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風に吹かれて

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Category: 読書

Tags: 短編小説集  西村賢太  

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西村賢太「無銭横町」

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「菰を被りて夏を待つ」、「邪煙の充ちゆく」、「朧夜」、「酒と酒の合間に」、「貫多、激怒す」、「無銭横町」の6編が収められている。
いずれの短編も内容的にはこれまで読んできたものと変わらないが、それを手を変え品を変えて読ませてしまうのは流石である。
同じ話なのにけっしてマンネリにはならない。
そこが西村作品の魅力であり、力でもある。
読まずにはいられないのである。
中毒性の強い作家だ。

6作のなかで特に印象に残るのは、表題作である「無銭横町」。
例のごとく家賃を滞納、大家から立ち退きを迫られた貫多が、金策に走り回る様子が事細かに書き連ねられていく。
まずは手元に残ったわずかの金を工面して町田に住む母親を頼るが、自分の生活だけで精いっぱいだと体よく断られてしまう。
日頃没交渉で都合のいい時にしか現れず、度々迷惑をかけられている母親にすれば、これは当然の態度といえよう。
それでも帰りの電車賃だけは無理やりむしり取る。
アパートに帰った貫多は、仕方なく読みかけの文庫本を古本屋に持って行くが、ここでも断られそうになる。
だが悪戦苦闘の末に、何とか100円で売ることに成功する。
さっそくインスタントラーメンを買うが、コンロも調理器具も持っていないので料理ができない。
そこで考えたのが「水ラーメン」。
ビニール袋に入れたラーメンに水を注ぎ、ある程度ふやけたところで手でもみほぐすという方法。
とても食べられた代物ではないが、空腹を我慢できない貫多は残らず平らげてしまう。
そして「ヘンな胃のもたれと軽ろき吐き気」を感じながら、また次なる金策へと奔走するのである。

何とも情けなくやるせない話である。
しかしこんな愚行を繰り返すのが、若さというもの。
似たようなことは、ひとり暮しをしたことのある者であれば、身に覚えがあるはず。
斯くいう私もそのひとり。
読んでいてどうしようもなく愚かで、その日暮しだった若かりし頃を思い出したのである。
しかしその恥多き愚かな日々が、とてつもなく懐かしく愛おしい。
そしてそんな馬鹿々々しいことをやれたことが、今ではとても貴重な経験だったと思えるのであった。


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Category: 読書

Tags: 短編小説集  西村賢太  

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西村賢太「芝公園六角堂跡」

sibakouen.jpg

久方振りの西村賢太である。
どのくらい久しぶりなのか、ブログで調べてみると、最後に読んだのが2016年10月。
「蠕動(ぜんどう)で渉れ、汚泥の川を」という小説を読んでいる。
それ以来のことなので、1年4ヵ月ぶりということになる。
ついでに遡って調べてみると、最初に読んだのが2013年2月。
芥川賞を受賞した「苦役列車」である。
この小説の面白さに、単行本化されているすべての著作(小説8冊と随筆集2冊および対談集1冊)を続けて読むことになった。
そして2014年には、「疒(やまいだれ)の歌」、「歪んだ忌日」、「棺に跨る」を、間を置いて2016年には「蠕動(ぜんどう)で渉れ、汚泥の川を」と続き、そして今回のこの小説となったのである。
多作の作家だとこうはいかないが、寡作である西村賢太の場合は、このように時間を置いて読むことができるので、ありがたい。
そろそろ次が読みたくなってきたなという頃合いに、いい具合に次の本が出版される。
なので気持ちがいつも新鮮なままで、余裕を持って臨むことができる。

ということで今回の小説であるが、こちらは2015年から2016年にかけて雑誌に掲載された短編を収めた作品集である。
4篇すべてがお馴染みの「北町貫多もの」。
表題作の「芝公園六角堂跡」からはじまり、掲載順に「終われなかった夜の彼方で」、「深更の巡礼」、「十二月に泣く」と続く。

「芝公園六角堂跡」は、北町貫多が没後弟子を自任する作家、藤澤清造が凍死した場所である。
謂わば北町貫多にとっては巡礼の地とも云うべき場所である。
その近くにあるホテルでミュージシャンJ・Iのライブがあり、貫多が招かれて出かけていくところから物語は始まる。
J・Iは、音楽にあまり関心を持たない貫多が唯一ファンとなったミュージシャンで、そのことを小説にしきりに書いたことから親交を得るようになった。
そのライブを聴きながら、J・Iの音楽との出会いから、親交を得た現在までの経緯が詳しく語られていく。
そしてライブの興奮とライブ後のJ・Iとの親しい交流に舞い上がったまま、近くの六角堂跡を訪れる。
しかし貫多の気持ちは複雑だ。
それというのも「彼が今佇んでいる場が、大正期の私小説作家、藤澤清造のまさに終焉の地であることは、はなから承知済みだった。尤も当初は、この事実を今日のところは完全に無視するつもりでいた。完全に無視して、ただJ・Iさんの音楽世界だけを堪能したかった。」からである。
「だが、やはり無視し去るわけにはいかなかったのである。」
そこから藤澤清造の小説と出会って以来の来し方を思い出すなかで、師への熱情が冷めかけていることを大いに反省、だらけ切った現在の自分を叱咤激励する。
A賞を受賞したことで社会的認知度が上がり(それを虚名と書く)、経済的にも余裕が出たことで、「その軌道が、おかしな方向に行ってしまっているのだ。」
「何んの為に書いているかと云う、肝心の根本的な部分を見失っていたのである。」
そして「見失っていたことをハッキリと自覚したんなら、取り戻せばいいことに違げえねえ」となるのである。
謂わば彼の原点帰りの決意を述べたような小説であり、続く3篇では、その原点帰りを果たそうとする姿が描かれていく。
相も変わらぬ藤澤清造愛であり、田中英光愛であるが、そこに表れる北町貫多の心境は、時に弱気、時に強気、そうしたアンビバレンツな心の動きもやはりこれまでどおりの西村節健在で、大いに楽しませてくれるが、それが変わりつつあるのを感じる。
それがどんなものになっていくのか、一筋縄ではいかない西村賢太だけに大いに期待が高まるところである。
これでまた楽しみがひとつ出来た。


