風に吹かれて

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葉室麟「津軽双花」

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津軽藩2代目藩主、津軽信枚(のぶひら)の時代の話である。
慶長18年(1613年)徳川家康の養女・満天姫が信枚のもとに輿入れしてくる。
本州最北端の津軽を、北方防衛上重要な藩だと考える幕府が、津軽家との絆をより強固なものとするためであった。
しかし津軽家には、すでに辰姫という正室がいた。
彼女は関ヶ原で敗れた石田三成の遺児である。
関ヶ原の合戦で三成が敗れた後、兄の石田隼人正重成は津軽に逃れ、津軽家の家臣になっていた。
信枚の父、初代藩主為信が三成から大いなる恩義を受けていたためであった。
そして今は津軽家の家臣となって杉山源吾と名乗っている。
また三成の娘辰姫は高台院(秀吉の妻寧々)の養女となって庇護を受けていた。
高台院は重成とともに石田家の血筋を残そうと考え、また津軽家と石田家の結びつきをさらに強いものにするために、辰姫を信枚の妻としたのである。
そこへ満天姫輿入れの話が持ち込まれた。
板挟みになった信枚だったが、結局は幕府の意向を受け入れ、辰姫を飛び地領の上州大館村(現在の群馬県太田市)に移し、満天姫を正室として迎え入れるたのである。
ここから満天姫と辰姫の「女の関ヶ原」ともいうべき戦いが始まった。
しかしその争いは、相手を陥れようとするような悲惨なものではなく、お互いの越えられない立場の違いからくるもので、戦国時代を生きる女の矜持が感じられるものであった。
ともに津軽家にとって何が大事かということを第一に考えながらの争いであった。
まさに津軽のふたつの輝ける花、「津軽双花」なのである。
そしてこのことが後の津軽家の安泰へと繋がり、さらに石田三成の血筋が津軽の地において脈々と生き続けていく礎になったのである。

調べてみると、この小説はほぼ史実に基づいて書かれたものだ。
こうした歴史があったということを、この小説で初めて知った。
地元に住んでいても歴史に特別興味を持っていない限りは、こういうことを知る機会はなかなかないものだ。
そういう意味ではこの小説はそうした機会を与えてくれたわけで、いい勉強になったと思っている。

弘前では昨年、弘前城本丸の石垣改修のために天守を移動するというイベント「天守曳屋」が大々的に行われた。
また先日4月9日には、「石垣解体始め式」も執り行われた。
そして今後10年をかけて石垣の改修工事が行われる。
こうした節目の時にこの小説を読んだことは、特別記憶に残る読書体験になったように思う。
そしてそのことで津軽の歴史への興味が、さらに大きくなったのである。


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葉室麟「蜩ノ記」

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第146回直木賞(平成23年/2011年下半期)を受賞した「蜩ノ記」を読んだ。
図書館で順番待ちをしていたのが、ようやく順番が回ってきたのである。

舞台は豊後・羽根藩。
奥右筆を務める檀野庄三郎という若者が、ささいなことから城内で刃傷沙汰を起してしまう。
本来は切腹となるところだが、家老から特命を命じられて切腹を免れる。
その特命というのは、幽閉中の元郡奉行・戸田秋谷(しゅうこく)のもとで、彼が命じられている家譜(藩史)の編纂を補助することであった。
秋谷は七年前に、前藩主の側室と密通を犯したことで、切腹を命じられる身であった。
しかし家譜編纂という重要な役目があることから、十年の猶予を与えられていた。
その編纂を補助すると同時に、秋谷の身辺を監視するというのが庄三郎の役目であった。
しかし秋谷の側で過ごすうち、その清廉さに触れ、次第に事件への疑いを持ち始めるようになっていく。
そして自らその真相を探ることになるのであった。
その真相とは果たしてどのようなものなのか?
そうしたところが、この物語の骨格である。

