風に吹かれて

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Category: 日本映画

Tags: 時代劇  

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映画「柘榴坂の仇討」

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桜田門外の変に関わった、襲った側と襲われた側の武士ふたり。
その後の13年間を描いた映画である。
この13年は、幕末から明治となった激動の時代。
すべての価値観が大きく変わった時代である。
しかし主人公ふたりの時間は、桜田門外の変の時で止まったままである。
時代に翻弄された彼らは、どちらも時代に見捨てられ孤独の中で生きている。
敵同士ではあるが、ふたりは合わせ鏡のように似た者同士であることが見えてくる。
そうしたふたつの孤独な魂が、まるでお互いが片割れを捜し求めていたかのように巡り合うことになる。
そしてクライマックスの対決となる。

中井貴一、阿部寛が素晴らしい。
今は車夫となった阿部寛が雪の降る夜道のなか、中井貴一を乗せた車を曳いてゆく。
その道中で交わされる問わず語りの会話は、闘いの前哨戦ともいえるもの。
ふたりの争いはすでに始まっている。
緊迫感溢れるその一語一語を、聴き洩らさないように神経を集中させてゆく。
ふたりと同調するように、こちらの緊張感も高まってゆく。
そしてついにふたりの死力を尽くした真剣勝負のときがやってくる。
静と動との鮮やかな転換、そして桜田門外の変と同じく雪のなかで繰り広げられる迫力ある殺陣、見応えじゅうぶんである。
久しぶりに本格的な時代劇を堪能した。

原作は浅田次郎による短編集『五郎治殿御始末』。
この本は読んだ憶えがあるが、残念ながら内容については、あまりよく憶えていない。
原作になった短編だけでも、もういちど読んでみようかなと思っている。


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Category: 日本映画

Tags: 中村錦之助  仲代達矢  時代劇  

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映画「股旅 三人やくざ」

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先日BSで観た映画「股旅 三人やくざ」を初めて観たのは、1965年のこと。
今から半世紀前ということになるが、そんなに時間が経ったのかと思えるほど、この映画の記憶は鮮明に残っている。

題名からも判るように、三人のやくざが登場するオムニバスの股旅映画である。
「秋の章」、「冬の章」、「春の章」と分かれ、それぞれを仲代達矢、松方弘樹、中村錦之助が演じている。

「秋の章」ではこれが股旅やくざを初めて演じるという仲代達矢が、正統派のやくざを重厚に演じて、見応え十分。
続く「冬の章」では松方弘樹が故郷を追われた水呑百姓上がりのやくざを溌剌と演じ、老残のやくざ、志村喬との対比のなかで、やくざ渡世の空しさや人情の篤さが描かれる。
そして最後の「春の章」では、錦之助がいつもの颯爽とした役柄とは違い、口先ばかりで一向に頼りにならない半端者のやくざを飄々と演じて楽しませてくれる。
同じ年に作られた、こちらもオムニバス映画である「冷や飯とおさんとちゃん」とともに、錦之助の演技の幅の広さを再認識させられる映画である。
3話のなかではいちばん見応えがあり、さらに錦之助ファンにとっては決して見逃すことのできない必見の映画なのである。

またそれぞれの主役の相手役となる女優達(桜町弘子、藤純子、入江若葉)も素晴らしい。
とくに第1話で気性の激しい女郎を演じた桜町弘子が出色。
彼女の代表作である「骨までしゃぶる」の女郎役と似通った役柄を好演している。
「骨までしゃぶる」が作られたのが、この映画の翌年の1966年だから、加藤泰監督は案外この時の彼女を見て、主役に抜擢したのかもしれない。
と書いてふと思ったのだが、というよりも加藤泰映画の常連として使われている桜町弘子の美質を買ったがゆえの起用であり、さらに本家帰りをして代表作出演となったといったほうが正しいのかもしれない。
両監督ともそんなことは先刻ご承知のことだろう。
ともかくそんなあれこれを想像させられる熱演であった。

