタルして、いっしょに観ることになった。
この映画は以前いちど観ているが、時間が経っているために、初めて観るような新鮮な気持ちで観直すことができた。
さすがに黒澤作品だけあって重厚このうえない。
ただ結末には納得いかないというのが、妻の感想。同感である。
しかし黒澤監督としてはこういう終わらせ方で、権力の壁の厚さをより強力に、表現したかったのだと思う。
こういった映画に、後味の苦さはつきものだ。
その苦さがズシンと心に残ることで、いつまでも忘れられない映画になっていく。
そういう映画なのである。

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Category: テニス

朝テニス大会

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平日は朝6時から8時まで、土日は朝6時から9時まで、
弘前運動公園テニス場でテニスをやっていますが、
昨日はそのメンバーたちで「朝テニス大会」と銘打った大会を開催しました。
といってもそんなに大げさなものではなく、参加者が2チームに別れて
ダブルスゲームを行い、チームの勝ち負けを競うというもの。
やることは普段とほとんど変わらないのですが、やはり大会と名が付けば、
力の入れ方も違うのではないか、また、4月から始まった朝テニスも
中盤を過ぎて、少し中だるみの時期を迎えている頃なので、
ここらで少し変化をつけて刺激を与えようというねらいもあるわけです。
そのねらいの効果があったようで、
みんな、いつもより真剣なプレイを繰りひろげ、
接戦が多かったようです。

ま、そんなわけで熱戦のなかにも和気藹々と進行して、
無事に大会を終えることができました。
参加者は25名、天気予報では雨の確率80%ということで、
いささか空模様が心配でしたが、幸運にも雨は降りませんでした。
みなさんご苦労様でした。
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そして夜はいつものパターンで、キャッスル・ホテルのレストランで懇親会。
参加者は若干減って14名でしたが、テニス談義その他で、
おおいに盛り上がりました。

では明日から、また気持ちを新たに、テニスをがんばろう。

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Category: 読書

山田太一「逃げていく街」

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山田太一のエッセイ集「逃げていく街」を読んだ。
これはあまりエッセイを書かないという山田太一の10年分のエッセイをまとめたものである。
少年時代の回想に始まり、大学時代の思い出、松竹大船撮影所時代のこと、好きな映画や本のこと、さらには自身が書いたテレビドラマのことなどが書かれている。
そのなかに松竹時代に助監督としてついた木下恵介監督のことを書いたエッセイがあり、それを読んで「なるほど」と思ったので、ちょっと長くなるが、以下にその一部を書き出してみる。

そのエッセイは、木下恵介監督が黒澤明監督と、ほぼ同時期に監督デビューをし、ともに注目されたことから、比較して語られることが多かったという書き出しから始まっている。
そして木下作品のほうが評価が高かった時代があったものの、黒澤作品が海外から高い評価を受けるようになるにしたがって、その立場が逆転する。
だがほんとうにそうなのかと、山田太一は問う。
そして次のように続ける。

 日本ではあれほど評価された木下作品が、どうして黒澤ほどの評価を海外で受けないか。それは作品として少し劣っているせいではないかと当惑し、しかし公開時に見た時の感動を思うと否定も出来ず、評価を口ごもるところが多くの人にあったように思う。
 それは西欧人に接する時の日本人の二面性に通じるところがあるかもしれない。西欧人はイエスとノーをはっきりいい、弱さを見せず、自我を持ち、なにについても意見を持つ人間を評価すると聞き、一所懸命それに合わせて評価を手に入れつつ、一方でひそかに日本人はそれだけの存在じゃない、と思っている。イエスとノーをはっきりいうほど単純ではないし、強けりゃいいとも思っていないし、自我を持つことが何よりなどと無邪気には思えないし、なにについても意見を持つなどということのいかがわしさも知っている。しかし、そういう側面を表に出すと、西欧人は理解しないだろう、軽蔑するかもしれない。そう思って自分を隠している。その隠している一面を木下作品が豊かに持っているというところはないだろうか?私は、西欧人に簡単に分からないことこそ、むしろ木下作品の豊かさなのだと思っている。


