風に吹かれて

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川本三郎「物語の向こうに時代が見える」

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川本三郎のおそらく最新の単行本であろうと思う。
図書館で予約しておいたが、短期間で借りることができた。
どちらかといえば地味な部類に属するこうした評論集は、新刊であってもあまり待たずに借りることができるのでありがたい。

今回の評論は映画ではなく、文芸評論である。
題名からも判るように、小説のなかから今という時代を読み解こうとするものだ。
とりあげた小説は24編、いずれも読み巧者である川本の目にかなった作家ばかりだが、そのなかに乙川優三郎、角田光代、車谷長吉、佐藤泰志、水村美苗といった好きな作家の名前があるのがうれしい。
なかでも先日読んだばかりの乙川優三郎と水村美苗がとりあげられているのが、偶然とはいえ格別うれしい。
その評論が身近なものとして頭に入ってくる。
逆に知らない作家や馴染のない作家のものは、興味深く、いちど読んでみたいと思うようになってくる。
ちなみに知らない作家のなかに平岡敏夫という人がいる。
香川県仲多度郡広島村(現丸亀市)生まれである。
広島というのは瀬戸内海に浮かぶ塩飽諸島のひとつ。
同じ郷土出身者にこういう人がいることを初めて知った。
これもこの本を読んだ収穫のひとつ。
こういうところにまで目が行き届いているのである。
改めて守備範囲の広さを認識させられた。
そしていつもながら巧みな読み解きに、唸らせられ、何度も頷きながら読み進んでいった。

たとえばそれは<自分の故郷、土地、場所を持っている作家は強い。その町を文学の生まれるところと思い定めて、静かに町に暮らし、作品を生み出していく。>といった書き出しではじまる「『鳥たちの河口』とミステリと」と題された野呂邦暢論の次のような文章。

<諫早に住んだからといって野呂邦暢は、郷土作家とは少し違う。代々、そこに根を下ろしていたわけではないし、土地の人間と濃い関係を作ろうとしたわけではない。当初は、経済的事情さえ許せば東京に出たいという気持ちもあったようだ。
 それが次第に諫早に落ち着くようになった。町の中心を本明川が流れ、それが有明海へと注ぐ。河口には茫漠たる干潟が広がる。その町の風景に心惹かれていった。
 土着の作家とは違う。いわば他所者である。他人の目で町を見る。第三者の視点で町の風景を見る。観察する。野呂邦暢は諫早の町にあっていつもアウトサイダーの位置に自分を置いた。他所者として生きる。そこから見えてくる風景を心にとめてゆく。そこに野呂邦暢の新しさ、面白さがあった。>

いかにも川本三郎好みの作家である。
こういう表現を読んでいるだけで、ドキドキと心拍数が上がってくる。
ぜひその小説を読んでみたいという気持ちにさせられる。
そしてそれを読んだ後、もういちどこの本を読み返してみようと思うのである。
いい本に巡り合えた。


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川本三郎/筒井清忠「日本映画 隠れた名作」

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副題に「昭和30年代前後」とあるように、映画全盛時代に量産された日本映画のなかから、注目されずに忘れ去られてしまった名作の数々を掘り起し、再評価し直そうという対談本である。
著者は川本三郎と筒井清忠。
ともに古い日本映画に造詣の深いふたりだが、筒井清忠氏はこの本で初めて知った。
著者紹介文によると、帝京大学文学部日本文化学科教授とある。
昭和23年(1948)生まれなので、同年齢である。
東映のチャンバラ映画から始まったという映画遍歴は、われわれ団塊の世代にとっては共通の定番コースといえるものである。
そのためか昭和19年(1944)生まれの川本氏との対談を読んでいると、いっしょに話題に参加しているような気分になってくる。
各章はひとつのテーマのもと、何人かの監督たちが採り上げられており、その作品について話を進めて行くという体裁をとっている。
それらを列記していくと、家城巳代治、鈴木英夫、千葉泰樹、渋谷実、関川秀雄、清水宏、川頭義郎、村山新治、田坂具隆、滝沢英輔、野村芳太郎、堀川弘通、佐伯清、沢島忠、小杉勇、中村登、大庭秀雄、丸山誠治、中川信夫、西川克己といった監督たち。
「いつまでも<小津、黒澤>ばかりではないだろう、と私も思っており、いまではマイナーになってしまった監督を採りあげたいですね」と川本氏が語っているように、今ではあまり論じられることがなくなった監督たちばかりである。
そうした監督たちの知られざる映画の知られざる情報が、つぎつぎと語られていくのを読んでいると、あっという間に昭和の時代へと連れ戻され、時間を忘れてしまう。
楽しく懐かしい対談本である。