さらに第2話の藤純子はこの時19歳。
このわずか3年後に「緋牡丹博徒」で、あの艶やかな矢野竜子を演じることになろうとは想像もできない初々しさである。

監督は沢島忠。
錦之助とともに「一心太助」シリーズなど、斬新な演出で東映時代劇を支えてきた彼が、その終焉を飾るように作り上げた傑作である。


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Category: 読書

Tags: 時代劇  エッセイ・評論  

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小松宰「剣光一閃 戦後時代劇映画の輝き」

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戦後の時代劇映画の流れを辿るなかで、時代劇映画の魅力と、そこに込められた日本人の精神構造を見つめようとした評論集。
弘前の地元紙「陸奥新報」に、1年2ヶ月にわたって連載されたものである。
著者の小松宰(こまつ おさむ)氏は秋田県大館市在住で、北海道、東北では唯一の「日本映画ペンクラブ」会員である。
またNHKカルチャー弘前教室の映画講座講師や、弘前文学学校講師なども務めるライターである。
身近にこうした人がいたことは、新しい発見であった。
図書館で偶然見つけ、そのプロフィールに引かれて、読んでみた。

「戦後に幼少期を送った」著者は、自分とはほぼ同世代のようで、その時代劇映画の遍歴も似たような道程を辿っており、そうしたことも手伝って、興味深く読んだ。
それは次のような文章である。

<私が時代劇映画を観るようになったのは、最初は、言うまでもなく、ただ単に「時代劇がそこにあった」からである。>
<しかし、ある時期から、私は自分から時代劇を選択し、いくらか意識的に時代劇を見るようになった。>
そして<自分はなぜ時代劇が好きなのかとか、時代劇の中には一体、なにがあるのか、といった自問を発しながら観るようになった。>

こうして始まった時代劇映画への傾倒から導き出された様々な考察が、網羅的に語られていく。
その内容は次のようなもの。


1章  現代史としての幕末映画
2章  新選組映画の深層心理
3章  忠臣蔵映画の興亡
4章  シリーズ時代劇と捕物帳
5章  定番時代劇がゆく
6章  残酷時代劇と集団抗争時代劇
7章  柳生武芸帳の秘密
     1 柳生武芸帳の秘密
     2 柳生十兵衛はいつ片目を失ったのか
8章  黒澤時代劇の世界
     1 『羅生門』の真実
     2 時代劇の金字塔『七人の侍』
     3 『影武者』と『笛吹川』
9章  激動する時代の中で
      1 岡崎三郎信康の悲劇
     2 龍馬映画の行方
     3 東映の非東映時代劇
     4 日本的なものを求めて
      5 形を変えた時代劇
10章  白刃の美学
11章  文芸時代劇の系譜
12章  21世紀の時代劇
13章  〈死の美学〉としての時代劇


全盛期の東映時代劇をはじめ、大映時代劇、黒澤時代劇、さらには任侠映画も一種の時代劇として捉え、時代劇衰退後の現在の時代劇までを俯瞰的に考察していく。
これを読むことで、今に至る時代劇映画の大筋を、ほぼ概観することができる。

そして「あとがき」には次のように書いている。

<人間は誰でも自分の人生を完成させたいと願っている。ここで自分の人生を終わらせてもいいと思える地点に到達したいと願っている。それはほとんど人間の悲願である。しかし実際には、自分の人生を完結させることなどできはしない。
 むしろ、自分がどこにいるのか、どこまで来たのか、皆目分からないまま不確実な人生を生きるしか方途がないのが人生である。(中略)
 しかし、時代劇映画の主人公たちは違う。彼らは紛うかたなく自己の人生を完結させる。初志を貫徹し、大望を成就し、悲願を達成して、幸運にも自らの人生を完結させる。
 いや、挫折や敗北で終わる時代劇もある。壮絶きわまる斬り死にや、非業の死で終わる時代劇もある。しかし、挫折や敗北ではあっても、そのようなかたちで彼等は自らの人生を完結させるのである。それはまさしく人間にとっての僥倖であり、時代劇というものの持つ幸運であるように、私には思える。>