さらに

 いま多くの人が、ありそうもないから、と諦めているものを木下監督は描こうとしている。若い二人の自我の弱さゆえの美しさ(野菊の如き君なりき)教師と生徒たちの固い結びつき(二十四の瞳)信じ合い助け合う夫婦、思い合う親子(喜びも悲しみも幾歳月)。そんなものは非現実だとしらけるのは簡単だが、しらけている人間だって、心の底ではそうしたものを手に入れたいと思っているのではないのか?木下監督はもう一度問い直す。「本当に、現実はそうはいかないのか?」と。駄目だと思い込んで、「諦めているだけではないのか?」と。
 それには少し理想家の強引さがあるかもしれない。
しかし、善も時に魔と呼ぶしかない激しさをともなわなければ力を持たないのだという「善魔」の台詞のように、監督の「美しい世界」を描こうとする願いは強い。
 そしてその世界を支えている土台は、西欧風の美意識や価値観ではなく、かつて日本人の多くが共有し、いま尚実は共有し続けている、人をつきつめることのない優しさ、曖昧さ、非論理、いたわり、弱さ、涙、嘆き、忍耐、諦めなのである。それらを肯定する力なのである。これは西欧人に簡単に共有できる世界ではない。しかし私たち日本人には、決して無縁な世界ではなく、ことによるとこうした世界を見直し肯定するところに、私たちの未来はあるかもしれないのである。


また

 たとえば私は、信州の魅力を木下作品を通して教えられた。同じように、小豆島の美しさも「二十四の瞳」によって教えられた。作品に描かれることではじめて存在する土地というものがある。無論それまでだって存在していたのだが、非凡な目を通すと新しい土地になる。木下作品は、そんな力を持つ映像に満ちている。遠景の美しさ、カメラ移動の快さ、朝の霧、昼の雨、夜の闇、その多くはカメラマン楠田浩之の成果でもある。私は数年木下監督の下で助監督をした人間だが、美しい雲の現れるのを待って何日もねばるおふたりの姿を忘れられない。多くの作品は、現在の日本映画の状況では到底撮ることの出来ない、贅沢で丁寧で品格のある映像をたっぷり含んでいる。

と書いて、その魅力を説く。
身近にいた山田太一だからこそ、書けることなのだと思う。
こういった文章に接すると、映画に対する理解が、なおいっそう深まる。
そして作品の輪郭が、かなりはっきりとしてくるのである。

こうして書いているうちに、木下作品をむしょうに見直してみたい気持ちになってきた。

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Category: ニュース

女子ソフトボール、悲願の金メダル

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女子ソフトボールの決勝戦で、日本がアメリカに3-1で勝って優勝、
金メダルを獲得しました。
エース上野由岐子は、前日に2試合を完投したのに続いて決勝でも完投、
3試合で413球を投げぬく力投でした。
アメリカチームはアトランタ五輪から始まったソフトボールで、
3大会連続優勝、4連覇を狙った大会でしたが、
日本がこれを破って阻止、また日本チームもアトランタ4位、シドニー銀、
アテネ銅と優勝に届かなかっただけに悲願の金メダルでした。
また2012年のロンドン大会からは実施競技からの除外が決まっており、
これが金メダル獲得の最後のチャンスだったわけです。
有終の美を飾った、ほんとうに価値ある優勝でした。

実況解説をしていた宇津木妙子元監督も優勝の瞬間は「やったー!」の絶叫で、
その後は感極まったのか、しばらくは言葉が出てこない。
こちらも思わず貰い泣きしてしまいました。

なお斎藤春香監督は、わが町、弘前市出身ということで、母校の弘前中央高校では
大勢の生徒、関係者が集まって盛大な応援を繰り広げたそうです。
それだけに金メダル獲得は、ほんとうによかった。
優勝、おめでとう!!

