風に吹かれて

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ベネッセハウスミュージアム

「地中美術館」見学の後は、「ベネッセハウスミュージアム」に行った。
シャトルバスで数分の所。

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「地中美術館」と同じく、こちらも安藤忠雄設計による美術館である。
この美術館も安藤建築の特徴であるコンクリート主体の造形になっているが、「地中美術館」と異なり、展示方法は従来の美術館と同じくオーソドックスなもので、また作品数も多い。
起伏のある高台に建っているため、地下1階が入り口になっている。
その入り口を進んでいくと、すぐ目の前に吹き抜けになった円形の部屋がある。
そこを入ると広い空間の中にポツンと作品がひとつだけ置かれている。

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ブルース・ナウマンの「100生きて死ね」という作品である。
四角いボード上にネオン管で書いた言葉が数多く並んでおり、それが次々と点滅している。
この広い空間に作品はこれひとつだけ。
贅沢な造りである。
隅に置かれた椅子に座り、その空間の贅沢さと光の明滅をゆったりと味わった。

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さらに1階2階へと上がっていく。
現れたのは、ジャコメッティ、ウォーホル 、ジャスパー・ジョーンズ、ジャクソン・ポロック、バスキア、ホックニー、ジョージ・シーガルなど、20世紀を代表するアーチストたちの作品。
それらに混じって日本人のアーチストの作品も何点か展示してあるが、よく知らない作家ばかり。
これを機会に少し勉強してみようかなどと思いながら鑑賞。
また見慣れたはずの瀬戸内海の風景も、美術館から見るとまた違って見えて新鮮である。

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そうこうするうちに、時間はあっという間に過ぎていく。
限られた時間での滞在なので、あまりゆっくりはしていられない。
帰りの船の時間は14:20。
あまり多くは残されていない。
ミュージアム近くの海岸には、この他にも多くのオブジェが展示されているそうだが、それらは見ずにバス停へと急ぐ。
また近くにある「李禹煥美術館」も時間の都合で諦めた。
そしてバスに乗ったが、途中「家プロジェクト」を少しだけ覗いてみようと途中下車。
しかし結局は周辺を歩いただけで、「南寺」も「ANDO MUSEUM」も中には入らず、その建物を見ただけで素通り。
慌ただしいが仕方がない。

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それでも港に着いたのは出港の1時間前。
予定のフェリーに乗り遅れると、次は17:00の最終便しかない。
それに乗るとなれば18:00から始まる今夜の兄弟揃っての会食には間に合わなくなってしまう。
この会食は今回の帰省の最大の目的である。
そんなことになっては一大事。
そういうわけで、どうしても予定の14:20発の便には乗らなければいけない。
そのために余裕をもって港に帰ってきたというわけである。

一息つき、安心したところで、急にお腹が空いてきた。
時間と駆け足しながらの美術館巡りだったため、昼食をとることもままならなかったのである。
そこで港近くでセルフのうどん屋を見つけ、そこでうどんを食べることにした。
今日は朝もうどんだったが、昼もうどんである。
しかしさすがはうどんの本場、讃岐である。
どこで食べてもうどんは美味い。
朝昼連続のうどんでもいささかも不満は感じない。
美味しい讃岐うどんを食べて空腹は満たされた。
そして時間通りのフェリーに乗って、高松目指して直島を後にした。

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こうして念願だった直島行きの旅は終わったが、出来ればもう少し時間の余裕があればというのが本音である。
わずか半日ではとても全部は回りきれない。
まだまだ観るべきものはたくさんある。
それを端折って駆け足で見て回ったのが今回の旅であった。
それでも考えてみれば「ベネッセアートサイト直島」を代表するふたつの美術館を観て回ることができたのだから、これは上出来だと思わなければいけない。
いずれにしてもこの直島行きは、今回の帰省の大きな収穫であった。

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地中美術館

以前から行きたいと思いながら、時間の都合がつかず何度も諦めていた直島へ、今回は思い切って行くことにした。
直島に行くには、時間の余裕がなければ駄目である。
これまではいつもスケジュールが詰まっていて、なかなか実行に移すことができなかったが、今回は何とか時間を割くことができた。
この機会を逃せばこの先またいつのことになるか分からない。
ひょっとするとこれが最後の機会になるかもしれない。
そんな思いから、何としても今回は行こうと考えたのである。

