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風に吹かれて

My Life & My Favorite things

Category: 行事・記念日

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運動会

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先日の日曜日、孫の運動会に行った。
当初の日程では前日の土曜日だったが、雨で順延になったのである。
そのためグランドには所々に雨水が残り、乾き切っていない状態のままであった。
今年入学した孫にとって、これが小学校初の運動会。
悪いコンディションではあったが、元気いっぱいの運動会であった。

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久しぶりの運動会見物だったが、それで思い出すのが、映画「無法松の一生」である。
映画の中盤、陸軍大尉・吉岡の遺児・敏雄少年の運動会で、松五郎が徒競走に飛び入りで参加、車夫としての健脚を生かして優勝するという場面。
松五郎の懸命に走る姿を見ているうちに、敏雄少年が次第にその姿に惹きつけられ、気がつくと大声で夢中になって応援をしている。
常日頃、敏雄少年のひ弱な性格を心配していた吉岡夫人だったが、その姿を見て、「これをきっかけに敏雄のなかで何か新しいものが生まれてきそうな気がします。」と松五郎に礼を言う。
この映画の見せ場のひとつであり、これを契機に松五郎と吉岡母子の絆がぐっと高まるという重要な場面である。
「無法松の一生」は何度も映画化されているが、なかでもいいのは坂東妻三郎版の無法松と三船敏郎版の無法松である。
どちらも監督は稲垣浩である。

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そしてもうひとつ思い出すのが、映画「江分利満氏の優雅な生活」。
山口瞳の直木賞受賞小説の映画化作品である。
当初、川島雄三が監督することになっていたが、川島の急死によって急遽岡本喜八にバトンタッチされた。
そして岡本監督はこの映画を戦中派のボヤキを前面に押し出したものとして作り直したのである。
(シナリオは井手俊郎)

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映画の終盤で、小林桂樹演じる江分利満氏の初めて書いた小説が、直木賞を受賞する。
その受賞祝いの会が社内の仲間たちが集まって開かれるが、その席上、若い社員から「好きなものは何ですか」という質問を受ける。
それに対して江分利満氏は「公園と運動会と赤ん坊とラインダンス」と答える。
そしてどうして好きなのかという理由を長々と語る。
少し長いがそのなかの「運動会」の部分をシナリオから書き写してみる。
次のようなもの。
「どこがいいかというと、運動会ならすべてがいいんですが、とにかく一生懸命なのがいいな。体操の先生なんか、白いズボンをはいてはりきっちゃってるからね。女の先生もふだんよりちょいと濃い目の化粧で、そうはいっても先生だから化粧が下手で、口紅なんかはみ出しちゃって、頬紅なんかもつけ過ぎちゃって女金時みたいになってるところが実にどうもチャーミングだ。そこへもってきて鉢巻しちゃって声も上ずってるから、なんとも凄艶とでもいうより仕方がない。校長だっていろいろ気を使うからね。青年団に借りたテントの中にいても怪我人が出ないように、PTA会長にジュースが出ているかどうか、ずいぶん心配してるんだ。父兄席。これが泣かせるね。金持ちの学校もいいし、貧乏人の学校もいい。金持ちの学校ではミンクのコート着たのが絶叫してるからね。どうかして我が子を一等にしたい、つつがなく上級の学校にやりたい、先生にもこの機会にご挨拶申しあげたい、どうしてうちの子のパンツはあんなに汚いんだろう、体操服で寒くないかしら・・・・。貧乏人の学校は、コンクリートの上にゴザ敷いちゃってね、重箱持ったお婆ちゃんや、菜っ葉服にドテラで末の子を負った父ちゃんや、パーマかけた母ちゃんが震えながら応援してるなんざ、涙だね。とに角夢中だ。勿論、生徒たちは上気している。ひそかにサロメチールを用意して脚に塗っている抜け目のない子がいる。これで足が軽くなると信じているわけだ。小遣い銭に不自由している子は医務室に忍び入ってヨーチンを塗ってくるからいかにも勇ましい。速そうに見える。もっと貧しい子はグリコだ。一粒300メートルだから3粒も食べれば必勝疑いなしと信じているから健気なもんじゃないの・・・・」
さらに「その次に運動会のいいところは」と、講釈はまだまだ続いていく。
そしてバー、自宅へと場所を移すうちに、酒に酔った江分利満氏の講釈やボヤキはますます調子に乗り、気がつくと朝を迎えている。
嫌々つきあわされた若い社員たちは、ほとほと疲れ果ててしまう。
この映画の白眉である。
そんな場面を思い出すのである。

