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風に吹かれて

My Life & My Favorite things

Category: 落語

Tags: 古今亭志ん朝  

古今亭志ん朝「火焔太鼓」

sincho

テレビBS-iの「落語研究会」という番組で、古今亭志ん朝の「火焔太鼓」が放送された。
この番組は毎月第三土曜日の深夜にTBSで放送されたものの再放送である。
偶然チャンネルを回して知った番組で、ラッキーなことに古今亭志ん朝の「火焔太鼓」を見ることができた。
「火焔太鼓」は父親であり師匠でもある五代目古今亭志ん生が得意とした演目で、それに志ん朝流の工夫を加えて演じた、貴重な一席である。
解説によれば、昭和48(1973)年、志ん朝35歳のとき(志ん生が亡くなった年)の収録とのことだ。
若さあふれるスピード感と切れのよさに魅了される。
以前はそのスピード感が時に忙しく聞こえて負担に感じたこともあったが、今聞くとやはり魅力にあふれた話しぶりだ。
彼の実兄である10代目金原亭馬生(初代古今亭志ん朝)のゆったりとした噺のほうが私には好みだったのだが、あらためて聞くと馬生にはない華やかさ、スター性を感じる。
品のよさ、自然とにじみ出る色気は天性のものであろう。
こうやって見ていると63歳という若さで亡くなったことがほんとうに惜しまれてならない。
(ちなみに馬生も54歳という若死にである。)
かつて立川談志がその著「現代落語論」で、「いずれ、オレは小さんに、円楽は円生に、志ん朝は志ん生になるべき」と書いたが、いづれも実現することはなかった。
が、もし実現していれば今の落語界はどうなっていただろうと、ふとそんなことを考えた。

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テーマ : 落語  ジャンル : お笑い


Category: SONGS

美空ひばりと小林旭

hibari

美空ひばりの命日は6月24日である。
毎年この時期になるとNHKでは特集番組を組むが、今年も「昭和の歌姫・美空ひばり」と題して6月20日(金)に放送された。
「川の流れのように」をはじめ「愛燦燦」「みだれ髪」「悲しい酒」「真赤な太陽」「悲しき口笛」「リンゴ追分」「港町十三番地」「津軽のふるさと」「花笠道中」「越後獅子の唄」「私は街の子」など数々の名曲が流れたが、ひばりの歌は何度聴いても飽きない。
熱烈なファンというわけではないが、われわれ世代の人間にとって、美空ひばりの存在はやはり大きい。
彼女の歌はいつもどこかで流れていたし、また彼女の映画を数の多少に違いはあるものの、誰もが必ず何本かは間違いなく見ている。
昭和23年生まれの私にとって昭和21年にレコード・デビューをした美空ひばりという存在はいつも身近にあった。
生まれて初めて覚えた歌は美空ひばりの歌だった。
「悲しき口笛」「私は街の子」「あの丘越えて」などを知らず知らずのうちに覚えて口ずさんでいた。
また「笛吹童子」をきっかけに東映の時代劇映画に夢中になり、その流れのなかでたくさんのひばり映画を見ている。
彼女の映画デビューは松竹だったが、全盛期はやはり東映映画の時代である。
(ちなみに「笛吹童子」でスターになった中村錦之助は、ひばり親子のスカウトで「ひよどり草紙」に出演したことが映画界入りのきっかけであった。そしてこの映画は松竹作品である。)
彼女の出演した映画は生涯で162本を数えるが、そのうち東映作品は91本である。
当時の映画は2本立て興行がふつうで(時には3本立てということもあった。)お目当ての映画以外にもう1本を必ず見ることになるのだが、ひばり映画はこうやって見たなかにたくさんあったように思う。
当時の東映の時代劇スターといえば片岡千恵蔵、市川歌右衛門をはじめ中村錦之助、大川橋蔵、東千代之介、大友柳太郎といった俳優たちで、そのなかにあって唯一美空ひばりひとりが女優であり、しかも彼らに肩を並べる存在であった。
時代劇の女優はほとんどが添え物的な存在だったなかにあって、これは稀有なことであり、いかに彼女がスター中のスターであったかを物語っている。
そうした映画のなかで唄われた歌も数多く、今回の放送でもそんな歌が映画の映像とともにたくさん流れた。

通算レコーディング曲1500曲と言われているひばりだから、この企画は来年以降もまだまだ続くにちがいない。
年に一度の楽しみだ。

akira

また偶然なのか意図的したものなのか、同じ日の昼12:20放送の「金曜バラエティー」に小林旭が出演、「熱き心に」「ダイナマイトが150トン」「自動車ショー歌」「北帰行」「ついて来るかい」「酒場恋唄」の6曲を歌っている。
こちらも久しぶりに懐かしい歌を聞かせてくれてアキラ節健在なりを見せてくれた。
美空ひばりの命日を意識した企画ではないだろうか。
ひばり追悼の気持ちをこめた出演のように思われた。

美空ひばりと小林旭が結婚したのは、1962年(昭和37年)のことである。
その発表は電撃的で、スター同士の結婚に沸きかえったものの、なぜかその結婚には違和感をもった。
片や東映のスター、片や日活のスターというふたりには接点が見つからなかったという理由と、それがあまりにも唐突だったからだ。
雑誌の対談がきっかけだったということだが、美空ひばりからの熱烈なアプローチが実を結んだということらしい。
だが結局この結婚はうまくいかず、2年あまりで離婚ということになってしまう。
大スター同士の結婚というのは、えてしてこうした結末を迎えることが多く、やはり本人たちの意思だけではどうしようもできない難しい問題がたくさんあるのだろう。
だが小林旭の美空ひばりに対する敬愛の気持ちは今も変わらずあるに違いないと想像する。
その気持ちがこうした番組出演という形になったように思う。

ふたりの歌を心ゆくまで堪能した一日でした。

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テーマ : 思い出の音楽  ジャンル : 音楽


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プロフィール

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Author:cooldaddy
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年齢:今年(2018年)70歳です。
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還暦(10年前)という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
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