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Category: 地域情報

秋近し

昨夜から降り続いた雨は今朝は小雨になっていました。
雨が降らなければテニスに行こうと思っていたのですが・・・。

傘をさして散歩をしていると、そのうちに雨がやんできたので、
家に帰って自転車に乗り換えて再び散歩に出かけました。
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途中で写した岩木山の写真です。
ついでにりんご畑のりんごの写真もいっしょに。
実はもうかなり大きくなっていました。
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朝晩はけっこう冷え込んできたので秋近しという気配を感じます。

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Category: 落語

金原亭馬生「親子酒」

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10代目金原亭馬生は5代目古今亭志ん生の長男で、
3代目古今亭志ん朝の兄である。
名人志ん生と人気者志ん朝の間にはさまれて、
どうしても地味な存在に見えてしまうが、
落語のうまさ、味わいではこのふたりに負けていない。
というよりも独特のとぼけた味わいと上品さをもっており、
両者のいいところを併せ持ったような落語家といえよう。
その馬生の「親子酒」を聴いた。

酒好きの商家の親子が、商売の失敗につながりかねないという理由から
酒を断つことをお互いに約束するが、結局は酒の誘惑に負けてしまい
禁を破るという話で、酒好きの馬生らしい一席だ。
酒好きといえば父親の志ん生の酒好きは、つとに有名だが、
馬生もそれに負けないほどの酒好きだったようだ。
朝、起抜けから酒を飲むほどの酒好きだったそうで
その馬生の噺だけに、酒飲みの心理や酔態が微に入り細に入って語られる。
そのしぐさのひとつひとつに笑いを誘われて、思わず「うまい!」と
掛け声をかけたくなってしまった。

馬生は1982年に54才の若さで急逝したが、
この噺の時にはまだ50前後だったわけで、
そんなに若かったのかと正直いってビックリである。
とてもそうは見えない。もっと年寄りに見えてしまう。
少し猫背気味にゆったりと語る様子は枯れた年寄りそのもの。
だがそれは落語家としてはけっしてマイナス要素というわけではなく、
むしろ美点のひとつといってもいいだろう。
ほとんどの名人上手が年老いてから花開いたように、
落語という芸を磨くためには長い年月が必要なのは自明のこと。
そんな年季を感じさせる雰囲気を馬生は若くして身につけていたわけだ。
ご隠居や商家の大旦那をやらせると天下一品なのも頷ける。
そんなことを思いながらこの噺を楽しんだ。

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Category: 愛犬

ラブのこと

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8月1日は先代のラブラドール・レトリバー「ラブ」の命日です。
4年前の8月1日に「ラブ」は亡くなりました。14歳でした。
死因は肺水腫、肺に水がたまる病気で、
死の直前までこの病気に罹っていることは分かりませんでした。
体調が悪くなって病院で診察を受けたときに、
初めてその病気のことを知りました。
迂闊といえばそうなのですが、普段はほとんど病気らしいところはなく、
ただ散歩のときに、ゼイゼイと息を切らせていたくらいのものでした。
今考えればそれが肺水腫の症状なのですが、食欲もあり、
元気なので別段何の心配もしていなかったのです。
食欲といえば、ラブは一生を通じて常に食欲旺盛な犬でした。
亡くなった日の朝も、いつもと同じ量のフードをペロリと平らげたくらいです。
食欲不振でフードを残すということはいっさいありませんでした。
ですから、まさかその日のうちに死んでしまうなんてまったく考えもしませんでした。
昼過ぎに容態が急激に悪化、病院に行ったときには自力で立てない状態でした。
そしてその夜、突然息をひきとったのです。