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川本三郎「映画の戦後」

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今年で戦後70年になる。
この節目に合わせて出版されたのが、川本三郎著の「映画の戦後」である。
昭和19年生まれ、ほぼ戦後と同じ年を重ねてきた著者による映画評論である。

前半が「戦後映画の光芒」と題して日本映画を、後半は「アメリカの光と影」と題してアメリカ映画を論じており、そのなかで映画と時代との深い関わりを説いていく。

まず最初に採り上げたのは、高倉健と菅原文太への追悼として書いた<「やくざ」が輝いていた時代>と<詫びるヒーロー>である。
そこではやくざ映画をプロレタリア文学のひとつとして捉え、そのルーツを長谷川伸の股旅ものに求めている。
そしてそれを支えた多くは、全共闘運動に関わった学生たちというよりもむしろ高度経済成長に乗り遅れた未組織労働者たちではなかったかと書く。
<高倉健は彼ら底辺の人間たちの言葉にならない無念の思いを背負って戦った。世の中には法律の力ではどうにもまらないことがある。法律を守っていては生きられない不公平がある。ぎりぎりに追いつめられたところで高倉健は刀を抜いた。切羽詰まった暴力だった。>
<高倉健は「自分は道を踏みはずした」「つまらねえ人間だ」という原罪意識を持った「悲しい、傷だらけ」のヒーローだった。>そして<古い日本人が持っていた美徳のひとつ、詫びることの大事さを知っているヒーローだった。>と結んでいる。
その「悲しい、傷だらけ」の「詫びるヒーロー」高倉健の後を追い、まったく違ったキャラクターとして登場してきたのが、菅原文太であった。
様式美を持っていた高倉健に対して、菅原文太はそんなものとは無縁の荒っぽく、タテマエよりホンネをむきだしにするヒーローとして暴れまくった。
そしてともに時代を象徴するヒーローとなったのである。

また<戦争の時代から、戦後へ>のなかでは、「原節子の悲しみ」を見出していく。
「精神主義と戦意高揚映画にとって不可欠な存在であった」原節子の戦後とは、どういったものであったか。
それを小津映画を主とした戦後の映画のなかで検証する。
川本は次のように書く。
<戦後、生き残った日本人はふたつの気持ちに引き裂かれた。生きていてよかったという思いと、他方、戦争で死んでいった者に対して申し訳ないという思いとに。戦後の混乱期をなんとか前向きに生きようとする思いと、他方、過去を、死者を忘れてはいけないという思いとに。>
そして戦争の影をほとんど感じさせない小津映画の中にも、間違いなく戦争が影を落としており、それを原節子演じる女性(紀子)のなかに見る。
そして<こういう女性の悲しみは、戦時中、軍国主義の優等生を演じ続けてきた原節子だからこそ美しく表現しえたといえる。>と結んでいる。

また「昭和三十年代の東京が捜査の舞台」と題した「警視庁物語」シリーズについての評論や、「歩くことから始まる」と題した美術監督、木村威夫論なども心に残る。

後半の「アメリカの光と影」では、「マッカーシズム」や「ヴェトナム戦争」を論じ、さらに「個独のヒーロー」クリント・イーストウッドを論じて、読み応えじゅうぶん。
いつもながらその卓見ぶりには驚かされる。
何度も読み返したくなる一冊だ。