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Category: 読書

Tags: エッセイ・評論  

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野呂邦暢「夕暮の緑の光 野呂邦暢随筆選」

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諫早の作家、野呂邦暢の随筆集である。
野呂邦暢は、生涯を故郷・諫早の地で作品を書き続け、1980年に42歳の若さで急逝した。
この随筆集の編者は、書評家・岡崎武志である。
最近続けて読んだ岡崎の著書の中で野呂邦暢について書かれているのを読んでいたので、彼が熱烈な支持者であることは承知していたが、この本の編者であることはこれを読むまで知らなかった。
そんな偶然が、この本を近しいものにしてくれた。

解説に岡崎氏は次のように書いている。
「一番大事なことから書く。それは、野呂邦暢が小説の名手であるとともに、随筆の名手でもあったということだ。小説を書くときほどの息苦しい緊張はなかっただろうが、ちょっとした身辺雑記を書く場合でも、ことばを選ぶ厳しさと端正なたたずまいを感じさせる文体に揺るぎはなかった。ある意味では、寛いでいたからこそ、生来の作家としての資質がはっきり出たとも言えるのである」

早逝の作家、野呂邦暢が残した作品は多くない。
そしてその作品はいずれも地味なものばかり。
ゆえに読者の数も多くはない。
しかし数少ない読者の中には、彼の作品を熱烈に愛する根強いファンが存在する。
けっして「忘れさせるわけにはいかない」作家なのである。
そんな思いを込めて没後30年の節目に出したのが、この随筆集である。

野呂邦暢は、1937年長崎市に生まれ、7歳の時に諫早市に移り住んだ。
1956年、京都大学を受験したものの失敗、そのまま予備校生として京都に住んだが、父親の事業の失敗でわずか3か月で京都での生活を終える。
その後は生活のために大学受験を断念、上京してガソリンスタンドで働き始めるが、翌年身体を壊して帰郷、陸上自衛隊に入隊、佐世保での2か月間の訓練の後、北海道千歳に配属される。
1958年除隊、諫早に帰り、家庭教師などで生計を立てながら作家を目指す。
1965年「ある男の故郷」で文學界新人賞佳作受賞、そして1974年には「草のつるぎ」で芥川賞を受賞するが、1980年5月7日、心筋梗塞で急逝。

そうした経緯が書かれている。
収められているのは、全部で57編。
そのほとんどが1970年代に書かれたものだが、1篇だけ1967年に書かれたものがある。
それがこの本の題名にもなっている「夕暮の緑の光」である。
そこには次のようなことが書かれている。

学生時代、“ブッデンブロークス”を読まなければ、田舎に居ついた疎開児童でなければ、原子爆弾の閃光を見なければ、郷里が爆心地に近くなければ私は書いていただろうか、やはり書いていたと思う。
外から来たこれらの事は私にものを書かせる一因になったとしても、他に言い難い何かがあり、それはごく些細な、例えば朝餉の席で陶器のかち合う響き、木漏れ陽の色、夕暮の緑の光、十一月の風の冷たさ、海の匂いと林檎の重さ、子供たちの鋭い叫び声などに、自分が全身的に動かされるのでなければ書きだしていなかったろう。
 小説を読み映画を見るにつけ身につまされる事が多かった。他人事ではないのである。親しい友人は東京におり、九州の小都市で私は申し分なく、一人であった。
 今思えばこれが幸いした。優れた芸術に接して、思いを語る友が身近にいないという欠乏感が日々深まるにつれて私は書くことを真剣に考えた。分かりきった事だが、書きたいという要求と現実に一篇の小説を書きあげる事との間には溝がある。
 それを越えるには私の場合、充分に磨きのかかったやりきれなさが必要であった。と言い切るほど単純ではないかもしれないが、今のところ私が書きだした事情はこうである。
 作家丸出航、私は密かに呟く。舵輪をとる者は一人といういささかの光栄はあるにしても、この船に錨はなく、その港は遠い。



さらにこうも書く。

小説家はだれしも文学的青春というものを経験している。大学で同人誌を刊行し、安酒場のすみで気の合ったもの同士文学論をたたかわすという世界から私は遠かった。同人誌に加わったことは一度もない。田舎町にそんなものはありはしなかった。あったとしても加入しなかっただろう。私は月々の文芸誌を立ち読みし、市立図書館で愚にもつかない雑書を乱読し、ある種の勘を働かせてめぼしい本を注文しては読み耽った。



文学を愛し、作家を志す青年が、孤独な心を抱えながらいかにして作家への道を歩んでいったか、そうした心の軌跡を、身辺雑記として綴った文章のそこここに垣間見ることができる。
孤立無援で先の見えない日々は、辛く苦しいものであったかもしれない。
だが、一方では充実があり、時に幸せを実感できた時間でもあったのではなかろうか。
そしてそれを支える力となったのが、諫早の町に見られる穏やかな自然の美しさであった。
なかでも諫早の町に面した海の存在が大きい。