妻は今でもこの日の別れを、人生でいちばん悲しい出来事だったと言っています。

ラブを飼うことになったきっかけは、次女の高校受験合格のお祝いに
「犬を飼いたい」というリクエストをされ、それに応えたものでした。

いつか犬を飼いたいと考えていたわれわれ家族はちょうどいい機会だと、
すぐに犬探しを始めました。
そのときにはすでに犬種はラブラドール・レトリバーと決めていました。
盲導犬として活躍するラブラドール・レトリバーは
われわれ家族にとっては憧れの犬種でした。
いつか犬を飼う機会があればぜったいに
ラブラドール・レトリバーだと考えていたのです。
しかし当時はラブラドール・レトリバーはまだ特殊な犬種で、
近辺ではあまり見かけることはありませんでした。
そこで犬の雑誌をたよりにブリーダーを探し、
結局、東京の警察犬訓練学校から購入することにしたのです。
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航空便で送られてきた子犬を次女とふたりで
空港まで迎えに行った日のことは、
昨日のことのようによく憶えています。
カウンターで受け取り事務をすませ、クレートから出てきた
元気いっぱいの子犬を抱いたときの柔らかい感触は
今も手の中にはっきりと残っています。

これから子犬との楽しい日々が始まるのだと期待に胸高まりましたが、
これは大きな目論見違いで、それからの日々は悪戦苦闘の連続でした。
ラブラドール・レトリバーは盲導犬になるくらいの賢い犬という単純な考えは
見事にひっくり返されてしまったのです。
散歩をさせると力任せにひっぱる。
家の中のものは手当たり次第に咬みついて破壊してしまう。
とにかくそのヤンチャぶりは一筋縄ではなく、
ほとほと手を焼かされてしまいました。

犬を飼うための知識を得ようと図書館にある犬関係の本は
片っ端から借りて勉強しましたが、実践ではほとんど役には立たず、
逆に中途半端な知識が却って邪魔になってしまうようなことが多々ありました。
そういった本にはラブラドール・レトリバーがいかにいい犬か、
といったようなことばかりが書いてあり、
家を破壊しつくすなんてことは、どこにも書いていないのです。

しかし今振り返ってみると、結果を求めることに性急すぎたのだと、
反省しています。
しつけは根気強く繰り返し続けるということ、結果はすぐに現れなくても、
諦めずに続けるべきということ、そしてもし改善されなかったとしても、
それなりに犬と付き合う方法を見つけていけばいいのだということ、
そんなさまざまなことを学びました。

100%人間に都合のいい犬なんていません。
犬それぞれに性格も違い、個性がある。
それを人間の都合に合わせて矯正するのは本来は不自然なこと。
そうではなく、その個性に合わせた付き合い方をすればいい。
欠点と思えるようなことでも、家族のなかで容認できることであれば、
それを無理やり矯正する必要はないのではなかろうか。
自分たちの生活のなかの許容範囲であれば、
そのままの形で受け入れるべきなのだ、と。
そんな考えをもつようになりました。
そしてそんな考え方が気持ちの余裕を生み、
それとともにラブも自然と家族の一員として馴染んでいったのです。
そして当初の目的であった「犬との楽しい日々」が時間とともに
現実のものになっていきました。

悪戦苦闘した嵐のような数年間は、ラブを何とかいい犬にしたいという
思いにとらわれすぎていたように思います。
ラブラドールという犬種はその可能性のある素質をもっているのだという
固定観念が強すぎたようです。
そんな幻想から自由になるところから良好な関係が育っていったように思います。
そしてそうした良好な関係がいったん生まれると、それまでの悪戦苦闘などは
アッサリと忘れてしまい、いい思い出ばかりが残るようになりました。
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ラブは常に家族の中心にいました。
家族の潤滑油の役割を充分に果たしてくれました。
とにかくラブがいることで常に笑いが絶えません。
家族間に何か問題が起きても、ラブの話題が出ることで、
いっきに解消するということも度々のことでした。
会話が途絶えたようなときでも、
ラブのことさえ話しだせばすぐに話が盛り上がります。

ラブラドール・レトリバーはとにかくフレンドリーな犬種です。
飼い主といっしょにいることが何よりも大好きという犬種なのです。
とくに家の中でいっしょに生活をしていると驚くほど様々な表情や
かわいいしぐさをたくさん見せてくれます。
そんな様子を見ていると飽きることがありません。
そばにいるだけで癒される存在でした。