直島に行くのは、もちろん「ベネッセアートサイト直島」を観るためである。
「ベネッセアートサイト直島」のそもそもの始まりは、福武書店(当時)の創業社長である福武哲彦氏が、安藤忠雄設計による美術館とホテルが一体となった「ベネッセハウス」を1992年に直島に作ったことから始まっている。
続いて2004年には「地中美術館」をオープン、さらに周辺の島々、豊島や犬島などにも施設を作るなど、現代アートを代表する一大プロジェクトとなった。
そして2010年には、これらが核となって「瀬戸内国際芸術祭」が始まった。
そうしたプロジェクトのルーツともいえる直島の現代アートを、ぜひ見てみたいというのが、今回の直島行きである。

直島へ渡るには、まず高松まで出なければいけない。
そこから船に乗って直島に渡る。
時間を有効に使うため、宿泊している丸亀のホテルを朝早くに発った。
そして丸亀駅からJRに乗って約1時間、高松駅に到着。
朝食がまだだったので、駅構内にあった「連絡船うどん」という店に入った。
「連絡船うどん」といえば、昔よく利用した宇高連絡船のなかに立ち食いうどんがあったことを思い出した。
東京から帰省した折には、まずはそこでうどんを食べるというのが、恒例であった。
瀬戸大橋開通後は連絡船はなくなり、それとともに立ち食いうどんもなくなったが、それがこうした形で残っているのだ。
思い出に浸りながら味を噛みしめた。

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高松港8時12分発のフェリーに乗って高松を出港。
約50分で直島の宮浦港に着いた。
そこから町営バスで「つつじ荘」バス停まで、そこでシャトルバスに乗り換えて、終点の「地中美術館」まで。
いずれのバスも満員であった。
そして聞こえてくるのは外国語ばかり。
ほとんどが韓国、中国、ヨーロッパ、アメリカなどの外国人たちである。
今や直島は国際的な観光地になっている。

「地中美術館」に着いたのは10時前。
開館が10時なのでしばらく待つことになったが、その間、美術館前に作られた「地中の庭」で、花や雑木を眺めながら時間をつぶした。
天気予報では、時々雨ということで心配したが、予報は外れ、晴天とまではいかないが春らしい陽気である。
クロード・モネのジヴェルニーの庭をイメージして作ったといわれる「地中の庭」には、春の陽光が降り注ぎ、爽やかな潮風が吹いている。
しばらく散策しているうちに、次第に身体がほぐれてきた。
そしてようやく開館の時間となった。

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「地中美術館」は、その名の通り土に埋まっているので、外観は見ることができない。
厚いコンクリートで囲まれた細長い廊下が入り口として口を開いているだけ。
恐る恐る入っていく。
途中に明りとりの開口部が設けられているが、照明はなく薄暗い。
これからどんなことが始まるのだろうか、といった期待と不安の入り交じった緊張感に包まれながら歩いていく。
しばらく進むと突然高いコンクリートの壁がそそり立った広い空間が現れた。
天井はなく、光が射しこんでいる。
薄暗い廊下から急に明るい所に出たので眩しいが、狭い廊下から広い空間に出たことで気分が解放されたように感じる。
巧妙に計算された演出である。
回廊を登ると、その先にまたさらに薄暗く長い廊下が続いている。
そこを音もなくゆっくりと進んでいく。
まるで要塞の中を歩いているような気分である。
コンクリートの無機質で堅牢な感覚が、そうしたことを連想させるのだ。

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最初に現れたのが、ジェームズ・タレルの光のアートを体感する部屋。
3作品が展示されているが、そのなかの「オープン・フィールド」が印象に残った。
作品の中に入ると、急に遠近感がなくなったような感覚に陥った。
飛行機で雲の中に入ったような、あるいは猛吹雪でホワイトアウトに閉じ込められたような感覚とでも譬えればいいだろうか。
さらに宇宙空間のなかを歩いているような浮遊感も同時に味わった。

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次はウォルター・デ・マリアの作品展示室。
広い部屋自体が彼の作品になっている。
階段の先にあるフロアの中央に黒く大きな石の球体が置かれている。
そして壁には金箔で覆われた1メートルほどの柱が数か所にわたって規則正しく並べられている。
天井と正面の壁には開口部があり、そこから柔らかな光が降り注いでいる。
ゆっくりと階段を登って行くと、磨き込まれた黒い球体が鏡のように部屋全体を映しこんでいるのが見えてくる。
角度を変えるにしたがって、それが微妙に変化していく。
静かで厳かな気分になる。