諫早は三つの半島のつけ根にあたり、三つの海に接している。それぞれ性格を異にする三つの海に囲まれた小さな城下町である。わたしはこれまで刊行した三冊の本におさめた作品のかずかずを全部この町で書いた。諫早に生まれなかったなら、これらの小説が書けたかどうか疑わしい。物語というものはそれを生み出す風土を作者が憎んでいては成立しないものだ。わたしは諫早という土地を、こういう言葉を使ってよければ、愛している。美しい町であると思っている。町を歩けば海の匂いがするからだ。いつも町には三つの海から、微かな潮の匂いを含んだ風が流れこんで来る。外洋の水に洗われる千々石湾の風、その底質土に泥を含まない清浄な大村湾の風、干潟をわたって吹く有明海の風。
 とりわけわたしは有明海の風を好む。………河口にたたずむごとにわたしは生活の疲れが癒え、再び自分の人生を生きようという思いを新たにする。水と泥と鳥と草原を眺め、空からそこに降りそそぐ始原的な光を浴びると、わたしは自分の内にある何物かが再生する感覚を味わう。河口だけでなく有明海そのものがわたしを活気づける力の源である。



そして小説を書くということは「その土地に数年間、根をおろして、土地の精霊のごときものと合体し、その加護によって産みだされるもの」であり、そのために「わたしは両足で常に土を踏まえていたい」と決意を述べる。
そこから見えてくるのは、物事をじっくりと見据えようとする若き小説家の真摯な態度である。
それを読むことで、心が洗われ、自然とこちらの背筋も伸びてくる。
ひとつ読み終えるたびに、反芻し余韻に浸る。
そして読み終えてしまうのが、惜しまれるのである。
何回も繰り返し読みたい本である。


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Category: 読書

Tags: 時代小説  葉室麟  

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葉室麟「おもかげ橋」

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大学3年目の春、それまで住んでいた県人寮を出て、目白区関口の下宿に引っ越した。
東京カテドラル聖マリア大聖堂のある関口教会の裏側に位置する場所であった。
数分歩けば講談社や光文社があり、その先には護国寺があった。
また関口教会前の目白通りを渡ると、そこは椿山荘であった。
その椿山荘の脇に小道があり、しばらく行くと胸突坂という坂道になる。
そこを下って神田川を渡ると早稲田大学の校舎が見えてくる。
当時良く歩いた散歩コースであった。
その神田川を少し上った所にあるのが、この小説の舞台になった「面影橋」である。

「面影橋」は昔、姿見橋とか俤(おもかげ)の橋などと呼ばれていた。
付近一帯は高田村で、近くには「南蔵院」や「氷川神社」があった。
また太田道灌にちなんだ、<山吹の里>もこのあたりである。
さらに堀部安兵衛の十八人斬りで有名な高田馬場があったのも、この高田村であった。
それらのことは小説でも詳しく書かれており、物語を彩る重要な要素になっている。
また「面影橋」は蛍の名所としても知られていた。
それを読んで思い出したのが、大学時代に胸突坂で出会った蛍のことである。
そのことは以前村上春樹の「ノルウェイの森」を読んだ時にも書いたが、ある日、いつものように胸突坂を歩いていると、突然蛍が飛んできた。
まさか都心のこのような場所で蛍に出会うとは。
思いがけない遭遇に驚いた。
後になって知ったが、それは椿山荘が夏の催しのために飼育していた蛍だったのだ。
その蛍が、たまたまそこまで飛んできたのであった。
そして今回この小説を読んで、さらにこのあたりが昔は蛍の名所だったということを知ったのである。
それが椿山荘の蛍となり、さらに自分のなかの記憶として残ることになったのである。
それがどうしたと言われればそうかもしれないが、それでもこうしたささやかな発見があることが、自分にとっての読書の醍醐味になっている。
今回そうした出会いがあったことで、より小説を身近に感じることができたのである。

物語はお家騒動の煽りをくって国を追われたふたりの武士が、再び持ち上がったお家騒動のなかで初恋の女性を匿うことになるという明朗青春活劇である。
恋と友情を軸に、ときにコミカルに、ときに叙情豊かに描かれることで、儘ならぬ人生の哀歓が浮かび上がってくる。
地元九州を舞台に書くことの多い葉室麟の小説だが、これは珍しく江戸が舞台である。


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Category: 読書

Tags: エッセイ・評論  

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岡崎武志「蔵書の苦しみ」

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著者は主に書評や古本に関したコラムを書くライターである。
そして職業柄かなりの蔵書家でもある。
その数2万冊超、いやひょっとすると3万冊を超えているかもしれないという。
通常1万冊あれば1軒の古本屋が開けると言われているので、その数がいかに凄いかがよく分かる。

本が増え始めたのは、大学に入学して一人暮らしを始めてから。
以後引っ越すたびに数が増えていった。
理想の読書環境を手に入れたと思っていたはずが、本が氾濫し始め、足の踏み場もなくなってきた。
そして今では探している本が見つからず、あるはずの本をまた本屋で買いなおすという有様。
災害の域にまで達するような状態になってしまったのである。
まさに「蔵書の苦しみ」である。
その行きつく先がどういうことになるか、様々な例を引いて書いている。
まず木造アパートの二階に住んでいた人が、本の重さで床をぶち抜いた話。
同じような話として串田孫一や井上ひさしやマンガ家の米沢嘉博などの例を挙げる。
またこの本にも書かれているが、図書館でいっしょに借りた関川夏央の「文学はたとえば、こう読む」の中にも、これと似たような話として「本の山が崩れて遭難した人 草森紳一とその蔵書」があった。
草森の著書「随筆 本が崩れる」のなかに書かれているもので、3万冊以上の本で埋まった自宅マンションで風呂に入ろうと浴室に入った時、ドアの前に積んであった本の山が崩れてドアが開かなくなり閉じ込められてしまったという話である。
ひとり暮しをしていたため助けを呼ぶことも出来ない。
それをどうやって脱出したかが、詳しく書かれている。
笑うに笑えない話であるが、もうこうなれば事件である。災害である。
これは特殊な例かもしれないが、たとえば地震が起きて本棚が崩れ、その下敷きになることはあり得ることだ。
けっして珍しいことではない。
もちろんこの本なかでも、阪神大震災や東日本大震災の際に、蔵書がどうなったか、様々な蔵書家のケースをあげて書かれており、本棚がいかに地震に弱いか、そしてこうした異変の際には本は凶器と化すのだ、ということを書いている。