そんな幸せをラブからもらった14年間でした。
そしてラブも14年間を精一杯生き抜いたのです。

最後に家族を代表して、こう言いたいと思います。
「さよなら、ラブ。そしてありがとう、ラブ。君の事はいつまでも忘れないから。」と。

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Category: SONGS

綾戸智恵メモリアル・コンサート

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夕べ風呂から上がると妻がNHK BSの
「綾戸智恵メモリアル・コンサート meets 原信夫とシャープス&フラッツ」
という番組を見ていました。
それは今年行われた綾戸智恵10周年全国ツアーのひとつ、
2月にNHKホールで行われたライブの模様を録画したものの再放送でした。
ほとんど番組の終了間際の時間帯だったために、
わずかに最後の3曲を聴いただけでしたが、
久しぶりに聴く綾戸智恵の歌のうまさと迫力に思わず聴き入ってしまいました。

聴いたのは「Blue Flame」「愛の讃歌」「Going Home 家路」の3曲。
とくに「愛の讃歌」はエディット・ピアフのオリジナルとはまったく趣を変えた、
彼女独自のジャズになっていて、胸にずしんと響き渡りました。
何年か前に弘前でも彼女のコンサートがあり、妻とふたりで出かけましたが、
その時の感動がまた蘇ってきました。

デビュー10周年と聞いて、まだそんな年数だったのかと意外でしたが、
彼女が放つユニークな個性や言動が、
何十年も活躍しているような錯覚を起こさせているせいかもしれません。

40歳という遅咲きのデビューでしたが、初めて彼女の歌を耳にしたときは
そのソウルフルで力強い歌声には圧倒されました。
さらにデビューに至るまでの豊富な人生経験や数々のエピソード
(本場アメリカでのジャズ修行と結婚、離婚、子育て、乳がんなど)
にも驚かされましたが、その後は「大阪のおばちゃん」としての濃い個性を
発揮するなど、ジャズ以外での話題も豊富でしたが、
やはり本来のジャズシンガーとしての魅力は動かしがたいものであることを
昨夜の彼女の姿を見て、あらためて再認識したしだいです。

久しぶりに彼女のCDをじっくりと聴いてみようという気になりました。

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Category: アート

田中博作品展

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百石町展示館で開かれている個展「田中博作品展」を見てきました。
田中博さんは現在69歳、深浦町在住の方で、独学で油絵を描いている人です。
作品は主に風景画や、静物画が中心ですが、
それ以外にも聖書をモチーフにした絵も描いており、
それがなかなか個性的でとてもよかったです。
69歳の方の描かれた絵とは思えないような若々しい感覚で、
シャガールや横尾忠則を連想させるようなところがあって私好みの作品でした。
幻想的な味わいやユーモアがあり、とくに色彩がとても印象的でした。
ご本人の解説つきでの鑑賞でした。
8月16日まで開催していますので興味のある方は、
いちど足を運んでみてはいかがでしょうか。


百石町展示館
青森県弘前市大字百石町3-2
TEL:0172-31-7600

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Category: ニュース

北島康介、金メダル

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北京オリンピック4日目の今日、男子百メートル平泳ぎ決勝で北島康介が
史上初の58秒台となる58秒91の世界新記録で優勝。
試合後のインタビューでは感極まって言葉がでてこない。
強気一辺倒だっただけに、この涙のうらには言うに言えない大きなプレッシャーや、
それをはね退けた安堵感といった複雑な心境があるのだと思います。
ここのところ日本勢には暗いニュースばかりが続いていたので、
これでひと安心といったところです。
今回のオリンピックをそれほど夢中になって応援しているわけではありませんが、
素直にによかったと思いました。

