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風に吹かれて

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Category: 読書

Tags: 時代小説  葉室麟  

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葉室麟「おもかげ橋」

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大学3年目の春、それまで住んでいた県人寮を出て、目白区関口の下宿に引っ越した。
東京カテドラル聖マリア大聖堂のある関口教会の裏側に位置する場所であった。
数分歩けば講談社や光文社があり、その先には護国寺があった。
また関口教会前の目白通りを渡ると、そこは椿山荘であった。
その椿山荘の脇に小道があり、しばらく行くと胸突坂という坂道になる。
そこを下って神田川を渡ると早稲田大学の校舎が見えてくる。
当時良く歩いた散歩コースであった。
その神田川を少し上った所にあるのが、この小説の舞台になった「面影橋」である。

「面影橋」は昔、姿見橋とか俤(おもかげ)の橋などと呼ばれていた。
付近一帯は高田村で、近くには「南蔵院」や「氷川神社」があった。
また太田道灌にちなんだ、<山吹の里>もこのあたりである。
さらに堀部安兵衛の十八人斬りで有名な高田馬場があったのも、この高田村であった。
それらのことは小説でも詳しく書かれており、物語を彩る重要な要素になっている。
また「面影橋」は蛍の名所としても知られていた。
それを読んで思い出したのが、大学時代に胸突坂で出会った蛍のことである。
そのことは以前村上春樹の「ノルウェイの森」を読んだ時にも書いたが、ある日、いつものように胸突坂を歩いていると、突然蛍が飛んできた。
まさか都心のこのような場所で蛍に出会うとは。
思いがけない遭遇に驚いた。
後になって知ったが、それは椿山荘が夏の催しのために飼育していた蛍だったのだ。
その蛍が、たまたまそこまで飛んできたのであった。
そして今回この小説を読んで、さらにこのあたりが昔は蛍の名所だったということを知ったのである。
それが椿山荘の蛍となり、さらに自分のなかの記憶として残ることになったのである。
それがどうしたと言われればそうかもしれないが、それでもこうしたささやかな発見があることが、自分にとっての読書の醍醐味になっている。
今回そうした出会いがあったことで、より小説を身近に感じることができたのである。

物語はお家騒動の煽りをくって国を追われたふたりの武士が、再び持ち上がったお家騒動のなかで初恋の女性を匿うことになるという明朗青春活劇である。
恋と友情を軸に、ときにコミカルに、ときに叙情豊かに描かれることで、儘ならぬ人生の哀歓が浮かび上がってくる。
地元九州を舞台に書くことの多い葉室麟の小説だが、これは珍しく江戸が舞台である。


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葉室麟「陽炎の門」

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葉室麟の小説に黒島藩シリーズというのがある。
豊後黒島藩を舞台にした小説で、「陽炎の門」、「紫匂う」、「山月庵茶会記」の3作がある。
黒島藩は作者が作り出した架空の藩である。
おそらく藤沢周平の海坂藩を意識したのだろうが、作者の早過ぎる死で、わずか3作で終わってしまった。
先日「紫匂う」を読んで、それがこのシリーズのひとつだと知り、他の作品も読んでみようと考えたのである。
そのシリーズの第1作目となるのが、「陽炎の門」である。
小説の冒頭に、その黒島藩について書かれた箇所がある。
それによると「九州、豊後鶴ヶ江に六万石を領する」とある。
そして「伊予国来島水軍の中でも<黒島衆>と称された黒島興正が藩祖」となっている。

物語は、家禄五十石という軽格の家に生まれた桐谷主水が、三十七歳という若さで、執政になるという異例の出世を遂げたところから始まる。
それをきっかけに、10年前のある事件の謎が再び浮上してくる。
その事件というのは、藩の派閥争いの中で起きた事件で、城内で藩主父子を誹謗する落書が見つかったというもの。
犯人として疑われたのが、親友である芳村綱四郎。
そして落書の筆跡が綱四郎のものだと証言したのが主水であった。
その証言が決め手となって綱四郎は切腹、綱四郎は介錯人として主水を指名する。
それに応じた主水は介錯人を務めることになる。
以来彼は「出世のために友を陥れた」と噂されるようになる。
そして10年が経ち、再び事件が洗い直されることになったのである。