蔵書家は本に対する愛着は人一倍強い。
どの本も限られた小遣いのなかから、買おうかどうしようかと煩悶しながら、それでも「これはどうしても買っておこう」と決意したうえで手に入れたものばかりである。
「事情が許せば、買った本は全部そのまま残しておきたい。それが本音だ。」
「それでも、やっぱり本は売るべきなのである。スペースやお金の問題だけではない。その時点で、自分に何が必要か、どうしても必要な本かどうかを見極め、新陳代謝をはかる。それが自分を賢くする。蔵書は健全で賢明でなければならない。初版本や美術書など、コレクションとしていいものだけを集め、蔵書を純化させていくやり方もあるだろうが、ほとんどの場合、溜まり過ぎた本は、増えたことで知的生産としての流通が滞り、人間の身体で言えば、血の巡りが悪くなる。血液サラサラにするためにも、自分のその時点での鮮度を失った本は、一度手放せばいい」
そのような結論に至った著者の蔵書減らしの悪戦苦闘が、そこから始まるのである。

果たして理想の蔵書とは、どういったものか、そして貯まり続ける本の管理を世の蔵書家たちはどのようにしているのか、古今の蔵書家や読書家、身近な蔵書家など様々な事例のなかからそれを探ろうとする。
登場するのは、先の串田孫一や井上ひさしに加えて、谷沢永一、植草甚一、北川冬彦、坂崎重盛、福原麟太郎、中島河太郎、堀田善衛、永井荷風、吉田健一といった文学者たち。
加えて蔵書のために家を建てた人や、保管のためにトランクルームを借りた人など一般の人たちも数多く登場する。
また「明窓浄机(めいそうじょうき)」という言葉が出てくるが、これは宋時代の中国の学者・欧陽脩(おうようしゅう)の言葉で、明るい窓、清潔な部屋に机と本が1冊あり、そこで読み書きをするというもの。
究極の書斎であり、それを実現させたものに鴨長明の方丈記がある。
さらにもうひとつの明窓浄机として刑務所があり、その実例として荒畑寒村の例を挙げている。
こうした探索は映画に出てくる蔵書にも及ぶ。
「遥かなる山の呼び声」、「ジョゼと虎と魚たち」、「愛妻物語」といった映画の中に見られるささやかで個性的な蔵書、さらには「いつか読書する日」の本がぎっしり詰まった「本の家」。
そうした諸々の探索から導き出した結論は、「理想は500冊」というもの。
その根拠となったのが、「書棚には、五百冊ばかりの本があれば、それで十分」という吉田健一の言葉。
そして「その五百冊は、本当に必要な、血肉化した五百冊だった。」
しかし理想と現実は大違い。
2万冊を500冊に減らすのは、あまりにも至難の業。
理想通りに運ばないどころか、逆に大量の本を処分した同じ日に、またまた古本を買ってしまうという始末。
「バカだなあ、と自分でも思うが、この気持ち、わかってもらえる人にはわかってもらえるだろう。」と書く。
コレクター心理の複雑なところ。
「蔵書の苦しみ」とはいうものの、「本当のところは、よくわからない」のである。
苦しんでいるようであり、楽しんでいるようでもある。
結局「本が増え過ぎて困る」という悩みは、贅沢な悩み、色事における「のろ気」のようなものと結論する。
「自分で蒔いた種」「勝手にしてくれ」というしかないのである。
ましてや古本ライターを名乗る著者にとっては、こうした悩みはどこまで行ってもついて回る宿命のようなもの。
「たぶん、この先も苦しみながら生きていく」と自虐的にボヤキながら筆を置くことになるのである。
しかしそんなボヤキから生まれた本書の、何と面白いことか。
時間を忘れて楽しんだ。


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Tags: 葉室麟  時代小説  

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葉室麟「陽炎の門」

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葉室麟の小説に黒島藩シリーズというのがある。
豊後黒島藩を舞台にした小説で、「陽炎の門」、「紫匂う」、「山月庵茶会記」の3作がある。
黒島藩は作者が作り出した架空の藩である。
おそらく藤沢周平の海坂藩を意識したのだろうが、作者の早過ぎる死で、わずか3作で終わってしまった。
先日「紫匂う」を読んで、それがこのシリーズのひとつだと知り、他の作品も読んでみようと考えたのである。
そのシリーズの第1作目となるのが、「陽炎の門」である。
小説の冒頭に、その黒島藩について書かれた箇所がある。
それによると「九州、豊後鶴ヶ江に六万石を領する」とある。
そして「伊予国来島水軍の中でも<黒島衆>と称された黒島興正が藩祖」となっている。

物語は、家禄五十石という軽格の家に生まれた桐谷主水が、三十七歳という若さで、執政になるという異例の出世を遂げたところから始まる。
それをきっかけに、10年前のある事件の謎が再び浮上してくる。
その事件というのは、藩の派閥争いの中で起きた事件で、城内で藩主父子を誹謗する落書が見つかったというもの。
犯人として疑われたのが、親友である芳村綱四郎。
そして落書の筆跡が綱四郎のものだと証言したのが主水であった。
その証言が決め手となって綱四郎は切腹、綱四郎は介錯人として主水を指名する。
それに応じた主水は介錯人を務めることになる。
以来彼は「出世のために友を陥れた」と噂されるようになる。
そして10年が経ち、再び事件が洗い直されることになったのである。