かつてのような時代劇全盛の時代は、再び訪れることはないだろうが、時代劇というものが持つ力は決して衰えることはない。
そうした人を惹きつけてやまない魅力的な時代劇が、今後もさらに作られて続けていくことを願いながら、この本を読み終えた。


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Category: 日本映画

Tags: 藤沢周平  時代劇  

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映画「小川の辺」

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久しぶりで映画を観た。
「小川の辺(ほとり)」である。
主演、東山紀之、監督、篠原哲雄、「山桜」に続くコンビである。

武士は寡黙である。
多くを語らない。
ましてや己の感情を露にすることなどほとんどない。
それだけに押し殺した感情の彼方に、微かに見え隠れする思いをどれだけ読み取ることができるか。
そうしたことが重要になってくる。
台詞で伝えるのではなく、まさに映像のひとつひとつの積み重ねのなかから、さまざまなものを汲み取る作業が必要になってくる。
そうした作業がより可能となるような映像の力があるかどうかが、こうした映画の評価の分かれ目になってくる。
この映画ではそうした映像が緊張感を伴って撮られていた。
武家屋敷での日常の凛とした佇まい、自然描写、そして緊迫感のある殺陣、そうしたものが隙なく描かれることで藤沢文学の気品ある香り高い世界が創り出されていた。

理不尽な命令によって引き裂かれようとする兄と妹、ともに命を賭けてその運命に立ち向かう先に見えてくる僅かな救いに、清々しさを感じながら映画を観終わった。

ちなみに篠原哲雄監督とは、最近フェイスブックで友達になったばかりである。
昨日この映画「小川の辺」をフェイスブックで紹介したところ、監督からご丁寧な挨拶があった。
そうしたこともあって、これは忘れがたい作品となった。

引き続き藤沢文学の第3作が撮られることを願っている。


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Tags: 時代劇  

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映画「十三人の刺客」

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1963年(昭和38年)に作られた工藤栄一監督作品「十三人の刺客」は集団抗争時代劇の代表的な作品とされている。
集団抗争時代劇というのは、名前のとおり集団対集団で斬り合って抗争を展開する時代劇である。
そのルーツを考えてみると、これは個人的な見解だが、黒澤明監督の時代劇に行き着くように思う。
そもそもそれまでの時代劇の立ち回りというのは、歌舞伎の殺陣から派生した影響を色濃く残しており、舞踊を思わせるような華麗なものであった。
しかし黒澤明監督はそれには飽き足らず、本物の刀で人を斬るようなリアルさで表現した。
「七人の侍」「用心棒」「椿三十郎」などがそれである。
斬る際の効果音や飛び散る血飛沫、それまでの時代劇にはなかった表現であった。
そのリアルで迫力ある殺陣が映画界に与えた影響は大きかった。
以後の時代劇、いや時代劇に限らずあらゆるアクションものが、こぞってそのリアルな表現方法を真似た。
さらに同時に巻き起こった残酷ブームがこれに拍車をかけたこともあり、さらに過激な表現がつぎつぎと現れるようになった。
そうした延長線上に出現したのが、集団抗争時代劇であった。
その中心にあるのが「十三人の刺客」という作品であった。
そして50年近くたった今、この映画のリメイクが行われたのである。