過去の自分の判断が間違っていたのではないだろうかと煩悶する主水の姿や、ミステリー仕立ての展開でぐいぐいと読ませていく。
主水はこれまでの葉室作品の主人公たちのように、清廉潔白とか高潔といった人物ではない。
軽格の家に生まれたことで、貧しさを骨身に沁みて味わい、そこから抜け出そうと人一倍出世を望む男である。
そのため職務においては冷徹非情、陰では「氷柱(つらら)の主水」と呼ばれている。
そんな人間的な側面をもつ主水が、ライバルでもあった綱四郎を、間違った判断で蹴落としてしまったのではないかと苦悩しながら事件の真相に迫っていく。
そのなかで、どんな真相を掴み、どんなことを考えるのか、さらにどんな行動をとってゆくことになるのか、どこまでも興味は尽きない。
葉室麟の小説はやはり面白い。
読み終わるとまた次を読みたくなってしまう。
次は黒島藩シリーズ3作目の、「山月庵茶会記」を読むつもりである。


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葉室麟「紫匂う」

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昨年12月、作家・葉室麟が亡くなった。
66歳であった。
葉室麟は遅咲きの作家で、デビューしたのは、2005年、54歳の時である。
わずか12年という作家生活だったわけだ。
しかしその著作は、50冊を超えるほどの量産であった。
まるで残された時間が、わずかであることを知っていたかのような多作ぶりである。
そしてそれらの小説で書き続けたのは、人間がもつ尊厳や真心といった精神の美しい輝きであった。
それはこの小説でも描かれていることである。

主な登場人物は、3人。
黒島藩六万石の郡方を務める萩蔵太とその妻・澪、そして江戸藩邸側用人の葛西笙平。
萩蔵太は心極流の剣の達人だが、普段は仕事一途なだけの地味で目立たない男であった。
その夫に18歳で嫁いで12年になる澪は、二人の子供を授かり、平穏な生活を送ってはいたが、夫にいささかの物足りなさを感じることがあった。
そんな折、幼馴染であり初恋の人である葛西笙平が、家老の意に染まぬことを行ったという理由で、国許に送り返されることになり、その旅の途中で逃げ出してしまう。
その葛西笙平が、澪の前に突然現れる。
彼を匿うことになった澪と笙平ふたりの逃避行が始まる。
それを見捨てておけなくなった蔵太が後を追い、ふたりに力を貸す、というのが物語のおおまかなストーリーである。

3人の交錯する思い、そして騒動の顛末はどうなるのか、その面白さに一気に読み終わってしまった。
それはこれまで読んできた葉室麟の、いずれの小説とも変わらぬ面白さであった。

ところで和歌や俳句に傾倒したこともあるという葉室麟の小説には、しばしば和歌や俳句の引用がなされることがあるが、この小説でもいくつかの和歌が登場してくる。
そのなかのひとつ、「紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに吾恋めやも」が、小説の最後に効果的に使われている。
これがこの小説の題名として使われているわけだが、その心境に至った夫婦ふたりの慎み深い機微を表して、印象深い結末になっている。
「精神の美しい輝き」が、ここでも見ることができる。


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葉室麟「津軽双花」

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津軽藩2代目藩主、津軽信枚(のぶひら)の時代の話である。
慶長18年(1613年)徳川家康の養女・満天姫が信枚のもとに輿入れしてくる。
本州最北端の津軽を、北方防衛上重要な藩だと考える幕府が、津軽家との絆をより強固なものとするためであった。
しかし津軽家には、すでに辰姫という正室がいた。
彼女は関ヶ原で敗れた石田三成の遺児である。
関ヶ原の合戦で三成が敗れた後、兄の石田隼人正重成は津軽に逃れ、津軽家の家臣になっていた。
信枚の父、初代藩主為信が三成から大いなる恩義を受けていたためであった。
そして今は津軽家の家臣となって杉山源吾と名乗っている。
また三成の娘辰姫は高台院(秀吉の妻寧々)の養女となって庇護を受けていた。
高台院は重成とともに石田家の血筋を残そうと考え、また津軽家と石田家の結びつきをさらに強いものにするために、辰姫を信枚の妻としたのである。
そこへ満天姫輿入れの話が持ち込まれた。
板挟みになった信枚だったが、結局は幕府の意向を受け入れ、辰姫を飛び地領の上州大館村(現在の群馬県太田市)に移し、満天姫を正室として迎え入れるたのである。
ここから満天姫と辰姫の「女の関ヶ原」ともいうべき戦いが始まった。
しかしその争いは、相手を陥れようとするような悲惨なものではなく、お互いの越えられない立場の違いからくるもので、戦国時代を生きる女の矜持が感じられるものであった。
ともに津軽家にとって何が大事かということを第一に考えながらの争いであった。
まさに津軽のふたつの輝ける花、「津軽双花」なのである。
そしてこのことが後の津軽家の安泰へと繋がり、さらに石田三成の血筋が津軽の地において脈々と生き続けていく礎になったのである。