過去の自分の判断が間違っていたのではないだろうかと煩悶する主水の姿や、ミステリー仕立ての展開でぐいぐいと読ませていく。
主水はこれまでの葉室作品の主人公たちのように、清廉潔白とか高潔といった人物ではない。
軽格の家に生まれたことで、貧しさを骨身に沁みて味わい、そこから抜け出そうと人一倍出世を望む男である。
そのため職務においては冷徹非情、陰では「氷柱(つらら)の主水」と呼ばれている。
そんな人間的な側面をもつ主水が、ライバルでもあった綱四郎を、間違った判断で蹴落としてしまったのではないかと苦悩しながら事件の真相に迫っていく。
そのなかで、どんな真相を掴み、どんなことを考えるのか、さらにどんな行動をとってゆくことになるのか、どこまでも興味は尽きない。
葉室麟の小説はやはり面白い。
読み終わるとまた次を読みたくなってしまう。
次は黒島藩シリーズ3作目の、「山月庵茶会記」を読むつもりである。


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Tags: 葉室麟  

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葉室麟「紫匂う」

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昨年12月、作家・葉室麟が亡くなった。
66歳であった。
葉室麟は遅咲きの作家で、デビューしたのは、2005年、54歳の時である。
わずか12年という作家生活だったわけだ。
しかしその著作は、50冊を超えるほどの量産であった。
まるで残された時間が、わずかであることを知っていたかのような多作ぶりである。
そしてそれらの小説で書き続けたのは、人間がもつ尊厳や真心といった精神の美しい輝きであった。
それはこの小説でも描かれていることである。

主な登場人物は、3人。
黒島藩六万石の郡方を務める萩蔵太とその妻・澪、そして江戸藩邸側用人の葛西笙平。
萩蔵太は心極流の剣の達人だが、普段は仕事一途なだけの地味で目立たない男であった。
その夫に18歳で嫁いで12年になる澪は、二人の子供を授かり、平穏な生活を送ってはいたが、夫にいささかの物足りなさを感じることがあった。
そんな折、幼馴染であり初恋の人である葛西笙平が、家老の意に染まぬことを行ったという理由で、国許に送り返されることになり、その旅の途中で逃げ出してしまう。
その葛西笙平が、澪の前に突然現れる。
彼を匿うことになった澪と笙平ふたりの逃避行が始まる。
それを見捨てておけなくなった蔵太が後を追い、ふたりに力を貸す、というのが物語のおおまかなストーリーである。

3人の交錯する思い、そして騒動の顛末はどうなるのか、その面白さに一気に読み終わってしまった。
それはこれまで読んできた葉室麟の、いずれの小説とも変わらぬ面白さであった。

ところで和歌や俳句に傾倒したこともあるという葉室麟の小説には、しばしば和歌や俳句の引用がなされることがあるが、この小説でもいくつかの和歌が登場してくる。
そのなかのひとつ、「紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに吾恋めやも」が、小説の最後に効果的に使われている。
これがこの小説の題名として使われているわけだが、その心境に至った夫婦ふたりの慎み深い機微を表して、印象深い結末になっている。
「精神の美しい輝き」が、ここでも見ることができる。


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髙村薫「晴子情歌 上・下」

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ようやく読み終えたというのが、正直なところ。
旧仮名遣いで書かれた文章は、重々しく、理解しづらいところも多く、かなり骨が折れる。
行きつ戻りつしながら読むため、遅々として進まない。
不安定な足元を、転げ落ちないようにしっかりと確かめながら高い頂を目指す、そんな形容がしたくなるような読書だった。
途中で投げ出すことなく読み終えることができたのは、この小説が持つ強力な磁力に引っ張られたがゆえである。

主人公・晴子が息子・彰之に送った100通を超える手紙と、それを受け取った彰之の現在の心境や回想によって物語は描かれていく。
その手紙に綴られるのは、50年に及ぶ晴子の数奇な人生である。
晴子は大正9年、母の実家である東京本郷の岡本家で生まれた。
父・康夫は東大文学部を出て、東京外国語学校で講師を勤める左翼系のインテリであったが、若くして亡くなった妻の死をきっかけに、残された4人の子供を連れて康夫の実家のある青森県津軽地方の筒木坂(どうぎざか)へと帰っていく。
そして実家の野口家に晴子たち4人の幼い子供を預けたまま、北海道へと渡ってしまう。
野口家の次男が働く江差の鰊場に、職を得たためであった。
昭和9年、晴子15歳の時である。
その後、晴子たちは父が働く鰊場に移り住むことになるが、翌年、父・康夫は死亡、その結果弟妹は東京の母親の実家に引き取られることとなり、晴子はたったひとりで生きていくことになる。
筒木坂に帰った晴子は、新しい奉公先となる野辺地の福澤家で働くことになる。
福澤家は古くから醤油製造業を営む県下有数の名家であり、当主・勝一郎は事業家として様々な会社を経営する傍ら、衆議院議員として政治の世界でも重きをなす人物であった。
そこで女中として働く晴子は、やがて福澤家の跡取りである榮の子を産み、戦争から帰ってきた画家を志す放蕩息子・淳三と結婚することになる。
そして昭和50年、彰之は東大理学部を出たものの、ある日突然漁船員となることを告げ、北転船に乗り込んで遠洋漁業へと旅立ってゆく。
そこから晴子の彰之へ送る手紙を書く日々が始まる。
その手紙に描かれるのは、これまで歩んできた晴子の人生と家族の姿であるが、それと同時に激しく揺れ動く昭和という時代を描いた叙事詩ともなっている。
津軽や北の大地の因習や風土、そこに根差して生きる人々の姿、さらに大家(おおやけ 津軽弁で大地主の意)である福澤家の複雑で陰湿な家系と政治の世界、そして戦争というものの実態、さらに息子・彰之の章では、それらが彼の視点からも描かれ、揺れ動く心の襞が書き加えられていく。
そしてそれが言葉の奔流となって押し寄せてくるのである。
晴子が文学少女であるという設定にはなっているが、それにしてもこの奔流はただ事ではない。
これはそうした膨大な言葉の渦によって書かれた昭和史であり、民衆史である。
その醍醐味に、そしてその熱量に、心底圧倒されてしまったのである。