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川本三郎「そして、人生はつづく」

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長年連れ添った愛妻を亡くし、ひとり暮らしを始めた著者が、雑誌「東京人」に毎月一回、日記形式で書き綴ったエッセイ集である。
映画好きなら題名を見て、すぐに気づくと思うが、これはアッバス・キアロスタミ監督の映画の題名からの転用である。
1990年、イラン北部を襲った大地震のあと、キアロスタミ監督が被災地を旅したドキュメンタリー風の作品がそれである。
そしてそのことを川本氏は、「どんな悲劇に遭ったとしても生き残った者は、昨日と同じように今日も生きてゆかなければならないという切実な思いがこの言葉にはこめられている。」と書いている。
さらに<家内を癌で亡くしたあと、私にとってもこの言葉は支えになった。悲しみを大仰に語ることなく、毎日を普通に生きること。なんとかいままでどおりに暮らしてゆくこと。3・11の惨劇のあと、現代を代表する俳人、長谷川櫂さんは、「やむにやまれぬ思い」で、俳句ではなく歌を詠み、『震災歌集』にまとめた。そのなかにこんな歌がある。「ラーメン屋がラーメンを作るということの平安を思う大津波ののち」。
 悲劇の大きさを知れば知るほど日々の「平安」が大事に思えてくる。物書きである私にとっては、一人で暮らすことに平安を見出してゆくことになろうか。頭のなかにはともかく、暮しのなかには修羅を持ちこまないこと。静かな生活を心がけること。
 そうやって家内亡きあとの日々をやり過ごしてきたように思う。>
そして<自己管理をきちんとし、静かに暮すこと。一人暮しになって静かな一日を送ることの困難と、それゆえの幸福を知るようになった。
家事をし、仕事をし、散歩をし、一日の終わりに酒を飲みながら、昔の映画をビデオで見る。無論、そんな平穏な一日が毎日あるわけではないが、それだからこそ「秩序と平和」が大事なものに思えてくる。>
そんな日々を書き連らねている。

本を読み、映画を観て散歩をする。
さらにコンサートや舞台や美術展にも足繁く通う。
ひとりになったことで以前以上に旅に出るようになった。
もちろん鉄道好きなので、移動はすべて鉄道を利用する。
さらに旅以外でも日常的に鉄道を利用する。
とくに本を読むためだけに電車に乗る。
それを「読書散歩」と称している。
かつては「中年房総族」を名乗り、房総半島を巡ることが多かったが、最近は八高線(八王子と高崎を結ぶ路線)や中央本線がお気に入り。

<電車のなかの読書はとてもはかどる。書評の仕事で早く読まなければならない本がある時は、それを持って電車に乗る。
 最近は東京近郊から甲州へ行くことが多い。こういう時はファミリー・レストランや牛丼屋の朝定食ですませ、井の頭線の浜田山から上り電車に乗る。明大前駅で乗り換え、京王線の下りに乗る。高尾まで行く。六時台の下りはすいている。ゆっくり座って本が読める。新書など薄い本だと、この行き帰りで大半が読めてしまう。
 厚い本の時は、高尾からさらに中央本線の各駅停車に乗り、甲州に向かう。通学の学生で混んでいるが、上野原でたいてい座れる。大月まで、さらに塩山まで、時には小淵沢まで行って戻ってくる。>

ローカル線に頻繁に乗り、気が向けば見知らぬ駅に降り立ち、観光地ではないごくありふれた生活感溢れる町を散策する。
「歳をとり、一人暮しをするようになってから、いよいよこういう小さな町を歩くのが好きになった」のを実感する。
また時には、「大回り」という乗り方を楽しんだりもする。
これはわざと遠回りするという鉄道マニアならではの遊びであるが、もちろんこれも「読書散歩」のひとつであり、「一日の行楽」である。

さらに3・11の大震災後は、旅に出る元気がなくなるが、「これではいけない」と思い直して旅に出る。
以後地震の被害に遭った鉄道を頻繁に利用するようになる。
そして震災のあれこれについて、真摯に思いを馳せ、3・11以後の自分を含めた個人や社会の変わり様を克明に拾い集めていく。

こうして書かれたエッセイの中には、例のごとくかなりの量の映画や音楽、そして本が取り上げられているが、博覧強記な著者らしく多岐に渡っており、その紹介を読んでいるだけでもスリリング。
新しい世界を知る面白さに満ちている。
またお馴染みの映画のロケ地巡りも、相変わらず興味深い。
そうやって、ひとつひとつのエッセイをじっくりと味わうことで、至福の時間を過ごすことができた。
それは川本氏に同化して、ともに旅をする、疑似体験としての旅でもあった。
その余韻を慈しみながら、しみじみと浸っている。