今日いちばんの感動でした。

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Category: 読書

Tags: 村上春樹  エッセイ・評論  

村上春樹「走ることについて語るときに僕の語ること」

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村上春樹は昔から気になる小説家のひとりだ。
といって、彼の熱心な読者かといえば、否である。
むしろ彼の小説はほとんど読んでいないというのが正直なところ。
読んだ小説といえば「風の歌を聴け」「ノルウェイの森」
「レキシントンの幽霊」等々片手に余るほど。
「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」「ねじまき鳥クロニクル」
などはいったん読み始めたものの、途中でギブアップしてしまったほどだ。
ただ「ノルウェイの森」だけは一気に読み終えて、感動もしたが、
それもかなり以前のことで、今ではその内容についてはほとんど憶えていない。
ただ彼のエッセイは好きで、時々読むことがあるが、そこから受ける印象、
彼の考え方や生き方に強くひかれるものがある。
そんなことから書き下ろしエッセイであるこの本も読んでみたというわけである。
結論を先に言うと、非常に面白い。
走ることについてのエッセイということで、当然走ることについて語っているが、
それ以上に小説家としての在り様、さらには自身の人生について多くを語っている。
自分はなぜ走るのか、また自分にとって走るということはどういうことなのか、
そして今後は走ることとどうつきあっていけばいいのか、
そんな走る諸々のことを書いていく中で、小説というものの本質を考察し、
生きることの困難さや味わいに哲学的に迫ったりと、その筆は自在に動き回る。
エッセイではあるが、時に小説を読んでいるような面白さが味わえる。
さらにフレーズのひとつひとつが非常に示唆に富んでおり、
また私が常々考えているものの、なかなか論理的にうまく表現できなかったようなことを
的確に文章にしているといった箇所がいくつもあり、その内容にいちいち納得させられる。

彼が走り始めたのは1982年、『羊をめぐる冒険』を書き上げた33歳の時である。
以来20数年、走り続け、年に1度はフルマラソンを走るというランナーである。
そして今では走ることは彼にとっては小説を書くことと同様の、
生活上の重要な一部になっている。
さらに近年はトライアスロンにも挑んでいる。

と、こう書いてきてそこに私自身の履歴と共通したものを感じるのである。
というのも私も35歳のときに走り始め、2年後にトライアスロンと出会い、
いくつかの大会に出場したという経験があるからである。
ただ私の場合はその後、腰の故障からトライアスロンやランニングから
離れることになってしまったが。
ついでに言えば、その他にも様々な共通点があり、
それが村上春樹という作家への少なからざる関心を抱く所以でもある。
例えば彼は1949年1月生まれだが、私はそのちょうど1年前の1948年1月生まれで、
ほぼ同時代を生きている。
また彼は早稲田大学第一文学部演劇科に入学して映画脚本家を目指して
シナリオの執筆などをしていた時期があるそうだが、
私も大学時代の一時期、映画シナリオを読みふけったことがあり、
シナリオ執筆の真似事などをした経験がある。
さらに大学にはあまり出ず、アルバイトに明け暮れていたというのも似たようなところ。
またその頃にジャズ喫茶に入り浸っていたというのも同じ。
そして大学在学のまま22歳で結婚というのもほとんど同じような道筋なのである。
そういったわけで自然と村上春樹という作家に眼が向いてしまうのである。
もちろんこうした共通点をいちいち数え上げることは取るに足りないことで
意味がないということは承知のうえで書いているのだが、
個人的にはそこに無視できない何かを感じてしまうのである。

10数年前、仕事で上京した折、早朝に神宮外苑を歩いている時に、
ひとりのランナーとすれ違った。
とっさに村上春樹ということに気づいたが、
お互い視線を交わしただけで無言ですれ違った。
声をかけて「いつもあなたのことは注目しています。これからも頑張ってください。」などと
社交辞令のひとつも言えばよかったのかもしれないが、無言ですれ違った。
ただそうしたことで、かえって印象深く記憶に残ったような気がしたものだ。
(この本のなかでもランニングの途中でファンの女性から声をかけられて
立ち話をするくだりが出てくる。)