ところで昨年の秋、津軽半島をドライブしたことを以前書いたが、それは小説の最初の舞台になった木造町(今はつがる市となっている)の筒木坂(どうぎざか)に行ってみようと思ったからである。
果たしてそこはどんな場所なのか、その風景をいちどこの目で確かめてみたいという思いがあったからである。
津軽半島の付け根に位置する漁港・鰺ヶ沢から北に延びる国道をしばらく走ると、広大な田園地帯が現れてくる。
そこが目指す筒木坂であった。
しかし行けども行けども人家が見当たらない。
秋の穏やかな風景ではあるが、ひと気はなく七里長浜から吹きつける風は強い。
冬になればおそらく荒涼とした雪景色になるだろうことは容易に想像できた。
ましてや主人公・晴子たちが、この地に足を踏み入れた昭和初期の頃となると、それはさらに荒々しいものだったにちがいない。
小説ではそれを「嵐が丘」の描写を引用して、「大気の動亂(どうらん)」と呼んでいる。
その一部を書き写すと次のようなものである。

 そして間もなく林が途切れ、その先に山のような砂丘があらはれたときの驚きと云ったら!その砂の山はなだらかな上り下りを伴ひ、見渡すかぎり續いてゐました。薄く被った雪が風に巻き上げられて煙を上げてをり、さらに砂は別の煙になってそれに重なり、滲みあひ、濃淡を作りながら流れていきます。その下では、未だ色のない草が間断もなく風になびき續け、砂丘そのものがうねりながら動いてゐるかのようです。しかも、何と云ふ風でせう。それはもう鼓膜をぢかに震はし、ほとんど何も聴こえません。その風を見てゐるとき、ふいに「大気の動亂」と云ふ言葉が一つ浮かんできましたが、『嵐が丘』と云ふ小説の中で、そこに吹く風のことをそのように書いてあるのです。まさに風の姿が小説家にそのような言葉を思ひつかせたのか、小説家のこころの有りやうが風の姿をそんなふうに見させたのか、どちらが正しいのかは私には分かりませんが、ともかくその外國の小説の感覚が突然身近になり、私はしばし言葉を失いました。



さらにその先にある七里長浜の海辺の描写へと続いていく。

 前方の海は鈍く光りながら濱を覆ふばかりの波を繰りだして打ち寄せ、濱一面が飛沫とさらに細かい水煙の中にありました。眩しい白さは、まるで無数の光の点のやうです。濱は色がなく、海と砂丘の間に開いた水煙の靄の廊下のやうで、一軆どこまで續いてゐるのか分かりません。その先の方は半分明るく、半分翳ってをり、空と陸の境も分かりません。
 沖にはガスがかかってをり、薄い桃色と黄色に色づいて空と繋がり、そこからは仄かな日差しが透過してきて、ガスと海と濱の全部をぼんやり照らしてゐます。その遥か上方で鳴り續ける風音も、沖の方から傳はつてくる轟音も、いまは少しくぐもって響き、そこに打ち寄せる波の朗らかに高い音が加わると、まるで天と地が呼び合つてゐるように聴こえます。さらに私の耳のせゐでせうか、そこにはやがてリン、リンと云ふ明るい鈴の音が混じり始め、初めは微かに響いてきただけでしたが、その音はしかし、遠くから確かに近づいてきます。
 そうして突然、水煙の靄の濱にいくつかの人の姿があらわれたかと思ふと、それらの人影は少しづつ間隔をあけてゆらゆらと濱を近づいてくる行列の姿になりました。私は、海辺の蜃気樓を見てゐるような心地になり、さらに目を見開きます。いまはリン、リンと鳴り續ける音のほかに、ほーお、ほーおと云ふ齊唱も聴こえてきます。私は靄の中でゆらめき續ける人影を八つまで數へましたが、それは網代笠と墨染の衣と白脚絆と云ふ姿の人びとで、右手の小さな持鈴を鳴らし、ほーお、ほーおと詠うやうに長閑で、なほ鋭い喚声を上げてゐるのでした。その行列の上に波しぶきの光の塊が降り、海と空から曇硝子を通したやうな光が降り続けます。
 やがて、それは私たちの直ぐ傍まで来て止むと、間もなく今度は私たちの垂れた頭の上に、低く呟くやうな聲が降ってきました。ほんの短い間、意味も何も分からないままに、むへんぜいぐわん、むじんぜいぐわん、むりょうぜいぐわん、むじやうぜいぐわん、と云ふ不可思議な言葉の響きが耳に滲み込みます。そのときの心地を云ひあらわすなら、僅かに嬉しいやうな、楽しいやうな心地だったと云ふところかしら。否、より正しくは、そこには同時に邊りがしんと冷えていくやうな、森閑として寂しい心地も混じってゐたと云ふべきかしら。
 行きずりの子供に四弘誓願(しくせいがん)を唱えてくれた雲水たちは、そうして再び濱を遠ざかっていきました。



これからの晴子の人生を予感させるような描写である。
そして訪れた筒木坂の景色をイメージしながらこれらを読むことで、より深いリアリティを感じることになったのである。