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映画「マイ・バック・ページ」

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1960年代半ばの早稲田大学授業料値上げ反対闘争に端を発した学園紛争は、瞬く間に全国へと飛び火した。
そしてベトナム戦争、安保、成田空港建設反対といった運動と結びつくことで、日本中を嵐の渦へと巻き込んでいった。
当初は大学個別の問題だったものが、大学の枠を飛び越え、そうした運動と連帯することで大衆運動化し、次第に革命前夜を思わせるような熱気と混乱を見せていったのである。
しかし運動は徐々に先鋭化、過激な暴力を伴った直接行動へと奔っていくなかで、次第に大衆の支持を失い失速、大きく後退していくことになる。
この映画はそうした時代を背景に描かれた物語である。
原作は評論家川本三郎氏の実体験に基づいた同名のノンフィクション。
彼が週刊朝日(映画では週刊東都)や朝日ジャーナル(映画では東都ジャーナル)の記者をしていたときに出会った事件の苦い体験を書いている。

1960年代後半、時代は熱を帯びていた。
海の向こうではベトナム戦争があり、アメリカでは激しい戦争反対運動が起きていた。
「ラブ&ピース」が叫ばれ、ウッドストックでは大規模な野外ロック・コンサートが開かれ、パリでは五月革命が起き、世界規模の反体制運動の嵐が吹き荒れていた。
「大学解体」「自己否定」「造反有理」、そんな言葉が飛び交っていた。
また闘争のなかで、数多くの死があった。
そうしたすべてのものが時代の渦となって押し寄せ、それぞれの人間に向かって「自分とは何か」「何をすべきか」といったさまざまな無言の問いかけが迫られた。
川本氏(映画では沢田)も、もちろん例外ではなく、そうした問いかけのなかでジャーナリストとして自分はどうすべきかと思い悩む。
ベテラン記者や先輩記者からは甘い、センチメンタルだと批判されながらも、そうした葛藤から抜け出すことができなかった。
そして闘争に関る人間たちとの間に距離を感じ、何もできない自分に苛立ちと後ろめたさを感じては、悶々とした日々を過ごしていた。
そんななか、ひとりの男と出会う。
活動家を名乗る梅山(本名・片桐)という男であった。
正体のよく見えない梅山に疑念を抱きながらも、宮澤賢治を愛読し、CCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)の「雨を見たかい」をギターを弾きながら歌う彼にかすかなシンパシーを感じ始める。
また記者として、スクープをものにしたいといった功名心も手伝って、しだいに深みへと嵌まっていくことになる。
そして起きた事件が、「朝霞自衛官殺害事件」だった。

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松山ケンイチが得体の知れなさ、無邪気さ、愚かさ、さらには人をたらしこむカリスマ性をもった梅山という男をうまく演じている。
「革命」を声高に叫びながらも、一方では計画は杜撰で誤魔化しが多く、「革命」などとうてい実現するとは思えないほど戦術的に幼稚、しかも武器調達のために侵入した自衛隊基地からは武器のひとつも奪うことができない。
後に沢田が「どうして信じてしまったのだろう」と呟くのもむべなるかなといった男である。
しかしそれは昂揚した時代の熱気を抜きにしては考えられないことであった。
結局彼は時代が生み出した歪んだモンスターなのかもしれない。
だが、それを単なるモンスターとして描くのではなく、ときに見せる少年のような無邪気な顔や悩める姿を挿入することで、振り幅の大きい人間として描いてみせる。
それによってその歪(いびつ)さがよりリアリティーのあるものになってくる。
結局彼も実態はごく普通の学生で、ただ時代の熱気のなかで革命思想に触れたことで、次第に革命という幻想に囚われてしまった人間だということなのかもしれない。
そうした描き方があったればこそ、沢田が彼を信じ、彼の思惑通りに振り回されてしまったのである。