秋谷の武士としての清廉潔白な姿やそれを支えようとする家族たちとの深い絆と愛情、そうした慎ましくも暖かな日常を見るにつけ、次第に人間的に成長していく庄三郎の姿が描かれていく。
そのなかに藩の後継者争いにかかわる陰謀や、厳しい農政の現実などが絡まってくる。

これまでの葉室作品同様の端正な描写で、つぎつぎと人間ドラマが紡ぎ出されていくところは、さすが熟練の技である。
直木賞受賞は文句のないところ。
ただあまりに秋谷が理想的に描かれ過ぎているところが、いささか気になるところである。
切腹を免れる機会が幾度もありながら、それをことごとく拒み自ら望んで死に向かおうとするところは、いささか納得できかねる。
もう少し人間臭い、隠された負の部分や葛藤にも踏み込んでいれば、もっと迫るものがあったのではないか、そんないささか欲張った感想を持ったのである。
この小説が地味な印象を与えるのも、そんなところにも原因があるのかもしれない。
考えてみればそれは他の葉室作品にも言えることなのだが、山本周五郎や藤沢周平の小説で感じられるような深い感動が、もうひとつ得ることができないのも、そんな地味さによるのかもしれない。
こうした感想がけっして高望みというわけではなく、そんな物語を間違いなく生み出してくれる作家だと思うからこそ感じることなのである。
直木賞受賞を契機に、また新たな高みへと登っていくような小説が生み出されることを願うばかりだ。

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葉室麟「柚子の花咲く」

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宝永年間、瀬戸内の日坂藩と鵜ノ島藩の干拓地を巡る境界争いを背景に、殺された郷学の恩師・梶与五郎の死の真相と、名誉回復のために命をかけて挑む若き武士、筒井恭平の物語。
題名の「柚子の花咲く」は、梶与五郎が教え子たちに常々語っていた言葉「桃栗三年柿八年、柚子は九年で花が咲く」から採ったもの。
人を育てるには長い時間がかかる。
そしていつか必ず花開くときがくる。
それを信じて、梶与五郎は子供たちを導いていく。
そうした強い想いがこの言葉には込められている。

人生の岐路に立ったとき、人は必ずしも最良の選択をするわけではない。
時には誤った選択をして、人生を大きく狂わせてしまうことになる。
しかしそれを正すことがけっしてできないわけではない。
梶与五郎はそれができないままに死んでしまった。
また庄屋を継いだ旧友儀平やお咲も同様である。
しかし主人公、筒井恭平はそれらを他山の石とし、掛け違えてしまったかつての想いを一途に正していこうとする。
そしてそれこそが師が教え子たちに望んだ人生を切り拓く力というものであった。
かつて師が恭平を評して「身を捨てて仁をなす奴」と言ったことがある。
その言葉どおりの生き方が清々しく描かれていく。

人が人を命がけで愛するということ、教育の真髄、そんなことを教えてくれる小説であった。


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葉室麟「いのちなりけり」

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先日の「散り椿」に続いて読んだ葉室麟の「いのちなりけり」は、雨宮蔵人(くらんど)と妻咲弥(さくや)の波乱の人生を描いた小説である。
雨宮蔵人は佐賀鍋島藩の支藩である小城藩の武士である。
一見凡庸に見える蔵人だったが、実は隠れた剣の達人であった。
それを見抜いた咲弥の父、天源寺刑部は彼を咲弥の入り婿として迎えた。
しかし咲弥は死別した前夫、多門のことが忘れられず、蔵人を受け入れようとはしない。
そして「強いばかりでなく風雅の道が分かってこそ奥行きのある武士となる。どのような和歌を好きかということでその人間の心栄えが分かる。だからどんな和歌が好きかを教えて欲しい」と迫るが、蔵人は答えることができない。
そんな蔵人に対して「答えるまでは寝所をともにしない」と宣言する。
ここからふたりの波乱の人生が幕を開けることになる。