ちなみにこの小説を読んだ後、筒木坂(どうぎざか)という地名の由来について調べてみたところ、次のようなことが分かった。
筒木坂は縄文土器で有名な亀ヶ岡遺跡の隣に位置する集落で、筒木坂でも縄文土器が出土することがある。
そこから「陶器が出土する坂」という意味をこめて、この名がつけられたということだ。
それを知って考えたことは、この長大な物語は、太古の昔から連綿と続いてきた人間の変わらぬ営みに繋がる、壮大な人間ドラマとして捉えることができるのではないかということ。
そうした巧まざる意図が、そこから匂い立ってくるように、感じられたのである。


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岡崎武志「気がついたらいつも本ばかり読んでいた」

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この本の表紙裏には、次のように書かれている。

<著者の20冊以上にのぼるスクラップブックから精選した各紙誌掲載の書評原稿やエッセイに加え、映画、音楽、演芸、旅、食、書店についてのコラム、イラスト、写真によるお愉しみ満載のヴァエティブック。>

そして「ヴァラエティブック」については「あとがき」で、次のように書いている。

<「ヴァラエティブック」というのは、一九七一年に晶文社から出た植草甚一『ワンダー植草・甚一ランド』をその嚆矢とする、書籍のスタイルを指す。
通常、一段、および二段組で、テキストを流し込むところを、一段、二段、三段、四段と違う組み方で、評論、エッセイ、コラム、対談あるいはビジュアルページを雑多に編集、構成。まるで雑誌みたいな単行本のことで、小林信彦、双葉十三郎、筒井康隆などが、晶文社で同様のスタイルの本を出していた。七〇年代に本読みとして青春を送った我々は、この自由な本の作り方に憧れ、大いに感化されたのである。>

晶文社、そして植草甚一とくると、われわれ世代の人間にとっては、ことさら馴染み深い。
この本をはじめ晶文社の本には、70年代のサブカルチャーの水先案内といったような本が多く、その隆盛に大きな役割を果たした。
私もそうした一連の書籍から様々な影響を受け、未だに自分の中に深く根を下ろしているのを感じている。
それは著者の岡崎武志が「大いに感化された」のと同様だ。
さらに加えて晶文社の創業者が、明治大学の教授、小野二郎先生ということも、それを特別なものにしている。
直接教わったわけではないが、隣のクラスにいた家内は小野先生の授業を受けており、また他の友人たちからもそのユニークな授業内容や、小野先生の人となりをよく聞かされていた。
そうした名物教授が晶文社の創業者ということで、晶文社の本は特別輝いて見える存在であったのだ。
この本はそんな流れを汲んでおり、70年代の匂いをそこはかとなく身に纏っている。
それがこちらのアンテナに引っかかり、手に取ることになったわけである。

岡崎武志の本を読むのは「上京する文学」に続いて、これが2冊目。
「上京する文学」も面白かったが、こちらも負けずに面白い。
それは岡崎武志の書く内容や関心の持ち方などが、私の趣味嗜好と合致する部分が多いからで、また年齢が近いということも大きいのかもしれない。
同じ時代を生き、そのなかで似たような感性を育んだということか。
とにかくこの本を読んでいると、共感する部分が多い。
またコアな情報も多く、そうしたものを見つけると、ひとりほくそ笑んでしまう。
たとえば、いちばん最初に出てくる書評「とにかく生きてゐてみようと考え始める」のなかでは「森崎書店の日々」という映画のことが書いてあり、その映画の「1シーンに出演している。」と書いている。
地味な映画で、あまり採り上げられることのない映画だが、神田神保町の古本屋街が舞台になっていることから、古書マニアの著者にお呼びがかかったのだろう。
もうそれだけで、嬉しくなり、この本に親しみが沸くのである。
また著者が10数年書き続けているブログから採録した「今日までそして明日から」という章では、「タブレット純」についてのコラムが出てくる。
そこには「出てくる時は出てくるもんである。新しい才能が。」という書き出しで、次のように書いている。
<その時、脇に座ってニコニコ笑っていたのが、驚異のレコードコレクターで歌手として登場していたタブレット純というタレント。ボクは初めて見たが、「何とな!」と叫びたくなる、異端の存在であった。ちょっと、話題が飛び出すと、まあ、次から次へと、超希少なレコードが、テーブルの下から出てくる出てくる。すべて自分のコレクションだという。すごいものを見た、という印象である。
 しかもタブレット純は、この手の蒐集家にありがちな、鼻をふくらませて「どうだ!」と言いたげな風情がまったくなく、持ってきたレコードも、申し訳なさそうに出す。ビジュアルはGS時代を思わせる金髪長髪、喋りはオネエ系である(あとで、本当にそうだと知る。)アルフィーの高見沢と二人並ぶ姿を想像すると、目が眩む。出てくる音楽の小ネタも情報として正確で、見飽きない。今後が楽しみな逸材、だと認識したのだった。>
実は私も以前からタブレット純のことは注目して見ていたので、これを読んでわが意を得たりとまた嬉しくなってしまったのである。
まさに「見ている人は、見ているもんである。」

この他にも「ダンテ」、「こけし屋」、「ファンキー」、「いもや」といった昔懐かしい名前の店が出てきたのも嬉しいことのひとつ。
「ダンテ」と「こけし屋」は、40数年前、西荻窪に住んでいた頃に、よく通った店である。
とくに「ダンテ」は、知り合う前の家内が毎日のように通っていた店で、家内と知り合ったとき、最初に連れていかれたのがこの喫茶店であった。
10坪にも満たない小さな店で、ジャズ喫茶というわけではないが、いつも静かにジャズが流れていた。
そして美味しいコーヒーを飲ませてくれる。
隠れた名店である。
いっぽう「こけし屋」は「ダンテ」のような小さな店ではなく、3階まである洋菓子兼レストランである。
創業昭和24年の老舗で、近隣の文化人たちが足繁く訪れた店である。
よく知られたところでは、浜田山に住んでいた松本清張がしばしば来店、食事の後はここで小説を執筆していたこともあったそうだ。
また井伏鱒二、丹羽文雄、金田一京助、棟方志功、東郷青児、徳川夢声、開高健などが集う会がこの店にあった。
そんな文化の匂いを今も残しており、本書ではここで「西荻ブックマーク」のトークショーが開かれたと書かれている。
こうした店が「中央線文化」の一翼を担っているのである。
両店とも西荻窪の駅前にあり、今も昔と変わらず健在なのが頼もしい。