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そして最後に入ったのが、クロード・モネの「睡蓮」の部屋。
そこにはモネの最晩年の「睡蓮」の絵5枚が、飾られている。
天井から間接的に洩れてくる自然光が、白で統一された部屋全体を明るくしており、「睡蓮」の絵が柔らかく目に映る。
「睡蓮」の絵をどのようにすれば最良の形で見ることができるかを突き詰めて作り出された環境である。
そもそも地中美術館が構想されたのは、これらの「睡蓮」の絵を福武社長が手に入れたことに端を発している。
それを展示するための美術館として建てられたのが、この「地中美術館」である。
そういう意味では、「睡蓮」の部屋は、「地中美術館」のメインともいえる存在なのである。

以上が「地中美術館」の全作品である。
数は少ないが、建物と作品が一体になった独自性を有しており、しかもすべて自然光で作品を鑑賞するように作られている。
時間とともに微妙に変化してゆく光と影が、この美術館の作品群をさらに価値あるものとして提示しているように思う。
そうやって作られた異次元を演劇的に体験するというのが、この「地中美術館」の鑑賞の仕方のようだ。

「地中美術館」の後はまたバスに乗って移動、「ベネッセハウスミュージアム」に行ったが、そのことはいずれまた後日。

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<横尾忠則の「昭和NIPPON」ー反復・連鎖・転移>展

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青森県立美術館で開かれている<横尾忠則の「昭和NIPPON」 反復・連鎖・転移>展に行ってきた。
この展覧会は9月7日から開催されており、気にしながらもなかなか行く機会がなかったものだ。
しかし11月4日の閉幕が近づき、残された日数を考えると今しかないと考え、思い切って行くことにしたのである。

青森と弘前はクルマで1時間弱の距離である。
その気になればすぐにでも行くことができるはずの距離なのに、なかなかその気にならず、重い腰を上げることができなかった。
そうした行動力のなさは、最近とみに顕著になっている。
情けないことだが、意識して鞭打たないことには次の一歩を踏み出すことができないでいる。
そういうわけで、重い腰を上げ、ようやく行くことになったという次第である。

横尾忠則の展覧会に出かけるのは、何年ぶりのことだろう。
この前観たのは画家宣言の直後、ラフォーレ原宿で開かれた展覧会以来だから、もう20数年が経っている。
それなのに横尾忠則は当時と変わらず今でも創作欲は衰えることなく、いやむしろ当時よりもさらに旺盛に画を描き、変化し続けている。
そして刺激的な作品を生み出しては、観る者を挑発し続けているのである。

現在77歳、常識的に考えればもうとっくに老境の世界に足を踏み入れ、枯れた境地に身を置いていてもおかしくない年齢だ。
しかしそんな境地とは無縁に、未だに時代の前衛を走り続けているのである。
いやむしろ歳とともに若返っているのではないのかと錯覚してしまうほど、その行動は若々しく、衰えることがない。
それこそがいつまでも内なる「少年性」を失わない画家、横尾忠則の面目躍如といった在り方なのだろう。

展示作品は「幼年時代 恐怖と快楽」、「焼け跡 廃墟の記憶」、「近代の病 呪われた部分」、「陰惨醜悪怪奇 百鬼夜行」、「笑う女たち 土俗の悲しみ」、「日本資本主義 シュミュラークルの残骸」、「富士と旭日の光芒」、「記憶の鎮魂歌 心霊的交流」、「忘れえぬ英雄 昭和残侠伝」、「泉 彼岸と此岸」という10のセクションに別れており、60年~70年代のシルクスクリーンによる作品群から数々の装丁本、さらには画家宣言以降の油彩やアクリル画など、横尾忠則の今と昔が大きく俯瞰できるような構成になっている。
懐かしさと同時にその圧倒的なエネルギーと自由で柔軟な発想に驚かされてしまう。
こうして久しぶりに横尾芸術を間近に感じ、森羅万象の世界に迷い込むことで、至福の時間を心ゆくまで過ごすことが出来た。
そしてそんな作品群を観ているうちに、「腰が重くなった」「めんどくさい」などとぼやいてる場合じゃないぞ、と叱咤されたような気がしてきたのであった。