ついでに書くと、弘前に来て驚いたことのひとつに運動会のことがある。
どういうことかというと、津軽の運動会はまさにハレの日、お祭りなのである。
この日は家族のみならず親戚など一族郎党が集まって運動会を参観する。
見物席では多くの家族がシートや椅子に座って子供たちを応援する。
なかにはテントやタープ持参の家族もいる。
そして昼休みになると、この日のために特別に用意したご馳走を広げての昼食が始まる。
花見と変わらぬ宴会である。
さすがに現在では酒が入ることは少なくなっているが、昔はかなり盛大な宴会が繰り広げられたようである。
「無法松の一生」の場面を見ると、そんな当時の運動会の様子がよく分かる。
住民あげての地域の一大イベントだったわけで、これは何も津軽に限った話ではなく、全国至る所で繰り広げられた光景のようだ。
しかし私の育った地域ではそうした習慣がなかったので、こちらに来た当初は大きなカルチャーギャップを感じたものであった。

さらにもうひとつ感じたギャップがある。
それは運動会で生徒たちが足袋を履いたという話である。
地下足袋のようなものから普通の足袋のようなものまで、学校によって多少の違いはあったようだが、生徒全員が使用したそうだ。
明治大正といった大昔の話ではない。
昭和40年代ころまで続いていた話である。
同年代の人たちに聞いてみると、履た憶えがあるということだ。
調べてみると「運動足袋」とか「スポーツ足袋」と呼ばれており、昭和60年ころまで生産されていたようだ。
またこれも津軽に限らず全国の様々な所で使用されていたそうで、これは驚きである。
やはり地域による文化の違いは大きい。

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というわけで運動会に関連していろいろと思い出すままに書いてみたが、まとまりがなく、とりとめのないものになってしまった。
ブログに載せようかどうしようかと迷ったが、孫の小学校初の運動会の記念ということでそのまま残しておくことにした。

今日も津軽のあちらこちらで運動会が開かれるようだ。
つい先ほども運動会開催を知らせる花火の音が遠くから聞こえてきた。
今日もいい天気になりそうだ。
絶好の運動会日和である。

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テーマ : 青森県弘前市  ジャンル : 地域情報


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そして四国を後に

朝6時半、迎えに来た弟のクルマに乗って、「オークラホテル」に行った。
全員で朝食バイキングをとるためである。
レストランはすでに客でいっぱいである。
そしてここでも聞こえてくるのは外国語。
ほとんどが中国人、韓国人のようだ。
最近はどこへ行っても、こうした光景に出会うことが多くなった。
われわれ家族は喧噪を離れて、奥まった部屋に場所をとった。

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弟はこのホテルの朝食バイキングがお気に入りで、月に何回か足を運ぶそうだ。
料理の種類が多くどれも美味いのだから、その気持ちはよく分かる。
近くに住んでいれば私もそうするだろうと思う。
和食、洋食両方の料理をたっぷりと食べた。
昼を抜いてもいいくらいに満腹になった。

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一服した後はホテル前で全員で記念写真を撮った。
そしてクルマで丸亀駅まで送ってもらい、そのまま別れて帰途についた。
こうして今回の旅は終わったのである。

正直もう少しいたかったが、そうもいかず後ろ髪を引かれる思いであった。
しかしわずか3日間(正確にいえば正味2日間)ではあったが、今回の帰省は中身の濃い充実した毎日だった。
中学時代の旧友、森安君との57年ぶりの再会、「滑稽広場」での飲み会、直島行き、西岡との11年ぶりの再会、兄弟揃っての会食、そして「SILENCE BAR」探訪と、ほんとうに盛りだくさんだった。
それにしてもこの時期にこうした旅行ができるとは、考えてもみなかったことである。
帰省のわずか数日前、突然弟から電話があり、今回の計画を聞かされた。
そこから話が動き始め、4年ぶりの帰省になったのである。
母親の七回忌、古希を迎えた年、そして瀬戸大橋開通30周年と、奇しくも3つの節目が重なった年にこうした旅行ができたことは、ほんとうに良かった。
いい記念、いい思い出になる。
揺れる列車の中で3日間の出来事を振り返りながら、四国を後にした。