結局梅山のやった行動は政治・思想運動などではなく、誤解を怖れずに言えば擬似「政治・思想運動」だったということだ。
さらに言うならば「革命ごっこ」に狂奔していたということである。
そしてその熱気のなかで次第に歯車が狂い、行き着くところまで行ってしまったのが、この映画で描かれた「自衛隊襲撃事件」であり、「連合赤軍派事件」だったのではなかろうか。

映画評論家の川本氏がモデルということもあって、劇中、映画にからんだシーンがいくつか登場してくる。
たとえば、たまの休日に沢田が映画館に足を運んで映画を観るといった場面がいくつか描かれるが、その時スクリーンに写し出されるのは、川島雄三監督の「洲崎パラダイス・赤信号」であった。
川本氏が愛してやまない名作である。
こういう何気ないシーンに惹きつけられる。

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また週刊東都の表紙モデルを務めた女学生と親しくなり、いっしょに映画を観に行くシーンがある。
ジャック・ニコルソン主演の映画「ファイブ・イージー・ピーシス」であった。
そして映画の後、その映画について話し合う。
そのとき、彼女はこの映画でジャック・ニコルソンが泣くシーンが好きだと言う。
そして「私はきちんと泣ける男の人が好き」とも言う。
それに対して沢田は「泣く男なんて男じゃないよ」と切り返すが、このやり取りは後のシーンの重要な伏線になっている。
全体の流れのなかでは、さして重要とも思われないような何気ないシーンではあるが、このシーンが最後に大きく生きてくる。
こうしたシーンが、映画のなかでは一服の清涼剤の役目を果たしており、この映画のもつ重苦しさを、一時的にせよ緩和させる役割を果たしていて、好感が持てる。

監督は「どんてん生活」「リアリズムの宿」などの脱力系映画を得意とする山下敦弘。
シナリオとカメラは、ともにコンビを組んできた向井康介と近藤龍人。
これまでの作品と違って今回は骨太でシリアスな作品に正攻法で挑んでおり、渾身の一作になっている。
これでまた新たな境地が開けてきたのではなかろうか。

何者かになりたかった若者ふたりが、熱い時代のなかで交錯し、結局挫折するしかなかった不幸な物語、そんな重苦しい映画ではあるが、同じ時代を生きた者として、無関心で通り過ぎることのできない映画であった。
そしてこの映画を凝視するうちに、自分もあの中のどこかに確かにいたんだといった感慨を覚えたのであった。
「青春の墓標」とでも呼びたい映画であった。

最後にこの映画について原作者の川本氏が寄せた文章があるので、その一部を載せておく。

<映画「マイ・バック・ページ」は「私」を、敗けた人間として描いている。その通りだと思う。決して、権力と戦った格好いい若者の話ではない。しかし、敗北をきちんと描くことが、いかに難しいか、そして、いかに大事なことか。
 恩師、文化人類学者の山口昌男先生に『「挫折」の昭和史』『「敗者」の精神史』という名著があるが、私もまた、あの事件のあと、ずっと、敗北と挫折にこだわってきた。映画を論じる時も、つねに敗者の側に立つ映画を支持してきた。
 今度の大震災のあと、思想家の鶴見俊輔氏が「敗北力」という言葉を使われていた。自分の敗北をきちんと見つめて、そこから再び立ち上がる。映画「マイ・バック・ページ」にはその「敗北力」が確かに感じられた。いつもいつも「明るく、楽しい」映画ばかりが必要なわけではない。
 困難な時代にはむしろ、暗く重い映画こそが励ましになることがある。負の力がむしろ人間を鍛えてくれることがある。
 妻夫木聡さんも松山ケンイチさんも素晴らしい。本当に有難い。個人的なことになるが、三年前に、三十五年連れ添った家内を亡くした。六十六歳のいま、この映画を作ってもらって本当にもう「いつ、死んでもいい」という気持ちである。>


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プロフィール

cooldaddy

Author:cooldaddy
住んでいるところ:青森県弘前市
出身地:香川県
年齢:今年(2008年)還暦です。
性別:男

還暦という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
趣味のこと、生活のこと、心に残ったことなど、My Favorite thingsを、気ままに書いていこうと思います。
末永くおつき合いください。

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