小城藩の藩内抗争から天源寺刑部が何者かに刺殺され、その疑いを持たれた蔵人は藩を出奔、咲弥も水戸家の奥女中となって水戸光圀のもとで暮らすことになる。
そこに将軍綱吉と水戸光圀との暗闘をからませながら、数奇な運命によってふたりが翻弄されていく物語が続いていく。
その抗争のなかで、蔵人は和歌を探し求めていく。
そして咲弥は離れ離れになることで、蔵人の真の姿を知ることになっていく。
最後は罠と知りつつ、咲弥に逢うために死を覚悟のうえで、京都から江戸を目指して走り抜けてゆく。
「四十を過ぎても女人をかように思い続けているとは、わしは愚か者だな」と思いながら。
しかし「何度生まれ変わろうとも咲弥殿をお守りいたす。わが命に代えて生きていただく」という一途な思いだけを胸に江戸を目指す。
まさに死を覚悟した大人の純愛物語である。
そして最後に蔵人が選んだのは「古今和歌集」の詠み人知らずの和歌「春ごとに花のさかりはありなめど、あひ見むことはいのちなりけり」であった。
それは「天地に仕え、命に仕える」を旨とする雨宮蔵人の清冽な生き様そのものを表すような和歌であった。

鍋島藩といえば「葉隠」を生み出した藩として知られているが、この物語が「忍ぶ恋こそ至極の恋と存じ候」の言葉とともに、後日談として「葉隠」成立へと繋がっていると匂わせるところが、さらに深い余韻を残している。
この小説は第14回松本清張賞を受賞した作品である。


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葉室麟「散り椿」

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葉室麟の直木賞受賞作品「蜩ノ記」を図書館で予約待ちにしているが、依然として10人待ちといった状態である。
読めるのは、まだまだ先のことになるなあと考えていたところ、受賞後第2作目の「散り椿」を偶然見つけたので借りてきた。
さっそく読んでみたが、面白くていっきに読み終えてしまった。

ある事件で藩を追われた主人公瓜生新兵衛が、妻の死を看取った後、妻の最後の願いをかなえるために、18年ぶりに故郷へ帰って来たところから物語は始まる。
そしてそれが引き金になったように、藩内抗争が再び頭をもたげることになる。
そのなかで、かつて同じ道場で四天王と並び称された旧友たちが、いずれも騒動の犠牲となって死んでいく。
それは「散る椿は残る椿があると思えばこそ見事に散ってゆける」と、今は側用人として藩の重責を担っている、かつての友、榊原采女が呟いた言葉どおりの散り方であった。
普通の椿は花ごと落ちるが、「散り椿」という椿は花びらが一片一片散ってゆくそうだ。
その椿に行く人、去る人、さまざまな武士や女たちの思いを託して物語が語られていく。
そこに込められた深い思いが胸を打つ。
そしてその思いは新兵衛とともに藩の抗争へと巻き込まれることになった甥、坂下藤吾へと託されていくことになる。

藤吾の父、坂下源之進は一年前、使途不明金を糾弾された末に、自害してこの世を去った。
そのため家禄は大きく減らされ、朋輩からは冷たい目で見られている。
そうした屈辱の日々を送っているだけに何とか出世の糸口を探しあて、家を再興することを願っている。
そこへ突如18年前に不祥事から藩を出奔した伯父が帰ってきたのである。
出世を願う藤吾にとって、そうした伯父の存在は迷惑以外の何ものでもない。
当初はやっかい者と蔑んでいたが、藩の抗争に否応なく巻き込まれるなかで、伯父の真価を目にすることになる。
そして、しだいにその人間的魅力に惹き込まれ、男として成長していく。
そうした成長物語がサイドストーリーとしてあるのも、この小説の面白さのひとつである。

久々に胸躍らせて読んだ時代小説であった。


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年齢:今年(2008年)還暦です。
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還暦という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
趣味のこと、生活のこと、心に残ったことなど、My Favorite thingsを、気ままに書いていこうと思います。
末永くおつき合いください。

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