ところで村上春樹は1968年に大学に入学後、
目白の「和敬塾」という寮に入寮している。
その当時、私はそれまで住んでいた県人寮を出て、
目白台にあった下宿屋に引っ越しをしている。
下宿屋のすぐ傍にある坂道を登ると、すぐに目白通りに出る。
するとその左手には丹下健三の設計で有名な聖カテドラル教会が聳え立ち、
その向かいに椿山荘と「和敬塾」があるという立地だった。
すなわち村上春樹とはご近所さんだったわけで、
こんなところにもちょっとした縁を感じてしまうのである。
そうそう、お互い寮生活を経験しているということも共通の体験だ。
ちなみに椿山荘と「和敬塾」の間には胸突坂という小道があって、
そこを通れば早稲田大学がすぐという近道で、
早稲田に大勢の友人が通っていた関係から、
この道を通ってよく早稲田まで遊びに出かけたものだが、
おそらく村上春樹もこの道をよく利用したのではないかと思う。
ひょっとするとすれ違ったこともあるかもしれないなどと想像したこともある。
その道は夏の夜には蛍が飛び交うところで、初めてそこで蛍を見たときには驚いた。
まさか都内のそんな場所で蛍を見るとは想像もしていなかったことだから。
後で知ったことだが、蛍は椿山荘で養殖していたもので、
それが夏の呼び物になっていたそうだ。

話が横道にそれてしまったが、とにかく村上春樹とはその当時から
幾分かの淡い接点があったということで、そういったことも含めて彼には
特別な思い入れをもってしまうのである。

その思い入れのある村上春樹という作家がその後どういう道筋を歩んできたのか、
そしてどういう思いをで小説を書き続けてきたのかという作家の精神生活の一端を
この本によって知ることができるのだ。

何かを成し遂げたいという思いをもった人、人生を真摯に生きていきたいという人は
この本を読むべきだ。
示唆に富んだ言葉から多くのことを学ぶことができるのだから。

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Category: SONGS

阿久悠 歌よ時代を語れ

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昨夜、NHK「歌謡コンサート 阿久悠 歌よ時代を語れ」と題した特集番組を見ました。
昨年8月1日に亡くなった阿久悠の作詞した名曲の数々を歌うというもの。
5000曲を越える曲を作詞し、しかも数多くのヒット曲をもつことを考えれば
歌われた曲はほんの一部にすぎませんが、それなりに堪能しました。

阿久悠の歌でまず最初に思い浮かべる曲といえば、「ざんげの値打ちもない」です。
もちろんそれに続けて「津軽海峡冬景色」や「舟歌」といった名曲も
すぐに思い浮かべるわけですが、やはり最初に出てくるのはこの曲なのです。

「ざんげの値打ちもない」が発売されたのは昭和45年。
初めてこの曲を聴いた時の強烈な印象は今もよく憶えています。
男に裏切られ傷ついた女の不幸な物語という
歌謡曲の定番のような内容の曲ですが、
そこに描かれているのは被害者意識をもった弱い女の姿ではなく、
果敢に男に復讐をするという強烈な自我をもった女の姿です。
それまでの歌謡曲の世界とは明らかに違ったアプローチでした。
その内容の斬新さ、過激さに驚かされました。
そして歌の底に流れる乾いた感覚にこれまでにない新しさを
感じさせられました。
作詞者の名前を見ると「阿久悠」という奇妙な名前で、
すぐにこれは「悪友」をもじった名前だと気づきましたが、
その屈折した遊び心にもちょっぴり気持ちをひかれました。
これが作詞家「阿久悠」の名前を知った初めての時でした。
それから間もなくマンガ雑誌に「ざんげの値打ちもない」を
モチーフにしたマンガが掲載されているのを発見、その面白さに
この曲への関心がいっそう深まることになりました。
マンガの作者は上村一夫、彼のマンガにも「阿久悠」と共通の匂いを感じ、
以来彼の作品にも注目ようになったのです。
後に阿久悠と上村一夫はかつて広告マンとしてともに
同じ会社で働いていた同僚だったと知り、
ふたりの鋭い時代感覚は広告マン時代に磨かれたものだったのだなと、
得心したものです。
そんな経緯があって「阿久悠」といえばすぐに
「ざんげの値打ちもない」ということになるわけです。