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SILENCE BAR

「一徳」での歓談中のことである。
箸袋に書かれた住所を何気なく見ていると、「港町」と書いてある。
それで思い出したのが、先日読んだ雑誌「Lightning」の記事。
そこで紹介されていたのが、「SILENCE BAR」という店であった。
記事には丸亀の港町にあると書かれてあった。
「一徳」と同じ町名である。
そのことに気づき、弟に話してみると、偶然にも先ほどクルマを停めた駐車場の隣がその店だという。
弟も昔何度か足を運んだことがあるそうで、せっかくだからいちど行ってみようということになった。
但し名前の通り、騒がしい客は嫌がられるだろうから、大勢で行くのはまずいと言う。
そこで妹とふたりだけで行くことにした。

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「一徳」を出ると外は雨であった。
雨の降る薄暗い夜道を歩いていくと、倉庫のような建物が見える。
「SILENCE BAR」と書いたネオンが光っている。
シンプルなファサードだ。

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店内に入ると、正面にL字型のカウンターがあり、その周辺にわずかな光が灯されている。
他に照明はない。
後で分かったことだが、薄暗い照明はウイスキーの劣化を防ぐためのものだという。
ウイスキーは太陽光や蛍光灯の光で劣化する。
そのため店には窓もなく、蛍光灯も使わず、必要最小限の灯りに留めているのだそうだ。

僅かな照明に照らされた壁一面には、たくさんのウイスキー瓶が並んでいる。
その半端じゃない数にまず驚かされる。
うろ覚えだが、雑誌の記事によれば、60代のマスターはウイスキーのコレクターとしても知られた人で、店に納まり切らないウィスキーは倉庫に保管しているとのこと。
なかには超レアなウイスキーも数多くあるそうだ。
そんなウイスキーを目当てに、客が遠方からはるばるやってくる。
こういう世界に疎い私でも、その奥深さやこだわりが伝わってくる話である。

わずか水割り1杯だけの客ではあったが、最後は丁寧に送り出してくれた。
そして数十分という短い時間だったが、こういう雰囲気の中で妹とふたりだけでじっくりと話す時間が持てたことは何よりも良かった。
「一徳」の料理と酒、そしてその後の「SILENCE BAR」で過ごした時間、忘れられない夜になった。

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母親の七回忌

西岡と別れてホテルに向かっていると、ちょうど後ろから弟の運転するクルマが近づいてきた。
ホテルまで迎えに来る途中で、私が歩いているのを偶然見つけたらしい。
いいタイミングである。
クルマには先ほど東京から着いたばかりの妹夫婦も乗っている。
これで全員が揃ったわけだ。
さっそく今夜開かれる会食の店へと向かう。
丸亀の中心街から少し離れた「一徳」という海鮮料理の店である。
すぐ傍に海が見える。
弟の説明によると、元漁師が経営する店で、うまい魚料理を出すので評判の店だという。
その言葉通り店内は大勢の客で賑わっている。
予約してあったカウンター席に座り、酒と料理を注文する。

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まずは再会を祝ってビールで乾杯。
つぎつぎと料理が運ばれてくる。
さすが瀬戸内の魚はうまい。
これは帰省して魚を食べる度に必ず思うことだが、やはりこれしか言葉がない。
そして積もる話が、さらに料理を旨いものにしてくれる。
それにつれて酒も進む。
美味い料理に美味い酒、そして懐かしい話、楽しい話。
至福の時である。