参考までに横尾忠則について書いた記事がこちらと、こちらにあります。


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テラコッタ彫刻

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代官町の雑貨gallery「STABLES」で安西大樹・藤田美帆の二人展「a day, in a room」が先日開かれていた。
なかでも安西大樹さんが作るテラコッタ彫刻(ちなみにテラコッタとは、陶芸用粘土を800度の温度で素焼きにしたものである。)が素晴らしいと、娘から情報が寄せられたので、「STABLES」のブログでチェックしてみたところ、なるほど娘の言うとおり魅力ある彫刻であった。
さっそく家内とふたりで出かけてみた。

テラコッタを素材に作られた10~20センチほどの彫刻が店内に20体ほど展示されていた。
船越桂や有元利夫の作品を彷彿とさせる彫刻であった。
そのたたずまいから、優しさや静けさといった柔らかな感覚が伝わってくる。

船越桂と有元利夫はどちらも好きな作家である。家内ともども昔からのファンである。
そのふたりのエッセンスが感じられる彫刻が展示されているのである。
いっぺんに魅せられてしまった。
どうしても一体は欲しいと、値段を聞いてみると予想に反して、意外と手軽に手に入れられる値段であった。
そこでさっそく作品を選ぼうと見比べてみたが、いいと思うものはどれもすでに売約済みであった。
しかしわずかに残されたなかに1点だけ気に入ったものがあり、思い切ってそれを買うことにしたのである。

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こうした物との出会いは、人との出会いと同じで、一期一会の機会を逃すともう二度とお目にかかることはない。
偶然と直感があればこその巡り合いということになる。
今日はそうした偶然と直感が重なったわけである。
その結果、ほんとうにいい物を手に入れることができた。
幸運な巡り合いに感謝である。

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2012弘前工芸協会展

津軽の伝統工芸を集めたクラフト展が百石町展示館で開かれたので、行ってきた。
津軽塗、ブナコ、こぎん刺し、津軽裂織、あけび細工、藍染、木工、りんご草木染、津軽打刃物、津軽焼など、伝統工芸の創作活動を行っている地元の作家たちの作品を展示したクラフト展である。
このほかにも野外ではオブジェ展も開かれていた。

弘前は城下町だけあって数多くの伝統工芸がある。
そうした伝統工芸が現代にも脈々と受け継がれている。
そしてそれを伝統的な世界のものだけに終わらせるのではなく、時代に合ったものとして様々な工夫を加えた創作活動を行っているのである。
あまり馴染みのない世界だが、津軽に暮らすひとりとして、こうした伝統工芸に触れることは、大切なことではないかと考えている。

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そして次は野外のオブジェたち

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ダウン症の女流書家・金澤翔子

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今朝のNHK朝のニュース「おはよう日本」でダウン症の女流書家・金澤翔子さん(26)が紹介された。
来年の大河ドラマ「平清盛」の題字を書いたことで話題の女流書家である。
その書は、観る者の心を捉えて放さない力強いエネルギーに満ちている。
そして多くの人たちに生きる勇気を与えてくれる。
そんな書を書くまでに至った母親との二人三脚の道のりが番組では紹介された。
それは絶望から希望へと変わる長く苦しい道のりであったようだ。
並大抵の苦労ではなかったことが、ひとつひとつのエピソードから伝わってきた。
見ていて思わず胸が熱くなってしまった。
月並みな言葉だが、「母は強し」である。
今朝の感動であった。

金澤翔子HP「翔子小蘭」


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京都駅

帰省して3日目の午後、短かった滞在を終えて四国を後にした。
出発前テレビで山陽新幹線が事故のために遅れているというニュースが流れたので、念のために予定より早く出発をした。
しかし新幹線は自由席だったこともあり、岡山駅では待つこともなくスムーズに乗車することができた。
新大阪には遅れもなく到着した。
そのため寝台特急の出発時間までは、まだ2時間以上の時間があった。
そこで京都まで足を伸ばして時間を過ごすことにした。
何年か前今回と同じように四国帰省の際、JR京都駅ビルを訪れたことがあり、その斬新なデザインと巨大さに驚いたことがあったが、そのビルをこの機会にまたもう一度見てみようと思ったからだ。

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京都駅ビルは平安遷都1200年の記念事業のひとつとして計画されたもので、地上16階、地下3階 (高さ60m)、敷地面積38,000m²、延床面積は238,000m²という巨大な建造物である。
1997年に竣工された。
なかでも高さ50mという中央コンコースの吹き抜けは見ごたえがある。
さらにそこから屋上まで延びる171段の大階段と合わせて、京都駅ビルの最大の特徴となっている。
この階段は市民や観光客の憩いの場として利用されており、階段のあちこちには大勢の人たちが腰を下ろして時間を過ごしている。