「ファンキー」は吉祥寺駅前にあるジャズ喫茶、そして「いもや」は神保町にある天ぷらの店。
どちらも昔通った馴染の店だが、とくに「いもや」は安くてうまい天ぷらを出す店で、貧乏学生にとってはありがたい店であった。
「八人で満員ぐらいの小ぶりの店」で、行くと必ず長い行列に並んだものだ。

このほかにも旅や街歩きのさまざまな記述があり、情報満載。
なかでも古書店についての情報は詳細を極めている。
東京に限らず各地の古本屋を巡り、行く先々で珍本、希少本を探す。
また古本に限らず、古書店主やスタッフなどにも顔なじみが多く、そのため業界の裏話にも深く通じている。
古本や古書店についての著書を、数多く出している著者ならではの世界である。

このように盛りだくさんの内容に、時間を忘れて読み耽った。
どこを開いても興味深く、どこから読んでも面白い。
また著者自身が描いた和田誠風のイラストや写真も彩りを添えており、それを眺めるのも愉しい。
だからこそ「ヴァラエティブック」なのである。


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村上春樹「騎士団長殺し 第2部:遷ろうメタファー編」

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村上春樹の小説の重要なキーワードのひとつに、「シーク・アンド・ファインド(seek and find)」というのがある。
主人公が「何か」を探し、「見つけ出す」ことである。
この小説の骨格となっているのも、「シーク・アンド・ファインド」ということになる。
ではこの小説では、いったい何を探し出そうとしているのか。
その手がかりとなるのが、主人公の「私」が、屋根裏で見つけた雨田具彦の未発表作品「騎士団長殺し」である。
ドン・ジョヴァンニが騎士団長を剣で刺し殺すという、モーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」の場面をモチーフに、それを飛鳥時代に移し変えて描いた日本画である。
雨田具彦の最高傑作と云っていいほどの完成度の高い作品であるが、それにもかかわらず、なぜそれを隠さなければならなかったのか。
そこに秘められた謎を探ることになる。
そこから物語は本格的に動き出していく。
そしてその謎を探るなか、騎士団長に姿を借りたイデアが顕れ、「私」を異界へと導いていく。
イデアについての考察は、騎士団長と「私」の間で何度か話されるが、その実態についてはよく分からない。
しかし禅問答のようなそのやりとりは、非常に興味深く面白い。
その騎士団長と会話ができるのは、「私」と「私」の絵の教え子であり、絵のモデルでもある13歳の少女、「秋川まりえ」だけである。
「秋川まりえ」は「私」が15歳のときに死んだ妹のことを思い出させるような少女である。
そして免色が、ひょっとすると自分の娘かもしれないと考えている少女でもある。
そのまりえが、ある日突然謎の失踪をする。
そこで「私」は、まりえを救出するため、騎士団長に促されるままに「メタファー通路」と呼ばれる闇のなかへと、足を踏み入れていく。
こうした展開は、これまでの小説のなかでも繰り返し描かれてきた、おなじみの展開である。
そこでは現実と異界の二重構造になっており、そこを行き交い、通り抜けることで、自分のなかの何かが変化し、ある着地点へと到達する。
それが、村上春樹の小説の構造になっている。
そしてこの小説での到達点は、「私」が「ユズに電話をかけて、君に一度会ってゆっくりと話がしたいんだと告げること」であり、まりえは「自分は自由なのだ。この足で歩いてどこにでも行けるのだ。」と考えたことである。
その結果「恩寵のひとつのかたちとして」大切なものを手渡され、物語は静かに終息していく。

上下巻合わせて千ページを超える長編ではあるが、途中ダレることなく読み続けた。
いやむしろ次々と起きる不思議の先を知りたいという気持ちに掻き立てられていった。
小説がもつミステリーの要素がそうさせるのである。
さらにクラシックやジャズやポップスなどの音楽や、文学、映画といったモチーフを散りばめることで、小説世界に彩りを添えていく。
そうしたいつも通りの手法が、さらに効果的な後押しとなっている。
また様々なクルマが登場するのも同様である。
主人公の「私」が乗るのは、埃まみれのカローラ・ワゴン、免色が乗るのは、ピカピカに磨き上げられた銀色のジャガージャガーXJ6、そして秋川笙子とまりえが乗るのは、ブルーのトヨタ・プリウス、雨田政彦が乗るのは、黒いボルボ、さらに私が妻と別れた後、北海道と東北をあてもなく旅した時に乗ったのが古いプジョー205である。
そしてその旅の途中で出会った謎の「白いスバル・フォレスターの男」といった具合である。
そのように村上春樹好みのアイテムで細部を埋め尽くしていくことで、独自の世界を構築していくのである。
それはまるで「言葉やロジックとしてではなく、ひとつの造型として、光と影の複合体として」把握しながら描く「私」の絵の作業のようでもある。
また雨田具彦が「自ら血を流し、肉を削るように」「精根を傾けて」「騎士団長殺し」という絵を描いたことにも重なってくる。
そこには村上春樹の小説を書くということの困難さや熱い思いが、込められているのではないか。
読み終わった後、ふとそんなことを考えたのである。


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還暦(10年前)という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
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