全員が揃うのは、2年前の横浜での「兄弟会」以来のことになる。
(偶然ながらこの時も今回と同じ4月13日、14日だった。)
こうやって全員が元気に再会できたことは何よりである。
母親の七回忌というのが、今回の名目だが、それは飽くまでも建前で、弟の本音としてはそれを節目に、全員が集まることが目的だったのではないだろうか。
そういうことで今回は儀式ばったことはやらず、こうやって兄弟だけが集まって会食することにしたのである。
それが母親の供養にもなる。
そういう考えなのではないかと勝手に考えている。
そしてその段取りをすべてやり、お膳立てをしてくれた弟夫婦の配慮に感謝である。
またこのためだけに東京から駆けつけてくれた妹夫婦にも感謝である。

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「滑稽広場」で歓迎会

「滑稽広場」の続きである。
弟がこの建物を借りたのは昨年の4月のこと。
その時のブログに「シャケが生まれた場所に帰ってくる」ように「60年経って、生まれた場所に帰って来た」と書いている。
なるほど、まさにその通り。
以来休日になると、ひとりで整理清掃をやり、電気工事をし、大工仕事をし、そして出来たのが「滑稽広場」と名づけたプライベート・バーである。
GW前から始まった作業は7月末に完成、8月には近所の人たち、お世話になった人たちを招待して、スタートさせたということだ。
以後月に1、2回の割合で友人知人が集まって呑み会を開いている。
そして今夜私の歓迎会をそこでやってくれるというのである。
趣味人、そして滑稽堂主人・原哲(弟のペンネーム)の面目躍如である。
こういうところはやはり父の血を受け継いだのだと思う。
父もこうしたモノづくりが好きで、庭に泉水を作ったり、小屋を建てたりといったことをマメにやる人だった。
今で言うところのDIYである。
私にもそうしたところがあるので、弟が作業に熱中したのがよく分かる。
もし近くに住んでいたら、積極的に手伝ったのではなかろうか。
血は争えないと、つくづく思うのである。

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夕闇迫る頃、まず弟の連れ合いであるまさみさんのお姉さん夫婦が到着。
観音寺市に住んでいるふたりだが、こうした催しがあるたびに、遠路はるばる駆けつけてくれるという。
謂わば私に代わって兄弟付き合いをしてくれているようなもの。
有難いことだ。
続いて森安君が奥さんと一緒に現れた。
奥さんとは初対面。
弟とは小学校時代の同級生で、数年に一度の割合で同窓会を開いているということで旧知の仲である。
そして次に現れたのが、丸亀の理髪師・濱田さん。
弟の呑み仲間で映画好きということで、これまでにも帰省の度に会っている。
最初に会ったのは、2007年に開かれた弟のエッセイ集「滑稽倶楽部」出版記念パーティーの席上。
映画同好の士ということで、弟が配慮して同席にしてくれた。
次に会ったのは2009年に丸亀の居酒屋「じゃこ家」で、そして3回目が2014年に同じく「じゃこ家」で。
そして今回また弟の呼び掛けで、さっそく駆けつけてくれたというわけである。
最後に現れたのが、まさみさん。
所用で山梨に行っていたのを、この時間に合わせて急いで帰って来てくれた。
この旅行のことは、Facebookの投稿で知っていた。
これで全員揃い、再会を祝して乾杯。
賑やかな宴の始まりである。
左隣に森安君、右隣に濱田さん。
森安君とは昔話、濱田さんとは映画談義。
いつ果てるともなく楽しい時間は続く。
しかし楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
気がつくとすでに11時を周っている。
名残惜しいがお開きだ。
こうして「滑稽広場」の小宴は終わり、忘れられない夜になった。

帰省に合わせてこうした場を設けてくれた弟夫婦に感謝。
そして集まってくれた皆さんにさらに感謝である。

ところでこの時、話に夢中になって写真を撮るのをすっかり忘れていた。
せっかくの機会を逃して残念に思っていたところ、思いがけず森安君からこの時の写真が送られてきた。
確か奥さんが写真を撮ってくれたということは憶えていたが、それをわざわざプリントして送ってくれるとは。
予想もしていなかっただけに感激である。
そして森安君の行届いた気配りに深く感謝。
お蔭でいい記念になりました。

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帰省そして旧友との再会

四国の実家に帰省した。
今年が母親の七回忌なので、弟の呼びかけで子供たちだけで集まろうということになったからである。
前回帰ったのは、2014年の4月だったので、ちょうど4年ぶりということになる。