旧作の主役島田新左衛門役は片岡千恵蔵だったが、今回は役所広司が演じている。
重厚で渋い片岡千恵蔵だったが、役所広司の硬軟使い分けた演技は現代的な島田新左衛門像を創り出しており、魅力あふれて負けていない。
それを支える嵐寛寿郎が演じた倉永左平太は今回は松方弘樹が、そして丹波哲郎が演じた土井大炊頭利位は平幹二朗、月形龍之介が演じた尾張藩 牧野靭負を松本幸四郎といったベテラン陣を配してがっちりと脇を固めている。
さらに島田新左衛門と敵対する鬼頭半兵衛、これは前作では内田良平が演じたが、今回は市村正親、さらに一番の悪役、松平左兵衛督斉韶は前作では菅貫太郎が不敵に演じていたが、今回は何とスマップの稲垣吾郎が演じている。
その意外性には驚かされたが、これが見事的中、狂気じみた暴君をこれ以上はないほど憎々しく演じていた。
この役はいわばデーモンともいえる役で、この人物の出来如何でこの映画の価値が左右されるという重要な役である。
それを見事演じきった稲垣吾郎はまさに演技賞ものと言っていいだろう。
実際彼はこの役によって各種の演技賞を受賞している。
また意外性ということで言えば市村正親もそうである。
これまで時代劇とはほとんど縁のない彼を、この重要な役で起用したのはなかなかの冒険のようにも思えるが、こちらも見事な鬼頭半兵衛を演じており、役所広司を相手に回して一歩もひけをとっていない。
と、いずれもが適役ぞろい、さらに十三人の残りの俳優たちを見ていくと、新左衛門の甥、前作では里見浩太朗が演じた島田新六郎役は、山田孝之、西村晃演じた剣術の達人平山九十郎役(これは「七人の侍」で宮口精二が演じた剣術の達人、久蔵を念頭に置いた役のように思う)は伊原剛志、山城新伍が演じた木賀小弥太は伊勢谷友介、水島道太郎演じた槍の名人佐原平蔵を古田新太など、いずれも個性的な俳優たちを配しており、そうした俳優たちの競演もなかなか見ごたえがあった。
監督は三池崇史、どんな映画でも依頼のあった作品はすべて引き受けるといった多作で知られた監督であるが、今回はじっくりと正統派の時代劇作りに徹している、と思いきや途中からやはり彼特有のエログロ、ナンセンスな描き方が現れてきた。
三池監督としてはあまりに正統派の時代劇になってしまうことに、生理的な反発を感じた結果、こうした破調の表現を加えたのかもしれない。
どこかでその格調高さをぶち壊したいという衝動に駆られたのかもしれない。
こうなるともうこれは性(サガ)としか言いようがない。
こうした描き方については賛否両論あるだろうが、いずれにしてもこれが三池監督の映画のスタイルだということだ。

ところでクライマックスでの決闘シーンであるが、前作では13人対53人だったが、今回はその規模を大幅に変更、13対200となっている。
その分時間も長く(30分が50分に)描写も派手で過激になっており、荒唐無稽さも加わっている。
なるほど迫力あるシーンが続々登場してきてサービス精神旺盛なのはいいが、いささか長すぎたきらいがある。
だらけるとか退屈するとかではないものの、やはり長くなった分だけ少々メリハリが欠けたような印象を持ってしまった。
その長い時間を持続させるためのさまざまな工夫の痕は見えるが、やはり長すぎる。
しかしこれだけのシーンを撮るための労力は並大抵のことではなかっただろう。
そうしたことを思えば、その努力に対してはやはり素直に拍手を贈りたいと思う。

いずれにしてもリメイクとしてはよく出来た作品ではあった。
終始緊張感を失うことなく「平和な時代に人を斬ったことのない侍が刀を持って闘う」といった迫力は間違いなく感じることができたのであった。


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プロフィール

cooldaddy

Author:cooldaddy
住んでいるところ:青森県弘前市
出身地:香川県
年齢:今年(2008年)還暦です。
性別:男

還暦という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
趣味のこと、生活のこと、心に残ったことなど、My Favorite thingsを、気ままに書いていこうと思います。
末永くおつき合いください。

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