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屋上まで登ると目の前に京都タワーが聳えている。
これらの建造物は京都の新しい顔ともいえるものだが、しかし古都京都の景観を壊すものだとの批判の声も多くある。
しかしこうして何度も足を運びたくなる魅力あふれるエリアであるのも確かなことで、なかなか難しい問題ではある。

訪れたのは今回で2度目だったが、迷路のように入り組んだ駅ビル内を散策しているとあっという間に時間が過ぎてしまった。
まだまだ歩き足りない気持ちを残しながら、帰りの寝台特急に乗り込んだ。

昨日今日の弟のブログを読むと、弟はちょうど数日前に京都を訪れたそうだ。
そして京都駅で待ち合わせをしたが、場所を間違えるという失敗をしたそうだ。
なるほどこれほど巨大な駅ビルだと、それも宣(むべ)なるかな、である。


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東山魁夷せとうち美術館

少し時間が過ぎたが、四国でのことをまた書くことにする。
帰省した2日目のことである。
朝から小雨模様の天気だったが、久しぶりに丸亀の猪熊弦一郎美術館に行ってみることにした。
だが、朝早い時間なので、開館の時間にはまだ早い。
どこへ行くという当てもなく、しばらくクルマを走らせているうちに、丸亀を通り過ぎて宇多津町まで来てしまった。
そこでせっかくここまで来たので、ちょっと足を伸ばして「東山魁夷せとうち美術館」まで行ってみることにした。
「東山魁夷せとうち美術館」は、坂出と宇多津にまたがる番の州臨海工業団地の一角に2005年に出来た美術館である。
番の州臨海工業団地は620万平方メートルという巨大な工業団地である。
多くのトラックが行き交っている。
その荒涼とした風景と美術館とがなかなか結びつかない。
果たしてこんな所に美術館があるのだろうかと、訝しんでしまった。

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しばらく走ると瀬戸大橋の巨大な橋脚が並んでいるのが見えてきた。
その先に瀬戸大橋の雄大な姿があった。
それを眺望できる位置に瀬戸大橋記念公園があり、それに隣接する形で「東山魁夷せとうち美術館」が建っていた。

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雨に濡れた歩道を歩いてゆくと瀬戸内の海を望む様にして建つシンプルな美術館が見えてきた。
それが「東山魁夷せとうち美術館」であった。
雨ということもあるのだろう、ほとんど人の姿を見かけない。
そのせいかまるで隠れ家のような印象である。
さっそくチケットを買って入館した。
この日はちょうど「2011年度 第3期テーマ作品展」の初日ということであった。
1階展示室は「光の描写・太陽と月の輝き」のタイトルで17点が、2階展示室は「四季めぐりあい・自然の彩りを楽しむ」のタイトルで21点の作品が展示されていた。
すべて木版画やリトグラフであった。
収蔵する作品のほとんどが版画ということで、それに合わせたように小規模な美術館であったが、その落ち着いた佇まいはなかなか居心地がいい。
展示室を出ると一面ガラス張りの喫茶室が現れた。
そこから見える瀬戸内海の眺望は絶景であった。
時間がないので、今回はパスしたが、時間が許せばコーヒーを飲み、本など読みながらゆっくりと時間を過ごしたくなる場所であった。

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この後さらにアートな時間を過ごそうと、猪熊弦一郎美術館に行こうと思ったが、残念ながら2日前から改装のために休館中ということであった。
それがちょっぴり残念ではあったが、しかし「東山魁夷せとうち美術館」で過ごせたことで十分に満足であった。


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ヒューマンドキュメンタリー「画家・堀文子 93歳の決意」

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今日は敬老の日である。
それに合わせて<ヒューマンドキュメンタリー「画家・堀文子 93歳の決意」>という番組がNHKで放送された。
偶然観た番組だったが、93歳という年齢にもかかわらずその瑞々しい感性には驚かされた。
作家の戸井十月がインタビューをしていたが、そのなかで話す言葉のひとつひとつに聞き入ってしまった。
うろ覚えではあるが、印象に残った言葉を書いてみる。

「深海魚のように人に知られることなくひっそりと生きたい」
「物事に慣れることのないよう常に新鮮な刺激を受けるように生きている」
「死はすでに自分のなかで同居している。だから心穏やか」