集まるのは14日の夜。
そこで1日早く行くことにした。
4月13日、青森から飛行機で伊丹空港まで、さらに新大阪から新幹線で岡山まで。
そこで瀬戸大橋線に乗り換えて丸亀までというコースである。
ちなみに今年は瀬戸大橋開通30周年の年である。
その年に偶然瀬戸大橋を渡ることになったのだ。
いい記念になった。

自宅を出たのが午前7時過ぎ、そして丸亀に着いたのが午後2時半である。
そこで出迎えてくれたのが、中学時代の同級生、森安君である。
卒業が1963年なので、57年ぶりの再会ということになる。
森安君とは数年前にFacebookで出会っている。
彼が僕を見つけて友達申請をしてくれたからである。
以来Facebook上での交流はあったが、実際に会うことはなかった。
そこでこの機会にぜひ会いたいと思い、弟を通して連絡をつけてもらって、今回の再会となったのである。
実は森安君の奥さんは弟の小学校時代の同級生。
不思議な縁である。

さっそく駅前の喫茶店に入って昔話で盛り上がる。
森安君は卒業アルバム持参である。
さらに平成5年に開いたという同窓会の写真まで持ってきてくれた。
そしてその写真は余分にあるからといって進呈してくれたのである。
ありがたいことだ。
そういえばその同窓会の案内が来たことを思い出した。
しかし遠方ということもあって出席できず、思い出や近況を書いた手紙を出したのだが、森安君によるとこの同窓会の席上でその手紙が披露されたそうだ。
うれしい話である。

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卒業アルバムの「3年10組」のページを開き、その写真と同窓会の写真を見比べながら、記憶を辿っていく。
生徒は男子31人、女子25人の計56人のクラスであった。
そして同窓会に集まったのは男15人、女12人の計27人である。
半数以上が出席したことになる。
高い出席率ではないだろうか。
これはやはりクラス担任だった庭村先生の熱心な教育の賜物ではないかと今更ながら思う。
庭村先生は熱血教師で、怖い面もあったが、細部に気配りの利く、いい先生だった。
クラスには「3年10組」という歌があり、ホームルームの後は必ずこの歌を歌って一日の終りとしていた。
そんなクラスなので、生徒たちの結束は固く、わずか1年間だったが、忘れ難いクラスになったのである。
それがこうした出席率の高さに結びついているように思う。

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見た目が変わった人、変わらない人、様々だが、それでもよく見ればみんな昔の面影を残している。
中学生に帰った気分で当時のことを思い出した。
そしてあっという間に時間が過ぎた。

喫茶店を出た後は、森安君がクルマで多度津の実家まで送ってくれた。
夜には彼と奥さんがまた改めて出直して、もういちど弟の家で、一緒に呑むことになっている。
そのことはまた次回に。

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春の訪れ

ここ数日は三寒四温の言葉通り寒い日と暖かい日の繰り返しである。
それでも春は確実に近づいている。
気象庁の観測記録を見てみると、数日前(21日)に積雪はゼロになった。
雪の多かった昨年は、この時点でまだ50センチ以上の雪があり、ゼロになったのが4月5日。
それと比べると2週間以上早い。
それでもほぼ平年並みというところだろう。

桜の開花情報のニュースがテレビで連日のように流れているが、弘前でも公園の桜の剪定が見られるようになった。
毎年春先になると行われる恒例の行事である。
そしてそれに合わせて剪定された桜の枝の配布が始まった。
毎週金曜日の朝、公園内にある緑の相談所前で行われている。
昨年は配布開始前の寒い中、大勢の列に並んだが、今年は面倒だという怠け心が出て行く気にならなかったが、たまたま昨日公園近くをクルマで走っていたところ、剪定枝を持った人の姿が見えた。
時間は10時を過ぎている。
配布開始は8時なので、すでに終了しているものと思っていたが、行けばまだ貰えそうだ。
家内とふたりで行ってみると、わずかだが剪定枝は残っており、しかも並ばずにすぐに貰うことができた。
ラッキーであった。
こんなささやかな出来事がひときわ嬉しく感じられる。
さっそく花瓶に入れて部屋に飾った。
これでわが家にもひと足早い春の訪れがやってきた。
花が咲くのが楽しみである。