調べてみると、この小説はほぼ史実に基づいて書かれたものだ。
こうした歴史があったということを、この小説で初めて知った。
地元に住んでいても歴史に特別興味を持っていない限りは、こういうことを知る機会はなかなかないものだ。
そういう意味ではこの小説はそうした機会を与えてくれたわけで、いい勉強になったと思っている。

弘前では昨年、弘前城本丸の石垣改修のために天守を移動するというイベント「天守曳屋」が大々的に行われた。
また先日4月9日には、「石垣解体始め式」も執り行われた。
そして今後10年をかけて石垣の改修工事が行われる。
こうした節目の時にこの小説を読んだことは、特別記憶に残る読書体験になったように思う。
そしてそのことで津軽の歴史への興味が、さらに大きくなったのである。


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葉室麟「蜩ノ記」

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第146回直木賞(平成23年/2011年下半期)を受賞した「蜩ノ記」を読んだ。
図書館で順番待ちをしていたのが、ようやく順番が回ってきたのである。

舞台は豊後・羽根藩。
奥右筆を務める檀野庄三郎という若者が、ささいなことから城内で刃傷沙汰を起してしまう。
本来は切腹となるところだが、家老から特命を命じられて切腹を免れる。
その特命というのは、幽閉中の元郡奉行・戸田秋谷(しゅうこく)のもとで、彼が命じられている家譜(藩史)の編纂を補助することであった。
秋谷は七年前に、前藩主の側室と密通を犯したことで、切腹を命じられる身であった。
しかし家譜編纂という重要な役目があることから、十年の猶予を与えられていた。
その編纂を補助すると同時に、秋谷の身辺を監視するというのが庄三郎の役目であった。
しかし秋谷の側で過ごすうち、その清廉さに触れ、次第に事件への疑いを持ち始めるようになっていく。
そして自らその真相を探ることになるのであった。
その真相とは果たしてどのようなものなのか?
そうしたところが、この物語の骨格である。

秋谷の武士としての清廉潔白な姿やそれを支えようとする家族たちとの深い絆と愛情、そうした慎ましくも暖かな日常を見るにつけ、次第に人間的に成長していく庄三郎の姿が描かれていく。
そのなかに藩の後継者争いにかかわる陰謀や、厳しい農政の現実などが絡まってくる。

これまでの葉室作品同様の端正な描写で、つぎつぎと人間ドラマが紡ぎ出されていくところは、さすが熟練の技である。
直木賞受賞は文句のないところ。
ただあまりに秋谷が理想的に描かれ過ぎているところが、いささか気になるところである。
切腹を免れる機会が幾度もありながら、それをことごとく拒み自ら望んで死に向かおうとするところは、いささか納得できかねる。
もう少し人間臭い、隠された負の部分や葛藤にも踏み込んでいれば、もっと迫るものがあったのではないか、そんないささか欲張った感想を持ったのである。
この小説が地味な印象を与えるのも、そんなところにも原因があるのかもしれない。
考えてみればそれは他の葉室作品にも言えることなのだが、山本周五郎や藤沢周平の小説で感じられるような深い感動が、もうひとつ得ることができないのも、そんな地味さによるのかもしれない。
こうした感想がけっして高望みというわけではなく、そんな物語を間違いなく生み出してくれる作家だと思うからこそ感じることなのである。
直木賞受賞を契機に、また新たな高みへと登っていくような小説が生み出されることを願うばかりだ。

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プロフィール

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Author:cooldaddy
住んでいるところ:青森県弘前市
出身地:香川県
年齢:今年(2018年)70歳です。
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還暦(10年前)という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
趣味のこと、生活のこと、心に残ったことなど、My Favorite thingsを、気ままに書いていこうと思います。
末永くおつき合いください。

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