正確ではないが、インタビューに答えて、そんなふうな言葉がつぎつぎと話されていく。
この番組を観るまでは未知の画家だったが、興味を覚えて調べてみると、次のような経歴であった。

29歳で外交官と結婚。
昭和20年代には「キンダーブック」「ふたば」など児童向け出版物に多くの作品を描いていた。
43歳で夫と死別、それをきっかけに海外を放浪。
また70歳を過ぎてからイタリアに移住。
82歳で、幻の花ブルーポピーを訪ねて、ヒマラヤの高地を踏破。
しかしその後重い病に倒れ、自由に旅をすることが難しくなる。
そんな中で出会ったのが、顕微鏡の中の世界。
その極小の世界に生きるミジンコに、シンプルだけど生きるための完璧な生命装置を見出し、それを絵にすることでさらに新しい境地を開いている。
かつては「花の画家」と呼ばれた彼女だが、今は「極微の宇宙」を描く画家として活動しているのである。

「群れない、慣れない、頼らない」、これが彼女のモットーである。
それは孤高という頑なさともまた違った、柔らかな信念といったものである。
そうしたオーラが彼女の全身から発散されているのを感じることができた。
彼女は長年画壇からは認められず、しかしそうしたことには頓着することなく、自由に絵の世界に生きてきた。
そんな潔さ、強さが93歳を過ぎてなお矍鑠と生きるバックボーンとなっているのであろう。
番組の最後に流れた彼女の言葉「死ぬまで感動していたい」には強く共感を覚えた。

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歳をとることに前向きでありたいと常々思っているが、こういう人に出会うと、そうした思いをますます強くする。
敬老の日にふさわしい、いい出会いであった。


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歩く眼差し~津軽の写真家・小島一郎~

NHK「日曜美術館」で放送された「歩く眼差し~津軽の写真家・小島一郎~」を観た。
先日娘がブログで予告紹介しているのを読んで、観たいと思っていた番組であった。

写真家・小島一郎は大正13(1924)年、青森市生まれ、高校を卒業後、出征、戦地で死線を彷徨うほどの過酷な戦争体験をした後、九死に一生をえて復員、戦後写真を始める。
そして戦争の傷を癒すかのように、津軽を中心とした雪国で力強く生きる人々の姿を精力的に撮り続け、39歳という若さで亡くなった。

番組ではその作品と生涯を追うことで、小島一郎の生き様と作品世界の魅力に迫ろうとするものであった。
白と黒の強烈なコントラストによって構成された作品からは、北国の過酷な自然の中で生きる人々の逞しさ、力強さが伝わってくる。
出演していた弘前出身のルポライター鎌田慧は、そこに津軽の精神風土を見ることができるとコメントしていたが、まさに津軽そのものがそこには表現されている。

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彼を評して「写真界のミレー」と呼んだそうだが、写真によって切り取られた荒々しい空を見ていると、むしろ「写真界のブラマンク」と呼んだほうが似つかわしいのではないかと思った。
津軽にこだわった小島だったが、作品の評価が高まるにつれて東京での活躍を夢見るようになる。
そして上京を決意するが、東京での日々は彼の意に沿ったものではなく、ただ挫折を味わうだけで終わってしまう。
その象徴として写真界の巨匠、木村伊兵衛による酷評を例に挙げている。
結局彼の中央での活躍はならず、新境地を求めて北海道を旅するものの、過酷な撮影で体調を崩し、不幸にも急逝してしまう。

残された3000点以上にのぼる作品は現在県立美術館に保存されており、現在も「冬のコレクション展」として写真展が開催されている。
この機会にぜひ県立美術館に足を運んで、強烈な磁場をもった彼の作品を、じっくりと観賞したいと思っている。

最後に青森が生んだ、ピューリッツァー賞受賞の写真家、沢田教一は、小島が営む写真店に就職、そこで写真技術を習得するとともに小島から多大な影響を受けたということもつけ加えておきたいと思う。


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プロフィール

cooldaddy

Author:cooldaddy
住んでいるところ:青森県弘前市
出身地:香川県
年齢:今年(2018年)70歳です。
性別:男

還暦(10年前)という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
趣味のこと、生活のこと、心に残ったことなど、My Favorite thingsを、気ままに書いていこうと思います。
末永くおつき合いください。

映画サイト「マイ・シネマ館」もやっています。
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