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そしてもうひとつの春の訪れ。
今日は孫の卒園式である。
2012年4月に生後100日目で入園した保育園を今日卒園する。
6年間の保育園生活は長かったようでもあり、短かったようでもあるが、とにかくこうやって何事もなく無事卒園することになったわけで、そのことと孫の成長を祝いたいと思う。
娘たちは夫婦揃って出席するとのことである。


テーマ : 今日の出来事  ジャンル : 日記


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初詣

今年の正月は、好天続きで雪も少なく穏やかで、過ごしやすい日が続いている。

初の日曜日である昨日も、晴れのいい天気であった。

そこで遊びに来ていた孫たちを連れて、八幡様に初詣に行くことにした。

遅い初詣であるが、日曜日ということもあって人出も多く賑わっていた。

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さっそく本殿でお参りをし、その後は型通りのおみくじである。

今年のおみくじはいつものおみくじと違って、ちょと趣向を変えたものになっていた。

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透明なケースのなかに小さな鯛のおみくじがたくさん入っており、それを備え付けの釣り竿で釣り上げるというもの。

ゲーム感覚のおみくじに孫たちは大喜び。

苦戦しながら釣り上げたおみくじは、どちらも「末吉」であった。

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小さな祠にもお参りをして。

今年もいい年でありますように。

テーマ : 日々のできごと  ジャンル : ライフ


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一日早いメリークリスマス

今日はクリスマス・イブ。
各家庭では今夜、それぞれに工夫を凝らしたパーティーが行われることだろうが、わが家では昨夜、ひと足早いクリスマス・パーティーを開いた。
娘夫婦が「プリムヴェール」というレストランに、パーティーの予約をしてくれたのである。
このレストランは、喫茶店を兼ねた小さなレストランで、欧風家庭料理が美味しい、家内お気に入りのレストランである。
また40年ほど前、知り合いがここでクリスマス・パーティーを開いた際、娘たちを連れて参加したことがある。
そんな思い出の場所でもある。
娘夫婦と孫娘のすず、そしてもうひとりの孫の瑚太郎と、われわれ夫婦の6人である。
次女夫婦は仕事の都合で参加できなかったが、孫の瑚太郎が代表しての参加である。

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予約時間の少し前に到着したため、しばらく待ったが、料理が次々と運ばれてきた。
お腹を空かした孫たちは、いつも以上に食欲旺盛である。

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バラエティーに富んだ料理と食後のデザートに舌鼓を打った。
そして帰宅後は、娘の旦那が秘かに用意したプレゼントが孫たちに渡された。
そのサプライズに、孫たちは大喜びであった。

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一日早いが、いいクリスマスを迎えることができた。
娘夫婦に感謝である。




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餅つき会

今日は孫が通う保育園の餅つきの日。
毎年この時期になると開かれる恒例の行事である。
参加するのは、園児の祖父母たちである。
毎年参加しているが、今回で3回目。
来年春には小学校入学となるので、今回が最後になる。

集合時間は10時、少し早めに行き時間をつぶしていると、参加者が次々と集まってきた。
時間になると全員が遊戯室に集まり、園児といっしょに授業らしきものを受ける。

その後は大ホールに移動してもちつき会の始まりである。
杵と臼が4組用意されている。
それぞれに振り分けられて、餅つきが始まった。

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毎年のことだが、今年も杵を持って餅をついた。
薪割りで慣れているとはいえ、連続で振り下ろすとなるとやはり息が上がる。
杵が振り下されるたびに、園児たちの「ヨイショ」という元気な声がホールに響き渡る。
その声援に励まされながら、結局ふた臼つくことになった。

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餅つきの後は、園児といっしょの食事会である。
ついたばかりの餅を入れた雑煮と、お節料理が振る舞われ、ひと足早い正月気分を味わった。

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プロフィール

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Author:cooldaddy
住んでいるところ:青森県弘前市
出身地:香川県
年齢:今年(2018年)70歳です。
性別:男

還暦(10年前)という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
趣味のこと、生活のこと、心に残ったことなど、My Favorite thingsを、気ままに書いていこうと思います。
末永くおつき合いください。

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