番組のなかでレコーディング秘話としてこの曲の歌詞には
幻の4番があったことが明かされました。
ところがその歌詞を書いた原稿は、現在どこにもなく、
北原ミレイの記憶のなかだけに残されているということでした。
その幻の4番を挿入した「ざんげの値打ちもない」が北原ミレイによって
力強く、切々と歌い上げられたのです。
そして当然のように彼女のバックには「上村一夫」の妖艶な絵が配されたのです。



4番の歌詞はつぎのようなもの。

あれは何月、月の夜

とうに二十歳(はたち)も過ぎた頃

鉄の格子の空を見て

月の姿がさみしくて

愛と云うのじゃないけれど

私は誰かがほしかった。


どういう経緯があって、この歌詞が削られたのか分かりませんが、
けっして悪い歌詞ではないし、これが入ることによって物語に
さらに膨らみが増すようにも思われますが・・・・。
でもやはりこれまで馴染んだ歌詞のほうが親しみがあるせいか、
物語が凝縮されていて、いいように思ってしまいます。
まぁ、これは賛否が分かれるところでしょうが。

8月17日(日)午後7時~10時58分、BS2で 
「BSまるごと大全集  作詞家・阿久悠の世界~時代を作り、時代を紡いだ歌~」が
放送されるそうなので、そちらも楽しみに見たいと思います。

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Category: アート

松井冬子の作品

前回(7/22)の松井冬子の記事の続きです。
その後、彼女の作品をネットで探してみたところ、次のような作品が見つかりました。
参考までに載せておきます。
matui1.jpg matui3.jpg
「世界中の子と友達になれる」   「切断された長期の実験」

matuihuyuko5.jpg matui2.jpg
こちらの題名は不明  「優しくされているという証拠をなるべく長時間にわたって要求する」

matui4.jpg matuihuyuko8.jpg
「ただちに穏やかになって眠りにおち」  「試作」 

matuihuyuko7.jpg matui6.jpg
 「夜盲症」   「咳」

テーマ : ART  ジャンル : 学問・文化・芸術


Category: 弘前

弘前ねぷた祭り

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弘前では今日から、ねぷた祭りが始まりました。
今年の運行台数は81台。これは過去40年間のうちでは最高の数だそうです。

ここで「弘前ねぷた」についての簡単なアウトラインを書いておきます。
まずは、ねぷたまつりの由来から。
諸説いろいろあるようですが、現在はつぎの3つの説が定着しているようです。

「田村麿伝説」 平安時代、征夷大将軍・坂上田村麻呂が蝦夷征伐の折、敵をおびき出すために大きな人形を作った。

「津軽為信説」 文禄2年(1593年)津軽藩祖為信が京都滞在中に盂蘭盆会の趣向として二間四方の大燈籠を作らせた。

「眠り流し説」 江戸時代、夏季の農作業時に襲ってくる睡魔を追い払う「眠り流し」という風習からさまざまな行事が生まれ、そのうちの一つが「ねぷた」になったと言われている。
「眠たい」を津軽弁でいうと「ねんぷて」となり、それが「ねぷた」になった。

以上の説が今では一般的のようです。

弘前のねぷたが「neputa」であるのに対し、青森のねぶたは、「nebuta」と発音が違い、また弘前のねぷたは扇型をした扇ねぷたと呼ばれるのに対し、青森は人形の形をした人形ねぶた(組ねぷた)という違いがあります。
さらに弘前は「出陣」の祭りで、青森は「凱旋」の祭りといわれ、青森は「はねと」が派手に乱舞するのに比べて、弘前のほうは幾分地味めな運行になっており、青森の「動」に対し弘前の「静」とこちらも対照的。

扇ねぷたは前面には三国志や水滸伝を題材にした武者絵が描かれ、裏面は中央に見送り絵と呼ばれる美人画が描かれます。
これを笛、太鼓などのお囃子に合わせて、曳き手と呼ばれる人々が綱で引いて、町を練り歩きます。

ねぷた囃子が遠くから聞こえてくると、ねぷた好きの津軽人はいてもたってもいられなくなるそうです。
これを津軽弁で「じゃわめく」(血が騒ぐ)といいます。

これから1週間、津軽の熱い夏が続きます。

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